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遠道は近道
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美琳が剣を覚えてから幾月か。
枯葉はさらさらと舞い散って、雪がはらはらと降り積もった。少しすると雪は溶け切って、都城の外では黄色い菜の花が咲き乱れ始めていた。枯れ果てたはずの田園では新たな生命が芽吹き出し、季節は全身で春の訪れを寿いでいた。それにつられて人々は皆、長く辛い暗闇を抜けたような心持ちになり、自然と浮き立っていった。
――――少女と少年が別々の道に進んでから、二度目の春だった。
「おい、交代だぞ」
真上から陽光が降り注ぐ中、王城では雪焼けして肌の黒い兵士が門の傍に立つ小柄な少年兵に話しかけた。声をかけられた色白の少年の肩には、雄の浅葱斑が止まっており、その蝶はすっかり安心した様子で寛いでいた。が、思わぬ訪問客に驚いた蝶は、慌てて羽ばたき去っていく。その小さな客人が立ち去るのを、白面の兵は豊かな睫毛で縁取られた大きな瞳で見守る。少年は数度可愛らしく瞬くと、後ろに立っていた黒い人影に振り返る。
「もうそんな時間か」
端正な顔立ちの少年兵は上目遣いで褐色肌の男に返事をする。その目線を受けた兵はごくり、と生唾を呑み込む。されど自分の心中を表に出すことなく、引継ぎの連絡を交わす。
「何か変わったことはあったか?」
「いや、何もなかったよ。いつも通り、平穏そのものだったさ」
「そうか」
二人は慣れた様子で場所を入れ替わる。と、不意に男が彼へ用件を伝える。
「そういや、大尉がお前のこと呼んでたぜ」
「最近の調子はどうだ? 美琳」
と、執務室に呼び出された美琳は、呑気な調子の勇豪に尋ねられる。それに美琳は淡々と返す。
「頗る元気ですよ」
「そうか。そりゃ良かったな」
「……わざわざ聞かないでも分かることをなんで聞くんです? 用が無いなら帰らせてください」
他愛もない話をしてくる勇豪に対し、美琳は苛立ちを隠さない。翻って勇豪は彼の様子を気に留めることなく言葉を続ける。
「まあ挨拶みたいなもんさ。気にするな」
「気にするなって……」
「お前、最近の噂について聞いたか?」
途端、美琳の瞳がギラつく。
「あれ、本当なんですか」
その目はまるで飢えた獣。今にも飛び掛からんという勢いの美琳を、勇豪は待てをするように片手で制する。
「そんな慌てんなよ。まだ決まりきってないんだ、そんながっつかれても、まだ不確定なことの方が多い」
「ッ! じゃあ全部決まってから呼んでくださいよ!」
「落ち着けって。なんで呼んだかも追々話す。とりあえずそこら辺に座れ。話はそれからだ」
「……手短に話してくださいね」
美琳は床に座ったものの、不服そうなままで、二人の間も張り詰めたままだ。そんな険悪な空気の中、つと浩源が部屋に入ってきた。
「おや美琳さん。こんにちは。お変わりありませんか?」
浩源は元より細い目をますます細めて柔和に微笑む。対して美琳はぎこちない愛想笑いだ。
「……特には何も」
「そうですか。それは良かったです。ああ、そうだ」
話題を振っておいてすぐに興味を無くした浩源。笑顔を崩すことなく勇豪に向き直る。
「大尉。今日の分の書類をお持ちしましたよ」
そう言った彼の手元には上半身を覆う程の木簡が積み重なっている。その大量の木簡と目が合った勇豪は目を見開きながら冷や汗を垂らす。
「それ、いつもより多くないか?」
「ええ。いつもより多いですね」
にこりと微笑み合う二人。一人は嬉しそうに。一人は嫌そうに。
その剣呑な気配に何故だか美琳は嫌な予感がした。美琳は二人に気付かれないようにそっと立ち上がろうとする。が、時すでに遅し。勇豪の目線に絡め捕られ、それは叶わなかった。
「お前今日の仕事は終わってンだろ? ちょっと手伝っていけ、な? まだ話は終わってねぇしよ」
