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本編
本編ー8
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次に受けるクエストを決める、と。放課後、ナギト達と学園敷地内にいくつもある東屋の一つで集まっている時にそう告げられ、ミナギは少なからず緊張していた。否、正直に言えばかなり緊張していた。
まあ、直近で受けたクエストでネグロ・トルエノ・ティグレに遭遇して死に直面した事を考えれば、当然と言えば当然の反応。
あの一件は今もミナギの中に強烈な印象を残している。脳まで焼くような痛みと、熱さをもって。傷口もわからないくらい綺麗に治療されていて、本当に襲われたのかと首を傾げてしまいそうになるけれど。
あの痛みと絶望と、眼前にまで死が迫るあの感覚は、忘れようったって、忘れられないものだ。
これから先も、ずっと、一生。
とは言え、このパーティは受けたいクエストは多数決制。加えて、参加に関しては任意参加で強制はなし。だから、嫌だったら嫌だと断れば良い。それはわかっているのだが、実家の援助を受けたくないミナギにとっては、少しでも多く報酬を得たいわけで。やむにやまれぬ事情の為、一つでも多くのクエストを受け、報酬を得る必要がある。
個人的な事情を、ナギトやユヅキに語った事はない。ミナギも自分から言おうとは思わないし、二人も深く踏み込んで訊こうとしない為、話をする機会は今後もないだろう。多分。
今はとりあえず、次に受けるクエストの話だ
「次のクエストは採掘にした。鉱石採取。魔鉱石も出るトコで、規定個数以上採っても評価は上がらないけど、自分の物に出来るから多めに採るのもありだな。モンスターは当然出るけど……どうする?」
「場所は?」
「ルオーダ採掘場。ここから徒歩だと三時間はかかるから、近くの街まで行って乗合馬車に乗るのが定石……だけど、たいぎいなー。上手くソッチ行く馬車捕まえれたらイイけど、ヘタすると街で過ごす必要あるし」
たいぎいわ、なんて言いながら頬杖を突いてため息を吐くナギトをよそに、それはそれで楽しそう、なんて思ってしまうのはミナギだ。普段、クエストを受ける時以外で学園の敷地から出る事がないから、尚更。
少しでも良いから街で過ごす時間が欲しい。そう思うミナギだったが、そんな思いはあっけなく崩れ去ってしまう。
ユヅキの一言によって。
「それならシエロに頼もうよ。シエロに頼めば、馬車使わなくても学園からひゅーんて飛んでけるから、馬車より時間かからなくてすむよ?」
もうミナギはツッコミを放棄した、最初から。
多少一般的な感覚を持っているミナギと、感覚がズレまくっているナギトとユヅキ。どっちを基準にするかにもよるが、どちらに基準を置いたとしても、片方がズレまくっている事には変わらない。
顔には出さず、少し痛い気がする頭を片手で押さえつつ、ため息を吐くミナギ。それを横目に、ナギトは名案だとばかりに、シエロにルオーダ採掘場まで運んでもらうユヅキの提案を受け入れる。
精霊を移動手段に使うのも色々ツッコミどころがあるが、それを空を司る風の統括大精霊のシエロにやらせようと平然と言うのだから、本当にユヅキの感覚には驚くばかりだ。
今までシエロを移動手段に使おうと言う提案が出なかったのは、受けて来たクエストがそこまで遠出にならなかったからだろう。
「じゃあ、移動はシエロに頼むとして……ゆづ、ミナギ、お前等はどうしたい?このクエスト受けるか?」
「アタシはいいよ」
「オレも」
ナギトの問いかけに、二人とも異論なし。今回の鉱石採取が、受けるクエストとなった。
クエスト:ルオーダ採掘場での鉱物採取。危険度Dランク。
採取内容:鉄鋼石を十五個。品質や大きさにより報酬の変動あり。その他鉱石やモンスター討伐報告品の買取希望の場合は、クエストカウンターにて報告する事。
受けるクエストの依頼内容が再度ナギトによって読み上げられ、ユヅキとミナギは「はーい」と揃って異口同音。
眼帯に隠していない左目を細め、ふっと息を吐くように短くナギトは笑う。普段、目を眇めて笑う、人の悪い笑みではなく、柔らかい笑顔で。そんな笑い方も出来るのかなんて、感動したのはミナギ。
感動するばかりで、うっかりミナギは気付いていなかった。
普段その笑みを向けられるのはユヅキばかりで、自分もその顔を見せてもらえる、ナギトにとっては身内の枠の中に入った事に。
「あ、そーだ。ミナギ、忘れないうちにお前にコレやる」
「はい?」
言ってナギトが、レッグバッグタイプの自分のアイテムバッグから取り出した何かを、ミナギに向かって差し出す。大きさは、ミナギの両手より少し大きいくらいだが、そこまで重いとは感じない。でも、確かに重さはある。
ほぼ反射的に受け取ってしまったミナギだが、戸惑ったのは五人の小さな精霊達の反応だ。
好奇心からか、先にナギトが手渡した物を覗き込んで確認したらしく、ええーっと驚いたような仕草を見せている。
何事かと五人の小さな精霊達の姿を横目に、ナギトの手が離れ、視界に全景が見えた、瞬間。ぎょっとミナギは目を見開いた。
ナイフだ。ナイフがある。
鎌のように湾曲した刃を持つ、ナイフと言うには特徴的な形をしたものだが。
「えっ!なっ?!」
「面白い形してるだろ、コラムビって名前の短剣だ。鎌みたいに曲がってるけど、両刃だから斬るだけじゃなくて、刺してえぐる使い方も出来る」
「あ、そうなの……じゃぁなくって!」
うっかり流されそうになり、慌ててミナギは頭を左右に振って軌道修正。
思わず声を荒げて顔を上げるミナギに、はてどうしたのだろうと首を傾げるのは、ナギト、ユヅキ、アルバ、セラータの二人と精霊コンビ。
ナイフの、コラムビの説明は勿論必要だしありがたいが、優先事項が違う。ナギト達はミナギが何を言いたのか絶対理解していないだろう。不思議そうな顔をして顔を見合わせているのが、その証拠。
五人の小さな精霊達は、興味深げにコラムビをつんつんと突き、おおーと感動の声を上げている。精霊達の声はミナギには聞こえない為、あくまでもミナギがそう判断しただけ。
アルバやセラータを見れば、こっちもナギトやユヅキと似たり寄ったりな反応。論点を誰も理していない。
「なんでこれをオレに渡すのかって話!オレ、ナイフならちゃんと持ってるよ」
「持ってるのって、『採取用』のでしょ?しかも購買で買った市販品」
「ソレは、『護身用』だから、用途が違う。しかもミナギが持ってんのは『植物採取用』の安物ナイフだから、ちょっと硬いモン切ろうとしたら、すぐ刃こぼれしてダメんなるから。でもその点、コッチは頑丈だから安心してイイ」
理由は、わかった。まあ納得出来る。
ユヅキの言う通り、ミナギが持っているナイフは初めてクエストを受ける時、持っていた方が良いかと思って、少ない手持ちのお金で買ったナイフだから。採取用ナイフかどうかまでは見ていなかったが、いくつもあるナイフの中で一番安かったから選んだのは確かだ。
再度、手の中にあるコラムビへと目を落とすミナギ。長さは、大体二十センチ強、湾曲した特徴的な姿で、柄の先端には穴が開いていて、紐を通せるようになっている。鞘に入っている為、まだその刀身は見ていないが、このコラムビが確実に新品である事は断言出来る。鞘も柄も、綺麗だから。
気のせいだろうか。この刃の湾曲した角度に、ちょっと覚えがあるのは。
それはミナギの傍に居る五人の小さな精霊達も同じらしく、しきりに、あれー、あれーっと首を傾げている。最初に何かに気付いたのは、小さな光の精霊。
あーっと大きな声を上げる動きを見せたかと思えば、両手を顔の近くまで上げ、見えない何かを引っかくような仕草を見せる。すると、他の小さな精霊達が、光の精霊をそれだとばかりに指差し、揃って納得。
うん、オレを置いて勝手に納得しないで欲しい。
誰か説明求む。
ムッと眉を顰めるミナギと、五人の小さな精霊達のやり取りを見て、楽しそうに声を立てて笑うのはユヅキとアルバ。セラータも、お座りをしながら面白そうに眉を細めて笑っている。
唯一未契約の精霊達の姿が見えないナギトだけは、何が起こっているのかわからず首を傾げていたけれど、ユヅキの説明に、嗚呼成る程と頷く。
姿は見えないけれど、大体ミナギの傍に居るからここら辺かな、と適当な場所に視線を投げ、ニヤリ、笑う。
「まだ鞘から抜いてないのに気付くとか凄いじゃん」
「だーからオレを置いて皆勝手に納得しないで。説明して。チビ達は何に気付いたの?」
「そのコラムビの原材料!ミナギくんも、鞘から抜いたらわかると思うよ?」
「答え合わせならしてあげるからぁ、抜いてみたらどうかしらぁ?」
楽しんでいる。こいつら全員、楽しんでいる。例外なく。
いつもはナギトを止める側のユヅキですら、ニコニコと楽しそうな笑顔。まあ、ミナギで遊ぼうと思っていない分、まだナギト達よりはマシだけども。あえて言うなら、あのセラータまで楽しそうにしているのが、気になるところだ。
とは言え、ミナギが本当に嫌がる事はナギト達は絶対しない、と断言出来るのだから、面白い話。
短くふぅと息を吐き、右手でコラムビの柄を握り、そうっと鞘から引き抜く。真っ白な刀身が、ミナギの目の目に現れる。
しかし、ただ真っ白なのではない。刀身の中央。真っ白な刀身の中央に、似たようなカーブを描く黒いものがある。刀身に埋め込まれた後に、綺麗に磨き上げられた何か。長さから見て、何かの爪のような――。と、そこまで考えて。ミナギの脳裏に浮かぶ、とあるモンスターの姿。
その牙に噛み付かれる事はなかったものの、振り下ろされる爪が左肩に突き刺さった。
