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幸せの形

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「おはようございます」

 いつもの朝。でも今日はジソエル様が車内にいなかった。

「今日はエディが用事があるって先に行ったんだ。一緒がよかった?」
「そんな事はないですけど」

 毎日顔を合わせているので、いないと不思議な感じ。こうして二人きりも久々だし。

「緊張するね」
「ディオン様が、ですか?」
「もちちんだよ。好きな人と二人きりなんて」
「す、好きな人!?」
「そう。僕、マギーさんの事好きなんだ」
「あ、姉としてですよね?」
「違う」
「そんな、信じられない」

 ディオン様に好かれてるのは知ってる。
 だって、小さいディオン様とずっと一緒にいたのは私だし、家族と離れて寂しかった筈だから私に懐くのも当然。
 でもそれは恋愛感情的にじゃなくて、家族愛に近いものだと思う。

「ディオン様はきっと混乱しているんですよ」
「違う」

 ディオン様はそう言うと私の隣に座る。

「どうしたんですか?突然?」
「姉だって思うなら、あなたにキスしたいとか思わないよ」
「キスっ!?」

 びっくりして立ち上がってしまい、揺れる車内で転倒しそうになった。
 それを支えたのはディオン様で私は彼の腕の中に抱えられていた。
 小さいディオン様を抱きしめた事がある。
 でも今は。

「ドキドキしてる?僕の事、男だって見てくれてる?」
「は、離してください!」

 耳元で囁かれて、一気に体温が上がった気がする。

「嫌だ」
「ディオン様!」
「離してあげる。だから僕の事、子どもじゃなくて一人の男だって考えて」

 解放されて、息を整える。
 隣に座ったディオン様は悪戯が成功したように嬉しそうに笑っていた。
 こんな感じディオン様じゃない!
 誰、こんな事教えたのは?
 ジソエル様?いや、ベルナルド様ね!
 
「よかった。マギーさんが思った通りの反応で。僕にも望みはある」
「だ、誰からこんな悪戯教えてもらったんですか?」
「誰も。僕がしたかったんだ。ずっとマギーさんに触れたかった」
「ディオン様。それ以上の殺し文句はちょっと、死んでしまいます」
「え?マギーさん。そんなに?」

 ディオン様、こんなディオン様知らない。
 いつもの子犬みたいな彼が恋しい。
 今はまるで狼みたいだ。

 ☆

「おはようさん」

 学園に到着。
 そこで待っていたのはジソエル様そしてソフィア様、ベルナルド様だった。

 ジソエル様とベルナルド様の顔がにやけてる気がする。
 ムカつく。

「あ姉様、何もされなかったですか?ディオン、ふやけたお顔されてますが何もしてないですよね!?」

 ああ、ソフィア様は味方だ。

「何もされてないですよ。ちょっと疲れただけです」
「お姉様。一緒に教室行きましょう!」

 ソフィア様は私の手を掴むとグイグイと歩き出した。ディオン様に対して不作法かも。だけど助かりました。
 私は手を引かれるまま、ソフィア様について行った。
 
「もうディオンとは二人きりに出来ませんわ!明日から私がお迎えに上がります!」
「えっ、ソフィア様が?」

 ソフィア様もハーバー家も伯爵位だ。まずいよ。それは。

「ディオンのアーベル家も伯爵位ですわ。それともディオンとお二人がよろしいですか」
「とんでもありません。ソフィア様よろしくお願いします」

 ディオン様と二人きりはドキドキするだけだ。だからソフィア様にお願いしてしまおう。
 男爵家の分際で、図々しいですが背に腹はかえられません。
 そうして翌日からソフィア様とベルナルド様に迎えに来てもらう事になった。ソフィア様はベルナルド様が同席するのを嫌がってみたいだけど、ベルナルド様がそれなら馬車を使わせないと言い切ったみたい。

 ソフィア様は小さい時と違って、一方的に話し続ける事はなかった。話題も留学していた時のものでとても興味深く、学園に到着してもまだ聞き足らないくらいだった。
 私、やっぱり学ぶ事が好き。
 ソフィア様の話を聞いてますますそう思った。
 昼食時間も彼女から話を聞く。私はすっかり隣国の学園に興味を持ってしまった。だけどソフィア様は伯爵令嬢だったから留学出来た。私には無理。そう思っていたら交換留学の話が持ち上がり、トントン拍子に話がまとまった。
 その時はそんな都合のいい話がある訳がないと思えなかった。
 半年の留学期間、戻ってきたら直ぐに二年生の卒業式。私は深く考えなくて、留学生として隣国へ渡った。
 そこでこの話の真相を知った。
 ディオン様のお父様が援助された交換留学だった。私は隣国でディオン様の恋人か婚約者のように思われる事が多かった。
 憤って、直ぐに帰国すべきだと思ったけど、隣国に興味があったし、目を瞑った。
 そうして半年が過ぎ帰国。
 ディオン様が港に迎えに来てくれた。
 さらに身長が伸びて、凛々しさに箔が掛かっていた。
 だけど、私は悔しさでいっぱいになった。

