タイムリープした俺には逆らえない〜未来の知識で嗜む復讐のカルテ〜

刹那冥夜

文字の大きさ
25 / 36

25話

しおりを挟む
リビングの扉を開けると、そこには奇妙な静寂が漂っていた。

​ 暖房が効いているはずの部屋なのに、空気はどこか張り詰めている。

 ソファには、父と母が並んで座り、その対面にミナとアイリが小さくなって座っていた。

​「…………」
​ ミナとアイリの表情は、困惑と緊張で強張っている。

 まるで、警察の取調室に放り込まれた容疑者のようだ。

 二人の視線は泳ぎ、テーブルの上の紅茶には手もつけられていない。

​(……なるほど、そういうことか)
​ 俺は瞬時に状況を理解した。

 先ほど、俺が口走った『トラブル』という言葉。そして、彼女たちが興奮して口にした「命の恩人」という言葉。

 善良な市民である父さんと母さんが、それを聞き逃すはずがなかったのだ。

​「あのね、おじさんたちは責めてるわけじゃないんだよ」

​ 父さんが、諭すように優しく語りかけていた。

​「ただ、透がああ言っていたことと、君たちが『命の恩人』なんて大袈裟なことを言うからね。透が何か危ないことに巻き込まれたんじゃないか、君たちが大変な目に遭っていたんじゃないかと心配になったんだ」

​ 父さんの眼差しは真剣そのものだ。
 息子の友人を心配する、理想的な父親の顔。

​ その隣で、母さんもじっと二人を見つめている。
 普段の彼女なら、『青春ね!』と茶化して終わるはずだ。

 だが、今の母さんはどこか慎重だった。
​(母さんは、勘が鋭いからな)

​ 久しぶりに会った息子が纏う、以前とは違う『冷たい大人びた雰囲気』。

 そして、目の前の少女たちが息子に向ける、異常なまでの執着心。
 それらを敏感に感じ取り、軽はずみな発言を控えているのだろう。

​ 一方、ミナとアイリの内心はパニック寸前だった。
​(どうしよう……なんて言えばいいの?)

(本当のことなんて言えない。私たちが万引きしてたことも、透くんをイジメてたことも……透くんが私たちを壊したことも)