いやいやそんなまさかと首を横に振るミナギだが、否定すればするほど、自分の中の何かが当たっていると訴えかけている。他でもない、自分に突き刺さった爪を、忘れる筈がない、と。
加えて、さっき光の小さな精霊が何かを引っかくような仕草を見せてながら、仲間達に話しているところを思い出せば、答えはおのずと出て来る。
もし仮に、当たっているとして、刀身に埋め込まれている黒いものが爪だとしたら、この、ナイフ全体の真っ白いものは。
「……ネグロ・トルエノ・ティグレ……の、牙?」
頬を引き攣らせながらミナギが呟いた、直後。響く拍手喝采。
アルバやセラータは、動物の姿である為拍手は出来ないが、拍手をしているような動作を見せている。
えええええっと驚愕の声を上げるミナギに、楽しそうに腹を抱えて笑うのはナギト。ユヅキも嬉しそうに笑っているし、アルバも五人の小さな精霊達も笑っていて、セラータも目を細めて尻尾をゆらゆらとゆらめかせている。どことなくその姿は、楽しそうだ。
「ちょ、何これ!どう言う事っ?!」
「んー。ネグロ・トルエノ・ティグレの素材、いくつか貰っただろ?で、俺とゆづの分を、知り合いに投げたんだよ」
「ミナギくんは、そのまま学園に買い取ってもらってたけどね」
「ああ……そう言えば、誰かにあげる、みたいな話してたっけ」
言われて、数日前の記憶を手繰り寄せる。あれは、ネグロ・トルエノ・ティグレに襲われて、学園に戻った後の事。
諸々の報告を終えた後、クエルノ・ラビットの討伐任務はクリア出来なかったものの、ネグロ・トルエノ・ティグレを討伐した事で、その素材を買い取ってもらえる話になっていた。だが、ナギトはネグロ・トルエノ・ティグレの一番長い牙を二本、爪を四本と、小さく切った毛皮を数枚。ユヅキは小さめの牙四本と爪を二本を引き取り、残りはミナギに全部分けてくれた。
ネグロ・トルエノ・ティグレを相手に頑張って生き残っていたから、と。頑張ったご褒美だったり、到着するまで時間がかかったお詫びだったり、理由は色々で。
渡された素材は、ミナギは全部学園に売ってお金にして、今後の為に貯金しておいた。素材として持っていても、どう言う風に使うかわからないから。
きっとナギト達なら、最大限有効活用出来るんだろうなと思いつつ。そう言う事を判断する為の知識も、まだ自分には足りないとわかった話だ。結界術師としての勉強だけじゃなく、個人的に調べたり覚えたりする事が多過ぎる。時間が足りない、圧倒的に。
とりあえず、ナギトとユヅキは自分の取り分の素材を、誰かにあげると語っていた。
「ねーナギト、この素材、あの人にあげる?」
「ん、欲しいって言ってたからな。流石に毛皮はまともなもんないけど。思いっきり貫いたからなぁ……。もうちょい上手く調整してりゃ良かったわ」
「でもぉ、毛皮は加工するんじゃなくてぇ、研究に使うんでしょぉ?それならぁ、どちらにしても結果は同じだと思うけどぉ」
「にゃぁ」
今でもしっかりとナギト達の会話を覚えているのは、完全に蚊帳の外状態で寂しかったから。ミナギ自身には、自覚はないけれど。
だがまさか、その時の話が今回とどう繋がるのだろう。鞘にコラムビを戻し、ミナギが見るのはナギトの顔。何よりも饒舌に、これはどうすればと訴える視線と表情に、ぷっと小さく噴き出すのは、まあ当然ナギトだ。
ユヅキからにっこり笑顔で頭を撫でられた時は、流石にどうしたものかと悩んだ。
撫でられるのは、慣れていない。まだ。
「なんか研究でモンスターの素材使いたいってんで、それなりに強いモンスターの素材手に入れたら回してくれって言われてんだよ。で、今回はネグロ・トルエノ・ティグレの素材投げたってワケ」
「で、その時ナギトがミナギくんの話して、『素材使ってナイフ作って、使いやすいヤツ』って言ってたの」
「結果、出来たのがソレ。牙をメインに、爪も埋め込んだそのコラムビが出来たって話。ネグロ・トルエノ・ティグレの素材使ってるから、刺すだけでも相手を麻痺させられるかな。緑の魔石も埋め込んで、麻痺能力強化してるって言ってた」
説明のわかりやすさに成る程、と頷く余裕はなかった、ミナギには。
ここまでの説明でまず何よりも第一に出て来た感想は、高そう、と言うもの。多分、今のミナギでは普通に変えないようなものだ。素材分の費用はかかっていないとしても、魔石の代金や加工代金等、あれこれ考えると嫌になる。
普段触れない物の値段なせいか、ちょっと予想が出来ない。
「……ホントにもらってもいいの……?後からオレ請求書来たりとか……」
「ナイナイ。仮に来るとしたら、作ってくれるように頼んだ俺に来るから」
「うんうんっ。で、コラムビはナギトからで、これはアタシからっ!ミナギくんのアイテムバッグはベルトポーチ型だし、丁度良いかなって」
「待って待って、ゆっくり、ゆっくり頼んでいい?展開早過ぎて付いてけない」
満面笑顔のユヅキから差し出されたのは、剣を腰に吊るす為に使われるベルト、正式名称は剣帯。
相変わらずの展開の速さに、もうミナギは付いて行けない。
確かにミナギが使うアイテムバッグはベルトポーチ型ではあるが、それとコラムビの剣帯とどう繋がるのか。否、使い方としてはわかるけど。
誰かからプレゼントを貰うなんて、初めてで。正直な話、どんな顔をして、どう言葉を返せば良いか、わからない。だからか、ミナギの顔に浮かぶのは――戸惑い。今持っているナイフが採取用の安物だから、それ以外の用途で使うのには不向き。それはわかる。わかるけれど、やっぱり展開が早過ぎる。
「次は採取任務やるから、ナイフでの戦い方は今度詳しく教えるけど、とりあえず何か遭ったらそのコラムビ使って刺すって覚えとけよ」
「…………う、うん……。あの、本当にもらっても」
「いーのいーの。てか、もらってくれなきゃ俺が締め上げられる」
「誰に」
「ゆづに」
「アタシに」
思わずミナギがユヅキを見てしまったのは、仕方なく。
にっこりと笑顔を見せているものの、その笑顔が作り笑顔に見えるのは――気のせいじゃない。多分、きっと、絶対。どうやらユヅキ的には、まだネグロ・トルエノ・ティグレに襲われたミナギの救援が遅くなった事を許していないらしい。意外と根に持つタイプのようだ。
とりあえず、受け取っておこう。
「……え、と……次の採掘クエ?って、なんか持ってくものある……?あんまりわかんないんだけど、ツ、ツル……なんとかって道具必要って」
「ん、ツルハシな。ヘタにでかいの買わずに、片手で振り回せるくらいの大きさのにしとけよ。体鍛えたいってんなら、でかいのでもイイ」
「ミナギくん、この後時間ある?あったら、一緒に購買行こ?アタシも小さいの使ってるから、おすすめなの教えてあげるっ!」
「それがいいわよぉ。自分に合った道具を見付けるのはぁ、意外と難しいのよねぇ」
ナギトからのプレゼントのコラムビと、ユヅキからのプレゼントの剣帯と。二つを一緒に、ベルトポーチ型のアイテムバッグに仕舞い込み、話をクエストに戻す。このままナギトとユヅキのペースに巻き込まれていると、なかなか話が進まない事は、これまでの経験からわかったから。
強引な軌道修正は、このパーティでは必須である。
唯一、話の展開に付いて行けない五人の小さな精霊達には、ユヅキが通訳しておいてくれた。
ネグロ・トルエノ・ティグレの牙や爪で作られたコラムビの件では、予想が当たっていた事に喜び。剣帯の話では必要なやつだと納得を見せ、つるはしの話では大きな大きなツルハシの重さに振り回される人の動きの真似をしてみせて。
喋っている言葉はわからないけれど、充分彼等が何が言いたいのかはわかった。
その後、手続きをして来ると言って先に東屋から去って行くナギトを見送り、ユヅキとミナギは精霊達と一緒に購買へ。
購買とは言うものの、全寮制の学園で、生徒は勿論教師や職員も多いせいか、何でも揃っている大型複合スーパーの様相だ。なんなら家具まであるのだから、スーパーですらないかもしれない。それ以上だ。
ミナギ自身も入学してから何度か利用した事はあるが、本当に何でも揃い過ぎて怖くなってしまう。
「薬作る施設あるし、薬の材料栽培するスペースもあるし、剣とか魔法銃ある鍛冶場あるし、クエストは外部からも依頼来るし、購買はくっそ広くてなんでもあるし、この学園ホントなんなの」
言いたい事は他にも色々あるが、とりあえず今気になった部分だけ列挙しただけでも、本当にこのベル・オブ・ウォッキング魔法学園と言うものは規格外だ。どれだけ金をかけているんだと、下世話な想像すらしてしまう。
まあ、考えたところで、実際にそれがいくらかなんて、ミナギにはわからないけれど。とりあえず、ゼロがいくつも付く事は間違いない。
「今更よねぇ」
「まー……学園長は長生きだし?」
「その一言で片付けちゃうユヅキさんもユヅキさんだよね」
「褒められてないことはわかったよ?」
「褒めてないからね」
真顔で首を傾げるユヅキに対して、こちらも真顔で返すミナギ。若干微妙な空気になったものの、すぐに二人は今回の目当ての品物を探しに歩き始める。目指すは、クエスト備品コーナーだ。
ちなみに、アルバはミナギの肩の上で、セラータはユヅキの肩の上。
購買に来るまでは珍しくセラータも自分で歩いていたのだが、人の多い購買部では踏まれる可能性があった為、ユヅキの肩の上に移動した。
他に何か買う物あったっけ、なんて。ついでの買い物も済ませようと思うが、ちょっとすぐには思い付かない。買い物をしているあいだに思い出す可能性もあるし、まずは自分用のツルハシで良いか。
そう思って、クエスト備品コーナーに移動するのに――運が悪く、会いたくない人間に遭遇してしまった。最悪だ。