「えっと、でも俺は文字を読めませんし、お二人の仕事を邪魔するだけだから、また今度他のことを……」
と言いつつ、美琳は急いで立ち上がる。が、その目の前に浩源がさりげなく立ちはだかった。
「美琳さん、私からも頼みます。この量ですからね、確認が終わった物を届けてくれる人が欲しかったんですよ。私からもお話したいことがありましたし、何も予定がなければお願い出来ませんか?」
八方塞がりになった美琳。最早大人しく従う他なかった――――
三人は黙々と木簡を動かし続ける。
浩源は誰よりも早く木簡に目を通し、勇豪に見てもらう分と、美琳に整理してもらう分に仕分けていく。美琳は浩源の指示通りに動き、処理済みの木簡がある程度溜まると執務室の外に届けにいく。そんな二人を余所に勇豪は頭を抱えながら木簡と睨み合い続けるのであった。
一時間程経った頃。
木簡の山がわずかになだらかになってくると、窓から差し込む陽差しが部屋に濃い影を落とすようになっていた。
勇豪はちらりと外を見やってその景色を見ると、とうとう我慢が出来なくなった。
「これよぉ、明日でも良いんじゃねぇか? つーか、こんなに捌けねぇよ……」
「別に私はそれでもいいんですよ? その代わり明日は訓練場に行けなくなるだけですが」
「それは勘弁してくれ……」
勇豪は顔を梅干しのようにしわくちゃにすると、カラン、と筆を文机に転がす。するとすかさず浩源が釘を刺す。
「大尉? まだ半分も終わってませんよ?」
「分かってるけどよぉ」
などと勇豪がごねていると、美琳が届け先から戻ってくる。新たな木簡というお供を引き連れて。
それを見た瞬間、勇豪は手で顔を覆って叫んだ。
「止めだ止めだ! こんなのやってられるかよ!」
と言って、そのまま仰向けに寝転がった。その様子に浩源は溜息を吐く。
「はぁ……。確かに、このまま無理に続けても効率が悪いですし、休憩にしましょうか。飲み物持ってきますね」
浩源が目頭を揉みながら執務室を離れると、美琳と勇豪は二人きりになった。すると美琳は待ってましたとばかりに口を開く。
「で? あの噂――戦があるって話は本当なのか? 始まるとしたら何時なんだ?」
「あー……。俺の見立てじゃ秋が怪しいと思ってる」
勇豪は疲れを滲ませた声で返事すると、美琳は噛みしめるように呟く。
「そっか。秋、秋か……」
そこでふと美琳は横になっている勇豪を見やる。視線の先の大男の体は平時よりも萎びて見えた。さしもの美琳も、その姿には憐憫の情を禁じ得なかった。それ以上問いかけることはせず、傍らにある木簡に手を伸ばして、勇豪のことを休ませてやるのであった。
トン、トン、トン、と美琳が木簡を整える規則正しい音が静かな執務室に流れていく。
勇豪は寝息のようにゆっくりとした呼吸を繰り返しており、顔から手を退けずに横になり続けている。が、不意に美琳に話しかける。
「……お前との付き合いもそこそこ長くなったな」
美琳は訝しむ。
「急にどうしたんですか」
「いやな、こう、この歳になると少し思うところが増えんだよ」
勇豪は節くれだった手で体を起こす。
「俺も本来なら後を任せる奴を見つけなきゃならん頃だが、どうもな。まだ若いもんに負けるつもりはないし、今の軍に俺を超えられる奴もいねぇんだが、万が一ってのもあるし……」
真剣な表情の勇豪。その様子に美琳も黙りこくる。
「それに……。次の戦はかなりでかい」
勇豪はかつてない程に真摯な目だった。
「だからよ、お前には「お待たせしました」
しかし彼の言葉は浩源の声で掻き消された。
「おや……。邪魔してしまいましたか」
お盆を持って戻ってきた浩源が、勇豪と美琳を見比べる。と、美琳が答える。
「多分、大丈夫かと」
その声色は毛を逆立てた猫を彷彿とさせた。そのせいでなんとも言えない微妙な空気が流れ、勇豪は雰囲気が変わったせいですっかり毒気を抜かれる。そしていつも通りの気取ってない表情に戻ると、美琳の耳元で囁く。
(お前なんでそんな浩源を嫌ってンだ?)
