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本編
本編ー16
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仮に、ナギトに初めて逢う人だったとしても、今のナギトがキレる寸前だとすぐに判断出来るだろう。
今にも爆発しそうな怒りを、爆発寸前で必死に堪えているのがわかった。
時間は昼休憩に入ったところ。場所は、学園の外廊下の一角。大食堂に向かうにはほぼ確実にこの廊下を通る必要がある為、この時間帯はかなり人通りが多い。その廊下の柱の一つに凭れ掛かりながら、ナギトは片手で顔を覆って震えていた。怒りを堪えながら。
偶然その場を見た学園の生徒が、小さく悲鳴を上げて慌てて踵を返して逃げて行くのを、もう何度ミナギは見ただろうか。自分も逃げたいけど逃げちゃダメかな、なんて考えてしまうのも仕方ない。
とりあえず、そっと足音を立てないようにして一歩、また一歩と後退するミナギ。
外廊下を出て、中庭へ。
正直な話、巻き込まれたくない。
五人の小さな精霊達も、ミナギの真似をして抜き足差し足忍び足。
まあ彼等の場合は、爆発寸前のナギトの怒りが怖いと言うよりも、そっと距離を取ろうとしているミナギの真似をするのが楽しいだけな気がするけれど。
そんなミナギや五人の小さな精霊達のやりとりには気付かないナギト――の、三メートルほど距離を開けた向かい側。にっこにこ輝く満面笑顔のユヅキが居る。アルバとセラータも勿論だが、今日は他にも人が居た。
魔法銃士学科三年の、フォレルスケット・カペラと、サガラ・イルヴィフォードの二人だ。
昼休憩になり、昼食を食べに行こうと食堂に向かおうとしていたナギトとミナギの前に、満面笑顔のユヅキがフォレルスケットの手を引いて現れたまでは良かった。
だがその後ろに、ユヅキにぺったりくっつく形でサガラが居る。
「ユヅキ・ホヅミさん」
「はいっ!」
「うん、イイお返事。エライねー。……なぁんて、言うと思ったかボケェ!!なーにが『はいっ!』だコラ!!ドコで何したらこんなバカ引っ掛けてくんだ!あぁ?!」
まるで教師のように名前をフルネームで呼ぶナギトに対し、今日も今日とてユヅキは絶好調。満面笑顔で右手を真上に上げ、元気に返事をするユヅキ。これに更にナギトの怒りはついに我慢の限界を迎え、ドッカン大爆発。
一瞬でユヅキが作り出した和やかな空気は霧散。
抜き足差し足忍び足で距離を取ろうとしていたミナギが、あっと言う間に離れた木の陰に飛び込むくらいには、凄まじい爆発だった。勿論、五人の小さな精霊達も一緒に。
ユヅキに怒りが向けられると言う事は、自然、ユヅキが連れて来たフォレルスケットとサガラにも向かう訳で。顔を蒼くして震え上がるフォレルスケットを盾にしながら、青を通り越して顔を真っ白にするサガラが居る。
人を盾にするなと言うフォレルスケットの文句は、正当なものだ。
「アタシはコッチの先輩連れて来ただけだよ?」
「じゃあコレは」
「わかんない。なんか付いて来た」
「……ナギトさんもだけど、ユヅキさんも意外と人の扱い雑なんだよなぁ」
向けられるナギトの怒気をものともせず、きょとんとしながらフォレルスケットを指差すユヅキ。それを受けてナギトがフォレルスケットの背後に隠れるサガラを顎でさせば、今度はふるふると首を横に振ってユヅキは返す。
そのやり取りを見て、いつも通りツッコミを入れてしまうミナギは、もはやそう言う性分。
巻き込まれまいと距離を取っているのに加え、パーティ専用アイテムのパルス・ウォークスしっかり二人の会話が耳に入っているのは、シエロやいつも傍に居る風の精霊コンビのお陰。その事実にミナギが気付いているかは、謎だけれど。
ほんのついさっきまでナギトの傍に居たからか、助けを求めるような目をフォレルスケットから向けられるが、冗談じゃないとミナギはこれを拒否。
何が悲しくてあの間に割って入らねばならんのだ。
絶対に嫌だ。巻き込まれてなるものか。
ただでさえ怒ったナギトは怖いのに、そこへユヅキが火薬を投げ込んでいるのだ。冗談じゃない。
誰だって自分の身が可愛い。今日初めて逢った名前も知らない誰かを庇うくらいなら、自分の身を守る。
無理無理と顔の前で手を横に振って答えれば、本気でショックを受けた顔をするフォレルスケット。だが、だからと言ってミナギが怯む事はなく。効果なし。
誰かに手を差し伸べてもらう事なんて一度してなく過ごして来たのだ、そんなミナギが名前も知らない他人助ける筈がない。そんな思いやりなんて持ち合わせていないし、お人好しでもないから。
むしろ、危険は回避するに限る。これが最良の方法だ。
「ハァ……。とりあえず、コッチがメインなんだな?」
「うん!」
「なんで。理由は」
コッチ、と言いながらナギトが指差すのは、ユヅキが手を掴んだままのフォレルスケット。
表情から見て、これ以上巻き込まれたくないと言う気持ちが透けて見えるが、諦めて欲しいと言うのはミナギの心の声。ユヅキが彼女を選んでいる以上、話題の中心はフォレルスケットだから。
とりあえず自分の安全を確保しながら、ミナギはじぃっとフォレルスケットを観察する。正確には――フォレルスケットの周囲に居る、彼等を、だけど。
見慣れない、精霊が居る。しかも一人ではなく、複数で。
七人、否八人か。大きさは様々で、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達と同じサイズの者も居れば、一七八センチのフォレルスケットと同じくらいの大きさの精霊まで居る。
けれど、シエロのような風の精霊ではない。かと言って、グラールのような地の精霊でもない。アルバのような光の精霊でも、セラータのような闇の精霊でもなく、全く別のもの。断言出来る。
あえて言うなら、人間であるフォレルスケットと似ている気がする。何がと訊かれると困るけれど、何かが、似ている。
少なくとも、ミナギはあまり見る機会のない精霊が、居る。
彼等は、木の陰から自分達を見るミナギの視線に気付き、笑顔で手を振って来る。ある者は両腕を伸ばして多く、ある者は小さく手だけを動かして、ある者はおいでおいでと手招くように。
友好的なその様子につられたのか、少しだけ、少しだけミナギも手を振り返す。と、これに喜んだのは、見慣れぬ精霊達。
子供っぽい性格なのか気質なのかはわからないが、わーいと楽しそうに更に手を振り返している。あまりのはしゃぎっぷりに、ドン引きするミナギ。なんだろうこの感じ、五人の小さな精霊達と似たもの感じる。
一人離れたところに居るミナギが、自分に向けて手を振って来て、振り返すべきだろうかと片手を挙げれば、今度はドン引きした表情を見せて来る。
えぇ、と困惑するフォレルスケットの表情に、ナギトが片眉を跳ね上げる。視線を辿り、木の陰で片手を挙げた状態でドン引きしているミナギを見て、もう一度フォレルスケットを見て。
僅かにミナギの視線がフォレルスケットではなく、若干、僅かに視線がフォレルスケットからズレている気がして。
見覚えのある視線のズレ方に、もう一度ナギトはフォレルスケットを見る。
「ふむ……ゆづ?」
「あいっ!」
顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、ナギトが名前を呼ぶのはユヅキ。
すると、これまた楽しそうに片手を元気に挙げて答えるユヅキが居る。うん、良い返事だ。が、ナギトはそんな返事では騙されない。
「それが連れて来た理由か?」
「うんっ!」
「何人?」
「八人!しかも凄いんだよ!ぜーんぶ火の精霊なの!」
目をキラキラと輝かせ、両手を広げて語るユヅキに、「はあ?」と言わんばかりに顔を顰めるのはナギトだ。
火の精霊。その言葉に、だから見慣れない精霊だったのかと納得するのはミナギだ。
自分の周りに居る五人の小さな精霊達を見ても、風が二人、地、水、光が一人ずつ。火の精霊は居ない。闇の精霊もだけど。その個人個人を見た目で属性を判別する事は難しいが、少なくとも火の精霊を見るのは初めてだ。多分。
学園に入ってからも、今フォレルスケットの周りに居るような火の精霊には逢った経験がない、と、思う。多分。
セニオル家の屋敷に居た頃は、精霊の存在をまだ知らず、嘘吐きだと罵られたのもあって、未契約の精霊達がどれだけ自分に向かって存在をアピールしても、見えない振りをしていた。
もしかしたら、あの頃にどこかで出逢っていたかもしれないけれど。
仮にあの頃精霊を知っていたとしても、彼等がそれぞれどの属性を持つ者なのかまで考える余裕もなかったのだから、どうしようもなかったか。
改めて、火の精霊だと言う八人を、見る。大小さまざまで、一番小さい精霊は、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達と同じ、手の平サイズ。一番大きい精霊は、ナギトやフォレルスケットと同じくらい。
しかし、どの火の精霊も友好的である事は、確実に言える。
「全員友好的なんだな?ミナギ」
「へっ?!え、ああ……うん、八人とも、手を振ってくれてる、から……。……え、もしかして、その人、見えてないの?」
「ないな。だからゆづも『面白いから』連れて来たんだろ。なぁ?」
「あいっ!」
「しかも、火の精霊だからな。普通ならありえないんだわ」
突然話を振られ、ビックリしつつもミナギが頷けば、物凄く気になるナギトの言葉。
普通なら有り得ない。きっぱり断言する根拠はなんだ。
「えぇー、っとぉ……。あの、ウチ、なんで連れて来られたん……?それに、火の精霊がどうのって……なんの話?」
話に付いて行けず、隣に立っているユヅキと、難しい顔をしているナギトと、離れたところに立つミナギとを見比べるフォレルスケットの顔に浮かぶ、困惑。
正直、なぜ連れて来られたかもわからないのに、話が勝手に進んでいる気がする。
この三人が誰かなんて、誰かに訊かずともわかる。
魔法銃士学科で、接点が何一つなくとも、どこからともなく噂話が耳に飛び込んで来る。
魔剣の精霊を使う魔法剣士のナギト。そのソキウスの精霊術師のユヅキ。そして十六年ぶりにベル・オブ・ウォッキング魔法学園に入学して来た結界術師のミナギ。