「おんやぁ?なんっか見覚えあると思ったら……ハッ!魔力なしミナギじゃないか。お前、まだ学園居たのか?あーそっか、稀少な結界術師サマだっけ。そりゃ簡単に退学に出来ねーか。学園長も大変だよなぁ」
「お荷物チビなんかがうちの家名名乗ってるってだけでも気分悪いのに、学園まで同じとか、恥ずかしくて死にそうよ」
「ウソツキミナギ、パーティ入ったらしいけど、どうせメンバーにウソついてるんでしょ?騙されちゃって、パーティメンバーの人がかわいそ。早く現実理解しなよ」
「何が欲しいのミナギちゃん、お姉さまがぁ、おさがりあげちゃうよー?お姉さまの靴を舐めたらだけどっ!キャハハハッ」
「アンタら、わざわざこんなのに絡みに行くとか、バッカじゃない?」
「時間の無駄」
クエスト備品コーナーに向かう途中で運悪くミナギが遭遇したのは、セニオル家の従兄弟達だった。学園内でも一緒に動いている事が多いせいか、一気に六人も。
それぞれ侮蔑の視線をミナギに向け、目が合うと露骨に嫌悪感を見せて来た。人によっては吐き気がするとストレートに言うのだから、相変わらずな人達だ。周囲には他の生徒や教師、購買部のスタッフが居る筈なのに、彼等の存在をまるで気にしていない。
まあ、この世界クレティアで一番大きな大陸であるロディッキ大陸の中でも有名な魔法士一族のセニオル家ともなれば、多少の視線は気にならないのかもしれない。むしろ中には、見なかった振りをしてそそくさと去って行く生徒も居るのだから、普段彼等がどんな言動をしているのか、察する事は簡単だ。
いつもの事だと無視を貫き、クエスト備品コーナーに向かおうとするミナギの進路を、一番に話しかけて来た、六人の中では最年長のリーダー気取りの男が、遮る。腰から剣を下げているところから見て、魔法剣士である事は間違いない。
「おいおい、このセニオル家のエース、アトラス様を無視するなんて……ちょっと見ないうちに自分の立場忘れたみたいだなぁ?やっぱ教育って必要だわ」
「っ!ユヅキさんストップ!ストップ!!アルバもセラータも!ちょっと待って!!」
今までであれば、従兄弟達からの暴言に無言で耐えているミナギだったが、今回は別。
無言でセニオル家の六人――特にアトラス様と自称したリーダー気取りの男に向かって行こうとするユヅキ、アルバ、セラータを必死に止める。本当待ってくれ、人一人と精霊二人を同時に止めるのは難しい。
ユヅキ達が何をするのか、それはわからない。わからないけれど、止めなくてはダメな気がしたと後にミナギはナギトに語る。そして、その勘は正しかったと神妙な顔をしたナギトに肩を叩かれるのだから、自分は正しかったと知るには十分。
何かする前に止められ、ムッと不満を顔に浮かべるユヅキだが、すぐに何か思い付いたのか、歌い出す。正確には――精霊の言葉で喋り出す。
怪訝な表情を見せるアトラス達に、慌ててミナギはユヅキの肩を掴む。自分だけならまだ良い。でも、ユヅキまで彼等の標的になるのは、嫌だから。
「ほ、ほらユヅキさん!ナギトさんにすぐ戻るって言ったでしょ?!行こ!行こ!コイツ等の言ってる事は、気にしなくていいから!」
「ハッ?ミナギの癖に生意気言ってんじゃねぇぞ!!」
「セニオル家の面汚しが!」
「結界術師だからってちやほさされちゃって、ウソツキのクセに!!」
「身の程をし」
突然、音が消えた。
え、と驚き周囲を見回すミナギだが、セニオル家の六人はまだミナギの目の前に居て、まだ色々と怒鳴り付けているのは、はっきりと見えるのに。まるで彼等の声が聞こえなくなっていた。
困惑するミナギの横で、にぃっこりと笑ったままなのはユヅキ。見事なまでの作り笑顔に、ユヅキが何かしたと考えるのが定石。だが、何をしたのか。流石にそこまではミナギにもわからない。あえて言うなら、ミナギが何か言う前にユヅキの肩の上に居たセラータが、ストンと床の上に下りたくらいか。
ユヅキが、ミナギの手を掴む。そのままぐいぐいと引っ張り、その場から離れてしまう。無視をされれば余計に怒らせ、追い駆けて来るのではと心配するミナギをよそに、なぜか追い駆けて来る事もない。
振り返れば、なぜかアトラス達は驚いた様子でキョロキョロとしている。
その足下にはセラータが居て、一人一人後ろ足で一発ずつ蹴っていた。戦闘中に見せる姿ではなく、成猫サイズの今の姿では、大したダメージにもならないだろうに、不思議な話だ。
「あ、あの、ユヅキさ」
「あの人達きらーい。ミナギくんの事なんにも知らないのに、ひどい事ばっかり。あれ以上聞きたくないから、ミナギくんの傍に居る風の子二人に頼んで、声を散らして聞こえなくしてもらった」
「それでぇ、わたしがちょぉっと光の加減を変えてぇ、他の人間の目からぁ、ゆづ達を見えなくしたのぉ」
さも当然とばかりにユヅキとアルバは語るが、少なくとも声を聞こえなくしたり、姿を消したりなんて、魔法では難しく、マジックアイテムであれば高価な代物になる。そんな事をあっさりとやってしまうなんて、精霊や精霊術は本当凄い。
そう言えば、さっきまであからさまに怒っていた五人の小さな精霊達が、今は頬を膨らませながら、腰に手を当てている。その姿は、どうだ参ったかと言わんばかり。
特に風の精霊二人にもなれば、両手でハイタッチした後、頑張ったねとお互いを労うように肩を叩いていた。
どうやら、さっきユヅキが精霊の言葉で話していたのは、この事だったらしい。
アルバはともかく、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達には、精霊の言葉でないと話が通じないから。
「……えっと、このチビ達に何かお礼した方が良い……よね?」
「うん?ん-ん、お礼要らないと思う。だって、この子達から、『ミナギ助けるにはどうしたらいい?教えて!』て来たから。多分、ミナギくんがお家で色々言われてる時何も出来なかったのが悔しかったんじゃないかな?」
まだ手の平サイズの小さな精霊と言えど、精霊は精霊。少なからずちゃんとした精霊の力は保有しているものの、どう使えば良いかわからない為、何も出来ない、と言うのが現実。
どれだけ便利な道具も、使い方を知らなければ宝の持ち腐れ。それと同じ状態だ。
だからこそ小さな精霊達は、それなりに成長した精霊達の傍に居て、自分に適した力の使い方を教えてもらうらしい。
空気でミナギ達が何を話しているのか察したのか、申し訳なさそうな顔をする五人の小さな精霊達の頭を、順々に撫でる。
四六時中一緒に居るのもあって、なんとなく言いたい事はお互いに伝わるようになった。細かい意思疎通では、相変わらずユヅキの力を借りる必要があるけれど。大雑把には出来るようになったのは、進歩だと言えるだろう。
だが、次にユヅキから出て気た提案には、流石に驚き慣れていたミナギも驚いた。
「どうせならミナギくん、その子達に指示出せるようにしてみたら?」
「なんて?」
「五人居るから、五本の指でどの指が誰か決めて、それから攻撃、防御、みたいな感じで。単純な指示なら、それで十分出来るでしょ?」
「あぁらぁ、いいじゃなぁい。それならぁ、その子達も力の使い方覚えてぇ、特性も出て来ると思うわよぉ?」
まずツッコミを入れるべきか、アルバの言う特性を気にして質もした方が良いのか、真面目に悩んでしまうミナギは、ある意味正常だったと言える。だが、なんとなく長い話になりそうな気がして、とりあえず我慢。
気にはなるが、先に自分用のツルハシを買おう。話に夢中になって、うっかり購買部に来た目的を忘れてしまった、なんて事になりそうだから。
足早にクエスト備品コーナーに移動。小さめで、女子であるユヅキでも片手で簡単に振り回せるくらいのツルハシを選び、購入。しかも、耐久力の事を考えて普通よりも高い物を。
ネグロ・トルエノ・ティグレの素材を売ったお金があって良かった。心底そう思う。
無事にツルハシも買えた為、一路、クエストの話をしていた東屋へと戻る。その道すがらミナギが聞いたのは、当然アルバがさっき言っていた特性の話だ。
別行動をしていたセラータは、いつの間にかユヅキの肩の上に戻っていた。
「ユヅキさん、さっきアルバが言ってた『特性も出て来る』ってのは?」
「うん?ああ、精霊って、それぞれ個性があるみたいに、力の使い方にもちょっと違いが出て来るの。簡単に言うと、攻撃系か、防御系か、みたいな?」
「……うん?」
多分ユヅキは簡単に説明しようとしてくれたのだろう、それはわかる。だが、いまいち理解が追い付かない。それは多分、ユヅキにとっては当たり前のもので、言葉選びが難しいから。
うーんと眉を顰めて唸るユヅキが、ナギト助けてなんて呟くのは、多分仕方ない。
「えーっと……ほら、風で言うと、そよ風みたいな優しい風もあれば、嵐みたいな激しい風もあるでしょ?精霊の力の使い方にも、そう言う差が出て来るの」
「え、精霊って、皆同じじゃないの?」
「違うわよぉ。わたしやセラータ達みたいな統括大精霊は違うけどぉ、精霊によって力の使い方に差があってぇ、得意不得意があるのぉ」
精霊に関する知識が乏しいのは認めるが、まさかそんな違いがあるだなんて、誰が考えられるだろうか。
しかもよくよく話を聞けば、どの属性の精霊にもその特性はあって、力の使い方にかなり個体差が出るらしい。どんな風にと訊くミナギは、当然の反応。
「わかりやすいので言うとぉ……ネグロ・トルエノ・ティグレにミナギが襲われた時にぃ、助けてくれたあの子かしらぁ?」
「あ!あの泉に住んでる水の精霊さん!ミナギくんを守ったり、ケガを治したりするのは得意だけど、攻撃は苦手だって言ってた!」
わかりやすい例を言われて、成る程納得。