美琳も小声で返す。
(嫌いというか……あまり会ったことないけど、こう、逆らったら後が怖そうっていうか……)
(ははッ! よく分かったな。あいつ怒らすと怖ぇぞぉ)
勇豪は彼にも苦手なものがあったことを知り嬉しそうにする。……が、ふと気付く。
「おいお前、それって俺は怖くねぇってことか?」
「あ。浩源さん、手伝いますよ」
美琳は勇豪のもの言いたげな目から逃れるために立ち上がる。が、浩源は彼女の申し出をやんわりと断る。
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
言葉通り、浩源はてきぱきと支度を整えていく。執務室備え付けの食卓に盆を置くと、水差しと茶碗を並べる。勇豪は嬉々として食卓につき、美琳は少し離れた位置に座す。浩源が水差しを持つ。美琳は初めて見た作りの水差しをまじまじと見つめる。土製の水差しにはぐるりと細かい文様が刻まれていた。よく見ると動物たちが駆けているような模様で、平民の使う、壊れなければ十分、という質素な形の器とはまるで違う趣があった。そして浩源は、これまた繊細な装飾の施された茶碗に水を注いでいく。その水からは仄かに甘い香りが立ち、三人の鼻腔をくすぐる。
美琳はその正体がどうしても気になり、浩源に尋ねる。
「それってお酒ですか? それにしては匂いが違うような……」
「ああ、そうか。美琳さんは飲んだことないですよね」
浩源は得心がいったという顔をすると、先に勇豪に茶碗を差し出す。そしてもう一杯注いで美琳にも茶碗を渡すと、悪友のような顔で囁く。
「本当は良くないのですが……。特別ですよ?」
「えッ」
予想外なことに戸惑いつつも、美琳は大人しく受け取る。と、器が近付いたことで謎の液体の匂いが強くなる。
「……? どこかで嗅いだことある気が」
「それは桃の果実水ですよ」
「え! 桃⁈」
美琳は大きく目を見張る。
「さすがにこれは飲んじゃダメだと思うんですけど……」
「だから特別なんですよ」
――この国で〝桃〟という果実は特別な意味を持っている。〝不老不死〟の象徴である桃は王侯貴族にしか食べることが許されておらず、中でも王族に献上する桃は専用の樹で育てられる程に格別の扱いを受けている。そして平民が桃を口にすれば重い刑罰が下される。それ故、貴族以下の身分の者は桃の花と香りしか知らないのが当たり前、と、そういう存在なのであった。そんな果実を、そのまま食するどころか、水に漬けて飲むなど平民には到底考えられないことだった。
「何かの罠じゃないですよね?」
困惑しきった美琳の様子に浩源はにこりと微笑む。
「ある意味では罠かもしれませんね」
「はぁ?」
美琳の持ち前の気性の荒さが顔を出す。
「そんなもの、誰が飲むっていうのさ」
「ふふふ、まあそうなりますよね。でも貴方には必要なことかもしれませんよ?」
美琳は眉間に皺を寄せる。
「……次は隣国だけでなく、山向こうの大国も参戦するようです。そこで貴方には「浩源」
今度は浩源が言葉を遮られる番であった。勇豪は目で浩源を牽制すると、ぐっと茶碗を呷り、果実水を飲み干す。そして美琳にも飲むように促す。
美琳は二人の意図がまったく分からなかった。でも勇豪が〝良い〟と言うなら大丈夫なのだろう、というのは確信出来た。
「じゃあ……」
こくっ、と遠慮がちに一口飲んだ、その瞬間。甘くて爽やかな味が口の中いっぱいに広がった。初めて味わうその風味に、美琳は舌鼓を打つ。勇豪の前ではふてぶてしい態度が多い美琳も、このときばかりは無邪気な笑顔を浮かべた。
「そうか、美味いか」
勇豪も日頃とは比べ物にならない、柔らかい表情になる。そこには子供を見守る父親のような愛情が見え隠れした。
「もし、お前が……」
少し迷う素振りの勇豪。しかし意を決したような顔をすると、訥々と話す
「もしお前が、王の……文生様の後宮に入れりゃこんくらいは毎日のように口に出来るようになる。だからまあ、今の内に味くらいは知っておいて損はないだろ」
「! もし、じゃない。絶対に行く」
「ははッ! そうだったな。でも俺だって、一応はお前が動きやすくなるようにしてやっただろう?」
勇豪は指を折りながら〝軍に入れた〟〝戦い方を教えた〟〝護衛兵に引き立てた〟と数え上げる。が、美琳の瞳に感謝の情は一欠片も無かった。