「ディオン様。この留学はディオン様のお父様がご支援されたものだったんですね」
「そうだけど、あなたが優秀だから選ばれたんだよ」

 ディオン様は驚いた後、慌てて言った。
 嘘でないと思いたい。でも隣国の多くの人が私がディオン様と懇意だからと思っていた。きっとこちらでもそうだろう。

「マギーさん」
「留学させて頂きありがとうございます。かかった費用はいずれお返しするつもりです」
「そんなマギーさん」

 ディオン様とはギクシャクしたまま、卒業式も誘われたけど断った。
 ソフィア様とは交流を続け、ベルナルド様の話もソフィア様を介して聞く。彼は王宮で文官として働いているようだった。
 私もそう願い、必死に勉強した。ソフィア様は隣国に再び渡り、そこで留学時代に会った方と結婚された。ジソエル様とは友人以上関係が進まなかってみたい。
 ディオン様は領地で領主の仕事を手伝っていると聞いた。
 私は学園を卒業、念願の文官になれた。隣国留学の経験が役に立って、外務部に配置された。
 お給料の一部は月々アーベル家に返還している。

「ディオンとは会ってないの?」
「ええ」

 ベルナルド様と王宮で会う事があって、そう聞かれた。

「会ってあげなよ。留学の事を怒ってるの?でも援助してあげた事は悪い事?」
「悪い事ではありません。私に黙っていた事が嫌なんです。そのおかげでディオン様の恋人とか婚約者と思われました」
「嫌なの?」
「当たり前じゃないですか!」
「どうして?君はディオンの事好きでしょ?」
「好きですけど」
「ディオン。私の言った通りだろう?マギーちゃんは君の事が好きだよ」
「ディオン様!?」

 突然ベルナルド様が壁に話しかけたと思ったら、ディオン様が現れた。
 ここ王宮ですよ! 
 なんでディオン様が?

「私が呼んだんだ。君がここを通る事も知っていたし。マギーちゃん、ディオン。二人でゆっくり話しなよ。マギーちゃんの上司には私が遅れるって伝えるから」
「え?ベルナルド様!」
「ベルナルド、ありがとうございます」
「頑張って」

 え?ベルナルド様は手を振ると行ってしまった。外務部の方へ。

「待っ」
「マギーさん、少し僕に時間をくれないか」

 ベルナルド様を止めようとした手をディオン様に掴まれる。
 真っ直ぐ見つめられて、私は頷いた。

「僕はマギーさんが本当に好きなんだ。だからマギーさんの願いを叶えたかった。父上も僕の命の恩人の君にお礼をしたかったから、話はすぐにまとまった」
「それなら私に教えてくれればよかったのに」
「もし言ったらあなたは留学しなかっただろう?」

 そうかもしれない。
 だけど私は素直に頷けなかった。

「マギーさん。仲直りしたい。お願い」
「仲直りって。喧嘩もしてないですよね?」
「だって、あなたはアーベル家には連絡しても僕には手紙すら寄越してくれないよね?」
「当然じゃないですか。用事もないんですよ」
「そんなの嫌だ」
「え?」
「用事がなくても僕には連絡してほしい」
「無理ですよ」
「連絡して。手紙を書いてほしい」
「手紙ですか?」
「うん。どんな内容でもいいから。領地の皆んなも喜ぶと思うんだ」
「領地……」
「セルヴィスは泣いて喜ぶと思う。最近歳取って涙もろいんだ」
「セルヴィスさんが」

 たった二ヶ月。
 それでも懐かしい思い出が甦ってくる。

「わかりました」

 それから私達は文通を始めた。そして大きな休みが取れたある日、ディオン様の領地へ招待された。戸惑っていたのに両親が行きたがってしまい、一家で遊びに行く事になった。そこで何故かディオン様のご両親もいて。
 過去に戻った話も遂に両親に話したけど、驚いた事に信じてくれた。そうでないとディオン様が私に好意を持つのがおかしいと力説されて、ちょっと頭にきたけど。
 文官になって五年、私はディオン様と結婚した。
 
「僕と一緒に暮らして欲しい。僕にはあなたが必要だ。お願いだ」

 恋人期間がなかった気がする。
 文通から始まって、私の休みには会うことが多くなって、恋人なんて私は全く意識してなかった。
 だけど、そう言われてしまって、彼の側にいたいと思ってしまった。
 この感情はなんなんだろうか。
 愛情。
 文官としての仕事はやめることになったけど、翻訳の仕事は続けることになった。最初は外務部の仕事ばかりだったけど、そのうち色々なところから翻訳の仕事がくるようになった。
 通訳も必要と言われれば、出張もした。
 領主夫人としては至らないと思う。だけど、ディオン様はずっと応援してくれた。
 
「マギーさん」

 ディオン様は小さい時と変わらぬ笑顔を見せる。

 学園時代芋女と言われた私、突然貴公子然としているディオン様に話しかけられ、驚くしかなかった。まさか、私が過去に飛んでいて、そこで小さい頃の彼に会っているなんて思わなかったから。
 色々あったけど、今私は彼の側で幸せな日々を送っている。
 




 
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