​ 彼女たちにとって、目の前の『深澄健司』と『深澄静香』は、あくまで「他人」だった。

 いくら透の両親とはいえ、透本人ではない。

 彼女たちの心には、透によって植え付けられた強固な洗脳がかかっている。
 
 『心を許していいのは透くんだけ』
 『透くん以外の人間は、全て敵か障害物』

​ 自分自身もが掛けているその暗示が、彼女たちの口を重く閉ざさせていた。

 何を言えば透のためになるのか。

 下手に喋って透の機嫌を損ねたら、捨てられるかもしれない。その恐怖が、二人を石のように固まらせていた。

​ その時。
​「――お待たせ」

​ 俺は意識して足音を立てずに近づき、二人の背後から声をかけた。
​「「っ!?」」

​ ミナとアイリが弾かれたように振り返る。

 俺の顔を見た瞬間、二人の表情が劇的に変わった。
 凍り付いていた能面が割れ、花が咲くように明るくなる。

​「透くん……!」
「透くんっ!」

​ 主人が帰ってきた。

 その安心感から、二人は条件反射的に腰を浮かせた。

 いつものように抱きつき、擦り寄り、その体温に触れようと手を伸ばす。

​ だが。


​「…………」

​ 俺は一言も発することなく、冷ややかな視線だけを二人に送った。

​ スッ、と目が細められる。
 瞳の奥に宿る、絶対零度の命令。

 『今はやめろ』『弁えろ』。


​ ピタリ。

 ミナとアイリの動きが、途中で停止した。

 立ち上がりかけた中腰の姿勢のまま、二人は彫像のように固まる。

​ 俺の両親には見えない、一瞬のアイコンタクトによる制御。

 恐怖による支配ではない。信頼と畏怖による、完璧なコントロールだ。

​「……座ってていいよ。お茶、冷めちゃうから」
​ 俺はあくまで優しい声音で言いながら、二人の隣、両親の正面に腰を下ろした。

 その言葉を合図に、ミナとアイリはおずおずとソファに座り直した。

 しかし、その瞳はずっと俺の方をチラチラと見ている。

 『どうすればいいの?』『助けて』と訴えている。

​ 俺は二人に、短く目配せをした。
 
 ――大丈夫だ。
 ――自分の言葉で話せ。
 ――何かあったら、俺が全て処理する。


​ その意図を汲み取った瞬間、二人の肩から力が抜けた。

 透くんがいるなら大丈夫。透くんが『話せ』と言っているなら、それは許可だ。

​ ミナが意を決したように顔を上げ、父さんと母さんに向き直った。

​「……あ、あの。おじさん、おばさん。心配かけてごめんなさい」

​ ミナの声は震えていたが、そこには嘘偽りのない感情が乗っていた。

​「私たち……ちょっと前まで、本当にダメな子だったんです。学校もサボって、悪い人たちと遊んだりしてて……」

「居場所がなくて、自分たちが何してるのかも分からなくて……」

​ アイリが続ける。
 これは半分、真実だ。
 くるみの命令で悪事に手を染めていた彼女たちは、確かに『迷子』だった。

​「そんな時、透くんが……透くんだけが、本気で怒ってくれたんです」

​ ミナが俺の方を見て、熱っぽい瞳で微笑んだ。

​「『そんなことしてて楽しいのか』って。『もっと自分を大事にしろ』って……誰も言ってくれなかったことを、透くんは言ってくれました」

「周りはみんな、私たちのこと避けてたのに……透くんだけは、逃げずに向き合ってくれたんです。それで、私たち……目が覚めて」

​ アイリもまた、俺を見つめながら頬を染める。
​「だから、透くんは命の恩人なんです。透くんがいなかったら、私たち……きっと今頃、警察のお世話になって………人生が壊れていたと思います」

​ 完璧だ。
 俺は内心で舌を巻いた。

 『自分たちが透への加害者だった』という事実を伏せ、『不良娘を更生させた正義感の強い少年』という物語に見事に昇華させている。

 そして何より、彼女たちの言葉には『透への感謝』という揺るぎない本心が込められているため、嘘特有の不自然さがない。

​「……そう、だったの」
​ 母さんが、ほう、とため息をついた。

 その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
​「透……あなた、いつの間にそんな立派なことを……」

「いや、そんな大したことじゃないよ。ただ、放っておけなかっただけだ」

​ 俺は照れ隠しのように頭をかいた。
父さんもまた、深く頷いて俺の肩に手を置いた。

​「そうか。……友達を正しい道に引き戻すなんて、なかなかできることじゃない。透、お前を誇りに思うよ」

「父さん……」
​ 父さんの手は大きく、温かかった。

 その温もりに、俺の胸の奥がチクリと痛む。

 誇りに思う?

 違うよ、父さん。俺は彼女たちを救ったんじゃない。壊して、作り変えただけだ。

 俺は正義の味方なんかじゃない。ただの復讐鬼だ。

​ けれど、この温かい誤解こそが、今の俺に必要な隠れ蓑だ。

​「ミナちゃん、アイリちゃん」
​ 母さんが二人の手を取った。

​「辛かったわね。でも、もう大丈夫よ。これからは透もいるし、私たちもいるわ。いつでもこの家に遊びに来てちょうだい」

「えっ……い、いいんですか?」

「もちろん! 透の恩人なら、私たちにとっても娘みたいなものよ」

​「……っ、ありがとうございます……!」

​ ミナとアイリが感極まって涙ぐむ。

 その涙は、『透の両親に認められた』という喜びと、『自分たちの居場所が確保された』という安堵によるものだった。
​ こうして、尋問会は温かな家族団欒へと変わった。

 俺はカップを持ち上げ、湯気の向こうで密かに口角を上げた。

​ これで、この家は完全に俺の『城』になった。
 両親公認の仲となれば、ミナとアイリは今まで以上に自由に出入りし、俺の手足として動くことができる。
 
 俺は笑顔で談笑する三人を眺めながら、この平和な光景さえも復讐のための布石として組み込んでいく自分に、微かな自嘲を覚えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...