「全部あなたにとって都合が良かっただけじゃないか」
「それは否定出来んな!」
勇豪は大きな笑い声を立て、空になっていた茶碗を食卓に置く。そして美琳の頭を軽く撫でると、文机に戻って何事もなかったように木簡に向き直る。
美琳は、ここ数か月で徐々に増えていたそれを甘受するようになっていた。だからこそ、いつもと違った勇豪の様子に気付いていた。
でも、それがなんだって言うのだろう。
文生に何か起こった訳ではないようだし、ただ大きな戦があるというだけで何故二人はこんなにも違った様子になるのか。美琳は理解出来なかった。唯一つ、手に持つ水が極上の味であること以外は。
「さて。大尉もやる気になってくれましたし、美琳さんもそれを飲みきったらまた続きを手伝ってくれますか?」
「え、あ、はい」
浩源の言葉に、美琳は慌てて一気に茶碗の中身を飲み干す。
そこでふと気付く。
飲んだところで『喉が潤う』訳ではない。だのに、初めて『もっと飲みたい』といった心持になっているのだ。
「……まだ残っているので、もう少し飲みますか?」
そう言って浩源が水差しを美琳に見せると、少年は大きく頷いた。
先刻までの警戒し切った様子の無くなった少年の様子に、浩源は微笑む。もう一度茶碗を果実水で満たして差し出せば、美琳が嬉々として手を伸ばす。その近付いた瞬間。浩源は少年の耳元で囁く。
(次の戦では庶人出身兵でも活躍すれば下級貴族に取り立てる予定らしいですよ)
美琳は大きく目を見開く。
(まだ他の兵には内緒にしてくださいね)
そう言い残すと、浩源は素早く身を離して水差しを食卓に置く。
「ね? 言った通りでしょう? 特別だって」
浩源の線を引いたように細い目からは瞳が見えない。
だが美琳は彼の表情などどうでも良かった。
(次こそ、次こそ近付けるのね?)
少年の茶碗を持つ手に力が入る。それを見た浩源は満足気な表情で自分の文机に戻り、勇豪と同じように作業に戻る。
「美琳。時間がねぇんだ。飲み終わったらさっさとやれ」
勇豪の声に美琳は意識を揺り戻される。
「分かった」
美琳は最後の一口を美味しそうに飲み干す。そして彼が浩源に指示を仰ごうとしたそのとき。〝ああそうだ〟と勇豪が呟く。
「浩源、明日から隙間時間で美琳に文字を教えてやってくれ」
枯葉はさらさらと舞い散って、雪がはらはらと降り積もった。少しすると雪は溶け切って、都城の外では黄色い菜の花が咲き乱れ始めていた。枯れ果てたはずの田園では新たな生命が芽吹き出し、季節は全身で春の訪れを寿いでいた。それにつられて人々は皆、長く辛い暗闇を抜けたような心持ちになり、自然と浮き立っていった。
――――少女と少年が別々の道に進んでから、二度目の春だった。
「おい、交代だぞ」
真上から陽光が降り注ぐ中、王城では雪焼けして肌の黒い兵士が門の傍に立つ小柄な少年兵に話しかけた。声をかけられた色白の少年の肩には、雄の浅葱斑が止まっており、その蝶はすっかり安心した様子で寛いでいた。が、思わぬ訪問客に驚いた蝶は、慌てて羽ばたき去っていく。その小さな客人が立ち去るのを、白面の兵は豊かな睫毛で縁取られた大きな瞳で見守る。少年は数度可愛らしく瞬くと、後ろに立っていた黒い人影に振り返る。
「もうそんな時間か」
端正な顔立ちの少年兵は上目遣いで褐色肌の男に返事をする。その目線を受けた兵はごくり、と生唾を呑み込む。されど自分の心中を表に出すことなく、引継ぎの連絡を交わす。
「何か変わったことはあったか?」
「いや、何もなかったよ。いつも通り、平穏そのものだったさ」
「そうか」
二人は慣れた様子で場所を入れ替わる。と、不意に男が彼へ用件を伝える。
「そういや、大尉がお前のこと呼んでたぜ」
「最近の調子はどうだ? 美琳」
と、執務室に呼び出された美琳は、呑気な調子の勇豪に尋ねられる。それに美琳は淡々と返す。
「頗る元気ですよ」
「そうか。そりゃ良かったな」
「……わざわざ聞かないでも分かることをなんで聞くんです? 用が無いなら帰らせてください」
他愛もない話をしてくる勇豪に対し、美琳は苛立ちを隠さない。翻って勇豪は彼の様子を気に留めることなく言葉を続ける。
「まあ挨拶みたいなもんさ。気にするな」
「気にするなって……」