言われてみれば、あの時助けてくれた泉の水の精霊は、攻撃を得意としていなかった。ミナギに襲い掛かろうとするネグロ・トルエノ・ティグレを止められず、でもミナギを守るべく作り出した水球や、ケガを治療する力は強かった。
小さな精霊は、力の使い方も未熟で、教えてもらいながらそう言う特性が現れると、つまりそう言う事。
それはミナギの傍に居る五人の小さな精霊達も同様で、本当なら今もまだ他の精霊達に力の使い方を教えてもらう必要があるレベルらしい。が、その教育段階に自分達が居る事を自覚しながらも、ミナギの傍に居る事を決めたと、つまりそう言う事。
だからその分、力を使う練習もかねてミナギの指示通りに力を使うようにしてみては、とユヅキは提案したのだ。
勿論、既にユヅキが通訳していて、本人達の意思は確認済み。
「……さっきみたいに、音を散らして消したり、光の加減を変えて姿を消したりも出来る?」
「うん。どうでも良い声は聞かなくて済むし、あの人達に絡まれてもすぐに逃げられるようになるよっ」
「んにゃぁん」
「指示の出し方はぁ、ミナギくんがその子達と相談して決めたら良いわよぉ」
簡単な話だとばかりに語るが、実際にやるとなるとかなり難しい筈だ。
精霊に関する知識もあまりない人間相手なのだから、もう少しハードルを下げて欲しい。ナギトいわく、母親のお腹の中に居る頃から精霊達が傍に居たらしいのだから、感覚が一般的な人間よりズレているのはわかるけれど。
やる事が多い、本当に本当にやる事が多い。時間が足りない。
勉強に調べものに加えて、今度は精霊達との簡易指示の出し方の研究と、コラムビでの戦い方の訓練まで追加されたのだから、分刻みのスケジュールを考えたとしても、時間が足りない気がする。
まあその分、嫌味な兄弟達の事を考える余裕もなくなる気がするけれど。
「こむら……じゃない、えっと、こむび……」
「コラムビ?」
「多分それ!こ、こら……むび……?での戦い方、ユヅキさんに教えてもらうのはダメ……?」
はっきり言ってナギトさんに教えてもらうのはちょっと、結構かなり怖い。スパルタな気がして。不安げな表情を浮かべてそう語るミナギを見つめ、数回ぱちくりと瞬きユヅキ。
しかし次の瞬間には破顔一笑。声を立てて大笑い。
「だいじょーぶ!ナギト、そんなスパルタじゃないよ」
「そうよぉ。お父様たちにぃ、スパルタで仕込まれたからぁ、スパルタがどれだけ大変かぁ、わかってるからぁ」
「にゃむにゃむ」
出来ればユヅキ達の言葉を信じたいが、実際はどうか、やってみないとわからなくて。相手がユヅキだから優しく教えた、と言う可能性も捨てきれない。
否むしろ、ユヅキ自身もナギトの両親に鍛えられた可能性もあるけれど。
と言うかそれ以前に、このかなり特殊な形状のナイフでの戦い方を、ナギトは習得しているのだろうか。そう考えるミナギだが、なんとなく習得している気がするのだから、厄介な男だ。
けれど、厄介ではあるが、説明はわかりやすく、意外と面倒見が良い事を考えると、あまりあれこれ文句を言うのも贅沢かもしれない。そう思う。もしかしたら、セニオル家の兄弟達がなんだかんだと理由を付けて自分をパーティに強引に加入させ、ストレス発散と称した暴力を学園内で揮っていた可能性もある。
魔力なしは人権以前に存在すら認められないセニオル家だ。稀少な結界術師だとわかったミナギは、魔力なしにも関わらずセニオル家でかなり優遇される存在になった。兄弟達から見れば、面白くないと思っても当然だ。
そんな状況から、ナギト達は救い出してくれたのだから。本人達に自覚はなくとも。
「……………………ミナギ、正直に話せ。コイツ等何した?」
「顔見ただけでわかるの凄い通り越してちょっと気持ち悪いんだけど」
ユヅキ達と東屋に戻った時、既にクエストカウンターでの手続きが終わったらしいナギトが、何やらいくつもの本を積み重ね、左手で握った万年筆をノートに走らせていた。
ただいまの声に顔を上げ、お帰りと言おうとしたところで、先ほどの言葉。
思い切り眉を顰め、うわぁ、と小さく声を出して。質問と言うよりも、断定的な言い方をしているところに、付き合いの長さが感じられる。うん、うっかり本音が出てしまったけれど、ユヅキ達の顔を見ただけでわかるのは凄い。
「ナギトひどい!アタシはちょっとこの子達にアドバイス求められただけだもん!」
「わたしもぉ、ちょぉっとミナギくんを守る為にぃ、頑張っただけよぉ?ねぇ、セラータ?」
「なん。ぶるぁぁぁっ。ふー……っ」
侃々諤々。
購買でこんな事があった、あんな事があったと語るユヅキとアルバと、いつも通りに見えていつもより鳴き声の多いセラータ。そんな一人と精霊二人からの猛攻を、だがしかしナギトははいはいと軽く流している。
一応話は聞いているが、その全てをよくやったと褒めたり受け入れたりはせず、ところどころでしっかりユヅキ達を叱っている。
そんな中でナギトが血相を変えたのは――ミナギが、セラータがアトラス達の足を一発ずつ後ろ足で蹴とばしていた、と言う目撃情報。ぎょっと目を見開き、真偽を確認する為にナギトがセラータを見れば、普段あまり表情を変えないセラータにしては珍しく、わかりやすく笑ってみせた。
星空のような瞳を細め、口角を上げて。ちょっと人間っぽい笑顔だと思ったのは、ミナギだけだっただろうか。
しかし、そんなミナギの思考をよそに、血相を変えたナギトは握っていた万年筆とノートを放り出し、ユヅキの肩の上に居たセラータをガシッと掴み、持ち上げる。
「お前、『印』付けたな?絶対付けたよな!バレたらどーすんだ!!」
「うなぁん。にょん?んのー」
「バレたりしないわよぉ。だぁってあの子達の中にぃ、精霊術師居なかったものぉ」
「そう言う問題か!」
「……ユヅキさん、説明求む」
あのナギトが血相を変えると言う事は、何かしら問題行動をセラータが起こした事はわかる。わかるけれど、流石に理由まではわからないミナギ。
唯一説明してくれそうなユヅキを見れば、これまたさっき購買で見たのと同じ、見事な作り笑顔を浮かべていた。
「印って言うのはね、精霊や精霊術師にしか見えないものなんだけど、『この人にイタズラしても誰も怒らないよー』って教えるものだよ。」
「……え、何それ。つまりイタズラ許可印って事?」
「昔からあったみたいで、精霊にとって悪い事した人に印付けて、印付けた人はあえて迷わせたり、極致豪雨に遭わせたり、色々してたみたい。小さい精霊が力を使う練習にもなってたのかな」
ちなみに、精霊にとって悪い事は、統括している場所を故意に汚したり、なんらかの形で破壊したりだそうで。イタズラの内容は精霊それぞれだが、悪い事の内容にもより、時には命の危険もあるらしい。
まあ命の危険が迫る程のイタズラは、もはやイタズラではなく天罰レベルな気がするが。
「くぉらゆづ!お前もセラータが印付けてるのわかってて何も言わなかったろ!」
「とうっぜんっ!ミナギくんにひどい事言う人達だもん。ちょっとくらいイタズラされても良いっ!!小さい子達のイタズラなんて、ちょっと困るくらいだもん!セラータが直々にやらなかっただけ良かったと思って!!」
「バッカ言うな!!セラータがやったら流石に問題だわ!ベル・オブ・ウォッキングから学園長に通報されるだろうが!!」
「グラールに口止め頼んどけば問題ないもん!」
「そう言う問題か!!」
ナギトの正論はもっともなのだが、全く反省していないユヅキには正論は正論ではなくなる。聞き慣れない名前らしき単語が出て来たが、今は訊く余裕も隙もなくて。
とりあえず、さっきの話が本当なら、セラータはアトラス達にイタズラ許可印を付けた事になる。どの程度のイタズラをされるのか気になるが――大丈夫だろうかと彼等を心配する気持ちが浮かばないのは、相手がアトラス達だからだろうか。
二人の小さな風の精霊が、ミナギの前で自分の存在をアピールするように踊る。
軽く首を傾げてどうしたのかと問えば、向かって右側の風の精霊が、相棒を指差し両手を左右にブンブン振って指示を出すような動作を見せ、左側の風の精霊は敬礼してから小さなつむじ風を起こして見せた。
つむじ風とは言っても、威力を調整してかなり弱くしてある為、ミナギの前髪を少し揺らす程度だったけれど。風の精霊コンビの意図は、十分ミナギに伝わった。
否、二人だけではなく、小さな精霊達五人の意図、か。
「……オレが、指示、出していいの?皆に」
自分を指差し、そ後指を軽く振ってから、五人の小さな精霊達全員を指差していく。声に出したところで伝わらないのは百も承知だが、まあ、なんとなくだ。
完璧に伝わったわけではないだろうが、購買でのユヅキに通訳してもらった話や、風の精霊コンビのやり取りの事を含めて考えれば、大体ミナギの言いたい事は伝わっただろう。その証拠に、五人の小さな精霊達は、ミナギを見上げてそれぞれ了承のポーズ。
風の精霊コンビは両手を繋いで大きな丸を作って見せ、光の精霊は両手を頭の上に持って行き大きな丸を作ろうとしていたが頭が大きくて中途半端な丸になっていて、水の精霊は水の輪っかを作ってみせて、地の精霊はぐっと小さな手でサムズアップ。
彼等の決意は固いらしい。精霊術師でもないのに、なんて至極当然の感想は、気付かない振りをして。
「睡眠時間、どのくらい削ったらいいかな……」
一気に増えた勉強ややる事リストを頭の中で広げながら、がっくりと肩を落としてミナギが吐き出すため息は重い。
コラムビでの戦い方の訓練はナギト頼み。ならば、モンスターの勉強、魔法の勉強、五人の小さな精霊達への指示の出し方の練習。更に、結界術師としての訓練。やる事は山積み。睡眠時間を一時間や二時間削るくらいじゃ足りないかもしれない。
