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第二章 破滅の赤

お勉強開始

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◇ルカリア視点

マティスロア家に来て早二年。さらに筋肉が成長した父様と何故か筋トレにハマった母様、騎士よりモンスター役になりたがるようになった兄さまに、小悪魔と化した弟。その他お屋敷に勤めている人たちに謎に優しくされつつもすくすく成長。

この度ルカリアちゃん、七歳になりました~!

いや正直な話、師匠と過ごしていたあの場所では日付などは必要ないので「○○日後~」とかで不便はなかったんですよ。だから暦と無縁の生活を平気で営んでいた結果…

あれ私って本当に七歳?

という疑問を抱えている現在です。師匠…私の誕生日は太陽暦ですか?太陰暦なんですか?それとも何か別の暦なんですか?あとそれをこの国で当てはめると私の誕生日っていつになるんですか?



と、まぁそんなことを空を見上げながら語り掛けている私ですが、その足元には辛うじて立っている、もしくは土で汚れることなど気にせず寝ころび息を荒げている少年たち。さらにその周りには余裕はそれぞれですが、膝に手を突き立っている少し年上のお兄さんたち。あ、私が何かした訳じゃないので誤解しないように!

実は先ほど訓練場を3周してきたところでして、これまで屋敷の庭で駆け回る程度の運動しかしてこなかったお坊ちゃん方が、訓練初回の体力づくりで軒並みギブアップという現状です。私ですか?準備運動って大切ですよね


「はぁはぁ…なんでルカリアはっゴホゴホッ!なんで、息、切れてないんだ!?」


その年少者たちの中でも比較的元気な我が兄ローガン兄さまが年々鋭くなっている目付きでこちらを睨みつけています。そんな恨めしそうな顔で見ないでくださいよ。膝が震えていないのは同世代で兄さまと私しかいないことに自信を持ちましょう?私と二年間ほぼ毎日全力で庭を駆け回った甲斐がありましたね。


「それは毎日兄さまと遊んだからですよ」

「そうだ。僕もお前も同じだけ走り回ってたのに、どうして汗すらかいてないんだ!?」

「だって私走り回るとき重り背負ってましたからね」

「イーサンか…」


本当は人間辞めた故の身体能力だとは内緒です。だから兄さま、イーサン君を抱えて生活をしてもすぐに結果は出ませんからね?そんな「強さの秘訣見つけたぜ」みたいな顔しないでください。あと最近は何でも自分でやりたがるお年頃みたいで、抱き上げるのを全力拒否してきますよ?頭から落ちるのも構わず腕の中で背を反り暴れまわるんですから。



とまぁそんな会話をしつつも、何故私たちとその他少年たちがこんなことをしているのか…。それは七歳から本格的に教育を始めるというこの国の貴族の方針に則ったためでしょうか。いやただの貴族教育だから走っていたわけじゃないですよ?

彼らは皆武家であるマティスロア家に弟子入りした騎士を目指す子息たちなのです。既に修行開始から数日が経っていますが、なぜ彼らが汗水垂らしながらも訓練に食いついているのか…それは『いつまで寝ているっ!』あぁ罵声まで聞こえてきましたが、これには深い理由があるのです。





まずこの国の貴族形態を説明しましょう。貴族とは過去に功績を上げた者に与えた栄誉称号であり、男女関係なく血筋の中から選ばれた嫡子に相続されます。ただし称号の正式な継承者というだけであり、必ずしも家が持つ金品や領地が丸々嫡子のもの、という訳ではありません。まぁ家の力を維持するためにも領地は必要なので、そう簡単に次期当主以外に渡すことはありませんけど…。とまぁ領地はあくまで家が持っている土地を運営しているに過ぎないので、領地がない称号だけの貴族もいるわけです。そしてその称号というのが難しいのです。


貴族は称号であり、家の名前ではない


何が言いたいのかというと、マティスロア侯爵に認められた養女である私は『ルカリア=マティスロア』ですが、兄さまの正式な本名は『ローガン=モーシェ=カウムディー』。モーシェ所属のカウムディー家のローガンという意味らしいです。つまり兄さまは正式には『マティスロア』を名乗る権利はなく、貴族称号をもつ当主連なる血筋であることが名前にあらわれているのです。あ、正式に次代の後継者登録されている父様は別ですよ?ただ私はカウムディー家ではなくマティスロア侯爵家に養女として迎えられたため、家名は無く貴族名を名乗っているのです。


あれ?でもそれだとコニーとインジーは?という話になりますね。お二人は『イングリッド=バーグマン』『コーラル=バハルカンズ』私と同じように名乗っていますが、それも理由があります。


