93 / 97
刀折れ矢尽きる
93
しおりを挟む
夕焼けが平原を金赤色に塗っている。
土煙までもが同じ色に染まって兵士たちを眩惑し、剛と鳳の合同軍、そして修軍が入り乱れる戦場において、兵士たちを敵味方の分別無く周囲を襲う人斬り兵器へと仕立て上げている。
そんな混迷を極める血生臭い平原の中心で、二台の馬車にそれぞれ乗っている二人の男が激しく火花を散らしていた。
「やっと其方と刃を交えられたな! これ程愉快なことは久方振りだ!」
片方の男が嬉々として叫ぶ。が、
「…………」
もう一人の男は何も応えずに、彼に向かって剣を振るう。それを男は盾で弾くと、もう一度話しかける。
「なんだ、我と戦うのはそんなにつまらんか?」
「いや。特段何も思わんな」
「フッ。つれないのう」
そう言いつつ男は、相手の首を狙って剣を横に払う。しかしその刃は届かない。それどころか、その拍子に生まれた隙を狙われ、相手の剣がまっすぐに飛んでくる。
「ッ!」
間一髪のところで避けた男は、馬車の上を一歩後退し、荒く息を吐く。
「まったく、歳は取りたくないのう」
「……そうじゃな。昔だったらとうに終わっていたんだがの」
「ッほざけ!」
激昂した男は彼に向かって幾度も攻撃を繰り出す。だがそれは悉く去なされ、男の顔にはどんどん血が昇っていく。
段々と二人の攻防は激しくなっていき、勝負の行方が分からなくなっていく。しかしふと、一人の男の馬車が大きく揺れる。その直後、その男の首が吹き飛んだ。
「――勝鬨を上げよ!」
「‼」
首を斬った男が戦場中に声を轟かせる。それを合図に兵士たちは戦うのを止め、それぞれの陣営へと帰っていった。
先程の男は自陣営に戻ると、天幕に入り、中央に据えられている椅子に荒々しく座る。するとその後ろから真っ白な結髪の男が入ってくる。
「おめでとうございます。王」
後からやってきた男が、椅子に座っている男に向かって拱手し頭を下げる。と、座上の男が鷹揚に頷く。その気配を感じ取った男は、顔を上げ、王と呼んだ男を仰ぎ見る。
「長きに亘る戦い、ようやっと終えられましたね」
「ああ。浩源も長い間苦労をかけたな。大儀であった」
「恐悦至極でございます」
浩源は再び頭を下げ、そして逡巡する素振りを見せる。それに対して文生は怪訝な顔をする。
「なんだ。何か言いたいことがあるのか」
「いえ、その……」
「……ああ。あやつらの敗因はあれを手放したからに違いないな」
「そう……ですね。〝彼女〟が前線にいたせいで、我々は苦戦を強いられ続けましたから」
「うむ。我はあれと顔を合わせる訳にはいかなかったしな」
「ええ。何が起こるか分かりませんでしたからね」
相槌を打ち続ける浩源と、溜息を吐きながら話し続ける文生。文生は肘掛けにもたれかかると、ぽつりと零す。
「……すまんな」
突然の謝罪の言葉に、浩源は首を傾げる。
「? 何故謝られるのですか?」
「いや、あれを知っているのはもう其方しかおらんというだけで、ずっと付き合わせてしまったのが心苦しくてな。本来ならとうに余生を気楽に過ごせていただろうに」
「ああ、そんなことでございましたか。どうか御気になさらないでください。王の御役に立てたなら本望でございますから」
「……そうか」
それを聞いた文生は、一瞬、柔らかい表情を浮かべる。が、
「あやつらも馬鹿な真似をしたものだ。あれの価値は戦にしか無いというのに。勝利の芽を自ら摘み取るなど、愚か者にも程がある」
と、嫌悪を剥き出しにして吐き捨て、その言葉に浩源は無言で応える。
そしてしばしの間、天幕の中に静寂が流れる。しかしふと、文生が掠れた声で呟く。
「……後は諦めてくれていることを祈るばかりだな」
それを最後に、文生は口を閉ざすのであった。
