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第二章 破滅の赤
決意
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◇コーラル視点
「あぁコーラル、無事だとは報告を受けていたけど、こうして姿を見て安心したよ。さぁ座って」
「お久しぶりになります。顔を見せるのが遅くなり申し訳ありません兄上」
「謝る必要はないんだ。君と婚約者のお嬢さんが元気で帰ってきてくれたことが凄く嬉しいよ」
数日前まで寝込んでいた兄上は青白い顔で優しく微笑むと、私の両手を包み込む。母を思い出すような温かい笑みは、同じ顔同じ色だというのに私と印象が全く違う。城に来て与えられた温かい風呂、豪華な食事、清潔な服、そうやって綺麗にされたのは見た目だけで、その内側は地獄に居た頃と変わらないのだろう。生まれて初めて見た鏡は明瞭にその様を伝えてくる。
「そう言えば君たち逃げるのに協力してくれた少女がいると聞いたけど、その子も怪我は無いのかい?」
「えぇ。彼女には大恩がありますし、帰る場所もないようなので暫くは城に滞在してもらい、我が国の貴族に養子に入ってもらおうと考えています。特異な魔法が使え、貴族受けする容姿なので反発は少ないかと」
「そうか…お友達になれそう?ケホッ」
「イングリッド嬢の次に親しくなれそうです」
兄上は嬉しそうに破顔した。
「君たちを攫った組織は第一騎士団が捕まえたようだ。地下に保管されていたという商品も無事回収せれたそうだし、王都に巣くう闇が一つ壊滅寸前まで追い込めたというのは不幸中の幸いかもしれないね」
「物理的に吹き飛ばされた向こうは堪ったもんじゃないでしょうけどね」
「ははっ!ゲホゲホっそう…だね。まだ余罪や関連組織を調べているそうだけれど、壊滅するのも時間の問題だろう。ゴホッゴホッ」
しかしまだ調子が悪いのか、咳を繰り返し呼吸を荒くする。私は忙しなく上下する背中を撫でつつ、俯き垂れる赤い髪を見つめる。兄上はそもそも体が弱く、体調が悪くなることも風邪をひくことも多い。それは城に来て栄養のある食事や医師の診断を仰いでも変わらないようで、兄上付きの侍従からの報告や私の話から部屋のその様子を聞く日々が続いている。
「せっかく会いに来てくれたのにすまないね」
「いえ、久しぶりに兄上のお顔を見れて良かったです。ですがもう身体を休めた方が良さそうです。そろそろ失礼しますね」
「そう…だね」
兄上の薄い体を寝台に横たえるよう支え、息を着いたのを確認し天蓋から垂れるカーテンを閉めようと椅子から腰を上げる。まだ空は明るいが休みやすいよう寝台は暗くした方がいいだろう。タッセルに手をかけ束ねてあったカーテンの束を解くと、軽く引っ張った。その瞬間兄上の寂しそうな声が耳に入る。
「もう…名前を読んだり、軽口を交わしてはくれない?」
……私たちが城に連れてこられた時、誰にも舐められないよう身を守るためにも言葉遣いを徹底的に変えていった。それは兄の前でも同じ。いつ誰が見ているか聞いているか分からない…いや、言い訳だな。兄上の前だけでは綺麗な弟で居たいっていう、くだらない私の精一杯の見栄。そんなことであの時に自覚した澆薄な自分が消えるわけがないのに…
「これでも意識していなければ、つい昔の口調が出てしまいそうになるんですよ。身を立てるためにも私の練習に付き合っては頂けますか?」
「もう…それは断れないじゃないか」
そう言って顔を見合わせ軽く笑い合うと、カーテンを閉め部屋を出る。
大勢の王族が暮らす離宮の一つであるここは、兄上の他にも多くの王子たちの部屋が設けられている。王女たちはまた別の離宮だが、幼い王族は後宮にて母である側妃たちと生活しているようだ。私と兄上は既に母が鬼籍に入っていることもあり、部屋が与えられている。
「次はバーグマン家の御令嬢と【赤の間】にて面会の予定が入っております」
「あぁ、だが少し時間があるな。一度部屋に戻る」
「では【太陽の宮殿】まで護衛いたします」
そう。兄含め私と他の多族たちは住まう宮殿が異なる。そして行動も自由が許されている故に、この王族の在り方に違和感を抱いていた。
「年頃の王子たちが集まっているというのに、誰一人合わなかったな」