それは正式名称が自分の所属を名乗るということに繋がり、自らの立場を明言してしまうことになるからです。


先ほど兄さまの名前の意味を説明しましたが、その中に『モーシェ所属のカウムディー家』とあります。この『モーシェ』とは、大小さまざまな島で構成されているイデアーレ王国の、島の一つであるモーシェ島を示しています。さらに『カウムディー』とはいう家名は貴族称号を得る前より使っている家名なので、家によっては平民の方と同じ家名を持っている貴族もいるのです。


これの何が問題なのか


それは人によっては『僕はモーシェ島の○○地方所属の△△家商家□□名前です』と名乗ることになるからです。

例に挙げた人と兄さまは所属が異なります。何が言いたいかというと、兄さまは『モーシェ島全体を領地としている地主の家系』だと自ら名乗っているのです。それに対して相手は『モーシェ島を治めるカウムディー家の庇護を受けている家系』だと名乗っているのです。

よってこの名乗りをしてしまうと兄さまは『モーシェ島の地主のローガですが何か?』という威圧になり、その他の人も虎の威を借りる狐として威圧することに繋がるのです。


いや簡易でも貴族名を名乗った方が威圧出来るのでは?


という疑問もあるかもしれませんが、貴族名は現当主から六親等まで名乗ることが出来るのです。その場合は準貴族という扱いになりますが、家族が多ければ自分が当主にどれだけ近い血筋かはわかりません。直系かどうかは家族構成を知れる程の仲でないと分かりませんし、正式名称を名乗るより自分の権力を誇示できないのです。

さらに言えば兄さまのような場合でないひとの正式名称は、所属する家の名前を借りることに繋がるため不用意に名乗れば問題も起きてしまいます。自分の家で責任を取るという意味でも基本人に名乗る場合は簡易貴族名を使っているという訳です。


話は長くなりましたが、では何故彼らは優雅な教育とは程遠い走り込みをしていたのか。


それは今後当主から自分、もしくは将来できる自分の家族が貴族名を名乗ることが出来なくなるから。

当主が亡くなった際、継嗣以外の遺族に分けられる遺産はそれなりのものがありますし、能力が有り家の繁栄に繋がるなら分家を立てることもできます。ですがそう簡単にできることではない事例でもあるので、余程本家に対し利益を生み出せることのできる有能な人材だと証明し、かつ信頼されなければ叶わないことです。ですので領地経営を行う継嗣以外は、自ら仕事につき収入源を得なければいけないのです。

更に別の例をあげると、現当主が叔父の場合その人は甥という立場です。これは叔父の息子である従兄弟に当主の座が移った場合、従兄弟である自分は貴族名を名乗れても、その子供たちは立場上平民となります。

そのため騎士や神職、文官の役職を持つ人は貴族名を与えられ、その人から三親等まで名乗ることが出来るという権利を得るため、彼らは必死なのです。勿論それだけではない人達もいますよ。直系である人たちはそこまで切実な理由はありませんが、高い志やらプライドやらで過酷な訓練でも諦めず付いて来ていますから。

騎士とは生半可な覚悟でこなせるようなものではなく…初回から泣こうが喚こうが強面の屈強な騎士に鍛えられ、訓練生の先輩からは可愛がられ…


とまぁそうして自分の適性を見極めるのがこの七歳から始める貴族教育という訳ですね。勉強や事務仕事が得意ならば継嗣の補佐や文官となり政治に関わることもできますし、身体を動かすことが得意ならば騎士や軍へ入隊することができます。

但し今一緒に走っていた彼らはもう既に後者へと進むことを決めた、もしくは兄さまや私の様に武官の家の子供です。


なぜなら今私たちが居るこの訓練場…それは


「おー今日もルカリアは余裕そうだな」

「あっアニク叔父上!」

「ローガンもその歳で立ってられるなんてすげぇじゃねーか」


そう言って私と兄さまに刃を潰した剣を渡してくる男性は、現当主の息子であり父様の一番上の弟であるアニク叔父様。


「え…今走ったばかりで…」

「おう。立っていられる余裕があんだから打ち合うぞ」

「じゃぁ先行は兄さまに譲ります」

「えっなんで!?」

「よしローガン構えろ」


いやぁ今日もいい天気ですね。兄さま私を睨んでいる暇はないですよ。叔父様はマティスロア家騎士団団長なんですか…あ、剣が飛ばされちゃいました。


「よしっ次はルカリア!今日こそ決着を着けてやる」

「えーアニク叔父様また訓練生の所に来ちゃっていいんですか?ロイドさんに怒られちゃいますよ」

「いやニキルの所に遣いに行かせたから問題ない」

「それ副団長さんもお説教に来るんじゃ?」

「…」


そんなションボリ顔で見合わせないでくださいよ。仕方ないですね…




「んじゃ第3回頂上決戦といくかっ」

「はい!」

































ー--------
全ての言葉が正しいとは限りません。嘘も矛盾も視点が変われば真実なのです。

次回 モーシェ島
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