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第68話 挙動不審
しおりを挟む「そんな怪訝な顔しないで。少し話をしたいだけだから」
「あ、すみません……。あの、話って……なんでしょうか」
さすがに正直に顔に出し過ぎた。僕は顔を作り直す。
「あ、うん。まずね。お礼を言いたい。君のおかげで親父とどうにか和解できそうなんだ。一緒に暮らしたらさ、案外親父は菜々子たちに興味を示してくれて」
「それは良かったです。ああ、そうなんですか、ほんとに良かった」
僕の本心だった。これでまだ揉めてるようじゃ、僕が出たことも含めて全てが無駄になってしまう。それに、親子兄弟は仲良くしてほしいよ。
僕らは木造アパートのドアの前で立ち話をしている。北側だし木陰なので、それほど暑くない。輝矢さんはスーツを小脇に抱えて汗かいてるけど、部屋は蒸し風呂状態だからここの方がまだマシだろう。
「それで……晄矢から君らのこと、大体聞いたよ」
「え……ああ。はい」
大体ってどこまで聞いたんだろ。バイトのところからかな。
「あいつ、馬鹿なこと君に言ってしまったって、随分後悔してるんだ。帰したくない一心だったんだと思うよ。私に免じて許してやって欲しい」
輝矢さんに免じて? まあ、事の発端は輝矢さんの駆け落ちからだからってことか。
「許すも許さないも。そんなことで怒って出てきたわけじゃないです。僕は自分の役目が終わったから戻っただけです。最初からの約束だったし。
たとえ、フェイクが本当の恋人になったのだとしても、生活を援助してもらう謂れはない。それだけです」
輝矢さんも僕の気持ちなんかわかんないんだろうな。僕はもう、この話をするのが嫌になってドアに体を向けた。
「あ、待って。そうだな。私も晄矢と同類か。申し訳ない……。一つお願いがあるんだけど……」
「なんですか」
鞄から鍵を取り出しながらぶっきらぼうに尋ねる。
「明日、晄矢の国選弁護人の公判があるんだ。君に是非来てほしい」
――――えっ?
国選、昨日メールがあった件か?
「なぜですか?」
輝矢さんは僕の顔を見てから鞄に手を入れ、モバイルを取り出した。
「うん。あれ、実は私が担当してたんだけど、駆け落ちしたんであいつに丸投げしてたんだ」
「ああ、そうだったんですか」
国選弁護人の案件、輝矢さんもよく担当してたと言ってたな。
「私はあの事件、なんとか情状酌量で執行猶予にできないか考えてたんだけどね。常習犯だったし難しくて……本人も何も言わなくて困ってたんだ」
そんな状態でよく丸投げしたな。
「けど、晄矢はそれを無罪にしようとしてる」
「えっ!?」
そんな馬鹿な。あれは出所後間もなく事件を起こした窃盗常習犯の案件だった。何度も軽犯罪を繰り返しては刑務所とシャバを往復してる六十代の男だ。今回も早めに刑務所に戻るつもりだったのだろうと思っていたのだけど。
「資料を今、君のメールに送ったから目を通しておいて。関係者以外は閲覧禁止のだよ」
「でも……」
「君に見て欲しいんだよ。見て、聞いてほしい。ホントの裁判だ。君も興味あるだろ?」
今まで数えるほどだけど、裁判を傍聴したことはある。確かに勉強にはなるけれど。
今度は輝矢さんの方が、用は済んだとばかりに背を向ける。僕はその時、ハッと気が付いた。
「輝矢さん、一つお聞きしたいことが」
「え? なに?」
振り向いた輝矢さんはハンカチを額にあて、汗を拭いている。さすがに暑くなったようだ。
「晄矢さんは、僕のことを前々から知ってたようなんですが……それについてなにかご存じないですか?」
教授に聞いたこと、今更ながら思い出した。
「あ? いやあ、さあ?」
明らかに挙動不審になった輝矢さんは、外人のパフォーマンスのように首を竦めた。
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