「お前、最近の噂について聞いたか?」
途端、美琳の瞳がギラつく。
「あれ、本当なんですか」
その目はまるで飢えた獣。今にも飛び掛からんという勢いの美琳を、勇豪は待てをするように片手で制する。
「そんな慌てんなよ。まだ決まりきってないんだ、そんながっつかれても、まだ不確定なことの方が多い」
「ッ! じゃあ全部決まってから呼んでくださいよ!」
「落ち着けって。なんで呼んだかも追々話す。とりあえずそこら辺に座れ。話はそれからだ」
「……手短に話してくださいね」
美琳は床に座ったものの、不服そうなままで、二人の間も張り詰めたままだ。そんな険悪な空気の中、つと浩源が部屋に入ってきた。
「おや美琳さん。こんにちは。お変わりありませんか?」
浩源は元より細い目をますます細めて柔和に微笑む。対して美琳はぎこちない愛想笑いだ。
「……特には何も」
「そうですか。それは良かったです。ああ、そうだ」
話題を振っておいてすぐに興味を無くした浩源。笑顔を崩すことなく勇豪に向き直る。
「大尉。今日の分の書類をお持ちしましたよ」
そう言った彼の手元には上半身を覆う程の木簡が積み重なっている。その大量の木簡と目が合った勇豪は目を見開きながら冷や汗を垂らす。
「それ、いつもより多くないか?」
「ええ。いつもより多いですね」
にこりと微笑み合う二人。一人は嬉しそうに。一人は嫌そうに。
その剣呑な気配に何故だか美琳は嫌な予感がした。美琳は二人に気付かれないようにそっと立ち上がろうとする。が、時すでに遅し。勇豪の目線に絡め捕られ、それは叶わなかった。
「お前今日の仕事は終わってンだろ? ちょっと手伝っていけ、な? まだ話は終わってねぇしよ」
「えっと、でも俺は文字を読めませんし、お二人の仕事を邪魔するだけだから、また今度他のことを……」
と言いつつ、美琳は急いで立ち上がる。が、その目の前に浩源がさりげなく立ちはだかった。
「美琳さん、私からも頼みます。この量ですからね、確認が終わった物を届けてくれる人が欲しかったんですよ。私からもお話したいことがありましたし、何も予定がなければお願い出来ませんか?」
八方塞がりになった美琳。最早大人しく従う他なかった――――
三人は黙々と木簡を動かし続ける。
浩源は誰よりも早く木簡に目を通し、勇豪に見てもらう分と、美琳に整理してもらう分に仕分けていく。美琳は浩源の指示通りに動き、処理済みの木簡がある程度溜まると執務室の外に届けにいく。そんな二人を余所に勇豪は頭を抱えながら木簡と睨み合い続けるのであった。
一時間程経った頃。
木簡の山がわずかになだらかになってくると、窓から差し込む陽差しが部屋に濃い影を落とすようになっていた。
勇豪はちらりと外を見やってその景色を見ると、とうとう我慢が出来なくなった。
「これよぉ、明日でも良いんじゃねぇか? つーか、こんなに捌けねぇよ……」
「別に私はそれでもいいんですよ? その代わり明日は訓練場に行けなくなるだけですが」
「それは勘弁してくれ……」
勇豪は顔を梅干しのようにしわくちゃにすると、カラン、と筆を文机に転がす。するとすかさず浩源が釘を刺す。
「大尉? まだ半分も終わってませんよ?」
「分かってるけどよぉ」
などと勇豪がごねていると、美琳が届け先から戻ってくる。新たな木簡というお供を引き連れて。
それを見た瞬間、勇豪は手で顔を覆って叫んだ。
「止めだ止めだ! こんなのやってられるかよ!」
と言って、そのまま仰向けに寝転がった。その様子に浩源は溜息を吐く。
「はぁ……。確かに、このまま無理に続けても効率が悪いですし、休憩にしましょうか。飲み物持ってきますね」
浩源が目頭を揉みながら執務室を離れると、美琳と勇豪は二人きりになった。すると美琳は待ってましたとばかりに口を開く。
「で? あの噂――戦があるって話は本当なのか? 始まるとしたら何時なんだ?」
「あー……。俺の見立てじゃ秋が怪しいと思ってる」
勇豪は疲れを滲ませた声で返事すると、美琳は噛みしめるように呟く。
「そっか。秋、秋か……」
そこでふと美琳は横になっている勇豪を見やる。視線の先の大男の体は平時よりも萎びて見えた。さしもの美琳も、その姿には憐憫の情を禁じ得なかった。それ以上問いかけることはせず、傍らにある木簡に手を伸ばして、勇豪のことを休ませてやるのであった。
