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第31話 王とプリンス
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その日はジムの伝説となった。
イケメンの双璧と噂の二人が顔を合わせ、一緒にトレーニングをしたのだ。競っていたわけではないが、自ずと力が入ってたのは間違いなかったよう。
奥様方のみならず、幸運にも居合わせた客たちは、みな見惚れていたという。
「大袈裟だな……」
「大袈裟じゃないですよ。少し……盛ってますが」
「そうなんだ。じゃあ……まさか友達になったとか……」
別になにも不味くない。なのに、口の中が苦いのは何故だ?
「まさか。その日以来、二人が顔を合わせたことはないですよ。九条さんは火曜日の王、神崎さんは金曜日のプリンスと住み分けてます」
「な、なにそれ。舞原さんが勝手に言ってんの?」
舞原さんは自分の顔の前で手を振る。
「いえいえ。マダムたちの呼称ですよ。あ、この頃では鮎川さんもプチ王子とか言われてましたよ」
「はあ? プ、プチ王子って……」
確かに平日の午前中は有閑マダム的な人をよく見かける。
けど、彼女たちもマシンの前では黙々とトレーニングしてるのだけど。ロッカールームや一階のカフェで噂してるのかな。
――――なんだか知らないうちに、井戸端会議の議題に乗ってるのはいい気分しないな。
僕は複雑な表情を作る。
「だから今日神崎さんが姿見せたの、僕も驚きだったんですよ。他の曜日には時々見かけることはありましたが、火曜日は絶対避けてましたから」
「そうなんだ……」
確か僕は、神崎さんに『いつもは火曜日に来てる』と言った気がする。最初に会った日のことだ。それを覚えていて、今日来たのか。暇なんかっ。いや、それは今、どうでもいい。
――――九条さんにも久しぶりに会いたかったのかな。それとも、まさかと思うけど、僕と九条さんのことが気になった? いやいや、そんな馬鹿な。
汗が引いてきたので、僕は席を立った。話し足りなさそうな舞原さんだったけど、僕もそれほど暇じゃない。てか仕事しろ、若者。
しかし、なんだか変なことになっちゃったな。九条さんは異国の地に行ってしまってまだ一週間も経ってない。
僕が寂しさに打ち震えているときに、待ってましたとばかりにアプローチしてきた神崎さん。そりゃ、あんなカッコいい人に好かれて嫌ってことはないよ。寂しさが紛れる効果ももちろんある。
――――けど、ここで踏みとどまらないと、僕はまた楽な方に流されてしまう気がする。
以前の恋もそうだった。ただあれは、相手も悪い。彼が最初に浮気を……しかも女の子に。
怒りというより絶望した僕は、以前から僕のことを気にかけてくれた人と……。
――――ううっ。思い出したくない。
『あれは浮気じゃないよっ。お、俺もほら、自分が女性にもいけるかと確かめたくて。ほら、結婚とかおまえとはできないじゃないか』
あれほど傷ついたことはなかった。わかってるよ。僕にだって。彼は結婚して子供を授かって、幸せな家族を作りたかったんだよね。
それから自分の恋愛を真正面から捉えることが出来なくなった。
どうせすぐ、別れることになるんだ。みたいな自暴自棄になって、好きになったらすぐ関係を持ち、同時進行も全然OKって。
元々惚れっぽいのは事実だから……相手からも軽く見られてたんだと思う。それが小説家という憧れだった仕事に就いて、担当の小泉さんに怒られて……。
『プライドのない方には、いい作品は書けません。いい加減な関係は全て捨ててください。私も手伝いますから』
「やっと来た。鮎川さん」
自分の足先ばかり見ながら歩いてた僕に、頭の上から声が降って来た。シャワールームに入ってすぐ、僕は慌てて顔を上げる。
そこには、予想通りの、ヘーゼルカラーの双眸が僕を見つめていた。
イケメンの双璧と噂の二人が顔を合わせ、一緒にトレーニングをしたのだ。競っていたわけではないが、自ずと力が入ってたのは間違いなかったよう。
奥様方のみならず、幸運にも居合わせた客たちは、みな見惚れていたという。
「大袈裟だな……」
「大袈裟じゃないですよ。少し……盛ってますが」
「そうなんだ。じゃあ……まさか友達になったとか……」
別になにも不味くない。なのに、口の中が苦いのは何故だ?
「まさか。その日以来、二人が顔を合わせたことはないですよ。九条さんは火曜日の王、神崎さんは金曜日のプリンスと住み分けてます」
「な、なにそれ。舞原さんが勝手に言ってんの?」
舞原さんは自分の顔の前で手を振る。
「いえいえ。マダムたちの呼称ですよ。あ、この頃では鮎川さんもプチ王子とか言われてましたよ」
「はあ? プ、プチ王子って……」
確かに平日の午前中は有閑マダム的な人をよく見かける。
けど、彼女たちもマシンの前では黙々とトレーニングしてるのだけど。ロッカールームや一階のカフェで噂してるのかな。
――――なんだか知らないうちに、井戸端会議の議題に乗ってるのはいい気分しないな。
僕は複雑な表情を作る。
「だから今日神崎さんが姿見せたの、僕も驚きだったんですよ。他の曜日には時々見かけることはありましたが、火曜日は絶対避けてましたから」
「そうなんだ……」
確か僕は、神崎さんに『いつもは火曜日に来てる』と言った気がする。最初に会った日のことだ。それを覚えていて、今日来たのか。暇なんかっ。いや、それは今、どうでもいい。
――――九条さんにも久しぶりに会いたかったのかな。それとも、まさかと思うけど、僕と九条さんのことが気になった? いやいや、そんな馬鹿な。
汗が引いてきたので、僕は席を立った。話し足りなさそうな舞原さんだったけど、僕もそれほど暇じゃない。てか仕事しろ、若者。
しかし、なんだか変なことになっちゃったな。九条さんは異国の地に行ってしまってまだ一週間も経ってない。
僕が寂しさに打ち震えているときに、待ってましたとばかりにアプローチしてきた神崎さん。そりゃ、あんなカッコいい人に好かれて嫌ってことはないよ。寂しさが紛れる効果ももちろんある。
――――けど、ここで踏みとどまらないと、僕はまた楽な方に流されてしまう気がする。
以前の恋もそうだった。ただあれは、相手も悪い。彼が最初に浮気を……しかも女の子に。
怒りというより絶望した僕は、以前から僕のことを気にかけてくれた人と……。
――――ううっ。思い出したくない。
『あれは浮気じゃないよっ。お、俺もほら、自分が女性にもいけるかと確かめたくて。ほら、結婚とかおまえとはできないじゃないか』
あれほど傷ついたことはなかった。わかってるよ。僕にだって。彼は結婚して子供を授かって、幸せな家族を作りたかったんだよね。
それから自分の恋愛を真正面から捉えることが出来なくなった。
どうせすぐ、別れることになるんだ。みたいな自暴自棄になって、好きになったらすぐ関係を持ち、同時進行も全然OKって。
元々惚れっぽいのは事実だから……相手からも軽く見られてたんだと思う。それが小説家という憧れだった仕事に就いて、担当の小泉さんに怒られて……。
『プライドのない方には、いい作品は書けません。いい加減な関係は全て捨ててください。私も手伝いますから』
「やっと来た。鮎川さん」
自分の足先ばかり見ながら歩いてた僕に、頭の上から声が降って来た。シャワールームに入ってすぐ、僕は慌てて顔を上げる。
そこには、予想通りの、ヘーゼルカラーの双眸が僕を見つめていた。
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