恐らく、今年に入って、この学園の中で一番話題に上がっている一年生三人で構成されたパーティ。ネグロ・トルエノ・ティグレを倒しただとか、警備騎士の包囲網を掻い潜って活動していた出待ち賊を倒して一網打尽にしたとか、つい最近ではゴブリン・パレード寸前で約千体のゴブリンを倒したと、話題に尽きない。
しかもそれらを、精霊術師であるユヅキの契約精霊と協力を得ているとしても、三人で成し遂げたのだから、異様と言わざるを得ない。
そんなパーティの一人、精霊術師のユヅキが声を掛けて来たかと思えば、手を掴まれてナギトの前まで連れて行かれ、そしてこの流れ。
誰だって付いて行けず、戸惑うのは必然。
「ハー…………まずどっから説明したもんかな……」
困惑するフォレルスケットの前では、片手を額に当ててため息を吐くナギトが居る。あの人をここまで悩ませられるのはユヅキさんだけだろうな、と言うのはミナギの心の声。
実際には他にも居るのだけれど、それをミナギが知る筈もなく。
とりあえず、終始楽しそうなユヅキが羨ましい。フォレルスケットの背後に隠れているサガラに関しては、なぜまだ逃げずにこの場に留まっているのか、疑問ではあるけれど。
「あのさー、ナギトさん」
「あぁ?」
「とりあえず移動しない?オレお腹減った」
この後、大食堂に向かう道中で、「お前ゆづに似て来たな」とナギトに言われるのだが、ミナギは冗談でしょと思い切り顔を顰めるのだった。
一緒に居ると似て来るとは言うけれど、流石にまだそこまで一緒に居る時間は長くはない筈だ。多分。とは言え、影響されるには十分な時間を過ごしている自覚がないだけで、ミナギは十分濃密な時間を過ごしているのだけれど。
◇ ◆ ◇
場所を大食堂に移して、昼食を選び、テーブルを挟んだ片側にナギト、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータが座り、反対側にはフォレルスケット、サガラが座る。
なぜサガラが付いて来ているのかは知らないが、ナギトが追い払っても付いて来る為、仕方なく放置。セラータやシエロが力づくで追い払おうかと打診してきたが、とりあえず止めておいた。本人がどう言うつもりで付いて来ているのか、わからなかったから。
何よりも、変に目立つ事をして、学園長の耳に入るのを避けたかった。力づくでこの場からサガラを追い出した事を理由に、高祖母でありベル・オブ・ウォッキング魔法学園の学園長であるセシリア・ファストレアにまたむちゃくちゃな厄介事を押し付けられかねない。それだけは勘弁してほしい。
そんな訳で、まずは昼食がてら、自己紹介。
とは言え、ナギト、ユヅキ、ミナギに関しては有名過ぎて、自己紹介も必要なかったが。アルバとセラータくらいだった、紹介が必要なのは。けれど、ユヅキが契約している光と闇の精霊だと言うくらいで、それぞれの統括大精霊である事は話に出なかった。
聞き耳を立てていたシエロがこっそり耳打ちしてくれて、謎は解けたけれど。
≪ユヅキのパーティ仲間でもないヤツに、そんな事教える必要ある?ないない、ないよー。あ、今ミナギさー、『オレもパーティ入ってなかったら教えてもらってないの?』て思ったんじゃない?せーかい!そのチビたちに頼まれたとしても、今みたいにサポートはしてないよー≫
そう言われて、思わずムッとしてしまったミナギは悪くない。
突然ムッとしたミナギに、テーブルを挟んだ反対側に居たフォレルスケットとサガラだけは、突然どうしたと、また困惑していたけれど。この一時間にもならない間に、二人はどれだけ困惑すれば良いのか、誰にもわからない。
「え、と……ウチは、フォレルスケット・カペラ。魔法銃士学科、の、三年……。魔法属性は火で、使う銃は、このバレットM82A1……です」
「はいはい!次は自分!サガラ・イルヴィフォード!属性は火と水!使う銃はコルトパイソン357マグナム!凄いでしょ!自分だけ凄い特別なんスよ!」
「あ、おまけでもなく勝手に付いて来ただけのバカの話は聞いてない。短銃と相性が良かっただけで、お前はぜんっぜん特別なんかじゃねぇよ、黙ってろ」
フォレルスケットの自己紹介に続く形で、元気一杯にサガラが自己紹介するが、即座にナギトに切って捨てる。
本気で邪魔だとマリーゴールド色の隻眼が訴えられ、ビクッとサガラは肩を震わせる。
まあ、彼に関してはユヅキ、ミナギは同意見。どうしてまだ付いて来ているのだろう、その疑問は当然だ。いつでも追い出す準備は出来ていると、アルバはバサバサと大きく羽ばたき、セラータはテーブルの上に座り、たしーんたしーんと尻尾をテーブルに叩き付けている。
精霊コンビから向けられる圧に、更にサガラは肩を震わせ、息を呑む。
「さて、問題はフォレルスケット、お前だ。火の精霊って聞いて、思い付くコトはあるか?」
「えぇ……?火、火ぃ……?なんか、むかーし大ばば様がなんか言ってた気がする、けど……あんまウチは知らん……」
フォークを片手に、軽く頭を振りながら答えるフォレルスケット。
この答えに、僅かにナギトは眉を顰め、隣に座ってサラダの中のミニトマトを突いてるユヅキを見下ろす。無言のままだが、それだけでもユヅキには十分伝わったらしい。にっこり満面笑顔。
そして次にユヅキが語った言葉は、ナギトの疑問に答えるには十分で、フォレルスケットには驚愕に言葉を失う事となった。
「この先輩の名前、フォレルスケット・『カルブンクルス』・カペラだよ」
真っ直ぐに自分を見上げ、笑顔でユヅキが語る言葉に、時が止まったのは数秒。確かに数秒、特にナギトの時が止まり、それからちらり、アルバやセラータへと視線を投げる。
これもまた無言だが、精霊コンビから返される無言は、恐らく肯定。
ユヅキの言葉は本当だ、と言う、肯定。
それから、テーブルを挟んだ向かい側に居るフォレルスケットを見れば、驚きに息を呑んでいるのが見えて。ユヅキの言葉が事実である事を察するには、十分。
まあ、ユヅキが嘘を吐くだなんて、最初から思って居ないけれど。
「フォレルスケット・カルブンクルス・カペラ……ねぇ?そう言う事なら、まあ……なっと」
「あ、勝手に話進めて勝手に納得しないでね。マジで迷惑だから。オレ達は話見えてないから、ちゃんと説明してよ。それこそ『たいぎい』よ」
「あぁらぁ、言うようになったわねぇ、ミナギもぉ」
「これくらい言わないとマジでダメだって学習した、オレ」
「なぁうん。にゃー。なおなお」
ナギトが一人で納得しかけたところへ、水を差すように口を挟むのはミナギだ。
締めくくりにたいぎいとまで言われ、思わずユヅキを挟んだ向こう側に座るミナギを見るのはナギト。眉を顰め、苛立ちに怒りを滲ませた鋭い視線を送るが、当のミナギには全く効果なし。だからどうしたとばかり、真っ向からナギトの隻眼の睨みを受け止め、見つめ返す。
そんなミナギの姿に、アルバはきゃらきゃらと声を立てて笑い、珍しくセラータも饒舌になっている。ぽふぽふとその肉球でミナギの二の腕あたりを叩くのは多分、褒めるつもりで。
無言のナギトとミナギの睨み合い。物理的に火花は散っていないが、散っているように見えるのは、周りのユヅキ達の気のせいだろうか。
風の中、「誰かゴング鳴らしてー」なんて茶化すシエロの声が聞こえた。
「ハァ……。えーっと、簡単に言えば、フォレルスケット……長いな。あー……」
「あ、家族からは、『フォル』とか、『フォルス』と呼ばれてます」
「んじゃフォルス。お前、『契約祝福』をもらってるよな、一族全体で。『カルブンクルス』は確か、ソグルロナ大陸の有名な温泉街の名前のハズだ。ソグルロナ大陸は、そもそも火の精霊が多く居る大陸ではあるけど……カルブンクルスは、その温泉街がある地域の統括精霊だろうな」
「この学園も、ベル・オブ・ウォッキングが統括してる地域だから、地名としてもベル・オブ・ウォッキングが定着してるもんね」
「精霊の名前が地域の名前になったのか、自分の統括してる地域の名前を名乗ってるのか、そこまでは知らんけどな。カルブンクルスって名前の精霊と、フォルスの先祖が契約した結果、火の精霊がフォルスの周りに居られる……てのが俺の仮説」
契約祝福。
気になる単語が出て来たが、いつものようにミナギがどう言うものなのかと質問で口を挟む事はなかった。
否、正確には口を挟もうとして、でも止めた、が正しいか。
訊こうとする寸前で、目をこれでもかと見開いたフォレルスケットの顔が、目に入ったから。驚いているとは、少し違う。驚いてはいるけれど、何か別の理由で驚いていると言った
様子。
恐らくナギトの話に驚いたのだろう事はわかるが、話の流れから考えると、どこに驚いたのかがわからない。
話をしていたナギトやユヅキもきょとんとしているところから見て、流石に二人でもわからないらしい。まあ、それもそうか。ナギトだってユヅキだって人間だ。なんでもわかるような論外スペックではないだろう、多分。
「そ、それ!けーやくしゅくふく!大ばば様が言ってた気ぃするわ!そやけど、大ばば様あんまもう喋れんし、なんも本とかに書いとらんで、よう知らんねん!!自分、何か知っとるん!?知っとるんやったら、教えてくれん?!」
テーブルを両手でバンと強く叩きながら、興奮しながら立ち上がるフォレルスケット。炎のようなルビーレッドの瞳が輝く。
新しいおもちゃを見付けた子供のような目だと思うのは、多分、ナギトだけじゃない。
興奮しているフォレルスケットに続く形で、自分も知りたいと、ミナギが挙手。サガラも、フォレルスケットの勢いに驚きつつ、知りたいと挙手している。まあ、ナギトに軽く無視されていたけれども。
【契約祝福】
力のある精霊と、一定条件の下に契約を交わすと同時にその精霊から祝福を受け取るものを言う。
一番わかりやすいものは、ベル・オブ・ウォッキング魔法学園の学園長、セシリア・ファストレア。精霊である、ベル・オブ・ウォッキングの自分の傍に居ろと言う願いを叶えるかわりに、自分が統括している地域では、寿命を遥かに超えた今でも生き続けられる、と言う祝福。
契約祝福を受けたものは、名前と家名の間に精霊の名前を名乗る事が出来るそうで。だからこそフォレルスケットは、フォレルスケット・カルブンクルス・カペラ、となるらしい。
