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第78話 城南家再び
しおりを挟む晄矢さんの車の中、僕はどんな顔していけばいいのか悩んでいた。
けど、案ずるより産むが易しって本当だな。エントランスで出迎えてくれた立花さんと三条さんは、あの時と同じように僕を迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、相模原様」
「あ、えっと、出来ましたら、『いらっしゃい』でお願いします。それと……その節は、お礼も言わず出て行ってしまい、すみませんでしたっ」
僕は勢いよく腰を折り、深々と頭を下げる。黙って出て行ったのもそうだけど、元々みんなを騙していたんだ。謝って済むことじゃないけど、僕の出来ることはこれくらいしかない。
「あらあら、そんなことなさらないでください。必ず戻られると思ってましたから」
「そうですよ。いらっしゃいませは、まあ、どうしてもと仰るなら……」
三条さんと立花さんに言われ、鼻の付け根がじいんとしてしまった。
「こう見えて、涼は頑固だからな。まあ、当分は一緒に暮らすことにはならないだろうから、『いらっしゃいませ』って言ってやってくれ」
なんて晄矢さんに言われてしまった。頑固ね。それは、そうかも。
リビングに入ると、そこに女性と幼稚園くらいの男の子がいた。輝矢さんの奥様とそのお子さんだ。長い黒髪で色白の美人さん。
「初めまして、菜々子と申します。相模原さんにはお礼を言わなければと思っておりました。おかげで家族揃ってここに戻って来れて……。あ、祥一郎です。ほら、御挨拶して」
菜々子さんの影に隠れるようにしていたのを、顔だけ出して、祥一郎君は頭をぺこりと下げ、『ハジメマシテ』と言った。
「初めまして。こちらこそ輝矢さんにはお世話になりました。輝矢さんのおかげで、ここに戻ってこれたようなものですから」
お世辞でもなんでもなく、僕はそう思っている。あの日、輝矢さんがやってきて、『公判を見に来てくれ』と言ってくれたから。
「兄貴ももうすぐ帰ってくるよ。さあ、テーブルに付いて。あの夜できなかった食事会だ」
大きなダイニングテーブル。僕はこのでかいテーブルの端っこで、一人朝食をとることが多かった。この日は、その広々としたテーブルを埋め尽くす豪華な料理が並んでいる。
「うわ……すごっ!」
「シェフがおまえのために腕によりをかけたみたいだぞ。遠慮なく食べつくせ」
「あ、うん」
遅れて帰って来た輝矢さんと陽菜さんを含め、久しぶりに大勢で食卓を囲む。なんだか妙に懐かしく、尊い気持ちになる。
「涼君、晄兄と別れたわけじゃなかったんだー」
陽菜さんがからかい半分に僕をいじる。
「え、っとはい。順調です」
確かに順調。ちょっと前までは危なかったけど。
「晄兄が死にそうな顔してたから心配してたけど、良かったわ」
「あ、そうなんだ……」
「陽菜は余計なこと言わなくていい」
晄矢さんが照れくさそうにしながら睨んだ。なんだかおかしくなる。
「おや、相模原とかいう若者。来てたのか」
そんな無防備な僕の背中に、聞き覚えのある太い声が浴びせられた。
――――祐矢氏! うわあ、どうしようっ!
会うかもしれないって思ってたのに、僕は何の言葉も用意していなかった。
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