冬の恋人 ワンサイドゲーム

ビター

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 陸が合格したか否かを確かめる術はない。もとより本名など知らないから、合格者名簿を見ても意味のないことだし、大学といっても、国公立と私立とをあわせて四校ある。その新入生全体数は千人をくだらないだろう。陸を見つけるのは、砂浜で一粒の砂を見つけるのに等しい。
 陸の受験を知ったあの後、神社で合格祈願のお守りを買った。買ったところで、渡す手段もない。せいぜい、彼のために賽銭を奮発して神頼みするぐらいが関の山で、彼のこととなると見境がなくなる自分がおかしかった。
 そのお守りは、東京に住む実の息子に送った。ここに来てから初めて、連絡らしい連絡を家族にした。短い手紙を添えた郵便物が息子の陸の元に届いたはずだ。 
 三月の終わり、息子から大学に合格したと、電話がかかって来た。
 ほぼ二年ぶりに聞く息子の声は、大人びて聞こえた。
「お守り、サンキュ…なんとか合格できたから」
 ぶっきらぼうにそう言うと、互いの近況を二言三言かわした程度で電話は切れた。それだけでも、嬉しく思えた。
 息子が合格出来たのだから、陸だって大丈夫だろう。合格したら、こちらに住むと言っていた。しかし、わたしと会う確率は低いだろう。学生と社会人とでは、活動時間も行動範囲も異なる。狭いようでも、広い街だ。
 四月、ビルの工事が始まった。『箱』ができても、今度は予定していたテナントが不景気を理由にいきなり解約を申し出たりしたため、それに代わる企業や商店を探すためにまた忙しい日々が続いた。
 朝早くから、夜遅くまで。噴水広場に陸を探すことも忘れる毎日。
 仕事づくめの生活ので、瞬く間に何カ月も先までスケジュールが埋まる。出張、会議、報告、ミーティング…終わりのない仕事をこなす。まるでメビウスの輪の上を走り続けるようだ。
 ……いくばくかの報酬と引き換えに、人生の大半を注ぎ込む。
 それでわたしは何を手に入れられるというのか。何が欲しいのか。
 同志のような関係の妻と、たった一人の息子とを失いかけた今の自分は、仕事という麻薬にはまったワーカホリックだ。
 そんな虚無感に襲われるときがある。これほど仕事をこなしても、きっとわたしの代わりなどいくらでもいる。
 わたしである必然性は、実はどこにもないのだ。
 陸、きみはわたしを必要としてくれるか?
 そんな問は愚かでしかない。陸にはユタカくんという恋人がいる。たとえ同性でも最良のパートナーとして陸が選んだ相手なのだろうし、わたしのことは、ただの変なオヤジぐらいにしか思ってないだろう。
 家にまで持ち帰った書類の束から顔をあげると、ベンジャミンの葉を楽しげに眺める陸の姿を思い出す。
 夏が過ぎ、秋が訪れ、山の初雪の便りが届くころ、ビルは完成した。
 危ぶまれていたテナントは、なんとかすべてのスペースが埋まった。まさに東奔西走、部下の皆にも苦労をかけながらオープニングセレモニーが行われた日、その年初めての本格的な雪が降った。
 テープカットをする本社幹部の顔を見ながら、ひとつの仕事をやり遂げたことへの充足感と、そこはかとない空虚を感じた。
 忘年会で部長によくやったと、おほめの言葉を受けながら、わたしはまったく別のことを考えていた。今年も陸は来るだろうか。来るとしたら何時頃だろうか、と。
 最初の問いは、「来る」に賭けよう。後の問いは若干複雑。大学に入学したなら、恐らくバイトをしているはずだ。受験間際までバイトを続けるような子だから、きっと今日も仕事にでかけて、それが終わってから来るだろう。
 だったら、夕方。五時か六時……。
 ひととおりの準備を終えて、ソファに腰を落ち着けたとき電話が鳴った。
「ー父さん?」
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