「まっ、あのクソババアに関しては、祝福って名前借りた呪いだわな。ベル・オブ・ウォッキングの執着心バチクソえげつねぇ。けど、クソババアにかけられてるのはクソババア一人に限定されてる祝福。フォルスの場合は、『カペラ家に』効果があるタイプの大きめの祝福なんだろ。ゆづ」
「はーい!」
特にこれと言った指示らしい指示はなかったが、名前を呼ばれた時点でユヅキはナギトが言いたい事を理解していた。
すぐに歌い始めるところから、未契約の精霊達と話しているのは明白。
ミナギが傍に居る五人の小さな精霊達を見れば、何やら興味深そうにフォレルスケットの周りに居る八人の火の精霊達を注視していた。同じ未契約の精霊だ、話は聞こえているのだろう。
未契約の精霊達と会話をするユヅキの、歌うようなその声は聞こえても、未契約の精霊達の声までは認識出来ない。ミナギの視界では、彼等が口をパクパクと開けているのが見える程度だ。
自分の肩の辺りを見た後、何もない筈の空中を見上げたり、自分の周りを見つめたりするミナギの姿に、首を傾げるのはフォレルスケット。
それを見ながら、「それは後で説明するから置いといて」とナギトは見えない箱のようなものを横に置くジェスチャーを見せる。五人の小さな精霊達は、お調子者の風の精霊コンビは二人してナギトの動きを真似して、水の精霊は横にぴょこんと動いて、光の精霊は大きく右から左に顔を動かして、地の精霊は目を右から左に動かしていた。
楽しそうな五人の小さな精霊達の姿に、彼等は本当に人間の真似をするのが好きだな、と思うのはミナギ。
フォークを銜えたナギトが両腕を組み、椅子の背凭れにぐっと背中を預ける。眉を顰めながら呼ぶのは――グラールの名前。
「グラール」
「ソグルロナのカルブンクルスか、知っとるよ。アレは変わり者の多いソグルロナの中でも特に変わり者だ。少し昔の話になるがの、王位継承戦争に巻き込まれた一族が、一族滅亡寸前でなんとか逃げおおせ、『一族を守る為の力を』とカルブンクルスに願い出ておった。伝説だったらしいよ、『カルブンクルスには願いを叶えてくれる神が居る』とな」
「…………その理論で言ったら、カルブンクルスよりでかい願い事叶えてくれそうなヤツが目の前におるー」
「なんぞ叶えて欲しい願いでもあったか?我が小遣いやろうかの?」
「大陸統括大精霊サマの小遣いとかこえぇわバカ」
珍しくむぅっと唇を尖らせ、眉間の皺を更に数本増やしながらナギトが見上げるのは、自分の真後ろに音もなく現れたグラールだ。
二メートルの長身を誇るせいで、いくらか上半身を屈める形にはなったが、楽しそうににぃっこりと意味深に笑って、上下さかさまのナギトの顔を見下ろしている。小遣いでもやろうかなんて、まるで孫を前にした祖父か祖母のような言い回しだが、面白がっている事はグラールの表情を見ればわかる。
楽しそうなグラールに対して、うんざりしているのはナギト。その表情の違いが、余計に祖父と孫のように見えてしまうのは、一体誰の目だろう。
突然現れたグラールに、ざわっとざわつくナギト達の周囲。驚いていないのは、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータのみだ。
フォレルスケットやサガラも驚いているが、何よりも驚いているのは、フォレルスケットの周りに居た八人の火の精霊達。それまでユヅキと何やら話していたが、グラールが登場した瞬間、全員が驚愕に硬直。呼吸も忘れて数秒固まったかと思えば、あっと言う間にフォレルスケットの背中に隠れてしまった。
笑顔のグラールとうんざりしたナギトの、なんとも言えない睨み合いは、思ったよりも長くは続かない。ユヅキが、声を上げたから。
「ナギト、ナギトの言う通りだって。カペラ家がむかーしカルブンクルスと契約祝福をしたって。カペラ家のご先祖様がカルブンクルスに精霊の力を一族にくださいってお願いして、代わりにカルブンクルスは、自分が統括してる地域に住むようにって条件出したんだって。カペラ家に力をあげたって知ったら、それを狙って他の人間も来るかもしれないから、そう言うヤツ等は追い払えーって」
「カルブンクルスも、面倒……たいぎかったらしいぞ。その伝説を聞いて金だの栄誉だの色々言われておってな。カペラ家に力を貸したのは、自分と相性が良かったのと、たいぎい願い事聞く必要なくなるからと、自分の益の為じゃな」
「たいぎい願い事してくるヤツ等とおさらばして、自分は力与えておーわり、てコト?」
かなりざっくり大雑把にミナギが纏めれば、うんうんと頷くユヅキとグラール。しかもグラールには、よく出来ましたと頭をよしよしと撫でられるのだから、ちょっとどんな顔をすれば良いか困る。
驚き半分、困惑半分。そんなミナギの表情に、楽しそうにまたにっこりとグラールは笑い、更に頭をよしよしと撫でる。
撫で方で言えば、ナギトよりもずっと優しく、慣れた手付きである、意外にも。
しかし、願いを叶えてくれるなんて伝説があると言う事は、きっかけになる出来事があった筈だ。
訊けば、火の精霊が多く住み、活火山や温泉地帯の多いソグルロナ大陸ではあるが、冬は寒く、防寒対策をせずに屋外に出れば最悪凍死の可能性もあるそうで。たまたま、カルブンクルスの統括地域の中で、怪我をして動けなくなり寒さに凍えている人間達数名を発見したカルブンクルスが、一晩温めてあげた事が原因らしい。
偶然にもその時人間達は、助けてくださいと神に祈ったらしく、そのタイミングでカルブンクルスが温めてしまった事で、助かった人間達が奇跡体験として話してしまった。
結果、話が広まっている中で、おひれはひれが付いて広まり、最終的には、カルブンクルス地域には願いを叶えてくれる神がいる、と言う噂話になったらしい。
その為カルブンクルスは、自分と相性が良いカペラ家が来た事で、これ幸いにと厄介払いに成功した、と、つまりそう言う流れ。
フォレルスケットとしては、ちょっと複雑な気持ちになる話ではあるが、もはや知っているものが大ババ様と呼ぶ者しか居ない以上、貴重な話を聞けた。
まあ、本当は先祖代々伝わる書物に詳細に話が書かれていたそうだが、フォレルスケットから見て曾祖父世代が若かった頃、書物を保管している保管庫で煙草を吸い、うっかり火事を起こして保管庫ごと焼失させてしまったそうで。
それでも火傷も負わずに生還出来たのは、火の精霊であるカルブンクルスの契約祝福のお陰。
けれど、結果的に当時の話を詳細に記したものは消え、話を知っているのも当時で弱い九十を越えた大ババ様だけで、まともな話も聞けずに今に至る、と。
さて、この話に一番憤慨したのは、何を隠そうナギトだ。
書庫は火気厳禁だろうがと至極真っ当な事を言いながら怒るナギトに、返す言葉もないと肩を落とすフォレルスケット。自分自身のやらかしではないものの、自分の曽祖父世代のやらかしなので、どうしようもない。
「あ、あのっ!今の話、実家に教えてもええ?!ウチにカルブンクルス様と話せる人おらんけど、けど、なんも知らんより、知っとるだけでもええ筈やから!」
「……意外とまともなコト言うなぁ。ま、いんじゃない」
「それよりナギト、多分ミナギくんは、それとフォルスさんの周りに火の精霊が居るのとどういう関係があるかーって知りたいと思う。あっ、フォルスさんは見えないみたいだけど、本当に居るんだよ、火の精霊さん!八人も!」
信じて、と。何よりも饒舌な瞳に見つめられ、その瞳の圧に押される形でフォレルスケットはうんと頷く。勿論、信じていない訳ではないけれど。
だって真剣な瞳で自分を見つめて来るのは、学内ランク認定試験で、最初からSランクを取った精霊術師なのだから。
「火の精霊って、普段見かけないよね。オレも、多分精霊を意識してからだと初めてだと思う」
そう言いながら、またフォレルスケットの周りに目を向けるミナギに、もしかして見えているのかと流れから察するのは、フォレルスケットとサガラの二人。
軽く精霊術師に必要な三つの要素の補足をナギトが入れれば、嗚呼なるほどと二人は納得。
未契約の精霊が見えているなら、ミナギがユヅキと一緒に変な方向を見ていても不思議はない。むしろ、ミナギの存在が、精霊術師に必要な三つの要素の存在をよく理解させてくれた。
「ん。基本は火の近くにしか居ないな。それも、火山とか温泉地帯が基本だな。後は鍛冶場か?他の属性の精霊とは違って、基本的に火の精霊は火のないトコには現れない。ただ、フォルスはカルブンクルスの祝福があるから、火の精霊が傍に居られる」
「火の精霊は、火がないと動けないから、自由にそこらへん動き回れないんだよ。風の精霊に運んでもらうくらいかな、移動方法」
わかりやすく言えば火の子か。
飛び散る火の子に乗って、火の精霊が遊ぶ事もあるらしいが、それでも遠くは行けず。無理に火から離れてしまえば、力を失って消える――端的に言えば精霊としての死を迎えるそうで、基本的に動く事はないらしい。
力の大きい精霊はまだしも、手の平に乗るくらいのサイズの精霊ともなれば、火からちょっと離れただけでも消えるそうだ。
それでも、火の精霊の契約祝福を受けているフォレルスケットの傍に居るなら平気らしく、だからこそユヅキはフォレルスケットを今日こうしてナギトの前に連れて来た、と。
契約祝福を受けたカペラ家の中でも特にカルブンクルスの力が強く出ているそうで、魔法属性の分類としては火とされているが、ほぼほぼ炎と言っても過言ではない、と言うのは、フォレルスケットの周りに居る火の精霊達の証言。
彼等の語る言葉を、そっくりそのままユヅキが通訳すれば、やっと自分の力に合点がいくのはフォレルスケット。
「ウチ、上手く自分の魔力、使いこなせんくて……。……ウチ、『一族の中でもココまで自分の魔力を扱うのが下手な者は居ない』て、言われてたんやけど……」
「逆じゃ逆。主の力は人の枠を外れたものなだけで、下手ではない。……ふむ、わかりやすく言う、なら……のう、ナギト?」
「俺に任すんかい」
フォレルスケットの目が、揺れる。唇が震える。もう昼食どころではなくて、ずっと手は動いていない。
今にも泣き出しそうに揺れる瞳を受け止めながら、ちらりとグラールが見るのはナギト。
わかりやすい説明はお前に任せた。何よりも饒舌に語る瞳に、オイ、とナギトがツッコミを入れるのは当然の流れ。ナギトがツッコミ役に回る事もあるんだなと眺めるのは、普段ツッコミで苦労させられているミナギだ。