トン、トン、トン、と美琳が木簡を整える規則正しい音が静かな執務室に流れていく。
勇豪は寝息のようにゆっくりとした呼吸を繰り返しており、顔から手を退けずに横になり続けている。が、不意に美琳に話しかける。
「……お前との付き合いもそこそこ長くなったな」
美琳は訝しむ。
「急にどうしたんですか」
「いやな、こう、この歳になると少し思うところが増えんだよ」
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「俺も本来なら後を任せる奴を見つけなきゃならん頃だが、どうもな。まだ若いもんに負けるつもりはないし、今の軍に俺を超えられる奴もいねぇんだが、万が一ってのもあるし……」
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「それに……。次の戦はかなりでかい」
勇豪はかつてない程に真摯な目だった。
「だからよ、お前には「お待たせしました」
しかし彼の言葉は浩源の声で掻き消された。
「おや……。邪魔してしまいましたか」
お盆を持って戻ってきた浩源が、勇豪と美琳を見比べる。と、美琳が答える。
「多分、大丈夫かと」
その声色は毛を逆立てた猫を彷彿とさせた。そのせいでなんとも言えない微妙な空気が流れ、勇豪は雰囲気が変わったせいですっかり毒気を抜かれる。そしていつも通りの気取ってない表情に戻ると、美琳の耳元で囁く。
(お前なんでそんな浩源を嫌ってンだ?)
美琳も小声で返す。
(嫌いというか……あまり会ったことないけど、こう、逆らったら後が怖そうっていうか……)
(ははッ! よく分かったな。あいつ怒らすと怖ぇぞぉ)
勇豪は彼にも苦手なものがあったことを知り嬉しそうにする。……が、ふと気付く。
「おいお前、それって俺は怖くねぇってことか?」
「あ。浩源さん、手伝いますよ」
美琳は勇豪のもの言いたげな目から逃れるために立ち上がる。が、浩源は彼女の申し出をやんわりと断る。
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
言葉通り、浩源はてきぱきと支度を整えていく。執務室備え付けの食卓に盆を置くと、水差しと茶碗を並べる。勇豪は嬉々として食卓につき、美琳は少し離れた位置に座す。浩源が水差しを持つ。美琳は初めて見た作りの水差しをまじまじと見つめる。土製の水差しにはぐるりと細かい文様が刻まれていた。よく見ると動物たちが駆けているような模様で、平民の使う、壊れなければ十分、という質素な形の器とはまるで違う趣があった。そして浩源は、これまた繊細な装飾の施された茶碗に水を注いでいく。その水からは仄かに甘い香りが立ち、三人の鼻腔をくすぐる。
美琳はその正体がどうしても気になり、浩源に尋ねる。
「それってお酒ですか? それにしては匂いが違うような……」
「ああ、そうか。美琳さんは飲んだことないですよね」
浩源は得心がいったという顔をすると、先に勇豪に茶碗を差し出す。そしてもう一杯注いで美琳にも茶碗を渡すと、悪友のような顔で囁く。
「本当は良くないのですが……。特別ですよ?」
「えッ」
予想外なことに戸惑いつつも、美琳は大人しく受け取る。と、器が近付いたことで謎の液体の匂いが強くなる。
「……? どこかで嗅いだことある気が」
「それは桃の果実水ですよ」
「え! 桃⁈」
美琳は大きく目を見張る。
「さすがにこれは飲んじゃダメだと思うんですけど……」
「だから特別なんですよ」
――この国で〝桃〟という果実は特別な意味を持っている。〝不老不死〟の象徴である桃は王侯貴族にしか食べることが許されておらず、中でも王族に献上する桃は専用の樹で育てられる程に格別の扱いを受けている。そして平民が桃を口にすれば重い刑罰が下される。それ故、貴族以下の身分の者は桃の花と香りしか知らないのが当たり前、と、そういう存在なのであった。そんな果実を、そのまま食するどころか、水に漬けて飲むなど平民には到底考えられないことだった。
「何かの罠じゃないですよね?」
困惑しきった美琳の様子に浩源はにこりと微笑む。
「ある意味では罠かもしれませんね」
「はぁ?」
美琳の持ち前の気性の荒さが顔を出す。