土煙までもが同じ色に染まって兵士たちを眩惑し、剛と鳳の合同軍、そして修軍が入り乱れる戦場において、兵士たちを敵味方の分別無く周囲を襲う人斬り兵器へと仕立て上げている。
そんな混迷を極める血生臭い平原の中心で、二台の馬車にそれぞれ乗っている二人の男が激しく火花を散らしていた。
「やっと其方と刃を交えられたな! これ程愉快なことは久方振りだ!」
片方の男が嬉々として叫ぶ。が、
「…………」
もう一人の男は何も応えずに、彼に向かって剣を振るう。それを男は盾で弾くと、もう一度話しかける。
「なんだ、我と戦うのはそんなにつまらんか?」
「いや。特段何も思わんな」
「フッ。つれないのう」
そう言いつつ男は、相手の首を狙って剣を横に払う。しかしその刃は届かない。それどころか、その拍子に生まれた隙を狙われ、相手の剣がまっすぐに飛んでくる。
「ッ!」
間一髪のところで避けた男は、馬車の上を一歩後退し、荒く息を吐く。
「まったく、歳は取りたくないのう」
「……そうじゃな。昔だったらとうに終わっていたんだがの」
「ッほざけ!」
激昂した男は彼に向かって幾度も攻撃を繰り出す。だがそれは悉く去なされ、男の顔にはどんどん血が昇っていく。
段々と二人の攻防は激しくなっていき、勝負の行方が分からなくなっていく。しかしふと、一人の男の馬車が大きく揺れる。その直後、その男の首が吹き飛んだ。
「――勝鬨を上げよ!」
「‼」
首を斬った男が戦場中に声を轟かせる。それを合図に兵士たちは戦うのを止め、それぞれの陣営へと帰っていった。
先程の男は自陣営に戻ると、天幕に入り、中央に据えられている椅子に荒々しく座る。するとその後ろから真っ白な結髪の男が入ってくる。
「おめでとうございます。王」
後からやってきた男が、椅子に座っている男に向かって拱手し頭を下げる。と、座上の男が鷹揚に頷く。その気配を感じ取った男は、顔を上げ、王と呼んだ男を仰ぎ見る。
「長きに亘る戦い、ようやっと終えられましたね」
「ああ。浩源も長い間苦労をかけたな。大儀であった」
「恐悦至極でございます」
浩源は再び頭を下げ、そして逡巡する素振りを見せる。それに対して文生は怪訝な顔をする。
「なんだ。何か言いたいことがあるのか」
「いえ、その……」
「……ああ。あやつらの敗因はあれを手放したからに違いないな」
「そう……ですね。〝彼女〟が前線にいたせいで、我々は苦戦を強いられ続けましたから」
「うむ。我はあれと顔を合わせる訳にはいかなかったしな」
「ええ。何が起こるか分かりませんでしたからね」
相槌を打ち続ける浩源と、溜息を吐きながら話し続ける文生。文生は肘掛けにもたれかかると、ぽつりと零す。
「……すまんな」
突然の謝罪の言葉に、浩源は首を傾げる。
「? 何故謝られるのですか?」
「いや、あれを知っているのはもう其方しかおらんというだけで、ずっと付き合わせてしまったのが心苦しくてな。本来ならとうに余生を気楽に過ごせていただろうに」
「ああ、そんなことでございましたか。どうか御気になさらないでください。王の御役に立てたなら本望でございますから」
「……そうか」
それを聞いた文生は、一瞬、柔らかい表情を浮かべる。が、
「あやつらも馬鹿な真似をしたものだ。あれの価値は戦にしか無いというのに。勝利の芽を自ら摘み取るなど、愚か者にも程がある」
と、嫌悪を剥き出しにして吐き捨て、その言葉に浩源は無言で応える。
そしてしばしの間、天幕の中に静寂が流れる。しかしふと、文生が掠れた声で呟く。
「……後は諦めてくれていることを祈るばかりだな」
それを最後に、文生は口を閉ざすのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる