永遠の伴侶

白藤桜空

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猫の額にあるものを鼠が窺う

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 雨が屋根を叩く音がする。ここ数日、毎日のように鳴り続けている音。それは春先らしく長く続く地雨によって奏でられていた。
 文生ウェンシェンは白髪の混ざり始めた髭を撫でながら、政務室で一人外を眺めていた。すると部屋の外から声がかかる。
「失礼致します。今御時間よろしいでしょうか?」
「入れ」
 文生の許可が下りると、両腕いっぱいの木簡もっかんを抱えた官吏かんりが入ってきた。
「市中で頻発している変死について纏めた書類を持って参りました」
 そう言うと官吏は、文生のいる文机ふづくえに木簡を置き、拱手きょうしゅする。
「うむ。其方そちはもう下がって良いぞ」
「はッ!」
 速やかに官吏が退室すると、文生は再び一人になった。
「……はぁ」
 文生は額に手を当てながら、山積みにされた木簡の一枚をめくり、顔をしかめる。何時いつの頃からか、顔の近くで木簡を見ると文字がぼやけるようになった。文生ははっきりと文字が読めるところまで距離を取ると、眉間に皺を寄せる。
「突然の嘔吐おうと下痢げりを訴え、数日後にもだえ苦しみながら死亡。身分、年齢問わず発生……」
 そこまで読み進めて文生はうなる。
「流行り病か……? いや」
 文生は文机の下に置かれた布を取り出し、そこに記されている都城とじょう内の地図と照らし合わせ始める。
「それにしては広がる速度が遅い。その上場所が限定的過ぎる。何か別の要因が……?」
 そこに慌ただしい足音が政務室へやってくる。
「し、失礼致します!」
 息き切ってやってきた侍女が、戸口にいた護衛兵に抑えられながら叫ぶ。
「だ、第四王子の文庭ウェンティ様がッ! 誤ってネズミ捕りの団子をお食べになり危篤状態でございます!」
 涙ながらに訴える侍女を、文生はちらりと見やる。が、すぐに木簡に目を戻し、事務的に話す。
「我の専属医師を連れて行くことを許可する。護衛兵。案内してやれ」
「え……」
 その言葉に侍女は言葉を失う。
「どうした。早く行け」
 文生は顔を上げることなく言葉を続ける。その態度に侍女は声を振り絞って問う。
「お、王は来られないのですか?」
「我はまだ仕事が残っている故、手が離せぬ」
「で、ですが、ご子息の命が危のうございますのに……!」
 そう、侍女は言いかけた。だが文生の眼差しを見て、息を呑んだ。
「……死んだらもう一度呼びに来るがよい。それ以外で我の仕事の邪魔をするな」
 文生の無感情な声が侍女の耳を突き刺す。
息子代わりは五人もいるのだ。そんなこと・・・・・で一々騒ぎ立てるな」
「ッ!」
 侍女は涙を一粒零すと、それ以上口を開くことをせず、その場を後にするのであった。

 とお退いていく足音。
 静寂が戻った政務室で、文生は木簡に目を通し続けていた。
「嘔吐……下痢……。何かの食物が悪さを……? それなら誰かが気付くはずだ」
 ぶつぶつと呟き続ける文生の脳裏にふと、先程のことがよみがえる。
「鼠捕りの団子……無味無臭の、毒……?」
 バッと、文生は地図を広げ直すと、地図に直接印を付けていく。
「これは……」
 丸が付けられたそれらはすべて、一本の水道に隣接している地域だった。
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