88 / 97
猫の額にあるものを鼠が窺う
88
しおりを挟む
日が暮れ始めた都城の空に、太鼓の音が鳴り響く。それを合図に人々は仕事を切り上げ出す。
庶人は田畑から都城へ戻り、商人も店仕舞いをし、工房の窯からは火が消える。
都城の門には大勢の人が集まり、押し合い圧し合いで自宅へと帰っていく。
その人混みの中、品物を片付けていた中年女性が、店の前を通り過ぎようとしていた白髪混じりの男を呼び止める。
「あんた聞いたかい? あの話」
話しかけられた男は肩に掛けていた鍬を下ろすと、杖を突くようにして彼女の話に耳を傾ける。
「ああ、南の地区の流行り病のことか? 災難だよなぁ」
「そうそう。それなんだけどさ、実は流行り病じゃないらしいんだよ」
「どういうことだ?」
「なんでも剛があそこら辺の水道に毒を流してる、ってことらしいよ」
「ンな馬鹿な。どうせ作り話だろう」
「見廻り兵が話してたんだよ? 信憑性は高いでしょうが」
そう言って彼女は誇らしげに鼻を膨らませ、その様子に男は呆れる。
「なんだってお前さんが得意げなんだ。お前さんが調べた訳でもあるまいし」
「それくらい気にするんじゃないよ。みみっちい男だねぇ」
「みみッ……」
男は女性の言葉に一瞬固まった。が、すぐに咳払いをして話題を変える。
「そういや東の畑で起きた大火事。どうやら放火だったらしいぞ」
「ええ⁈ そんな罰当たりなことする奴はどこのどいつだい?」
「いやさ、それがどうも余所者らしいんだわ。火付けして走り去っていく姿を見た奴が出てきたらしくてよ、そいつらの服がここらじゃ見かけないもんだったらしいんだわ。つッても、見かけた奴も慌てて火消しに加わったせいで、はっきりとは見られなかったらしいが」
「え、もしかして……」
女性は目を丸くする。
「それも剛の奴らかい?」
「は? はは! ンなまさか」
「でもこんな同時に重なるだなんて……」
と、二人が話していると、突如怒号が門の外から飛んでくる。
「怪我人が出た! 道を開けろ!」
「!」
二人は咄嗟に道の脇に避ける。するとその傍を、怪我人を背負った兵たちが慌ただしく駆けていく。
彼らの去っていった方向を見ながら女性が零す。
「一体何が……?」
すると後ろからふくよかな女性がやってきて二人に話しかける。
「なんか町の外で行商の馬車が襲われたらしいよ」
「なんだって?」
「それは本当か?」
ふくよかな女性の言葉に二人は驚きを隠せない。
「私もびっくりしたんだけど……。その場にいた奴が言うには、犯人は剛の奴らだったみたいで……」
彼女の言葉に二人は顔を見合わせる。それに気付かずにふくよかな女性は言葉を続ける。
「幸い怪我は軽かったみたいだけど、怖かっただろうねぇ。それにその犯人、捕まえ損ねたらしいんだよ。物騒だねぇ」
一人何度も頷く女性。が、ふと話を聞いているはずの二人の様子がおかしいことに気付く。
「おや、あんたたち揃ってどうしたんだい?」
庶人は田畑から都城へ戻り、商人も店仕舞いをし、工房の窯からは火が消える。
都城の門には大勢の人が集まり、押し合い圧し合いで自宅へと帰っていく。
その人混みの中、品物を片付けていた中年女性が、店の前を通り過ぎようとしていた白髪混じりの男を呼び止める。
「あんた聞いたかい? あの話」
話しかけられた男は肩に掛けていた鍬を下ろすと、杖を突くようにして彼女の話に耳を傾ける。
「ああ、南の地区の流行り病のことか? 災難だよなぁ」
「そうそう。それなんだけどさ、実は流行り病じゃないらしいんだよ」
「どういうことだ?」
「なんでも剛があそこら辺の水道に毒を流してる、ってことらしいよ」
「ンな馬鹿な。どうせ作り話だろう」
「見廻り兵が話してたんだよ? 信憑性は高いでしょうが」
そう言って彼女は誇らしげに鼻を膨らませ、その様子に男は呆れる。
「なんだってお前さんが得意げなんだ。お前さんが調べた訳でもあるまいし」
「それくらい気にするんじゃないよ。みみっちい男だねぇ」
「みみッ……」
男は女性の言葉に一瞬固まった。が、すぐに咳払いをして話題を変える。
「そういや東の畑で起きた大火事。どうやら放火だったらしいぞ」
「ええ⁈ そんな罰当たりなことする奴はどこのどいつだい?」
「いやさ、それがどうも余所者らしいんだわ。火付けして走り去っていく姿を見た奴が出てきたらしくてよ、そいつらの服がここらじゃ見かけないもんだったらしいんだわ。つッても、見かけた奴も慌てて火消しに加わったせいで、はっきりとは見られなかったらしいが」
「え、もしかして……」
女性は目を丸くする。
「それも剛の奴らかい?」
「は? はは! ンなまさか」
「でもこんな同時に重なるだなんて……」
と、二人が話していると、突如怒号が門の外から飛んでくる。
「怪我人が出た! 道を開けろ!」
「!」
二人は咄嗟に道の脇に避ける。するとその傍を、怪我人を背負った兵たちが慌ただしく駆けていく。
彼らの去っていった方向を見ながら女性が零す。
「一体何が……?」
すると後ろからふくよかな女性がやってきて二人に話しかける。
「なんか町の外で行商の馬車が襲われたらしいよ」
「なんだって?」
「それは本当か?」
ふくよかな女性の言葉に二人は驚きを隠せない。
「私もびっくりしたんだけど……。その場にいた奴が言うには、犯人は剛の奴らだったみたいで……」
彼女の言葉に二人は顔を見合わせる。それに気付かずにふくよかな女性は言葉を続ける。
「幸い怪我は軽かったみたいだけど、怖かっただろうねぇ。それにその犯人、捕まえ損ねたらしいんだよ。物騒だねぇ」
一人何度も頷く女性。が、ふと話を聞いているはずの二人の様子がおかしいことに気付く。
「おや、あんたたち揃ってどうしたんだい?」
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる