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26話
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ミナとアイリが落ち着きを取り戻し、リビングの空気が温まってきた頃。
俺は、カップの縁を指でなぞりながら、もう一つの『報告』を切り出した。
「父さん、母さん。実は、受験した高校のことなんだけど」
「ん? ああ、そういえば聞いてなかったな。どこを受けたんだ? やっぱり、今の成績で行けそうな私立か?」
父さんが煎餅を齧りながら気楽に聞いてくる。
俺の成績は今まで通り『中の下』だと思われている。当然の反応だ。
「いや……実は、地域トップの進学校を受けたんだ」
「……ぶっ!」
父さんがお茶を吹き出しそうになり、母さんが目を丸くした。
「と、透!? あなた正気? あそこは偏差値70超えの超難関校よ?」
「今のあなたの成績じゃ、記念受験にしかならないんじゃ……」
二人の反応は予想通りだ。
俺は苦笑しながら、少し身を乗り出した。
「分かってる。だから、この冬は死ぬ気で勉強したんだ。ミナとアイリにも手伝ってもらって、過去問を徹底的に分析した。……ギリギリだけど、手応えはある」
「ええっ……本当に?」
「うん。ちなみに、ミナとアイリも同じところを受けたよ」
俺が二人に視線を向けると、ミナとアイリは少し照れくさそうに、でも誇らしげに胸を張った。
「はい! 透くんと一緒に頑張りました!」
「私たち、透くんについても行くって決めたんです!」
その真剣な眼差しに、両親は顔を見合わせ、やがて感心したように息を吐いた。
「そうか……。友達と一緒に高め合うなんて、青春だなぁ」
「ええ、そうね。結果はどうあれ、挑戦することは大事だわ。……見直したわよ、透」
両親は納得してくれたようだ。
『無謀な挑戦』であっても、若者の熱意として受け取ってくれた。
すると、母さんがふと思い出したように手を打った。
「そういえば! 進学校を受けるってことは……あの子も一緒よね?」
「え?」
「ほら、お隣のくるみちゃんよ!」
その名前が出た瞬間。
部屋の空気が、ピキリと凍りついた。
「くるみちゃん、小さい頃から賢かったものねぇ。あの子なら余裕で合格でしょうけど」
「ああ、くるみちゃんか。昔から透の面倒をよく見てくれてたし、いい子だよなぁ。透、最近くるみちゃんとはどうなんだ? 仲良くやってるのか?」
父さんと母さんは、ニコニコしながら尋ねてくる。
彼らの中の小日向くるみは、『透の幼馴染で、成績優秀で、誰にでも優しい天使のような女の子』のままだ。
彼女が裏で何をしているか、どれほど多くの人間を傷つけ、人生を狂わせてきたかなど、微塵も疑っていない。
「…………」
「…………」
俺の隣で、ミナとアイリの表情が一瞬にして曇った。
笑顔が引きつり、目には隠しきれない嫌悪と憎悪が宿る。
彼女たちにとって、くるみは自分たちを利用し、ゴミのように捨てようとした元凶だ。
『いい子』なんて言葉を聞くだけで、反吐が出るほどの拒絶反応を示している。
まずい。
このままでは、二人が感情を爆発させてしまうかもしれない。
俺はテーブルの下で、そっと手を伸ばした。
そして、ミナとアイリの太ももを、強めに握りしめた。
「ッ……!?」
「んっ……」
二人の体がビクッと震える。
俺は表面上は笑顔のまま、テーブルの下の手指に力を込めた。
『落ち着け』『顔に出すな』『俺に任せろ』。
その感触と言外の命令に、二人はハッと我に返り、必死に表情を作り直した。
俺の手に縋るように、二人の手が俺の手の甲に重ねられる。震えは、すぐに止まった。
俺は視線を両親に戻し、心の中で自問自答した。
(……言うべきか?)
今、ここで全てをぶちまけることもできる。
くるみの本性を。
あいつが俺にしてきたこと。ミナとアイリを道具として使い捨てたこと。
裏掲示板での書き込み、万引きの強要、数々の陰湿なイジメ。
証拠はある。結衣が集めたデータを見せれば、両親は信じるだろう。
そうすれば、両親は激怒し、くるみの家に怒鳴り込むかもしれない。学校に訴えるかもしれない。
……だが、それで何になる?