そう考え、睡眠時間を削った事で体調を崩したミナギが倒れ、ナギトとユヅキがこれでもかと叱られる事になるのは、また別の話。
まあ、直近で受けたクエストでネグロ・トルエノ・ティグレに遭遇して死に直面した事を考えれば、当然と言えば当然の反応。
あの一件は今もミナギの中に強烈な印象を残している。脳まで焼くような痛みと、熱さをもって。傷口もわからないくらい綺麗に治療されていて、本当に襲われたのかと首を傾げてしまいそうになるけれど。
あの痛みと絶望と、眼前にまで死が迫るあの感覚は、忘れようったって、忘れられないものだ。
これから先も、ずっと、一生。
とは言え、このパーティは受けたいクエストは多数決制。加えて、参加に関しては任意参加で強制はなし。だから、嫌だったら嫌だと断れば良い。それはわかっているのだが、実家の援助を受けたくないミナギにとっては、少しでも多く報酬を得たいわけで。やむにやまれぬ事情の為、一つでも多くのクエストを受け、報酬を得る必要がある。
個人的な事情を、ナギトやユヅキに語った事はない。ミナギも自分から言おうとは思わないし、二人も深く踏み込んで訊こうとしない為、話をする機会は今後もないだろう。多分。
今はとりあえず、次に受けるクエストの話だ
「次のクエストは採掘にした。鉱石採取。魔鉱石も出るトコで、規定個数以上採っても評価は上がらないけど、自分の物に出来るから多めに採るのもありだな。モンスターは当然出るけど……どうする?」
「場所は?」
「ルオーダ採掘場。ここから徒歩だと三時間はかかるから、近くの街まで行って乗合馬車に乗るのが定石……だけど、たいぎいなー。上手くソッチ行く馬車捕まえれたらイイけど、ヘタすると街で過ごす必要あるし」
たいぎいわ、なんて言いながら頬杖を突いてため息を吐くナギトをよそに、それはそれで楽しそう、なんて思ってしまうのはミナギだ。普段、クエストを受ける時以外で学園の敷地から出る事がないから、尚更。
少しでも良いから街で過ごす時間が欲しい。そう思うミナギだったが、そんな思いはあっけなく崩れ去ってしまう。
ユヅキの一言によって。
「それならシエロに頼もうよ。シエロに頼めば、馬車使わなくても学園からひゅーんて飛んでけるから、馬車より時間かからなくてすむよ?」
もうミナギはツッコミを放棄した、最初から。
多少一般的な感覚を持っているミナギと、感覚がズレまくっているナギトとユヅキ。どっちを基準にするかにもよるが、どちらに基準を置いたとしても、片方がズレまくっている事には変わらない。
顔には出さず、少し痛い気がする頭を片手で押さえつつ、ため息を吐くミナギ。それを横目に、ナギトは名案だとばかりに、シエロにルオーダ採掘場まで運んでもらうユヅキの提案を受け入れる。
精霊を移動手段に使うのも色々ツッコミどころがあるが、それを空を司る風の統括大精霊のシエロにやらせようと平然と言うのだから、本当にユヅキの感覚には驚くばかりだ。
今までシエロを移動手段に使おうと言う提案が出なかったのは、受けて来たクエストがそこまで遠出にならなかったからだろう。
「じゃあ、移動はシエロに頼むとして……ゆづ、ミナギ、お前等はどうしたい?このクエスト受けるか?」
「アタシはいいよ」
「オレも」
ナギトの問いかけに、二人とも異論なし。今回の鉱石採取が、受けるクエストとなった。
クエスト:ルオーダ採掘場での鉱物採取。危険度Dランク。
採取内容:鉄鋼石を十五個。品質や大きさにより報酬の変動あり。その他鉱石やモンスター討伐報告品の買取希望の場合は、クエストカウンターにて報告する事。
受けるクエストの依頼内容が再度ナギトによって読み上げられ、ユヅキとミナギは「はーい」と揃って異口同音。
眼帯に隠していない左目を細め、ふっと息を吐くように短くナギトは笑う。普段、目を眇めて笑う、人の悪い笑みではなく、柔らかい笑顔で。そんな笑い方も出来るのかなんて、感動したのはミナギ。
感動するばかりで、うっかりミナギは気付いていなかった。
普段その笑みを向けられるのはユヅキばかりで、自分もその顔を見せてもらえる、ナギトにとっては身内の枠の中に入った事に。
「あ、そーだ。ミナギ、忘れないうちにお前にコレやる」
「はい?」
言ってナギトが、レッグバッグタイプの自分のアイテムバッグから取り出した何かを、ミナギに向かって差し出す。大きさは、ミナギの両手より少し大きいくらいだが、そこまで重いとは感じない。でも、確かに重さはある。
ほぼ反射的に受け取ってしまったミナギだが、戸惑ったのは五人の小さな精霊達の反応だ。
好奇心からか、先にナギトが手渡した物を覗き込んで確認したらしく、ええーっと驚いたような仕草を見せている。
何事かと五人の小さな精霊達の姿を横目に、ナギトの手が離れ、視界に全景が見えた、瞬間。ぎょっとミナギは目を見開いた。
ナイフだ。ナイフがある。
鎌のように湾曲した刃を持つ、ナイフと言うには特徴的な形をしたものだが。
「えっ!なっ?!」
「面白い形してるだろ、コラムビって名前の短剣だ。鎌みたいに曲がってるけど、両刃だから斬るだけじゃなくて、刺してえぐる使い方も出来る」
「あ、そうなの……じゃぁなくって!」
うっかり流されそうになり、慌ててミナギは頭を左右に振って軌道修正。
思わず声を荒げて顔を上げるミナギに、はてどうしたのだろうと首を傾げるのは、ナギト、ユヅキ、アルバ、セラータの二人と精霊コンビ。
ナイフの、コラムビの説明は勿論必要だしありがたいが、優先事項が違う。ナギト達はミナギが何を言いたのか絶対理解していないだろう。不思議そうな顔をして顔を見合わせているのが、その証拠。
五人の小さな精霊達は、興味深げにコラムビをつんつんと突き、おおーと感動の声を上げている。精霊達の声はミナギには聞こえない為、あくまでもミナギがそう判断しただけ。
アルバやセラータを見れば、こっちもナギトやユヅキと似たり寄ったりな反応。論点を誰も理していない。
「なんでこれをオレに渡すのかって話!オレ、ナイフならちゃんと持ってるよ」
「持ってるのって、『採取用』のでしょ?しかも購買で買った市販品」
「ソレは、『護身用』だから、用途が違う。しかもミナギが持ってんのは『植物採取用』の安物ナイフだから、ちょっと硬いモン切ろうとしたら、すぐ刃こぼれしてダメんなるから。でもその点、コッチは頑丈だから安心してイイ」
理由は、わかった。まあ納得出来る。
ユヅキの言う通り、ミナギが持っているナイフは初めてクエストを受ける時、持っていた方が良いかと思って、少ない手持ちのお金で買ったナイフだから。採取用ナイフかどうかまでは見ていなかったが、いくつもあるナイフの中で一番安かったから選んだのは確かだ。
再度、手の中にあるコラムビへと目を落とすミナギ。長さは、大体二十センチ強、湾曲した特徴的な姿で、柄の先端には穴が開いていて、紐を通せるようになっている。鞘に入っている為、まだその刀身は見ていないが、このコラムビが確実に新品である事は断言出来る。鞘も柄も、綺麗だから。
気のせいだろうか。この刃の湾曲した角度に、ちょっと覚えがあるのは。
それはミナギの傍に居る五人の小さな精霊達も同じらしく、しきりに、あれー、あれーっと首を傾げている。最初に何かに気付いたのは、小さな光の精霊。
あーっと大きな声を上げる動きを見せたかと思えば、両手を顔の近くまで上げ、見えない何かを引っかくような仕草を見せる。すると、他の小さな精霊達が、光の精霊をそれだとばかりに指差し、揃って納得。
うん、オレを置いて勝手に納得しないで欲しい。
誰か説明求む。
ムッと眉を顰めるミナギと、五人の小さな精霊達のやり取りを見て、楽しそうに声を立てて笑うのはユヅキとアルバ。セラータも、お座りをしながら面白そうに眉を細めて笑っている。
唯一未契約の精霊達の姿が見えないナギトだけは、何が起こっているのかわからず首を傾げていたけれど、ユヅキの説明に、嗚呼成る程と頷く。
姿は見えないけれど、大体ミナギの傍に居るからここら辺かな、と適当な場所に視線を投げ、ニヤリ、笑う。
「まだ鞘から抜いてないのに気付くとか凄いじゃん」
「だーからオレを置いて皆勝手に納得しないで。説明して。チビ達は何に気付いたの?」
「そのコラムビの原材料!ミナギくんも、鞘から抜いたらわかると思うよ?」
「答え合わせならしてあげるからぁ、抜いてみたらどうかしらぁ?」
楽しんでいる。こいつら全員、楽しんでいる。例外なく。
いつもはナギトを止める側のユヅキですら、ニコニコと楽しそうな笑顔。まあ、ミナギで遊ぼうと思っていない分、まだナギト達よりはマシだけども。あえて言うなら、あのセラータまで楽しそうにしているのが、気になるところだ。
とは言え、ミナギが本当に嫌がる事はナギト達は絶対しない、と断言出来るのだから、面白い話。
短くふぅと息を吐き、右手でコラムビの柄を握り、そうっと鞘から引き抜く。真っ白な刀身が、ミナギの目の目に現れる。
しかし、ただ真っ白なのではない。刀身の中央。真っ白な刀身の中央に、似たようなカーブを描く黒いものがある。刀身に埋め込まれた後に、綺麗に磨き上げられた何か。長さから見て、何かの爪のような――。と、そこまで考えて。ミナギの脳裏に浮かぶ、とあるモンスターの姿。
その牙に噛み付かれる事はなかったものの、振り下ろされる爪が左肩に突き刺さった。
いやいやそんなまさかと首を横に振るミナギだが、否定すればするほど、自分の中の何かが当たっていると訴えかけている。他でもない、自分に突き刺さった爪を、忘れる筈がない、と。
加えて、さっき光の小さな精霊が何かを引っかくような仕草を見せてながら、仲間達に話しているところを思い出せば、答えはおのずと出て来る。
