御囲部屋の子どもたち

ビター

文字の大きさ
21 / 27
糸穂の章

しおりを挟む
 糸穂は自分の手を明かりにかざした。白く小さな手の先に、形の良い爪がある。
 ――ばあやが切ってくれたのは、これなんだ。
「そろそろいいか」
 男がしびれを切らしたように、糸穂に声をかけた。腕組みをして、あぐらをかいている。糸穂はあわてて、男たちの向かいに座った。
「わたしたちは、おまえに言葉を伝える。おまえはそれを外ものに伝える。それだけだ、簡単だろう」
 糸穂はおずおずとうなずいた。これが糸穂に託されたお勤めの内容だったのだ。豪華な着物も、トキの手荒い支度にも、釣り合わないように糸穂には思えた。あまりに簡単な勤めではないか。
「ここにいる間だけ……まあ、おいおい分かる」
 今回は、これで終わりだと男は言った。
「かえれ。大戦はもうすぐ終わると伝えろ」
 男は糸穂の肩をどん、と突いた。突かれた勢いで糸穂は背後に文字通り転がった。
「糸穂っ」
 トキの声が聞こえた。まだ御囲部屋の中にいるのかと、糸穂は思った。視界が暗く、なにもかもぼやけている。
 ――ぼんやりとしか見えない。
 これが、見えないということなのか。糸穂は今まで目が不自由で生きてきたことを、初めて知った。
 トキが糸穂の猿ぐつわと、結んだ手首を外した。青年に外してもらったはずの手首はまた縛られていたのだ。
 目が見えたと思ったのは、すべて夢なのか。自分は御囲部屋で眠っていたのだろうか。
 糸穂の目にじわじわと涙が浮かんだ。また、暗くぼんやりとした世界に戻された、そう思うと涙が流れた。
「糸穂、何か聞いたか」
 泣きじゃくる糸穂の体をトキはゆすった。糸穂はえずきながら言葉を伝えた。
「た、たいせんは、もうすぐお、おわる」
 そこまで言って糸穂は倒れた。

 糸穂は御囲部屋から出てから、熱を出して寝込んだ。
「一回目にして、ずいぶん大それたことを聞き出したな」
 海城のものらしき太い声が部屋の外でした。はい、と答えたのはトキだろう。糸穂は朦朧としたまま布団の中にいた。
「最初のお勤めで熱を出すことは、よくあることです。あと三日も休めばよくなります」
 トキが答えている。糸穂はすでに三日間、床に伏している。新しい御囲様が通る道らしい。
 糸穂は、ぼやけた視界を御囲部屋の黒い壁に向けた。あの中に入れば、また目が見えるようになるのだろうか。それとも、あれはすべて夢か幻だろうか。
 もし、もう二度と目が見えなかったら……。糸穂は悲しみのあまり、胸が苦しくなった。また涙があふれそうになる。
 と、花の香りがした。ひらひらと、なにかが天井から降ってくる。
 ひらひら。
 糸穂は、なんとか体を起こして天井を見上げた。むろん、糸穂の視界にはただ薄暗い空間がひろがるばかりだったが、光るものがひらりと糸穂の手にふれるかふれないかで消えた。
 光の欠片かけらは、花の香りを漂わせながら、いくつもいくつも降り続く。
 糸穂は、知っている。生家の縁側で降り注いだ花の香りを。
「あっ」
 糸穂の頬を、風がすうっと撫でた。
 窓のない部屋に風など吹かないはずなのに。
 ――家から、一緒に来てくれたの?
 糸穂は涙を手で拭いた。
 目が見えずとも、慰めてくれる存在がいることを糸穂は思い出した。
「おや、起きたのかい」
 トキが部屋に戻ってきた。花の香りが消え、お粥のにおいに取って変わった。
「お食べ。お勤めは、これからがほんとうなんだから」
 糸穂はうなずいた。トキが糸穂の背中に羽織をかけてくれた。
 確かめなければならない。御囲部屋で、自分の目が見えるかどうか。
 八歳の小さな決意だった。
 
 
 

 
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...