「ハァ……ま、わかりやすく言えば、フォルスは魔力を十使おうとしてるのに、力が強過ぎて、他のヤツからしたら三十とか四十出してる状態になってんじゃね?」
「あー、なんかわかるかもしれないッスね!フォルス、この間も魔法銃の練習で狙った的以外もまとめてフッ飛ばしてたッスもん。だから、ちゃんと指定された効果が出せたかわからなくて、実技試験は追試験ギリギリ受けずに済んだらしいッス!」
「なんでウチの実技試験の結果を自分が言うんや!!」
ナギトの言葉に続く形で声を上げたのは、それまでずっと黙っていたサガラだった。
強引に付いて来たものの、口を挟む暇がないせいか静かにしていたが、話にはしっかりと聞き耳を立てていて、そうして思い出した魔法銃での実戦試験の時の話。
力一杯話すサガラに、思わず胸倉を掴みかけたフォレルスケットは悪くない。絶対悪くない。
しかし、もし今のナギトの仮説が正しいとしても、結局自分の魔力のコントロールが下手という話になってくる気がする。
既にこれまで魔力のコントールの練習や、自分の魔法銃であるM82A1はかなり改良しているつもりだ。これ以上どうすれば良いと言うのか。
わかりやすく落ち込んだ様子を見せるフォレルスケットに、顔を見合わせるのはナギトとユヅキ。ミナギは五人の小さな精霊達を見た後、なんとなくグラールを見上げる。今日も今日とて彼を見上げると首が痛い。
目が合ったグラールは、少し楽しそうに、何かを企むように笑っていて。即座にミナギが身構えてしまうのは、この笑顔に覚えがあるから。
それこそ、ナギトで、特に。
「……何、グラール……」
「うん?なんでもないが?」
本当だろうか。思わず真顔になってしまうミナギの気持ちは、察するに余りある。ナギトがグラールに対してうんざりした顔をするのは、こう言うところが原因だろうか。
まだユヅキ達が居るから良いが、一対一で対峙するのは少し気後れする相手だと言える。申し訳ないが、出来ればご遠慮願いたい。
いつものように、ナギトが自分の昼食以外に注文した、複数のおかず。その中からサラダを選び、自分の皿に食べる量を移しながら、ミナギはその場を見守る。自分の力を上手く扱いきれなくて落ち込むフォレルスケットの事は、あくまでも彼女の問題だ、下手に口を挟む必要もないだろう。
最初こそサガラを警戒していたアルバやセラータを見れば、まだ警戒はしているものの、テーブルの上で羽を休めたり、座るくらいには、落ち着いているらしい。
これなら大丈夫。そう思って昼食を再開したミナギだが、時に意外なところから斜め上のアイディアが浮かんで来る事もあるのだ。
「じゃあ、周りの火の精霊さん達にお願いしてみたら?その子達なら、強過ぎる力の調整してくれるんじゃないかなっ?」
「あ?」
「なんて?」
「はい?」
「え?」
「あぁらぁ」
「なぁん」
「ははっ、そう来るか」
ユヅキの言葉に、ナギト、ミナギ、フォレルスケット、サガラ、アルバ、セラータ、グラールと続く。姿を見せていないシエロは――大笑い。
自分に集中する視線を受け止めながら、戸惑う事なくユヅキは笑顔で続ける。
「フォルスさんの火はカルブンクルスの契約祝福由来だから、多分、普通の魔法よりも干渉しやすいと思うよ?」
なんて事はないと語るユヅキに目を向けたまま、ナギト達の時間が止まってから、一秒、二秒、三秒。やっとの思いで頑張って最初に動いたのは、ナギト。
ギシギシと錆付いた機械か何かのようにぎこちない動きで背後に立つグラールを見上げ、若干顔を引き攣らせながら口を開く。
「………………グラールよ、お前から見てどうよ、コレは」
「面白いのう。誰の影響かのう?」
「俺を見ながら言ってんじゃねぇぞ、グラナディール大陸統括大精霊サマよ」
苛立ちを隠そうともせず、こめかみに青筋を立てながらナギトは圧を掛けるが、そんなものが、この大陸の統括大精霊、グラナディールに通用する筈もなく。むしろにっこり笑顔を返されるだけ。
やはりグラールはナギトの二枚も三枚も上手だ。年の功だろうか。
だが、さらりと語られたグラナディール大陸統括大精霊の言葉に、言葉を失ったのはフォレルスケットとサガラの二人。
突然現れただけでも十分驚かされたのに、それがグラナディールともなれば、衝撃を受けて当然。否それ以前に、本当だろうかと真偽を問うだろうか。口を挟めるだけの余裕はないけれど。
チィッとわざとらしいくらい大きな舌打ちを一つ。嗚呼忌々しいこのクソ精霊め。
「しかし考えてもみよナギト。もしユヅキの案が可能であれば、お前が今考えているアレの検証にもなるのではないのかの?逆の理論は実証されとろう?ならば、今回はその逆じゃ、良い機会じゃろうて」
「……けどな」
「人間の魔力単体ではない。大元はカルブンクルス由来の力だ、精霊も干渉しやすかろうて。試してみる価値があるのではないか?ナギトよ。ん?」
言って、更に笑みを深めるグラールに、ナギトの頬が盛大に引き攣り、反射的に椅子から立ち上がりながら左手がぐっと握り込まれたのは、苛立ちが限界に来たから。
胸倉を掴まなかったり、拳を振り上げなかったりしただけ、まだマシだろうか。拳を握ったところで踏み止まったナギトは偉かった。凄く偉かった。
一連の流れを見ていたフォレルスケット、サガラは喧嘩になるのではないかとオロオロしていたが、ミナギはこの二人はそう言うものだと諦めて食事を進めていて、ユヅキはセラータの背中を撫でながらアルバと笑い合って食事を続けている。残されたナギトはグラールの前で必死に握った拳を押しとどめているのだから、何とも言えないカオス空間の出来上がり。
膠着状態になりかけたテーブルの時を進めたのは、アルバだった。
「はいはぁいぃ、そこまでぇ。グラールもぉ、あんまりナギトをからかっちゃダメよぉ?」
「このくらいはいつもの事だろうて」
「ハァァァァァァァ………!!あーもーいいっ!!とりあえず!!フォルス!!」
「うあ!?あ、はいっ!!」
「はいっ!」
「なんでアンタまで返事してんの……?フォレルスケットさんじゃないでしょ」
地を這うようなため息を吐いた後、諦めがついたらしいナギトが声を上げる。
勢いそのままにナギトがフォレルスケットの名前を呼べば、肩を大きく震わせながら勢いに呑まれつつ返事をするフォレルスケット。なぜかつられてサガラまで返事をするのだから、ちょっと面白い。そして、いつも通り即ツッコミを入れるのは、すっかりツッコミ役が板についたミナギである。
心底呆れた表情を見せるミナギに、あはは、なんて困ったようにサガラは笑う。
「午後の授業は」
「え、えっと……ある、けど……」
「必須じゃないならサボれ。検証だ。ゆづ、火の精霊達に伝えておけ、フォルスの力を制御する手伝いをしろ、てな」
はーい。笑顔で返事をするユヅキにやれやれと諦めのため息一つ。そうしてやっと話がまとまったところで、やっとナギトは昼食に手を付け始める。
だが、しれっとサボれ発言をしたのはどうなのだろう。クエスト報酬を授業の単位に変えているナギトはまだしも、フォレルスケットはサボったら単位が取れないのではなかろうか。必須授業でないなら、多少サボっても良いのかもしれないけれど。
話の流れから考えて、ユヅキもナギトに付いて行くのだろう。そうなると自然、アルバとセラータも付いていくだろう。
サガラはともかくとして、残るミナギはと考えて――面白そうだから一緒に行こうと考える辺り、随分とナギト達の影響を受けている。別の言い方をするなら、毒されている、だろうか。
「な、なぁ……?今自分、なんてった……?ウチの力が……制御出来る、て?しかも、火の精霊って……なん……なんなん、それ。そんなん、出来るわけが」
「あ?やってもないのになんで出来ないって断言すんだよ」
「け、けど。ウチ、これまで色々やって」
「この人達非常識論外チートだから、今までがダメだったから無理なんて通用しないよ。それに、精霊に力を借りるのはやった事ないんでしょ?ならやる前から『出来ない』て決めつけずに、まずはやってみなよ」
信じられない。出来るわけがない。そう訴えようとしていたフォレルスケットの言葉を遮り響く、ナギトの声と、ミナギの声。
さり気なくナギトとユヅキを非常識論外チートと呼んでいて、即ナギトの隻眼が鋭い視線を、ユヅキは自分もかと尋ねる視線を送って来るが、当のミナギは慣れたもの。サクッと無視してフォークに刺した唐揚げを一口で口の中に押し込む。うん、美味しい。
後はフォレルスケットの意思一つ。もし彼女が一言嫌だと言えば、ナギトはそうかと二つ返事でこの話を終わらせる。断言出来る。
けれど、もし、この後授業をサボってナギトの検証に付き合うと言えば、きっと大きな変化が待っているだろう。
少なくとも、彼等と関わって確実に変わったミナギが言うのだ、間違いない。
「どうするかは、ご飯食べ終わるまでに考えといてね。ナギト、強制はしないから」
「こんな顔してるけど、ちゃんとこっちの意見聞いてくれるから」
「顔は余計だわ。てかお前、さっきからちょいちょい失礼よな」
≪あーはっはっはっはっ!ミナギ強くなったなー、強くなったねー。言われてんじゃんナギト。ナギトがここまで同年代にやり込まれるの初めて見たわー!グラールとかベルが気に入ってる子ならまだしもさー!やー、いいもん見たわー!≫
さっきから途中途中で挟まれる棘を含んだ言葉に、流石のナギトもミナギに言い返す。
これにミナギが言い返す事はなく、耳元で響くのはシエロの笑い声。今頃どこかの空中で腹を抱えて笑っている姿が容易に想像出来る。
良いものを見たと言う事は、聞き耳を立てているだけでなく、この大食堂の中に居る可能性がある。確証はないが、サガラがフォレルスケットに付いて来たあの時から、ずっと近くに居た可能性も高い。
ひとまず食事を終わらせようとしたところで、凄く今更過ぎる疑問が、一つ。
「そういやサガラ、自分、なんでウチらに付いて来たん?全然話関係あれへんよな?」
至極真っ当なフォレルスケットの問いかけは、一度は落ち着いたテーブルの空気は、一瞬にしてなものとなっていた。
サガラの、どこまでも明るい爆弾発言の、お陰で。
「ユヅキちゃんがすっごく可愛くて一目惚れしたんスよ!ソキウス契約してもらいたくて付いて来たッス!」