両親は年に数ヶ月しか帰ってこない。
俺を守りたくても、物理的にそばにいられないのだ。
真実を知れば、二人は出張先で毎日不安に苛まれることになるだろう。『息子が虐げられているのではないか』と、仕事も手につかなくなるかもしれない。
あるいは、無理に仕事を辞めて帰ってくるかもしれない。
(……それは違う)
俺の復讐は、俺自身の手で完遂しなければ意味がない。
両親を巻き込み、彼らの人生まで狂わせるわけにはいかないのだ。
前回の人生で、あんなに心配をかけて死なせてしまった二人だ。
今回の人生では、最後まで『自慢の息子』であり続けたい。
たとえそれが、嘘で塗り固められた平和だとしても。
俺は結論を出した。
『伝えない』。
くるみという悪魔の存在は、俺の腹の中だけに収めておく。
「……うん、くるみも元気だよ」
俺は完璧な『幼馴染』の顔で微笑んだ。
「あいつも生徒会長として忙しそうだったけど、受験勉強も頑張ってたみたいだ。相変わらず人気者で、みんなの中心にいるよ」
「そう! よかったわぁ。あの子がいるなら、高校生活も安心ね」
「ああ、透のことをよろしく頼んでおかないとな」
両親は、心底安心したように顔をほころばせた。
その笑顔を見て、俺は胸の奥が少しだけ痛んだが、同時にこれでいいのだと確信した。
机の下で、ミナとアイリが俺の手をギュッと握り返してくる。
彼女たちも理解したのだ。俺がなぜ嘘をついたのかを。
父さんと母さんには、綺麗な世界だけを見ていてほしい。
泥を被り、血を流すのは、俺たち子供だけで十分だ。
「さ、お茶のおかわり淹れるわね」
母さんが立ち上がる。
リビングには再び、穏やかで偽りのない家族の時間が戻ってきた。
俺はその温もりを守るためなら、いくらでも嘘つきになろうと誓った。
俺は、カップの縁を指でなぞりながら、もう一つの『報告』を切り出した。
「父さん、母さん。実は、受験した高校のことなんだけど」
「ん? ああ、そういえば聞いてなかったな。どこを受けたんだ? やっぱり、今の成績で行けそうな私立か?」
父さんが煎餅を齧りながら気楽に聞いてくる。
俺の成績は今まで通り『中の下』だと思われている。当然の反応だ。
「いや……実は、地域トップの進学校を受けたんだ」
「……ぶっ!」
父さんがお茶を吹き出しそうになり、母さんが目を丸くした。
「と、透!? あなた正気? あそこは偏差値70超えの超難関校よ?」
「今のあなたの成績じゃ、記念受験にしかならないんじゃ……」
二人の反応は予想通りだ。
俺は苦笑しながら、少し身を乗り出した。
「分かってる。だから、この冬は死ぬ気で勉強したんだ。ミナとアイリにも手伝ってもらって、過去問を徹底的に分析した。……ギリギリだけど、手応えはある」
「ええっ……本当に?」
「うん。ちなみに、ミナとアイリも同じところを受けたよ」
俺が二人に視線を向けると、ミナとアイリは少し照れくさそうに、でも誇らしげに胸を張った。
「はい! 透くんと一緒に頑張りました!」
「私たち、透くんについても行くって決めたんです!」
その真剣な眼差しに、両親は顔を見合わせ、やがて感心したように息を吐いた。
「そうか……。友達と一緒に高め合うなんて、青春だなぁ」
「ええ、そうね。結果はどうあれ、挑戦することは大事だわ。……見直したわよ、透」
両親は納得してくれたようだ。
『無謀な挑戦』であっても、若者の熱意として受け取ってくれた。
すると、母さんがふと思い出したように手を打った。
「そういえば! 進学校を受けるってことは……あの子も一緒よね?」
「え?」
「ほら、お隣のくるみちゃんよ!」
その名前が出た瞬間。
部屋の空気が、ピキリと凍りついた。
「くるみちゃん、小さい頃から賢かったものねぇ。あの子なら余裕で合格でしょうけど」