もし仮に、当たっているとして、刀身に埋め込まれている黒いものが爪だとしたら、この、ナイフ全体の真っ白いものは。
「……ネグロ・トルエノ・ティグレ……の、牙?」
頬を引き攣らせながらミナギが呟いた、直後。響く拍手喝采。
アルバやセラータは、動物の姿である為拍手は出来ないが、拍手をしているような動作を見せている。
えええええっと驚愕の声を上げるミナギに、楽しそうに腹を抱えて笑うのはナギト。ユヅキも嬉しそうに笑っているし、アルバも五人の小さな精霊達も笑っていて、セラータも目を細めて尻尾をゆらゆらとゆらめかせている。どことなくその姿は、楽しそうだ。
「ちょ、何これ!どう言う事っ?!」
「んー。ネグロ・トルエノ・ティグレの素材、いくつか貰っただろ?で、俺とゆづの分を、知り合いに投げたんだよ」
「ミナギくんは、そのまま学園に買い取ってもらってたけどね」
「ああ……そう言えば、誰かにあげる、みたいな話してたっけ」
言われて、数日前の記憶を手繰り寄せる。あれは、ネグロ・トルエノ・ティグレに襲われて、学園に戻った後の事。
諸々の報告を終えた後、クエルノ・ラビットの討伐任務はクリア出来なかったものの、ネグロ・トルエノ・ティグレを討伐した事で、その素材を買い取ってもらえる話になっていた。だが、ナギトはネグロ・トルエノ・ティグレの一番長い牙を二本、爪を四本と、小さく切った毛皮を数枚。ユヅキは小さめの牙四本と爪を二本を引き取り、残りはミナギに全部分けてくれた。
ネグロ・トルエノ・ティグレを相手に頑張って生き残っていたから、と。頑張ったご褒美だったり、到着するまで時間がかかったお詫びだったり、理由は色々で。
渡された素材は、ミナギは全部学園に売ってお金にして、今後の為に貯金しておいた。素材として持っていても、どう言う風に使うかわからないから。
きっとナギト達なら、最大限有効活用出来るんだろうなと思いつつ。そう言う事を判断する為の知識も、まだ自分には足りないとわかった話だ。結界術師としての勉強だけじゃなく、個人的に調べたり覚えたりする事が多過ぎる。時間が足りない、圧倒的に。
とりあえず、ナギトとユヅキは自分の取り分の素材を、誰かにあげると語っていた。
「ねーナギト、この素材、あの人にあげる?」
「ん、欲しいって言ってたからな。流石に毛皮はまともなもんないけど。思いっきり貫いたからなぁ……。もうちょい上手く調整してりゃ良かったわ」
「でもぉ、毛皮は加工するんじゃなくてぇ、研究に使うんでしょぉ?それならぁ、どちらにしても結果は同じだと思うけどぉ」
「にゃぁ」
今でもしっかりとナギト達の会話を覚えているのは、完全に蚊帳の外状態で寂しかったから。ミナギ自身には、自覚はないけれど。
だがまさか、その時の話が今回とどう繋がるのだろう。鞘にコラムビを戻し、ミナギが見るのはナギトの顔。何よりも饒舌に、これはどうすればと訴える視線と表情に、ぷっと小さく噴き出すのは、まあ当然ナギトだ。
ユヅキからにっこり笑顔で頭を撫でられた時は、流石にどうしたものかと悩んだ。
撫でられるのは、慣れていない。まだ。
「なんか研究でモンスターの素材使いたいってんで、それなりに強いモンスターの素材手に入れたら回してくれって言われてんだよ。で、今回はネグロ・トルエノ・ティグレの素材投げたってワケ」
「で、その時ナギトがミナギくんの話して、『素材使ってナイフ作って、使いやすいヤツ』って言ってたの」
「結果、出来たのがソレ。牙をメインに、爪も埋め込んだそのコラムビが出来たって話。ネグロ・トルエノ・ティグレの素材使ってるから、刺すだけでも相手を麻痺させられるかな。緑の魔石も埋め込んで、麻痺能力強化してるって言ってた」
説明のわかりやすさに成る程、と頷く余裕はなかった、ミナギには。
ここまでの説明でまず何よりも第一に出て来た感想は、高そう、と言うもの。多分、今のミナギでは普通に変えないようなものだ。素材分の費用はかかっていないとしても、魔石の代金や加工代金等、あれこれ考えると嫌になる。
普段触れない物の値段なせいか、ちょっと予想が出来ない。
「……ホントにもらってもいいの……?後からオレ請求書来たりとか……」
「ナイナイ。仮に来るとしたら、作ってくれるように頼んだ俺に来るから」
「うんうんっ。で、コラムビはナギトからで、これはアタシからっ!ミナギくんのアイテムバッグはベルトポーチ型だし、丁度良いかなって」
「待って待って、ゆっくり、ゆっくり頼んでいい?展開早過ぎて付いてけない」
満面笑顔のユヅキから差し出されたのは、剣を腰に吊るす為に使われるベルト、正式名称は剣帯。
相変わらずの展開の速さに、もうミナギは付いて行けない。
確かにミナギが使うアイテムバッグはベルトポーチ型ではあるが、それとコラムビの剣帯とどう繋がるのか。否、使い方としてはわかるけど。
誰かからプレゼントを貰うなんて、初めてで。正直な話、どんな顔をして、どう言葉を返せば良いか、わからない。だからか、ミナギの顔に浮かぶのは――戸惑い。今持っているナイフが採取用の安物だから、それ以外の用途で使うのには不向き。それはわかる。わかるけれど、やっぱり展開が早過ぎる。
「次は採取任務やるから、ナイフでの戦い方は今度詳しく教えるけど、とりあえず何か遭ったらそのコラムビ使って刺すって覚えとけよ」
「…………う、うん……。あの、本当にもらっても」
「いーのいーの。てか、もらってくれなきゃ俺が締め上げられる」
「誰に」
「ゆづに」
「アタシに」
思わずミナギがユヅキを見てしまったのは、仕方なく。
にっこりと笑顔を見せているものの、その笑顔が作り笑顔に見えるのは――気のせいじゃない。多分、きっと、絶対。どうやらユヅキ的には、まだネグロ・トルエノ・ティグレに襲われたミナギの救援が遅くなった事を許していないらしい。意外と根に持つタイプのようだ。
とりあえず、受け取っておこう。
「……え、と……次の採掘クエ?って、なんか持ってくものある……?あんまりわかんないんだけど、ツ、ツル……なんとかって道具必要って」
「ん、ツルハシな。ヘタにでかいの買わずに、片手で振り回せるくらいの大きさのにしとけよ。体鍛えたいってんなら、でかいのでもイイ」
「ミナギくん、この後時間ある?あったら、一緒に購買行こ?アタシも小さいの使ってるから、おすすめなの教えてあげるっ!」
「それがいいわよぉ。自分に合った道具を見付けるのはぁ、意外と難しいのよねぇ」
ナギトからのプレゼントのコラムビと、ユヅキからのプレゼントの剣帯と。二つを一緒に、ベルトポーチ型のアイテムバッグに仕舞い込み、話をクエストに戻す。このままナギトとユヅキのペースに巻き込まれていると、なかなか話が進まない事は、これまでの経験からわかったから。
強引な軌道修正は、このパーティでは必須である。
唯一、話の展開に付いて行けない五人の小さな精霊達には、ユヅキが通訳しておいてくれた。
ネグロ・トルエノ・ティグレの牙や爪で作られたコラムビの件では、予想が当たっていた事に喜び。剣帯の話では必要なやつだと納得を見せ、つるはしの話では大きな大きなツルハシの重さに振り回される人の動きの真似をしてみせて。
喋っている言葉はわからないけれど、充分彼等が何が言いたいのかはわかった。
その後、手続きをして来ると言って先に東屋から去って行くナギトを見送り、ユヅキとミナギは精霊達と一緒に購買へ。
購買とは言うものの、全寮制の学園で、生徒は勿論教師や職員も多いせいか、何でも揃っている大型複合スーパーの様相だ。なんなら家具まであるのだから、スーパーですらないかもしれない。それ以上だ。
ミナギ自身も入学してから何度か利用した事はあるが、本当に何でも揃い過ぎて怖くなってしまう。
「薬作る施設あるし、薬の材料栽培するスペースもあるし、剣とか魔法銃ある鍛冶場あるし、クエストは外部からも依頼来るし、購買はくっそ広くてなんでもあるし、この学園ホントなんなの」
言いたい事は他にも色々あるが、とりあえず今気になった部分だけ列挙しただけでも、本当にこのベル・オブ・ウォッキング魔法学園と言うものは規格外だ。どれだけ金をかけているんだと、下世話な想像すらしてしまう。
まあ、考えたところで、実際にそれがいくらかなんて、ミナギにはわからないけれど。とりあえず、ゼロがいくつも付く事は間違いない。
「今更よねぇ」
「まー……学園長は長生きだし?」
「その一言で片付けちゃうユヅキさんもユヅキさんだよね」
「褒められてないことはわかったよ?」
「褒めてないからね」
真顔で首を傾げるユヅキに対して、こちらも真顔で返すミナギ。若干微妙な空気になったものの、すぐに二人は今回の目当ての品物を探しに歩き始める。目指すは、クエスト備品コーナーだ。
ちなみに、アルバはミナギの肩の上で、セラータはユヅキの肩の上。
購買に来るまでは珍しくセラータも自分で歩いていたのだが、人の多い購買部では踏まれる可能性があった為、ユヅキの肩の上に移動した。
他に何か買う物あったっけ、なんて。ついでの買い物も済ませようと思うが、ちょっとすぐには思い付かない。買い物をしているあいだに思い出す可能性もあるし、まずは自分用のツルハシで良いか。
そう思って、クエスト備品コーナーに移動するのに――運が悪く、会いたくない人間に遭遇してしまった。最悪だ。
「おんやぁ?なんっか見覚えあると思ったら……ハッ!魔力なしミナギじゃないか。お前、まだ学園居たのか?あーそっか、稀少な結界術師サマだっけ。そりゃ簡単に退学に出来ねーか。学園長も大変だよなぁ」
「お荷物チビなんかがうちの家名名乗ってるってだけでも気分悪いのに、学園まで同じとか、恥ずかしくて死にそうよ」