瞬間、丁度ナギトが持っていたグラスが、ナギトの手の中でパリィンと小さな悲鳴を上げて割れたのを、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータ、五人の小さな精霊達、グラールが見ていた。
今にも爆発しそうな怒りを、爆発寸前で必死に堪えているのがわかった。
時間は昼休憩に入ったところ。場所は、学園の外廊下の一角。大食堂に向かうにはほぼ確実にこの廊下を通る必要がある為、この時間帯はかなり人通りが多い。その廊下の柱の一つに凭れ掛かりながら、ナギトは片手で顔を覆って震えていた。怒りを堪えながら。
偶然その場を見た学園の生徒が、小さく悲鳴を上げて慌てて踵を返して逃げて行くのを、もう何度ミナギは見ただろうか。自分も逃げたいけど逃げちゃダメかな、なんて考えてしまうのも仕方ない。
とりあえず、そっと足音を立てないようにして一歩、また一歩と後退するミナギ。
外廊下を出て、中庭へ。
正直な話、巻き込まれたくない。
五人の小さな精霊達も、ミナギの真似をして抜き足差し足忍び足。
まあ彼等の場合は、爆発寸前のナギトの怒りが怖いと言うよりも、そっと距離を取ろうとしているミナギの真似をするのが楽しいだけな気がするけれど。
そんなミナギや五人の小さな精霊達のやりとりには気付かないナギト――の、三メートルほど距離を開けた向かい側。にっこにこ輝く満面笑顔のユヅキが居る。アルバとセラータも勿論だが、今日は他にも人が居た。
魔法銃士学科三年の、フォレルスケット・カペラと、サガラ・イルヴィフォードの二人だ。
昼休憩になり、昼食を食べに行こうと食堂に向かおうとしていたナギトとミナギの前に、満面笑顔のユヅキがフォレルスケットの手を引いて現れたまでは良かった。
だがその後ろに、ユヅキにぺったりくっつく形でサガラが居る。
「ユヅキ・ホヅミさん」
「はいっ!」
「うん、イイお返事。エライねー。……なぁんて、言うと思ったかボケェ!!なーにが『はいっ!』だコラ!!ドコで何したらこんなバカ引っ掛けてくんだ!あぁ?!」
まるで教師のように名前をフルネームで呼ぶナギトに対し、今日も今日とてユヅキは絶好調。満面笑顔で右手を真上に上げ、元気に返事をするユヅキ。これに更にナギトの怒りはついに我慢の限界を迎え、ドッカン大爆発。
一瞬でユヅキが作り出した和やかな空気は霧散。
抜き足差し足忍び足で距離を取ろうとしていたミナギが、あっと言う間に離れた木の陰に飛び込むくらいには、凄まじい爆発だった。勿論、五人の小さな精霊達も一緒に。
ユヅキに怒りが向けられると言う事は、自然、ユヅキが連れて来たフォレルスケットとサガラにも向かう訳で。顔を蒼くして震え上がるフォレルスケットを盾にしながら、青を通り越して顔を真っ白にするサガラが居る。
人を盾にするなと言うフォレルスケットの文句は、正当なものだ。
「アタシはコッチの先輩連れて来ただけだよ?」
「じゃあコレは」
「わかんない。なんか付いて来た」
「……ナギトさんもだけど、ユヅキさんも意外と人の扱い雑なんだよなぁ」
向けられるナギトの怒気をものともせず、きょとんとしながらフォレルスケットを指差すユヅキ。それを受けてナギトがフォレルスケットの背後に隠れるサガラを顎でさせば、今度はふるふると首を横に振ってユヅキは返す。
そのやり取りを見て、いつも通りツッコミを入れてしまうミナギは、もはやそう言う性分。
巻き込まれまいと距離を取っているのに加え、パーティ専用アイテムのパルス・ウォークスしっかり二人の会話が耳に入っているのは、シエロやいつも傍に居る風の精霊コンビのお陰。その事実にミナギが気付いているかは、謎だけれど。
ほんのついさっきまでナギトの傍に居たからか、助けを求めるような目をフォレルスケットから向けられるが、冗談じゃないとミナギはこれを拒否。
何が悲しくてあの間に割って入らねばならんのだ。
絶対に嫌だ。巻き込まれてなるものか。
ただでさえ怒ったナギトは怖いのに、そこへユヅキが火薬を投げ込んでいるのだ。冗談じゃない。
誰だって自分の身が可愛い。今日初めて逢った名前も知らない誰かを庇うくらいなら、自分の身を守る。
無理無理と顔の前で手を横に振って答えれば、本気でショックを受けた顔をするフォレルスケット。だが、だからと言ってミナギが怯む事はなく。効果なし。
誰かに手を差し伸べてもらう事なんて一度してなく過ごして来たのだ、そんなミナギが名前も知らない他人助ける筈がない。そんな思いやりなんて持ち合わせていないし、お人好しでもないから。
むしろ、危険は回避するに限る。これが最良の方法だ。
「ハァ……。とりあえず、コッチがメインなんだな?」
「うん!」
「なんで。理由は」
コッチ、と言いながらナギトが指差すのは、ユヅキが手を掴んだままのフォレルスケット。
表情から見て、これ以上巻き込まれたくないと言う気持ちが透けて見えるが、諦めて欲しいと言うのはミナギの心の声。ユヅキが彼女を選んでいる以上、話題の中心はフォレルスケットだから。
とりあえず自分の安全を確保しながら、ミナギはじぃっとフォレルスケットを観察する。正確には――フォレルスケットの周囲に居る、彼等を、だけど。
見慣れない、精霊が居る。しかも一人ではなく、複数で。
七人、否八人か。大きさは様々で、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達と同じサイズの者も居れば、一七八センチのフォレルスケットと同じくらいの大きさの精霊まで居る。
けれど、シエロのような風の精霊ではない。かと言って、グラールのような地の精霊でもない。アルバのような光の精霊でも、セラータのような闇の精霊でもなく、全く別のもの。断言出来る。
あえて言うなら、人間であるフォレルスケットと似ている気がする。何がと訊かれると困るけれど、何かが、似ている。
少なくとも、ミナギはあまり見る機会のない精霊が、居る。
彼等は、木の陰から自分達を見るミナギの視線に気付き、笑顔で手を振って来る。ある者は両腕を伸ばして多く、ある者は小さく手だけを動かして、ある者はおいでおいでと手招くように。
友好的なその様子につられたのか、少しだけ、少しだけミナギも手を振り返す。と、これに喜んだのは、見慣れぬ精霊達。
子供っぽい性格なのか気質なのかはわからないが、わーいと楽しそうに更に手を振り返している。あまりのはしゃぎっぷりに、ドン引きするミナギ。なんだろうこの感じ、五人の小さな精霊達と似たもの感じる。
一人離れたところに居るミナギが、自分に向けて手を振って来て、振り返すべきだろうかと片手を挙げれば、今度はドン引きした表情を見せて来る。
えぇ、と困惑するフォレルスケットの表情に、ナギトが片眉を跳ね上げる。視線を辿り、木の陰で片手を挙げた状態でドン引きしているミナギを見て、もう一度フォレルスケットを見て。
僅かにミナギの視線がフォレルスケットではなく、若干、僅かに視線がフォレルスケットからズレている気がして。
見覚えのある視線のズレ方に、もう一度ナギトはフォレルスケットを見る。
「ふむ……ゆづ?」
「あいっ!」
顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、ナギトが名前を呼ぶのはユヅキ。
すると、これまた楽しそうに片手を元気に挙げて答えるユヅキが居る。うん、良い返事だ。が、ナギトはそんな返事では騙されない。
「それが連れて来た理由か?」
「うんっ!」
「何人?」
「八人!しかも凄いんだよ!ぜーんぶ火の精霊なの!」
目をキラキラと輝かせ、両手を広げて語るユヅキに、「はあ?」と言わんばかりに顔を顰めるのはナギトだ。
火の精霊。その言葉に、だから見慣れない精霊だったのかと納得するのはミナギだ。
自分の周りに居る五人の小さな精霊達を見ても、風が二人、地、水、光が一人ずつ。火の精霊は居ない。闇の精霊もだけど。その個人個人を見た目で属性を判別する事は難しいが、少なくとも火の精霊を見るのは初めてだ。多分。
学園に入ってからも、今フォレルスケットの周りに居るような火の精霊には逢った経験がない、と、思う。多分。
セニオル家の屋敷に居た頃は、精霊の存在をまだ知らず、嘘吐きだと罵られたのもあって、未契約の精霊達がどれだけ自分に向かって存在をアピールしても、見えない振りをしていた。
もしかしたら、あの頃にどこかで出逢っていたかもしれないけれど。
仮にあの頃精霊を知っていたとしても、彼等がそれぞれどの属性を持つ者なのかまで考える余裕もなかったのだから、どうしようもなかったか。
改めて、火の精霊だと言う八人を、見る。大小さまざまで、一番小さい精霊は、ミナギの傍に居る五人の小さな精霊達と同じ、手の平サイズ。一番大きい精霊は、ナギトやフォレルスケットと同じくらい。
しかし、どの火の精霊も友好的である事は、確実に言える。
「全員友好的なんだな?ミナギ」
「へっ?!え、ああ……うん、八人とも、手を振ってくれてる、から……。……え、もしかして、その人、見えてないの?」
「ないな。だからゆづも『面白いから』連れて来たんだろ。なぁ?」
「あいっ!」
「しかも、火の精霊だからな。普通ならありえないんだわ」
突然話を振られ、ビックリしつつもミナギが頷けば、物凄く気になるナギトの言葉。
普通なら有り得ない。きっぱり断言する根拠はなんだ。
「えぇー、っとぉ……。あの、ウチ、なんで連れて来られたん……?それに、火の精霊がどうのって……なんの話?」
話に付いて行けず、隣に立っているユヅキと、難しい顔をしているナギトと、離れたところに立つミナギとを見比べるフォレルスケットの顔に浮かぶ、困惑。
正直、なぜ連れて来られたかもわからないのに、話が勝手に進んでいる気がする。
この三人が誰かなんて、誰かに訊かずともわかる。
魔法銃士学科で、接点が何一つなくとも、どこからともなく噂話が耳に飛び込んで来る。
魔剣の精霊を使う魔法剣士のナギト。そのソキウスの精霊術師のユヅキ。そして十六年ぶりにベル・オブ・ウォッキング魔法学園に入学して来た結界術師のミナギ。
恐らく、今年に入って、この学園の中で一番話題に上がっている一年生三人で構成されたパーティ。ネグロ・トルエノ・ティグレを倒しただとか、警備騎士の包囲網を掻い潜って活動していた出待ち賊を倒して一網打尽にしたとか、つい最近ではゴブリン・パレード寸前で約千体のゴブリンを倒したと、話題に尽きない。