「ああ、くるみちゃんか。昔から透の面倒をよく見てくれてたし、いい子だよなぁ。透、最近くるみちゃんとはどうなんだ? 仲良くやってるのか?」
父さんと母さんは、ニコニコしながら尋ねてくる。
彼らの中の小日向くるみは、『透の幼馴染で、成績優秀で、誰にでも優しい天使のような女の子』のままだ。
彼女が裏で何をしているか、どれほど多くの人間を傷つけ、人生を狂わせてきたかなど、微塵も疑っていない。
「…………」
「…………」
俺の隣で、ミナとアイリの表情が一瞬にして曇った。
笑顔が引きつり、目には隠しきれない嫌悪と憎悪が宿る。
彼女たちにとって、くるみは自分たちを利用し、ゴミのように捨てようとした元凶だ。
『いい子』なんて言葉を聞くだけで、反吐が出るほどの拒絶反応を示している。
まずい。
このままでは、二人が感情を爆発させてしまうかもしれない。
俺はテーブルの下で、そっと手を伸ばした。
そして、ミナとアイリの太ももを、強めに握りしめた。
「ッ……!?」
「んっ……」
二人の体がビクッと震える。
俺は表面上は笑顔のまま、テーブルの下の手指に力を込めた。
『落ち着け』『顔に出すな』『俺に任せろ』。
その感触と言外の命令に、二人はハッと我に返り、必死に表情を作り直した。
俺の手に縋るように、二人の手が俺の手の甲に重ねられる。震えは、すぐに止まった。
俺は視線を両親に戻し、心の中で自問自答した。
(……言うべきか?)
今、ここで全てをぶちまけることもできる。
くるみの本性を。
あいつが俺にしてきたこと。ミナとアイリを道具として使い捨てたこと。
裏掲示板での書き込み、万引きの強要、数々の陰湿なイジメ。
証拠はある。結衣が集めたデータを見せれば、両親は信じるだろう。
そうすれば、両親は激怒し、くるみの家に怒鳴り込むかもしれない。学校に訴えるかもしれない。
……だが、それで何になる?
両親は年に数ヶ月しか帰ってこない。
俺を守りたくても、物理的にそばにいられないのだ。
真実を知れば、二人は出張先で毎日不安に苛まれることになるだろう。『息子が虐げられているのではないか』と、仕事も手につかなくなるかもしれない。
あるいは、無理に仕事を辞めて帰ってくるかもしれない。
(……それは違う)
俺の復讐は、俺自身の手で完遂しなければ意味がない。
両親を巻き込み、彼らの人生まで狂わせるわけにはいかないのだ。
前回の人生で、あんなに心配をかけて死なせてしまった二人だ。
今回の人生では、最後まで『自慢の息子』であり続けたい。
たとえそれが、嘘で塗り固められた平和だとしても。
俺は結論を出した。
『伝えない』。
くるみという悪魔の存在は、俺の腹の中だけに収めておく。
「……うん、くるみも元気だよ」
俺は完璧な『幼馴染』の顔で微笑んだ。
「あいつも生徒会長として忙しそうだったけど、受験勉強も頑張ってたみたいだ。相変わらず人気者で、みんなの中心にいるよ」
「そう! よかったわぁ。あの子がいるなら、高校生活も安心ね」
「ああ、透のことをよろしく頼んでおかないとな」
両親は、心底安心したように顔をほころばせた。
その笑顔を見て、俺は胸の奥が少しだけ痛んだが、同時にこれでいいのだと確信した。
机の下で、ミナとアイリが俺の手をギュッと握り返してくる。
彼女たちも理解したのだ。俺がなぜ嘘をついたのかを。
父さんと母さんには、綺麗な世界だけを見ていてほしい。
泥を被り、血を流すのは、俺たち子供だけで十分だ。
「さ、お茶のおかわり淹れるわね」
母さんが立ち上がる。
リビングには再び、穏やかで偽りのない家族の時間が戻ってきた。
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