宮殿の外に出ると雲一つない空が広がっていた。山を切り拓かれているとはいえ各宮殿は庭を含めそこそこの大きさがある。王都を囲むように腕を広げる山々に宮殿が等間隔に聳え立ち、海を正面に向かえる一等目を引く場所に王宮が佇んでいた。私の部屋…というより宮殿は【太陽の宮殿】と言われ、王宮とは後宮と同じく徒歩で行ける近さでありその与えられた権威が一目でわかるだろう。
対してこの宮殿は王子たちが住む場所でありながら、その宮殿の序列は余り高くはない。護衛を任せているセドリックを背に、馬車に乗り込もうとした瞬間、整えられた色とりどりの花が風で揺れ、同時に視界に入った赤色に目が惹かれた。
「殿下?どうかされましたか?」
「いや…」
あの頃よりさらに伸びた髪は、一つに編まれ肩に乗っている。十分な栄養と手入れにより見違えるほどに艶を纏ったそれが、自身の存在意義だと声高に傍で主張する
でもそんなもので俺が本当に欲しいものは手に入らない
卑屈になってやるものか
使えるものは全て使って俺が何にも縛られない王になってやる。
「行こう」
肩で囁く重たい縄を背に振り払い、宮殿を後にした。
◇イングリッド視点
燃え盛る炎が消えたことにより無事騎士団に保護された私たちは、粗方の詳細を伝えた後、城に滞在し一夜を明かした。と言っても貴族かつ五歳の幼い子供に事細かく事態を聞く気もなかったのか、「気付いた時には牢の中にいた」「一緒に集められた少女と逃げ出そうと魔法を使った」等のことを説明しただけで取り調べは終わったわ。身分を証明する正式な家紋がある品はどうしたのかとか聞かれるかと思ったけれど拍子抜けね。燃やしたなんて口が裂けても言えない…まぁ意識がないうちに攫われたっていう話だから、誤魔化せたでしょうけど。
その間に宮廷医の診断を受け何処にも異常がない事を確認したけれど、念のために数日城にすることになったと城のメイドに伝えられた。ならばと私はルカに面会を申し込もうとしたけれど、上の判断で留められることになってしまったわ。彼女の御許が不明かつ、私たちを助けたと言えども強力な魔法を使うことから、様子を見て本当に安全か確かめてからだと言われてしまう。まるで珍獣のような扱いをされているけれど、あの子なら平気な顔で受け流しそうではあるから、私が憤る必要もないわね。
コニーは今回の件で何やら忙しいらしく、謝罪と詳細を後日直接会って話したいと手紙を受け取ったわ。公爵家とは言え、子供の私には動かせる人材もなく情報を得ることは出来ない。身分や【太陽神の愛し子】という反則を使えば無理に聞き出すことも出来るでしょうけど、それをコニーの婚約者である私がするわけにはいかないもの。
あの時私たちが見た人たちは無事かしら…それにヒロインはいなかったと思うけれど確実にいない保証はないもの。ここで万が一ヒロインがいなくなるなんて自体は避けたい。ある程度物語に沿って展開しないと私が未来を予想して動けなくなっちゃうもの…。あぁ情報が欲しいわ
それから数日後、屋敷に帰るとあんな事があったというのにいつもとまるで変わらない様子で迎えられる。分かっていたが寂しさも覚える。心のどこかで誰かに心配してもらえるかもしれないと思っていたのかしら…
まるで何もなかったかのようにいつも通りで、ぼんやりと過ごしているうちに夜になる。机の前に腰を下ろし、前世の記憶を思い出してから日課となっていた日記を広げて首をかしげた。
「ああそうだ、ヒロインは『フォリア』だったわ」
やっぱり忘れないためにも日記は大切だと思い、今日のこと、ルカのことを細かく書いていく。特にルカという物語に居ない人物の登場に、私の行動が未来を変えることに繋がるかもしれないと期待が持てたのは大きい。家族や屋敷の使用人たちとの距離は依然離れたままだけれど、コニーとの関係は順調だと言えるし、ルカという《ジョーカー》も現れた。大丈夫…今何かを焦る必要はないわ。
「はぁ…疲れているのね」
不安定になっているメンタルを回復するためにも眠らなくては
大丈夫…死なない。戦争なんて起こさせないわ
あの二人を失うわけにはいかない。それは大切な手札だからとかじゃなくて、死んでほしくない大切な仲間だから。
物語の決められた道とか登場人物とかは関係ない。私が出会って言葉を交わした彼らを私が気にいったのよ。
段々と眠気に思考が覆われていく中で、牢の中、三人でテーブルを囲んだ記憶が浮かび上がった。
あぁ……変な奴だと思われないためにも乙女ゲームのことだけは内緒にしておかないと…
ー----------
ルクレツィア以外、記憶系の能力を持っているわけではない人間は、一々過去のセリフやらワードを事細かに覚えていることは無いです。忘れることも、うろ覚えから思わぬ展開に発展することも人生にはあるでしょう。