しかもそれらを、精霊術師であるユヅキの契約精霊と協力を得ているとしても、三人で成し遂げたのだから、異様と言わざるを得ない。
そんなパーティの一人、精霊術師のユヅキが声を掛けて来たかと思えば、手を掴まれてナギトの前まで連れて行かれ、そしてこの流れ。
誰だって付いて行けず、戸惑うのは必然。
「ハー…………まずどっから説明したもんかな……」
困惑するフォレルスケットの前では、片手を額に当ててため息を吐くナギトが居る。あの人をここまで悩ませられるのはユヅキさんだけだろうな、と言うのはミナギの心の声。
実際には他にも居るのだけれど、それをミナギが知る筈もなく。
とりあえず、終始楽しそうなユヅキが羨ましい。フォレルスケットの背後に隠れているサガラに関しては、なぜまだ逃げずにこの場に留まっているのか、疑問ではあるけれど。
「あのさー、ナギトさん」
「あぁ?」
「とりあえず移動しない?オレお腹減った」
この後、大食堂に向かう道中で、「お前ゆづに似て来たな」とナギトに言われるのだが、ミナギは冗談でしょと思い切り顔を顰めるのだった。
一緒に居ると似て来るとは言うけれど、流石にまだそこまで一緒に居る時間は長くはない筈だ。多分。とは言え、影響されるには十分な時間を過ごしている自覚がないだけで、ミナギは十分濃密な時間を過ごしているのだけれど。
◇ ◆ ◇
場所を大食堂に移して、昼食を選び、テーブルを挟んだ片側にナギト、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータが座り、反対側にはフォレルスケット、サガラが座る。
なぜサガラが付いて来ているのかは知らないが、ナギトが追い払っても付いて来る為、仕方なく放置。セラータやシエロが力づくで追い払おうかと打診してきたが、とりあえず止めておいた。本人がどう言うつもりで付いて来ているのか、わからなかったから。
何よりも、変に目立つ事をして、学園長の耳に入るのを避けたかった。力づくでこの場からサガラを追い出した事を理由に、高祖母でありベル・オブ・ウォッキング魔法学園の学園長であるセシリア・ファストレアにまたむちゃくちゃな厄介事を押し付けられかねない。それだけは勘弁してほしい。
そんな訳で、まずは昼食がてら、自己紹介。
とは言え、ナギト、ユヅキ、ミナギに関しては有名過ぎて、自己紹介も必要なかったが。アルバとセラータくらいだった、紹介が必要なのは。けれど、ユヅキが契約している光と闇の精霊だと言うくらいで、それぞれの統括大精霊である事は話に出なかった。
聞き耳を立てていたシエロがこっそり耳打ちしてくれて、謎は解けたけれど。
≪ユヅキのパーティ仲間でもないヤツに、そんな事教える必要ある?ないない、ないよー。あ、今ミナギさー、『オレもパーティ入ってなかったら教えてもらってないの?』て思ったんじゃない?せーかい!そのチビたちに頼まれたとしても、今みたいにサポートはしてないよー≫
そう言われて、思わずムッとしてしまったミナギは悪くない。
突然ムッとしたミナギに、テーブルを挟んだ反対側に居たフォレルスケットとサガラだけは、突然どうしたと、また困惑していたけれど。この一時間にもならない間に、二人はどれだけ困惑すれば良いのか、誰にもわからない。
「え、と……ウチは、フォレルスケット・カペラ。魔法銃士学科、の、三年……。魔法属性は火で、使う銃は、このバレットM82A1……です」
「はいはい!次は自分!サガラ・イルヴィフォード!属性は火と水!使う銃はコルトパイソン357マグナム!凄いでしょ!自分だけ凄い特別なんスよ!」
「あ、おまけでもなく勝手に付いて来ただけのバカの話は聞いてない。短銃と相性が良かっただけで、お前はぜんっぜん特別なんかじゃねぇよ、黙ってろ」
フォレルスケットの自己紹介に続く形で、元気一杯にサガラが自己紹介するが、即座にナギトに切って捨てる。
本気で邪魔だとマリーゴールド色の隻眼が訴えられ、ビクッとサガラは肩を震わせる。
まあ、彼に関してはユヅキ、ミナギは同意見。どうしてまだ付いて来ているのだろう、その疑問は当然だ。いつでも追い出す準備は出来ていると、アルバはバサバサと大きく羽ばたき、セラータはテーブルの上に座り、たしーんたしーんと尻尾をテーブルに叩き付けている。
精霊コンビから向けられる圧に、更にサガラは肩を震わせ、息を呑む。
「さて、問題はフォレルスケット、お前だ。火の精霊って聞いて、思い付くコトはあるか?」
「えぇ……?火、火ぃ……?なんか、むかーし大ばば様がなんか言ってた気がする、けど……あんまウチは知らん……」
フォークを片手に、軽く頭を振りながら答えるフォレルスケット。
この答えに、僅かにナギトは眉を顰め、隣に座ってサラダの中のミニトマトを突いてるユヅキを見下ろす。無言のままだが、それだけでもユヅキには十分伝わったらしい。にっこり満面笑顔。
そして次にユヅキが語った言葉は、ナギトの疑問に答えるには十分で、フォレルスケットには驚愕に言葉を失う事となった。
「この先輩の名前、フォレルスケット・『カルブンクルス』・カペラだよ」
真っ直ぐに自分を見上げ、笑顔でユヅキが語る言葉に、時が止まったのは数秒。確かに数秒、特にナギトの時が止まり、それからちらり、アルバやセラータへと視線を投げる。
これもまた無言だが、精霊コンビから返される無言は、恐らく肯定。
ユヅキの言葉は本当だ、と言う、肯定。
それから、テーブルを挟んだ向かい側に居るフォレルスケットを見れば、驚きに息を呑んでいるのが見えて。ユヅキの言葉が事実である事を察するには、十分。
まあ、ユヅキが嘘を吐くだなんて、最初から思って居ないけれど。
「フォレルスケット・カルブンクルス・カペラ……ねぇ?そう言う事なら、まあ……なっと」
「あ、勝手に話進めて勝手に納得しないでね。マジで迷惑だから。オレ達は話見えてないから、ちゃんと説明してよ。それこそ『たいぎい』よ」
「あぁらぁ、言うようになったわねぇ、ミナギもぉ」
「これくらい言わないとマジでダメだって学習した、オレ」
「なぁうん。にゃー。なおなお」
ナギトが一人で納得しかけたところへ、水を差すように口を挟むのはミナギだ。
締めくくりにたいぎいとまで言われ、思わずユヅキを挟んだ向こう側に座るミナギを見るのはナギト。眉を顰め、苛立ちに怒りを滲ませた鋭い視線を送るが、当のミナギには全く効果なし。だからどうしたとばかり、真っ向からナギトの隻眼の睨みを受け止め、見つめ返す。
そんなミナギの姿に、アルバはきゃらきゃらと声を立てて笑い、珍しくセラータも饒舌になっている。ぽふぽふとその肉球でミナギの二の腕あたりを叩くのは多分、褒めるつもりで。
無言のナギトとミナギの睨み合い。物理的に火花は散っていないが、散っているように見えるのは、周りのユヅキ達の気のせいだろうか。
風の中、「誰かゴング鳴らしてー」なんて茶化すシエロの声が聞こえた。
「ハァ……。えーっと、簡単に言えば、フォレルスケット……長いな。あー……」
「あ、家族からは、『フォル』とか、『フォルス』と呼ばれてます」
「んじゃフォルス。お前、『契約祝福』をもらってるよな、一族全体で。『カルブンクルス』は確か、ソグルロナ大陸の有名な温泉街の名前のハズだ。ソグルロナ大陸は、そもそも火の精霊が多く居る大陸ではあるけど……カルブンクルスは、その温泉街がある地域の統括精霊だろうな」
「この学園も、ベル・オブ・ウォッキングが統括してる地域だから、地名としてもベル・オブ・ウォッキングが定着してるもんね」
「精霊の名前が地域の名前になったのか、自分の統括してる地域の名前を名乗ってるのか、そこまでは知らんけどな。カルブンクルスって名前の精霊と、フォルスの先祖が契約した結果、火の精霊がフォルスの周りに居られる……てのが俺の仮説」
契約祝福。
気になる単語が出て来たが、いつものようにミナギがどう言うものなのかと質問で口を挟む事はなかった。
否、正確には口を挟もうとして、でも止めた、が正しいか。
訊こうとする寸前で、目をこれでもかと見開いたフォレルスケットの顔が、目に入ったから。驚いているとは、少し違う。驚いてはいるけれど、何か別の理由で驚いていると言った
様子。
恐らくナギトの話に驚いたのだろう事はわかるが、話の流れから考えると、どこに驚いたのかがわからない。
話をしていたナギトやユヅキもきょとんとしているところから見て、流石に二人でもわからないらしい。まあ、それもそうか。ナギトだってユヅキだって人間だ。なんでもわかるような論外スペックではないだろう、多分。
「そ、それ!けーやくしゅくふく!大ばば様が言ってた気ぃするわ!そやけど、大ばば様あんまもう喋れんし、なんも本とかに書いとらんで、よう知らんねん!!自分、何か知っとるん!?知っとるんやったら、教えてくれん?!」
テーブルを両手でバンと強く叩きながら、興奮しながら立ち上がるフォレルスケット。炎のようなルビーレッドの瞳が輝く。
新しいおもちゃを見付けた子供のような目だと思うのは、多分、ナギトだけじゃない。
興奮しているフォレルスケットに続く形で、自分も知りたいと、ミナギが挙手。サガラも、フォレルスケットの勢いに驚きつつ、知りたいと挙手している。まあ、ナギトに軽く無視されていたけれども。
【契約祝福】
力のある精霊と、一定条件の下に契約を交わすと同時にその精霊から祝福を受け取るものを言う。
一番わかりやすいものは、ベル・オブ・ウォッキング魔法学園の学園長、セシリア・ファストレア。精霊である、ベル・オブ・ウォッキングの自分の傍に居ろと言う願いを叶えるかわりに、自分が統括している地域では、寿命を遥かに超えた今でも生き続けられる、と言う祝福。
契約祝福を受けたものは、名前と家名の間に精霊の名前を名乗る事が出来るそうで。だからこそフォレルスケットは、フォレルスケット・カルブンクルス・カペラ、となるらしい。
「まっ、あのクソババアに関しては、祝福って名前借りた呪いだわな。ベル・オブ・ウォッキングの執着心バチクソえげつねぇ。けど、クソババアにかけられてるのはクソババア一人に限定されてる祝福。フォルスの場合は、『カペラ家に』効果があるタイプの大きめの祝福なんだろ。ゆづ」
「はーい!」