「そんなもの、誰が飲むっていうのさ」
「ふふふ、まあそうなりますよね。でも貴方には必要なことかもしれませんよ?」
美琳は眉間に皺を寄せる。
「……次は隣国だけでなく、山向こうの大国も参戦するようです。そこで貴方には「浩源」
今度は浩源が言葉を遮られる番であった。勇豪は目で浩源を牽制すると、ぐっと茶碗を呷り、果実水を飲み干す。そして美琳にも飲むように促す。
美琳は二人の意図がまったく分からなかった。でも勇豪が〝良い〟と言うなら大丈夫なのだろう、というのは確信出来た。
「じゃあ……」
こくっ、と遠慮がちに一口飲んだ、その瞬間。甘くて爽やかな味が口の中いっぱいに広がった。初めて味わうその風味に、美琳は舌鼓を打つ。勇豪の前ではふてぶてしい態度が多い美琳も、このときばかりは無邪気な笑顔を浮かべた。
「そうか、美味いか」
勇豪も日頃とは比べ物にならない、柔らかい表情になる。そこには子供を見守る父親のような愛情が見え隠れした。
「もし、お前が……」
少し迷う素振りの勇豪。しかし意を決したような顔をすると、訥々と話す
「もしお前が、王の……文生様の後宮に入れりゃこんくらいは毎日のように口に出来るようになる。だからまあ、今の内に味くらいは知っておいて損はないだろ」
「! もし、じゃない。絶対に行く」
「ははッ! そうだったな。でも俺だって、一応はお前が動きやすくなるようにしてやっただろう?」
勇豪は指を折りながら〝軍に入れた〟〝戦い方を教えた〟〝護衛兵に引き立てた〟と数え上げる。が、美琳の瞳に感謝の情は一欠片も無かった。
「全部あなたにとって都合が良かっただけじゃないか」
「それは否定出来んな!」
勇豪は大きな笑い声を立て、空になっていた茶碗を食卓に置く。そして美琳の頭を軽く撫でると、文机に戻って何事もなかったように木簡に向き直る。
美琳は、ここ数か月で徐々に増えていたそれを甘受するようになっていた。だからこそ、いつもと違った勇豪の様子に気付いていた。
でも、それがなんだって言うのだろう。
文生に何か起こった訳ではないようだし、ただ大きな戦があるというだけで何故二人はこんなにも違った様子になるのか。美琳は理解出来なかった。唯一つ、手に持つ水が極上の味であること以外は。
「さて。大尉もやる気になってくれましたし、美琳さんもそれを飲みきったらまた続きを手伝ってくれますか?」
「え、あ、はい」
浩源の言葉に、美琳は慌てて一気に茶碗の中身を飲み干す。
そこでふと気付く。
飲んだところで『喉が潤う』訳ではない。だのに、初めて『もっと飲みたい』といった心持になっているのだ。
「……まだ残っているので、もう少し飲みますか?」
そう言って浩源が水差しを美琳に見せると、少年は大きく頷いた。
先刻までの警戒し切った様子の無くなった少年の様子に、浩源は微笑む。もう一度茶碗を果実水で満たして差し出せば、美琳が嬉々として手を伸ばす。その近付いた瞬間。浩源は少年の耳元で囁く。
(次の戦では庶人出身兵でも活躍すれば下級貴族に取り立てる予定らしいですよ)
美琳は大きく目を見開く。
(まだ他の兵には内緒にしてくださいね)
そう言い残すと、浩源は素早く身を離して水差しを食卓に置く。
「ね? 言った通りでしょう? 特別だって」
浩源の線を引いたように細い目からは瞳が見えない。
だが美琳は彼の表情などどうでも良かった。
(次こそ、次こそ近付けるのね?)
少年の茶碗を持つ手に力が入る。それを見た浩源は満足気な表情で自分の文机に戻り、勇豪と同じように作業に戻る。
「美琳。時間がねぇんだ。飲み終わったらさっさとやれ」
勇豪の声に美琳は意識を揺り戻される。
「分かった」
美琳は最後の一口を美味しそうに飲み干す。そして彼が浩源に指示を仰ごうとしたそのとき。〝ああそうだ〟と勇豪が呟く。
「浩源、明日から隙間時間で美琳に文字を教えてやってくれ」
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今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
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