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第2章 1年間
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しおりを挟む「零ちゃん来てから、もう一年になるの?」
常連客の香苗、今日も化粧ばっちりだ。珈琲カップを傾けながら零に問いかける。
「ああ、そうですね。もう三月かあ。早いものですね」
少し手が空いてきて、常連客との会話が弾む。これも地域カフェのいいところだ。他のお客も、ほとんどが顔見知りになっている。
「ま、過去より今、今より未来よ」
「はは、いいですね、それ」
香苗とのお喋りしながらも零の手は働いている。食洗機の中からカップを取り出し、棚に綺麗に並べ始めた。
「あ、しまった。やっぱり牛乳足りないかもしれん」
そのすぐ横、店の大型冷蔵庫を開け、航留が唸った。業務用の牛乳は配達してもらっているが、昨日、そこの店が臨時休業したのだ。
「僕、買ってくるよ。コンビニなら自転車で行けるし」
自転車なら10分くらいで行ける。零は早々とエプロンを外した。
「お、じゃあ頼む。5本あればなんとかなる」
航留は店のレジから千円札を3枚、無造作に掴むと零に渡した。
「了解」
バックヤードに置きっぱなしのブルゾンを羽織り、駆け足で外に向かう。航留家のママチャリは自宅用の車庫に停めてある。それを颯爽と駆り、零はコンビニに急いだ。
住宅地を抜け、バス通りに出る。バス停にして最寄りから一つ向こうのところにコンビニはあった。そこまでは緩やかな下り坂が続き、自転車はスピードアップ。風はまだ冷たいけれど、春の日差しが気持ちいい。
――――うわあ、綺麗だあ。
道路わきの花壇に植えられたチューリップが、今を盛りと咲いている。その周りには可愛らしいパンジーも。一足早く春を見たようだ。思わず零の視線が奪われた。
「うわあっ!」
「えっ! ああっ」
突然目の前に現れた人影、ブレーキは間に合わない。零はハンドルを切り、そのまま道路を滑る。縁石、ブロック塀、衝撃。体が宙に浮き、一瞬のブラックアウト。
――――航留……いや……。
その後、零が『時游館』に戻ることはなかった。
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