特にこれと言った指示らしい指示はなかったが、名前を呼ばれた時点でユヅキはナギトが言いたい事を理解していた。
すぐに歌い始めるところから、未契約の精霊達と話しているのは明白。
ミナギが傍に居る五人の小さな精霊達を見れば、何やら興味深そうにフォレルスケットの周りに居る八人の火の精霊達を注視していた。同じ未契約の精霊だ、話は聞こえているのだろう。
未契約の精霊達と会話をするユヅキの、歌うようなその声は聞こえても、未契約の精霊達の声までは認識出来ない。ミナギの視界では、彼等が口をパクパクと開けているのが見える程度だ。
自分の肩の辺りを見た後、何もない筈の空中を見上げたり、自分の周りを見つめたりするミナギの姿に、首を傾げるのはフォレルスケット。
それを見ながら、「それは後で説明するから置いといて」とナギトは見えない箱のようなものを横に置くジェスチャーを見せる。五人の小さな精霊達は、お調子者の風の精霊コンビは二人してナギトの動きを真似して、水の精霊は横にぴょこんと動いて、光の精霊は大きく右から左に顔を動かして、地の精霊は目を右から左に動かしていた。
楽しそうな五人の小さな精霊達の姿に、彼等は本当に人間の真似をするのが好きだな、と思うのはミナギ。
フォークを銜えたナギトが両腕を組み、椅子の背凭れにぐっと背中を預ける。眉を顰めながら呼ぶのは――グラールの名前。
「グラール」
「ソグルロナのカルブンクルスか、知っとるよ。アレは変わり者の多いソグルロナの中でも特に変わり者だ。少し昔の話になるがの、王位継承戦争に巻き込まれた一族が、一族滅亡寸前でなんとか逃げおおせ、『一族を守る為の力を』とカルブンクルスに願い出ておった。伝説だったらしいよ、『カルブンクルスには願いを叶えてくれる神が居る』とな」
「…………その理論で言ったら、カルブンクルスよりでかい願い事叶えてくれそうなヤツが目の前におるー」
「なんぞ叶えて欲しい願いでもあったか?我が小遣いやろうかの?」
「大陸統括大精霊サマの小遣いとかこえぇわバカ」
珍しくむぅっと唇を尖らせ、眉間の皺を更に数本増やしながらナギトが見上げるのは、自分の真後ろに音もなく現れたグラールだ。
二メートルの長身を誇るせいで、いくらか上半身を屈める形にはなったが、楽しそうににぃっこりと意味深に笑って、上下さかさまのナギトの顔を見下ろしている。小遣いでもやろうかなんて、まるで孫を前にした祖父か祖母のような言い回しだが、面白がっている事はグラールの表情を見ればわかる。
楽しそうなグラールに対して、うんざりしているのはナギト。その表情の違いが、余計に祖父と孫のように見えてしまうのは、一体誰の目だろう。
突然現れたグラールに、ざわっとざわつくナギト達の周囲。驚いていないのは、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータのみだ。
フォレルスケットやサガラも驚いているが、何よりも驚いているのは、フォレルスケットの周りに居た八人の火の精霊達。それまでユヅキと何やら話していたが、グラールが登場した瞬間、全員が驚愕に硬直。呼吸も忘れて数秒固まったかと思えば、あっと言う間にフォレルスケットの背中に隠れてしまった。
笑顔のグラールとうんざりしたナギトの、なんとも言えない睨み合いは、思ったよりも長くは続かない。ユヅキが、声を上げたから。
「ナギト、ナギトの言う通りだって。カペラ家がむかーしカルブンクルスと契約祝福をしたって。カペラ家のご先祖様がカルブンクルスに精霊の力を一族にくださいってお願いして、代わりにカルブンクルスは、自分が統括してる地域に住むようにって条件出したんだって。カペラ家に力をあげたって知ったら、それを狙って他の人間も来るかもしれないから、そう言うヤツ等は追い払えーって」
「カルブンクルスも、面倒……たいぎかったらしいぞ。その伝説を聞いて金だの栄誉だの色々言われておってな。カペラ家に力を貸したのは、自分と相性が良かったのと、たいぎい願い事聞く必要なくなるからと、自分の益の為じゃな」
「たいぎい願い事してくるヤツ等とおさらばして、自分は力与えておーわり、てコト?」
かなりざっくり大雑把にミナギが纏めれば、うんうんと頷くユヅキとグラール。しかもグラールには、よく出来ましたと頭をよしよしと撫でられるのだから、ちょっとどんな顔をすれば良いか困る。
驚き半分、困惑半分。そんなミナギの表情に、楽しそうにまたにっこりとグラールは笑い、更に頭をよしよしと撫でる。
撫で方で言えば、ナギトよりもずっと優しく、慣れた手付きである、意外にも。
しかし、願いを叶えてくれるなんて伝説があると言う事は、きっかけになる出来事があった筈だ。
訊けば、火の精霊が多く住み、活火山や温泉地帯の多いソグルロナ大陸ではあるが、冬は寒く、防寒対策をせずに屋外に出れば最悪凍死の可能性もあるそうで。たまたま、カルブンクルスの統括地域の中で、怪我をして動けなくなり寒さに凍えている人間達数名を発見したカルブンクルスが、一晩温めてあげた事が原因らしい。
偶然にもその時人間達は、助けてくださいと神に祈ったらしく、そのタイミングでカルブンクルスが温めてしまった事で、助かった人間達が奇跡体験として話してしまった。
結果、話が広まっている中で、おひれはひれが付いて広まり、最終的には、カルブンクルス地域には願いを叶えてくれる神がいる、と言う噂話になったらしい。
その為カルブンクルスは、自分と相性が良いカペラ家が来た事で、これ幸いにと厄介払いに成功した、と、つまりそう言う流れ。
フォレルスケットとしては、ちょっと複雑な気持ちになる話ではあるが、もはや知っているものが大ババ様と呼ぶ者しか居ない以上、貴重な話を聞けた。
まあ、本当は先祖代々伝わる書物に詳細に話が書かれていたそうだが、フォレルスケットから見て曾祖父世代が若かった頃、書物を保管している保管庫で煙草を吸い、うっかり火事を起こして保管庫ごと焼失させてしまったそうで。
それでも火傷も負わずに生還出来たのは、火の精霊であるカルブンクルスの契約祝福のお陰。
けれど、結果的に当時の話を詳細に記したものは消え、話を知っているのも当時で弱い九十を越えた大ババ様だけで、まともな話も聞けずに今に至る、と。
さて、この話に一番憤慨したのは、何を隠そうナギトだ。
書庫は火気厳禁だろうがと至極真っ当な事を言いながら怒るナギトに、返す言葉もないと肩を落とすフォレルスケット。自分自身のやらかしではないものの、自分の曽祖父世代のやらかしなので、どうしようもない。
「あ、あのっ!今の話、実家に教えてもええ?!ウチにカルブンクルス様と話せる人おらんけど、けど、なんも知らんより、知っとるだけでもええ筈やから!」
「……意外とまともなコト言うなぁ。ま、いんじゃない」
「それよりナギト、多分ミナギくんは、それとフォルスさんの周りに火の精霊が居るのとどういう関係があるかーって知りたいと思う。あっ、フォルスさんは見えないみたいだけど、本当に居るんだよ、火の精霊さん!八人も!」
信じて、と。何よりも饒舌な瞳に見つめられ、その瞳の圧に押される形でフォレルスケットはうんと頷く。勿論、信じていない訳ではないけれど。
だって真剣な瞳で自分を見つめて来るのは、学内ランク認定試験で、最初からSランクを取った精霊術師なのだから。
「火の精霊って、普段見かけないよね。オレも、多分精霊を意識してからだと初めてだと思う」
そう言いながら、またフォレルスケットの周りに目を向けるミナギに、もしかして見えているのかと流れから察するのは、フォレルスケットとサガラの二人。
軽く精霊術師に必要な三つの要素の補足をナギトが入れれば、嗚呼なるほどと二人は納得。
未契約の精霊が見えているなら、ミナギがユヅキと一緒に変な方向を見ていても不思議はない。むしろ、ミナギの存在が、精霊術師に必要な三つの要素の存在をよく理解させてくれた。
「ん。基本は火の近くにしか居ないな。それも、火山とか温泉地帯が基本だな。後は鍛冶場か?他の属性の精霊とは違って、基本的に火の精霊は火のないトコには現れない。ただ、フォルスはカルブンクルスの祝福があるから、火の精霊が傍に居られる」
「火の精霊は、火がないと動けないから、自由にそこらへん動き回れないんだよ。風の精霊に運んでもらうくらいかな、移動方法」
わかりやすく言えば火の子か。
飛び散る火の子に乗って、火の精霊が遊ぶ事もあるらしいが、それでも遠くは行けず。無理に火から離れてしまえば、力を失って消える――端的に言えば精霊としての死を迎えるそうで、基本的に動く事はないらしい。
力の大きい精霊はまだしも、手の平に乗るくらいのサイズの精霊ともなれば、火からちょっと離れただけでも消えるそうだ。
それでも、火の精霊の契約祝福を受けているフォレルスケットの傍に居るなら平気らしく、だからこそユヅキはフォレルスケットを今日こうしてナギトの前に連れて来た、と。
契約祝福を受けたカペラ家の中でも特にカルブンクルスの力が強く出ているそうで、魔法属性の分類としては火とされているが、ほぼほぼ炎と言っても過言ではない、と言うのは、フォレルスケットの周りに居る火の精霊達の証言。
彼等の語る言葉を、そっくりそのままユヅキが通訳すれば、やっと自分の力に合点がいくのはフォレルスケット。
「ウチ、上手く自分の魔力、使いこなせんくて……。……ウチ、『一族の中でもココまで自分の魔力を扱うのが下手な者は居ない』て、言われてたんやけど……」
「逆じゃ逆。主の力は人の枠を外れたものなだけで、下手ではない。……ふむ、わかりやすく言う、なら……のう、ナギト?」
「俺に任すんかい」
フォレルスケットの目が、揺れる。唇が震える。もう昼食どころではなくて、ずっと手は動いていない。
今にも泣き出しそうに揺れる瞳を受け止めながら、ちらりとグラールが見るのはナギト。
わかりやすい説明はお前に任せた。何よりも饒舌に語る瞳に、オイ、とナギトがツッコミを入れるのは当然の流れ。ナギトがツッコミ役に回る事もあるんだなと眺めるのは、普段ツッコミで苦労させられているミナギだ。
「ハァ……ま、わかりやすく言えば、フォルスは魔力を十使おうとしてるのに、力が強過ぎて、他のヤツからしたら三十とか四十出してる状態になってんじゃね?」