次回 アイツ嫌い
「あぁコーラル、無事だとは報告を受けていたけど、こうして姿を見て安心したよ。さぁ座って」
「お久しぶりになります。顔を見せるのが遅くなり申し訳ありません兄上」
「謝る必要はないんだ。君と婚約者のお嬢さんが元気で帰ってきてくれたことが凄く嬉しいよ」
数日前まで寝込んでいた兄上は青白い顔で優しく微笑むと、私の両手を包み込む。母を思い出すような温かい笑みは、同じ顔同じ色だというのに私と印象が全く違う。城に来て与えられた温かい風呂、豪華な食事、清潔な服、そうやって綺麗にされたのは見た目だけで、その内側は地獄に居た頃と変わらないのだろう。生まれて初めて見た鏡は明瞭にその様を伝えてくる。
「そう言えば君たち逃げるのに協力してくれた少女がいると聞いたけど、その子も怪我は無いのかい?」
「えぇ。彼女には大恩がありますし、帰る場所もないようなので暫くは城に滞在してもらい、我が国の貴族に養子に入ってもらおうと考えています。特異な魔法が使え、貴族受けする容姿なので反発は少ないかと」
「そうか…お友達になれそう?ケホッ」
「イングリッド嬢の次に親しくなれそうです」
兄上は嬉しそうに破顔した。
「君たちを攫った組織は第一騎士団が捕まえたようだ。地下に保管されていたという商品も無事回収せれたそうだし、王都に巣くう闇が一つ壊滅寸前まで追い込めたというのは不幸中の幸いかもしれないね」
「物理的に吹き飛ばされた向こうは堪ったもんじゃないでしょうけどね」
「ははっ!ゲホゲホっそう…だね。まだ余罪や関連組織を調べているそうだけれど、壊滅するのも時間の問題だろう。ゴホッゴホッ」
しかしまだ調子が悪いのか、咳を繰り返し呼吸を荒くする。私は忙しなく上下する背中を撫でつつ、俯き垂れる赤い髪を見つめる。兄上はそもそも体が弱く、体調が悪くなることも風邪をひくことも多い。それは城に来て栄養のある食事や医師の診断を仰いでも変わらないようで、兄上付きの侍従からの報告や私の話から部屋のその様子を聞く日々が続いている。
「せっかく会いに来てくれたのにすまないね」
「いえ、久しぶりに兄上のお顔を見れて良かったです。ですがもう身体を休めた方が良さそうです。そろそろ失礼しますね」
「そう…だね」
兄上の薄い体を寝台に横たえるよう支え、息を着いたのを確認し天蓋から垂れるカーテンを閉めようと椅子から腰を上げる。まだ空は明るいが休みやすいよう寝台は暗くした方がいいだろう。タッセルに手をかけ束ねてあったカーテンの束を解くと、軽く引っ張った。その瞬間兄上の寂しそうな声が耳に入る。
「もう…名前を読んだり、軽口を交わしてはくれない?」
……私たちが城に連れてこられた時、誰にも舐められないよう身を守るためにも言葉遣いを徹底的に変えていった。それは兄の前でも同じ。いつ誰が見ているか聞いているか分からない…いや、言い訳だな。兄上の前だけでは綺麗な弟で居たいっていう、くだらない私の精一杯の見栄。そんなことであの時に自覚した澆薄な自分が消えるわけがないのに…
「これでも意識していなければ、つい昔の口調が出てしまいそうになるんですよ。身を立てるためにも私の練習に付き合っては頂けますか?」
「もう…それは断れないじゃないか」
そう言って顔を見合わせ軽く笑い合うと、カーテンを閉め部屋を出る。
大勢の王族が暮らす離宮の一つであるここは、兄上の他にも多くの王子たちの部屋が設けられている。王女たちはまた別の離宮だが、幼い王族は後宮にて母である側妃たちと生活しているようだ。私と兄上は既に母が鬼籍に入っていることもあり、部屋が与えられている。
「次はバーグマン家の御令嬢と【赤の間】にて面会の予定が入っております」
「あぁ、だが少し時間があるな。一度部屋に戻る」
「では【太陽の宮殿】まで護衛いたします」
そう。兄含め私と他の多族たちは住まう宮殿が異なる。そして行動も自由が許されている故に、この王族の在り方に違和感を抱いていた。
「年頃の王子たちが集まっているというのに、誰一人合わなかったな」
宮殿の外に出ると雲一つない空が広がっていた。山を切り拓かれているとはいえ各宮殿は庭を含めそこそこの大きさがある。王都を囲むように腕を広げる山々に宮殿が等間隔に聳え立ち、海を正面に向かえる一等目を引く場所に王宮が佇んでいた。私の部屋…というより宮殿は【太陽の宮殿】と言われ、王宮とは後宮と同じく徒歩で行ける近さでありその与えられた権威が一目でわかるだろう。