「ウソツキミナギ、パーティ入ったらしいけど、どうせメンバーにウソついてるんでしょ?騙されちゃって、パーティメンバーの人がかわいそ。早く現実理解しなよ」
「何が欲しいのミナギちゃん、お姉さまがぁ、おさがりあげちゃうよー?お姉さまの靴を舐めたらだけどっ!キャハハハッ」
「アンタら、わざわざこんなのに絡みに行くとか、バッカじゃない?」
「時間の無駄」
クエスト備品コーナーに向かう途中で運悪くミナギが遭遇したのは、セニオル家の従兄弟達だった。学園内でも一緒に動いている事が多いせいか、一気に六人も。
それぞれ侮蔑の視線をミナギに向け、目が合うと露骨に嫌悪感を見せて来た。人によっては吐き気がするとストレートに言うのだから、相変わらずな人達だ。周囲には他の生徒や教師、購買部のスタッフが居る筈なのに、彼等の存在をまるで気にしていない。
まあ、この世界クレティアで一番大きな大陸であるロディッキ大陸の中でも有名な魔法士一族のセニオル家ともなれば、多少の視線は気にならないのかもしれない。むしろ中には、見なかった振りをしてそそくさと去って行く生徒も居るのだから、普段彼等がどんな言動をしているのか、察する事は簡単だ。
いつもの事だと無視を貫き、クエスト備品コーナーに向かおうとするミナギの進路を、一番に話しかけて来た、六人の中では最年長のリーダー気取りの男が、遮る。腰から剣を下げているところから見て、魔法剣士である事は間違いない。
「おいおい、このセニオル家のエース、アトラス様を無視するなんて……ちょっと見ないうちに自分の立場忘れたみたいだなぁ?やっぱ教育って必要だわ」
「っ!ユヅキさんストップ!ストップ!!アルバもセラータも!ちょっと待って!!」
今までであれば、従兄弟達からの暴言に無言で耐えているミナギだったが、今回は別。
無言でセニオル家の六人――特にアトラス様と自称したリーダー気取りの男に向かって行こうとするユヅキ、アルバ、セラータを必死に止める。本当待ってくれ、人一人と精霊二人を同時に止めるのは難しい。
ユヅキ達が何をするのか、それはわからない。わからないけれど、止めなくてはダメな気がしたと後にミナギはナギトに語る。そして、その勘は正しかったと神妙な顔をしたナギトに肩を叩かれるのだから、自分は正しかったと知るには十分。
何かする前に止められ、ムッと不満を顔に浮かべるユヅキだが、すぐに何か思い付いたのか、歌い出す。正確には――精霊の言葉で喋り出す。
怪訝な表情を見せるアトラス達に、慌ててミナギはユヅキの肩を掴む。自分だけならまだ良い。でも、ユヅキまで彼等の標的になるのは、嫌だから。
「ほ、ほらユヅキさん!ナギトさんにすぐ戻るって言ったでしょ?!行こ!行こ!コイツ等の言ってる事は、気にしなくていいから!」
「ハッ?ミナギの癖に生意気言ってんじゃねぇぞ!!」
「セニオル家の面汚しが!」
「結界術師だからってちやほさされちゃって、ウソツキのクセに!!」
「身の程をし」
突然、音が消えた。
え、と驚き周囲を見回すミナギだが、セニオル家の六人はまだミナギの目の前に居て、まだ色々と怒鳴り付けているのは、はっきりと見えるのに。まるで彼等の声が聞こえなくなっていた。
困惑するミナギの横で、にぃっこりと笑ったままなのはユヅキ。見事なまでの作り笑顔に、ユヅキが何かしたと考えるのが定石。だが、何をしたのか。流石にそこまではミナギにもわからない。あえて言うなら、ミナギが何か言う前にユヅキの肩の上に居たセラータが、ストンと床の上に下りたくらいか。
ユヅキが、ミナギの手を掴む。そのままぐいぐいと引っ張り、その場から離れてしまう。無視をされれば余計に怒らせ、追い駆けて来るのではと心配するミナギをよそに、なぜか追い駆けて来る事もない。
振り返れば、なぜかアトラス達は驚いた様子でキョロキョロとしている。
その足下にはセラータが居て、一人一人後ろ足で一発ずつ蹴っていた。戦闘中に見せる姿ではなく、成猫サイズの今の姿では、大したダメージにもならないだろうに、不思議な話だ。
「あ、あの、ユヅキさ」
「あの人達きらーい。ミナギくんの事なんにも知らないのに、ひどい事ばっかり。あれ以上聞きたくないから、ミナギくんの傍に居る風の子二人に頼んで、声を散らして聞こえなくしてもらった」
「それでぇ、わたしがちょぉっと光の加減を変えてぇ、他の人間の目からぁ、ゆづ達を見えなくしたのぉ」
さも当然とばかりにユヅキとアルバは語るが、少なくとも声を聞こえなくしたり、姿を消したりなんて、魔法では難しく、マジックアイテムであれば高価な代物になる。そんな事をあっさりとやってしまうなんて、精霊や精霊術は本当凄い。
そう言えば、さっきまであからさまに怒っていた五人の小さな精霊達が、今は頬を膨らませながら、腰に手を当てている。その姿は、どうだ参ったかと言わんばかり。
特に風の精霊二人にもなれば、両手でハイタッチした後、頑張ったねとお互いを労うように肩を叩いていた。
どうやら、さっきユヅキが精霊の言葉で話していたのは、この事だったらしい。
アルバはともかく、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達には、精霊の言葉でないと話が通じないから。
「……えっと、このチビ達に何かお礼した方が良い……よね?」
「うん?ん-ん、お礼要らないと思う。だって、この子達から、『ミナギ助けるにはどうしたらいい?教えて!』て来たから。多分、ミナギくんがお家で色々言われてる時何も出来なかったのが悔しかったんじゃないかな?」
まだ手の平サイズの小さな精霊と言えど、精霊は精霊。少なからずちゃんとした精霊の力は保有しているものの、どう使えば良いかわからない為、何も出来ない、と言うのが現実。
どれだけ便利な道具も、使い方を知らなければ宝の持ち腐れ。それと同じ状態だ。
だからこそ小さな精霊達は、それなりに成長した精霊達の傍に居て、自分に適した力の使い方を教えてもらうらしい。
空気でミナギ達が何を話しているのか察したのか、申し訳なさそうな顔をする五人の小さな精霊達の頭を、順々に撫でる。
四六時中一緒に居るのもあって、なんとなく言いたい事はお互いに伝わるようになった。細かい意思疎通では、相変わらずユヅキの力を借りる必要があるけれど。大雑把には出来るようになったのは、進歩だと言えるだろう。
だが、次にユヅキから出て気た提案には、流石に驚き慣れていたミナギも驚いた。
「どうせならミナギくん、その子達に指示出せるようにしてみたら?」
「なんて?」
「五人居るから、五本の指でどの指が誰か決めて、それから攻撃、防御、みたいな感じで。単純な指示なら、それで十分出来るでしょ?」
「あぁらぁ、いいじゃなぁい。それならぁ、その子達も力の使い方覚えてぇ、特性も出て来ると思うわよぉ?」
まずツッコミを入れるべきか、アルバの言う特性を気にして質もした方が良いのか、真面目に悩んでしまうミナギは、ある意味正常だったと言える。だが、なんとなく長い話になりそうな気がして、とりあえず我慢。
気にはなるが、先に自分用のツルハシを買おう。話に夢中になって、うっかり購買部に来た目的を忘れてしまった、なんて事になりそうだから。
足早にクエスト備品コーナーに移動。小さめで、女子であるユヅキでも片手で簡単に振り回せるくらいのツルハシを選び、購入。しかも、耐久力の事を考えて普通よりも高い物を。
ネグロ・トルエノ・ティグレの素材を売ったお金があって良かった。心底そう思う。
無事にツルハシも買えた為、一路、クエストの話をしていた東屋へと戻る。その道すがらミナギが聞いたのは、当然アルバがさっき言っていた特性の話だ。
別行動をしていたセラータは、いつの間にかユヅキの肩の上に戻っていた。
「ユヅキさん、さっきアルバが言ってた『特性も出て来る』ってのは?」
「うん?ああ、精霊って、それぞれ個性があるみたいに、力の使い方にもちょっと違いが出て来るの。簡単に言うと、攻撃系か、防御系か、みたいな?」
「……うん?」
多分ユヅキは簡単に説明しようとしてくれたのだろう、それはわかる。だが、いまいち理解が追い付かない。それは多分、ユヅキにとっては当たり前のもので、言葉選びが難しいから。
うーんと眉を顰めて唸るユヅキが、ナギト助けてなんて呟くのは、多分仕方ない。
「えーっと……ほら、風で言うと、そよ風みたいな優しい風もあれば、嵐みたいな激しい風もあるでしょ?精霊の力の使い方にも、そう言う差が出て来るの」
「え、精霊って、皆同じじゃないの?」
「違うわよぉ。わたしやセラータ達みたいな統括大精霊は違うけどぉ、精霊によって力の使い方に差があってぇ、得意不得意があるのぉ」
精霊に関する知識が乏しいのは認めるが、まさかそんな違いがあるだなんて、誰が考えられるだろうか。
しかもよくよく話を聞けば、どの属性の精霊にもその特性はあって、力の使い方にかなり個体差が出るらしい。どんな風にと訊くミナギは、当然の反応。
「わかりやすいので言うとぉ……ネグロ・トルエノ・ティグレにミナギが襲われた時にぃ、助けてくれたあの子かしらぁ?」
「あ!あの泉に住んでる水の精霊さん!ミナギくんを守ったり、ケガを治したりするのは得意だけど、攻撃は苦手だって言ってた!」
わかりやすい例を言われて、成る程納得。
言われてみれば、あの時助けてくれた泉の水の精霊は、攻撃を得意としていなかった。ミナギに襲い掛かろうとするネグロ・トルエノ・ティグレを止められず、でもミナギを守るべく作り出した水球や、ケガを治療する力は強かった。