「あー、なんかわかるかもしれないッスね!フォルス、この間も魔法銃の練習で狙った的以外もまとめてフッ飛ばしてたッスもん。だから、ちゃんと指定された効果が出せたかわからなくて、実技試験は追試験ギリギリ受けずに済んだらしいッス!」
「なんでウチの実技試験の結果を自分が言うんや!!」
ナギトの言葉に続く形で声を上げたのは、それまでずっと黙っていたサガラだった。
強引に付いて来たものの、口を挟む暇がないせいか静かにしていたが、話にはしっかりと聞き耳を立てていて、そうして思い出した魔法銃での実戦試験の時の話。
力一杯話すサガラに、思わず胸倉を掴みかけたフォレルスケットは悪くない。絶対悪くない。
しかし、もし今のナギトの仮説が正しいとしても、結局自分の魔力のコントロールが下手という話になってくる気がする。
既にこれまで魔力のコントールの練習や、自分の魔法銃であるM82A1はかなり改良しているつもりだ。これ以上どうすれば良いと言うのか。
わかりやすく落ち込んだ様子を見せるフォレルスケットに、顔を見合わせるのはナギトとユヅキ。ミナギは五人の小さな精霊達を見た後、なんとなくグラールを見上げる。今日も今日とて彼を見上げると首が痛い。
目が合ったグラールは、少し楽しそうに、何かを企むように笑っていて。即座にミナギが身構えてしまうのは、この笑顔に覚えがあるから。
それこそ、ナギトで、特に。
「……何、グラール……」
「うん?なんでもないが?」
本当だろうか。思わず真顔になってしまうミナギの気持ちは、察するに余りある。ナギトがグラールに対してうんざりした顔をするのは、こう言うところが原因だろうか。
まだユヅキ達が居るから良いが、一対一で対峙するのは少し気後れする相手だと言える。申し訳ないが、出来ればご遠慮願いたい。
いつものように、ナギトが自分の昼食以外に注文した、複数のおかず。その中からサラダを選び、自分の皿に食べる量を移しながら、ミナギはその場を見守る。自分の力を上手く扱いきれなくて落ち込むフォレルスケットの事は、あくまでも彼女の問題だ、下手に口を挟む必要もないだろう。
最初こそサガラを警戒していたアルバやセラータを見れば、まだ警戒はしているものの、テーブルの上で羽を休めたり、座るくらいには、落ち着いているらしい。
これなら大丈夫。そう思って昼食を再開したミナギだが、時に意外なところから斜め上のアイディアが浮かんで来る事もあるのだ。
「じゃあ、周りの火の精霊さん達にお願いしてみたら?その子達なら、強過ぎる力の調整してくれるんじゃないかなっ?」
「あ?」
「なんて?」
「はい?」
「え?」
「あぁらぁ」
「なぁん」
「ははっ、そう来るか」
ユヅキの言葉に、ナギト、ミナギ、フォレルスケット、サガラ、アルバ、セラータ、グラールと続く。姿を見せていないシエロは――大笑い。
自分に集中する視線を受け止めながら、戸惑う事なくユヅキは笑顔で続ける。
「フォルスさんの火はカルブンクルスの契約祝福由来だから、多分、普通の魔法よりも干渉しやすいと思うよ?」
なんて事はないと語るユヅキに目を向けたまま、ナギト達の時間が止まってから、一秒、二秒、三秒。やっとの思いで頑張って最初に動いたのは、ナギト。
ギシギシと錆付いた機械か何かのようにぎこちない動きで背後に立つグラールを見上げ、若干顔を引き攣らせながら口を開く。
「………………グラールよ、お前から見てどうよ、コレは」
「面白いのう。誰の影響かのう?」
「俺を見ながら言ってんじゃねぇぞ、グラナディール大陸統括大精霊サマよ」
苛立ちを隠そうともせず、こめかみに青筋を立てながらナギトは圧を掛けるが、そんなものが、この大陸の統括大精霊、グラナディールに通用する筈もなく。むしろにっこり笑顔を返されるだけ。
やはりグラールはナギトの二枚も三枚も上手だ。年の功だろうか。
だが、さらりと語られたグラナディール大陸統括大精霊の言葉に、言葉を失ったのはフォレルスケットとサガラの二人。
突然現れただけでも十分驚かされたのに、それがグラナディールともなれば、衝撃を受けて当然。否それ以前に、本当だろうかと真偽を問うだろうか。口を挟めるだけの余裕はないけれど。
チィッとわざとらしいくらい大きな舌打ちを一つ。嗚呼忌々しいこのクソ精霊め。
「しかし考えてもみよナギト。もしユヅキの案が可能であれば、お前が今考えているアレの検証にもなるのではないのかの?逆の理論は実証されとろう?ならば、今回はその逆じゃ、良い機会じゃろうて」
「……けどな」
「人間の魔力単体ではない。大元はカルブンクルス由来の力だ、精霊も干渉しやすかろうて。試してみる価値があるのではないか?ナギトよ。ん?」
言って、更に笑みを深めるグラールに、ナギトの頬が盛大に引き攣り、反射的に椅子から立ち上がりながら左手がぐっと握り込まれたのは、苛立ちが限界に来たから。
胸倉を掴まなかったり、拳を振り上げなかったりしただけ、まだマシだろうか。拳を握ったところで踏み止まったナギトは偉かった。凄く偉かった。
一連の流れを見ていたフォレルスケット、サガラは喧嘩になるのではないかとオロオロしていたが、ミナギはこの二人はそう言うものだと諦めて食事を進めていて、ユヅキはセラータの背中を撫でながらアルバと笑い合って食事を続けている。残されたナギトはグラールの前で必死に握った拳を押しとどめているのだから、何とも言えないカオス空間の出来上がり。
膠着状態になりかけたテーブルの時を進めたのは、アルバだった。
「はいはぁいぃ、そこまでぇ。グラールもぉ、あんまりナギトをからかっちゃダメよぉ?」
「このくらいはいつもの事だろうて」
「ハァァァァァァァ………!!あーもーいいっ!!とりあえず!!フォルス!!」
「うあ!?あ、はいっ!!」
「はいっ!」
「なんでアンタまで返事してんの……?フォレルスケットさんじゃないでしょ」
地を這うようなため息を吐いた後、諦めがついたらしいナギトが声を上げる。
勢いそのままにナギトがフォレルスケットの名前を呼べば、肩を大きく震わせながら勢いに呑まれつつ返事をするフォレルスケット。なぜかつられてサガラまで返事をするのだから、ちょっと面白い。そして、いつも通り即ツッコミを入れるのは、すっかりツッコミ役が板についたミナギである。
心底呆れた表情を見せるミナギに、あはは、なんて困ったようにサガラは笑う。
「午後の授業は」
「え、えっと……ある、けど……」
「必須じゃないならサボれ。検証だ。ゆづ、火の精霊達に伝えておけ、フォルスの力を制御する手伝いをしろ、てな」
はーい。笑顔で返事をするユヅキにやれやれと諦めのため息一つ。そうしてやっと話がまとまったところで、やっとナギトは昼食に手を付け始める。
だが、しれっとサボれ発言をしたのはどうなのだろう。クエスト報酬を授業の単位に変えているナギトはまだしも、フォレルスケットはサボったら単位が取れないのではなかろうか。必須授業でないなら、多少サボっても良いのかもしれないけれど。
話の流れから考えて、ユヅキもナギトに付いて行くのだろう。そうなると自然、アルバとセラータも付いていくだろう。
サガラはともかくとして、残るミナギはと考えて――面白そうだから一緒に行こうと考える辺り、随分とナギト達の影響を受けている。別の言い方をするなら、毒されている、だろうか。
「な、なぁ……?今自分、なんてった……?ウチの力が……制御出来る、て?しかも、火の精霊って……なん……なんなん、それ。そんなん、出来るわけが」
「あ?やってもないのになんで出来ないって断言すんだよ」
「け、けど。ウチ、これまで色々やって」
「この人達非常識論外チートだから、今までがダメだったから無理なんて通用しないよ。それに、精霊に力を借りるのはやった事ないんでしょ?ならやる前から『出来ない』て決めつけずに、まずはやってみなよ」
信じられない。出来るわけがない。そう訴えようとしていたフォレルスケットの言葉を遮り響く、ナギトの声と、ミナギの声。
さり気なくナギトとユヅキを非常識論外チートと呼んでいて、即ナギトの隻眼が鋭い視線を、ユヅキは自分もかと尋ねる視線を送って来るが、当のミナギは慣れたもの。サクッと無視してフォークに刺した唐揚げを一口で口の中に押し込む。うん、美味しい。
後はフォレルスケットの意思一つ。もし彼女が一言嫌だと言えば、ナギトはそうかと二つ返事でこの話を終わらせる。断言出来る。
けれど、もし、この後授業をサボってナギトの検証に付き合うと言えば、きっと大きな変化が待っているだろう。
少なくとも、彼等と関わって確実に変わったミナギが言うのだ、間違いない。
「どうするかは、ご飯食べ終わるまでに考えといてね。ナギト、強制はしないから」
「こんな顔してるけど、ちゃんとこっちの意見聞いてくれるから」
「顔は余計だわ。てかお前、さっきからちょいちょい失礼よな」
≪あーはっはっはっはっ!ミナギ強くなったなー、強くなったねー。言われてんじゃんナギト。ナギトがここまで同年代にやり込まれるの初めて見たわー!グラールとかベルが気に入ってる子ならまだしもさー!やー、いいもん見たわー!≫
さっきから途中途中で挟まれる棘を含んだ言葉に、流石のナギトもミナギに言い返す。
これにミナギが言い返す事はなく、耳元で響くのはシエロの笑い声。今頃どこかの空中で腹を抱えて笑っている姿が容易に想像出来る。
良いものを見たと言う事は、聞き耳を立てているだけでなく、この大食堂の中に居る可能性がある。確証はないが、サガラがフォレルスケットに付いて来たあの時から、ずっと近くに居た可能性も高い。
ひとまず食事を終わらせようとしたところで、凄く今更過ぎる疑問が、一つ。
「そういやサガラ、自分、なんでウチらに付いて来たん?全然話関係あれへんよな?」
至極真っ当なフォレルスケットの問いかけは、一度は落ち着いたテーブルの空気は、一瞬にしてなものとなっていた。
サガラの、どこまでも明るい爆弾発言の、お陰で。
「ユヅキちゃんがすっごく可愛くて一目惚れしたんスよ!ソキウス契約してもらいたくて付いて来たッス!」
瞬間、丁度ナギトが持っていたグラスが、ナギトの手の中でパリィンと小さな悲鳴を上げて割れたのを、ユヅキ、ミナギ、アルバ、セラータ、五人の小さな精霊達、グラールが見ていた。
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