対してこの宮殿は王子たちが住む場所でありながら、その宮殿の序列は余り高くはない。護衛を任せているセドリックを背に、馬車に乗り込もうとした瞬間、整えられた色とりどりの花が風で揺れ、同時に視界に入った赤色に目が惹かれた。
「殿下?どうかされましたか?」
「いや…」
あの頃よりさらに伸びた髪は、一つに編まれ肩に乗っている。十分な栄養と手入れにより見違えるほどに艶を纏ったそれが、自身の存在意義だと声高に傍で主張する
でもそんなもので俺が本当に欲しいものは手に入らない
卑屈になってやるものか
使えるものは全て使って俺が何にも縛られない王になってやる。
「行こう」
肩で囁く重たい縄を背に振り払い、宮殿を後にした。
◇イングリッド視点
燃え盛る炎が消えたことにより無事騎士団に保護された私たちは、粗方の詳細を伝えた後、城に滞在し一夜を明かした。と言っても貴族かつ五歳の幼い子供に事細かく事態を聞く気もなかったのか、「気付いた時には牢の中にいた」「一緒に集められた少女と逃げ出そうと魔法を使った」等のことを説明しただけで取り調べは終わったわ。身分を証明する正式な家紋がある品はどうしたのかとか聞かれるかと思ったけれど拍子抜けね。燃やしたなんて口が裂けても言えない…まぁ意識がないうちに攫われたっていう話だから、誤魔化せたでしょうけど。
その間に宮廷医の診断を受け何処にも異常がない事を確認したけれど、念のために数日城にすることになったと城のメイドに伝えられた。ならばと私はルカに面会を申し込もうとしたけれど、上の判断で留められることになってしまったわ。彼女の御許が不明かつ、私たちを助けたと言えども強力な魔法を使うことから、様子を見て本当に安全か確かめてからだと言われてしまう。まるで珍獣のような扱いをされているけれど、あの子なら平気な顔で受け流しそうではあるから、私が憤る必要もないわね。
コニーは今回の件で何やら忙しいらしく、謝罪と詳細を後日直接会って話したいと手紙を受け取ったわ。公爵家とは言え、子供の私には動かせる人材もなく情報を得ることは出来ない。身分や【太陽神の愛し子】という反則を使えば無理に聞き出すことも出来るでしょうけど、それをコニーの婚約者である私がするわけにはいかないもの。
あの時私たちが見た人たちは無事かしら…それにヒロインはいなかったと思うけれど確実にいない保証はないもの。ここで万が一ヒロインがいなくなるなんて自体は避けたい。ある程度物語に沿って展開しないと私が未来を予想して動けなくなっちゃうもの…。あぁ情報が欲しいわ
それから数日後、屋敷に帰るとあんな事があったというのにいつもとまるで変わらない様子で迎えられる。分かっていたが寂しさも覚える。心のどこかで誰かに心配してもらえるかもしれないと思っていたのかしら…
まるで何もなかったかのようにいつも通りで、ぼんやりと過ごしているうちに夜になる。机の前に腰を下ろし、前世の記憶を思い出してから日課となっていた日記を広げて首をかしげた。
「ああそうだ、ヒロインは『フォリア』だったわ」
やっぱり忘れないためにも日記は大切だと思い、今日のこと、ルカのことを細かく書いていく。特にルカという物語に居ない人物の登場に、私の行動が未来を変えることに繋がるかもしれないと期待が持てたのは大きい。家族や屋敷の使用人たちとの距離は依然離れたままだけれど、コニーとの関係は順調だと言えるし、ルカという《ジョーカー》も現れた。大丈夫…今何かを焦る必要はないわ。
「はぁ…疲れているのね」
不安定になっているメンタルを回復するためにも眠らなくては
大丈夫…死なない。戦争なんて起こさせないわ
あの二人を失うわけにはいかない。それは大切な手札だからとかじゃなくて、死んでほしくない大切な仲間だから。
物語の決められた道とか登場人物とかは関係ない。私が出会って言葉を交わした彼らを私が気にいったのよ。
段々と眠気に思考が覆われていく中で、牢の中、三人でテーブルを囲んだ記憶が浮かび上がった。
あぁ……変な奴だと思われないためにも乙女ゲームのことだけは内緒にしておかないと…
ー----------
ルクレツィア以外、記憶系の能力を持っているわけではない人間は、一々過去のセリフやらワードを事細かに覚えていることは無いです。忘れることも、うろ覚えから思わぬ展開に発展することも人生にはあるでしょう。
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