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今日の出来事を思い出す。


「我儘を聞いてほしいのです。」

私はお父様に頼みこんだ。辺境伯の御子息へのお断りは直接させてほしいと。非常識だとは理解している。相手にも迷惑をかけるかもしれない。しかし、もう一目見ておきたかった。渋い顔をしながら最終的には父も受け入れてくれた。

半刻にも満たない時間。

とても楽しくて、嬉しくて、そしてちょっぴり切なくて、キラキラしていた。
最後に切り出した言葉を彼は優しい顔で受け留めた。言う前からわかっていたと言わんばかりの反応に、感謝を告げようとした口が震えた。

ああ、自覚をしてしまった。

だめだ、だめだと言い聞かせながら落ちてしまった言葉。あの人に何度も紡いだはずの2文字は、いつになく特別な色を持っていた。

「      」

困った笑み。それはあの婚約者と同じようで全く違った。目には蕩けるような甘さがあった。腕を引かれて抱き締められる。離れなきゃいけないことはわかっていても、離れ難かった。温かくて、想像よりも筋肉質で、あの人よりは硬くはないけれど、初めて背中まで回った腕にキラキラが弾けた。視界が緩む。何もかもが眩く見えた。多分これが幸せだというべきものだろう。

たった数分。されど数分。

腕から放たれた私たちは違う馬車に乗り込んだ。もう、会うことはない。会ったとしても同じ道を歩くことはない。だって迷惑をかけるわけにはいかないのだ。しかし、感じたのは悲しみだけではなかった。

「「さようなら。」」

小さく手を振った私は久しぶりに心からの笑顔を向けた。
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