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思い出した

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「マギー・ヒルス嬢」

 成長したディオンが私に笑いかける。
 すっかり青年になった彼は可愛らしいというよりも、格好いい。

「僕の名前はディオン・アーベン。僕の名前と顔に見覚えないかな?」

 今ならわかる。
 なぜ、彼がそんなことを聞いたのか。 
 私は、マギー・ヒルス。ヒルス男爵の一人娘で、文官を目指していた。
 おかしな話だけど、私は未来から来たんだ。
 
「お姉ちゃん!」

 目を覚ますと視界いっぱいにディオン様の顔が見えた。
 出会った時より少しふっくらした可愛らしい顔だ。
 でも今は泣きじゃくってちょっとかわいそうなことになっている。

「目を覚ましてよかった!」

 首を絞める勢いでディオン様が抱きついてきた。
 私は自然を彼を抱き返す。

 うん。
 未来と過去を分けてみようか。
 ここにいるディオン様は私の知っている可愛らしい少年。
 未来の彼とは違う。
 よし。

「お嬢さん。気がつくのが遅れてすまない。セルヴィスが教えてくれないととんでもないことになっていた」

 えっと。 
 この方は?ディオン様に似ているってことはアーベル伯爵!

「あ、あの、謝る必要なんてないですよ。私のようなものをお屋敷に置いて下さっただけで感謝してますから」

 襲われるなんて誰が考えただろう。
 あ?でもセルヴィスが教えてくれないとって?
 セルヴィスって執事さんの名前だよね?

「後で事情を説明する。もう少しゆっくり休むといい。こら、ディオン。お嬢さんから離れなさい」
「す、すみません。ありがとうございます」

 体が疲れていたのは事実だったので、そう言ってもらえるのは助かった。全身も痛い気がするし。
 離れ難そうにしていたディオン様の頭を私は撫でた。

「すこし眠って、元気になったら一緒に遊びましょうね」
「うん。そうだね。元気になってね。早く」

 ディオン様は頷くと、私の首から手を離して、アベール伯爵の元へ歩いていく。

「もう少ししたら昼食を運ばせる。ゆっくり休んでほしい」
「はい」

 昼食?
 たしか、襲われたのってお昼近くだったよね。
 時間は結構経ってるはずだから、もしかして、私丸一日寝てたったことなのかな?
 そんなことを考えてると眠気は再びやってきて、私はメイドさんの声で起こされた。

 ☆

「え?レーヌさんが裏切っていたんですか?」

 昼食を終え、アベール伯爵から説明があるとメイドさんが身支度を整えてくれた。
 私が着ている服はお仕着せではない。
 誰の服だろう。
 レーヌさん?

 そんなことを思っていると現れたアベール伯爵が真相を教えてくれた。
 ちなみにディオン様はまだ小さいと、この場には現れなかった。
 きっと頬を膨らませて怒っているだろうな。
 可愛らしい彼のことを思って和んでいると、アーベル伯爵が爆弾を落としてくれた。
 裏切りものはレーヌさんで、彼女がディオン様が丘へ行くことを襲撃者に伝えたみたい。
 山賊の黒幕は、アベール伯爵の甥のマリオンということだった。
 何度も話題になったマリオンだ。
 伯爵位は男子にしか継がれない。
 ディオン様に何かあればマリオンが次の伯爵になる。
 それを狙って、ディオン様を襲わせたみたい。
 山賊は傭兵で、計画がうまくいけば、私が山賊に情報をもらした事になっていたらしい。
 
「君のことも、セルヴィスから知らされるまで知らなかった」
「レーヌさんは私のことを伝えていなかったのですね」
「ああ、セルヴィスから知らされて驚いた」

 執事のセルヴィスさんにも私のことを確認していてよかったかもしれない。
 あのまま、レーヌさんだけに任せていたら、今頃、助けも来なくても私も、ディオン様も殺されていたかもしれないから。

「あの、ベルナルド様とソフィア様は無事ですか?」
「ああ、怪我ひとつない。だが、護衛たちの多くが命を落としてしまった。ハーバー伯爵には謝罪をしており、賠償もするつもりだ」

 二人が無事だったのは嬉しかったが、護衛の人たちの顔を思い出して、素直に喜べなかった。
 ディオン様のために水筒を持ってきてくれた人は無事なのかな。
 
「護衛の者たちはよく働いてくれた。ハーバー伯爵には感謝しきれない。彼らが命を張ってくれておかげで、時間が稼げた。もちろん、君もだ。君が何度も立ち向かって行ったことはディオンから聞いている」
「立ち向かったというほどではありません」

 結局投げ飛ばされただけだし。
 私に罪をなすりつけるつもりだったから、すぐに殺そうとしなかったんだろうね。

「君には大きな借りがある。記憶がないということだが、その記憶を探る手伝いをしよう。身元がわかるまで我が屋敷で保護する」
「あ、ありがとうございます!」

 記憶は元に戻っているのだけど、未来から来たとか絶対信じてもらえないよね。
 アーベル伯爵との話はそれだけで、外で待っていたのか、すぐにディオン様が飛び込んできた。
 すごい、可愛い。
 子犬みたい。
 尻尾が見える気がする。

「ディオン。あまり無理をさせてはいけないぞ」
「わかっております。父上」

 ディオン様はキリッと表情を整えて答えていた。
 そういえば、ディオン様は私とレーヌさん使用人たちの前以外では、甘えた様子みせないよね。
 レーヌさん。
 ディオン様は知っているのかな。彼女が裏切った。

「あ、お嬢さん。レーヌは家族に不幸があって、実家に戻った。そのこともあって、ディオンは心細いと思う。支えてやってくれると有難い」

 出て行ったと思っていたアーベル伯爵が振り返り、そんなことを言った。
 ああ、レーヌ様のことはディオン様に伝えてないんだ。
 そうだよね。仲良さそうだったし。
 だからなんで裏切ったのか。わからない。
 とりあえず、知らない振りをしないと。

「はい。かしこまりました」
「僕、大丈夫です!レーヌがいなくても!」

 ディオン様は大人びた口調でそう言ったけど、やっぱりちょっと寂しそうだ。
 でもこれも気がつかないふりをする。

「ディオン様はしっかりものですからね。これからは全部一人でできますよね?」
「で、できるよ!」
「冗談ですよ」

 私とディオン様のやり取りを聞いたのか、どうなのか、アーベル伯爵は頷くと部屋を出て行ってしまった。

「つ、疲れた」
「あ、無理してましたよね」
「そ、そんなことないもん」
「私の前でもいつも通りでいいですよ。これからは、私はレーヌさんの代わりに色々手伝いますからね」
「僕、一人でできるから」
「はいはい」

 ディオン様は完全に拗ねてしまったけど、元気そうでよかった。
 レーヌさんのことは一生黙っていたほうがいいよね。
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