小さな精霊は、力の使い方も未熟で、教えてもらいながらそう言う特性が現れると、つまりそう言う事。
それはミナギの傍に居る五人の小さな精霊達も同様で、本当なら今もまだ他の精霊達に力の使い方を教えてもらう必要があるレベルらしい。が、その教育段階に自分達が居る事を自覚しながらも、ミナギの傍に居る事を決めたと、つまりそう言う事。
だからその分、力を使う練習もかねてミナギの指示通りに力を使うようにしてみては、とユヅキは提案したのだ。
勿論、既にユヅキが通訳していて、本人達の意思は確認済み。
「……さっきみたいに、音を散らして消したり、光の加減を変えて姿を消したりも出来る?」
「うん。どうでも良い声は聞かなくて済むし、あの人達に絡まれてもすぐに逃げられるようになるよっ」
「んにゃぁん」
「指示の出し方はぁ、ミナギくんがその子達と相談して決めたら良いわよぉ」
簡単な話だとばかりに語るが、実際にやるとなるとかなり難しい筈だ。
精霊に関する知識もあまりない人間相手なのだから、もう少しハードルを下げて欲しい。ナギトいわく、母親のお腹の中に居る頃から精霊達が傍に居たらしいのだから、感覚が一般的な人間よりズレているのはわかるけれど。
やる事が多い、本当に本当にやる事が多い。時間が足りない。
勉強に調べものに加えて、今度は精霊達との簡易指示の出し方の研究と、コラムビでの戦い方の訓練まで追加されたのだから、分刻みのスケジュールを考えたとしても、時間が足りない気がする。
まあその分、嫌味な兄弟達の事を考える余裕もなくなる気がするけれど。
「こむら……じゃない、えっと、こむび……」
「コラムビ?」
「多分それ!こ、こら……むび……?での戦い方、ユヅキさんに教えてもらうのはダメ……?」
はっきり言ってナギトさんに教えてもらうのはちょっと、結構かなり怖い。スパルタな気がして。不安げな表情を浮かべてそう語るミナギを見つめ、数回ぱちくりと瞬きユヅキ。
しかし次の瞬間には破顔一笑。声を立てて大笑い。
「だいじょーぶ!ナギト、そんなスパルタじゃないよ」
「そうよぉ。お父様たちにぃ、スパルタで仕込まれたからぁ、スパルタがどれだけ大変かぁ、わかってるからぁ」
「にゃむにゃむ」
出来ればユヅキ達の言葉を信じたいが、実際はどうか、やってみないとわからなくて。相手がユヅキだから優しく教えた、と言う可能性も捨てきれない。
否むしろ、ユヅキ自身もナギトの両親に鍛えられた可能性もあるけれど。
と言うかそれ以前に、このかなり特殊な形状のナイフでの戦い方を、ナギトは習得しているのだろうか。そう考えるミナギだが、なんとなく習得している気がするのだから、厄介な男だ。
けれど、厄介ではあるが、説明はわかりやすく、意外と面倒見が良い事を考えると、あまりあれこれ文句を言うのも贅沢かもしれない。そう思う。もしかしたら、セニオル家の兄弟達がなんだかんだと理由を付けて自分をパーティに強引に加入させ、ストレス発散と称した暴力を学園内で揮っていた可能性もある。
魔力なしは人権以前に存在すら認められないセニオル家だ。稀少な結界術師だとわかったミナギは、魔力なしにも関わらずセニオル家でかなり優遇される存在になった。兄弟達から見れば、面白くないと思っても当然だ。
そんな状況から、ナギト達は救い出してくれたのだから。本人達に自覚はなくとも。
「……………………ミナギ、正直に話せ。コイツ等何した?」
「顔見ただけでわかるの凄い通り越してちょっと気持ち悪いんだけど」
ユヅキ達と東屋に戻った時、既にクエストカウンターでの手続きが終わったらしいナギトが、何やらいくつもの本を積み重ね、左手で握った万年筆をノートに走らせていた。
ただいまの声に顔を上げ、お帰りと言おうとしたところで、先ほどの言葉。
思い切り眉を顰め、うわぁ、と小さく声を出して。質問と言うよりも、断定的な言い方をしているところに、付き合いの長さが感じられる。うん、うっかり本音が出てしまったけれど、ユヅキ達の顔を見ただけでわかるのは凄い。
「ナギトひどい!アタシはちょっとこの子達にアドバイス求められただけだもん!」
「わたしもぉ、ちょぉっとミナギくんを守る為にぃ、頑張っただけよぉ?ねぇ、セラータ?」
「なん。ぶるぁぁぁっ。ふー……っ」
侃々諤々。
購買でこんな事があった、あんな事があったと語るユヅキとアルバと、いつも通りに見えていつもより鳴き声の多いセラータ。そんな一人と精霊二人からの猛攻を、だがしかしナギトははいはいと軽く流している。
一応話は聞いているが、その全てをよくやったと褒めたり受け入れたりはせず、ところどころでしっかりユヅキ達を叱っている。
そんな中でナギトが血相を変えたのは――ミナギが、セラータがアトラス達の足を一発ずつ後ろ足で蹴とばしていた、と言う目撃情報。ぎょっと目を見開き、真偽を確認する為にナギトがセラータを見れば、普段あまり表情を変えないセラータにしては珍しく、わかりやすく笑ってみせた。
星空のような瞳を細め、口角を上げて。ちょっと人間っぽい笑顔だと思ったのは、ミナギだけだっただろうか。
しかし、そんなミナギの思考をよそに、血相を変えたナギトは握っていた万年筆とノートを放り出し、ユヅキの肩の上に居たセラータをガシッと掴み、持ち上げる。
「お前、『印』付けたな?絶対付けたよな!バレたらどーすんだ!!」
「うなぁん。にょん?んのー」
「バレたりしないわよぉ。だぁってあの子達の中にぃ、精霊術師居なかったものぉ」
「そう言う問題か!」
「……ユヅキさん、説明求む」
あのナギトが血相を変えると言う事は、何かしら問題行動をセラータが起こした事はわかる。わかるけれど、流石に理由まではわからないミナギ。
唯一説明してくれそうなユヅキを見れば、これまたさっき購買で見たのと同じ、見事な作り笑顔を浮かべていた。
「印って言うのはね、精霊や精霊術師にしか見えないものなんだけど、『この人にイタズラしても誰も怒らないよー』って教えるものだよ。」
「……え、何それ。つまりイタズラ許可印って事?」
「昔からあったみたいで、精霊にとって悪い事した人に印付けて、印付けた人はあえて迷わせたり、極致豪雨に遭わせたり、色々してたみたい。小さい精霊が力を使う練習にもなってたのかな」
ちなみに、精霊にとって悪い事は、統括している場所を故意に汚したり、なんらかの形で破壊したりだそうで。イタズラの内容は精霊それぞれだが、悪い事の内容にもより、時には命の危険もあるらしい。
まあ命の危険が迫る程のイタズラは、もはやイタズラではなく天罰レベルな気がするが。
「くぉらゆづ!お前もセラータが印付けてるのわかってて何も言わなかったろ!」
「とうっぜんっ!ミナギくんにひどい事言う人達だもん。ちょっとくらいイタズラされても良いっ!!小さい子達のイタズラなんて、ちょっと困るくらいだもん!セラータが直々にやらなかっただけ良かったと思って!!」
「バッカ言うな!!セラータがやったら流石に問題だわ!ベル・オブ・ウォッキングから学園長に通報されるだろうが!!」
「グラールに口止め頼んどけば問題ないもん!」
「そう言う問題か!!」
ナギトの正論はもっともなのだが、全く反省していないユヅキには正論は正論ではなくなる。聞き慣れない名前らしき単語が出て来たが、今は訊く余裕も隙もなくて。
とりあえず、さっきの話が本当なら、セラータはアトラス達にイタズラ許可印を付けた事になる。どの程度のイタズラをされるのか気になるが――大丈夫だろうかと彼等を心配する気持ちが浮かばないのは、相手がアトラス達だからだろうか。
二人の小さな風の精霊が、ミナギの前で自分の存在をアピールするように踊る。
軽く首を傾げてどうしたのかと問えば、向かって右側の風の精霊が、相棒を指差し両手を左右にブンブン振って指示を出すような動作を見せ、左側の風の精霊は敬礼してから小さなつむじ風を起こして見せた。
つむじ風とは言っても、威力を調整してかなり弱くしてある為、ミナギの前髪を少し揺らす程度だったけれど。風の精霊コンビの意図は、十分ミナギに伝わった。
否、二人だけではなく、小さな精霊達五人の意図、か。
「……オレが、指示、出していいの?皆に」
自分を指差し、そ後指を軽く振ってから、五人の小さな精霊達全員を指差していく。声に出したところで伝わらないのは百も承知だが、まあ、なんとなくだ。
完璧に伝わったわけではないだろうが、購買でのユヅキに通訳してもらった話や、風の精霊コンビのやり取りの事を含めて考えれば、大体ミナギの言いたい事は伝わっただろう。その証拠に、五人の小さな精霊達は、ミナギを見上げてそれぞれ了承のポーズ。
風の精霊コンビは両手を繋いで大きな丸を作って見せ、光の精霊は両手を頭の上に持って行き大きな丸を作ろうとしていたが頭が大きくて中途半端な丸になっていて、水の精霊は水の輪っかを作ってみせて、地の精霊はぐっと小さな手でサムズアップ。
彼等の決意は固いらしい。精霊術師でもないのに、なんて至極当然の感想は、気付かない振りをして。
「睡眠時間、どのくらい削ったらいいかな……」
一気に増えた勉強ややる事リストを頭の中で広げながら、がっくりと肩を落としてミナギが吐き出すため息は重い。
コラムビでの戦い方の訓練はナギト頼み。ならば、モンスターの勉強、魔法の勉強、五人の小さな精霊達への指示の出し方の練習。更に、結界術師としての訓練。やる事は山積み。睡眠時間を一時間や二時間削るくらいじゃ足りないかもしれない。
そう考え、睡眠時間を削った事で体調を崩したミナギが倒れ、ナギトとユヅキがこれでもかと叱られる事になるのは、また別の話。
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