大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう

文字の大きさ
55 / 73
花籠の祭典

地下道



「お待ちしておりました。奥様」

ふいに声をかけられて驚き振り返ると、そこには真珠色の神官服を身に纏った見覚えのある1人の青年が立っていた。その腰には花籠の祭典用に造られた金色の葡萄と燕の装飾品が上品にぶら下がっている。優しげな顔立ちで、どこかエルゲンに雰囲気が似ている。

彼は、去年もこの地下道を案内してくれた青年─ヘレンだ。祭典を始めるための儀式の準備で忙しいエルゲンに代わり、今年も道案内をしてくれるという。

「お久しぶりでございます」
「お久しぶりね。少し身長が高くなって、大人びたみたい」

彼は嬉しそうにしながら丁寧に頭を下げた。

地下道の中は、外の熱気が嘘のように涼やかで、暗く湿っけのある道でありながらも、教会へ繋がっているためか非常に静謐な雰囲気がある。

ヘレンの履いている靴は儀式用のものだろうか。敷かれた石畳の上ではよく響き、特徴的な余韻を残していた。

しかし気になることといえばその程度のことで
セレーネは去年も通ったことがあるこの地下道に対して、特になにかに怯えることもせずに、ヘレン達と共にゆっくりと石畳の上を歩いていた。

3人の響く靴音が、静かに空間を揺らす。

「……?」

ふと、セレーネは何か違和感を感じた。
何だろう。粘着質とは言い難く、どこか空虚な視線。

寒気がして震えだすセレーネに、ヘレンは緊張した面持ちで「もう少し早く歩きましょう」と即す。ラーナも何か感じ取ったのか、手を擦り合わせて背後を気にし始めた。

地下道内に響く足音はあからさまに増えつつあった。

不気味に早い。けれどよく聞いてみればその音は、ヘレンの履く靴が石畳を踏む音とよく似ていた。

それに気づいたヘレンは、安堵の表情を浮かべて「もし?」と靴音の響く方に問いかける。

知り合いの神官が通ろうとしているだけかも知れないから、少し様子を見てくる。

と、そう言って、ヘレンは早足で靴音の近づいてくる方向へと歩いていった。

セレーネはその背中を見送りながら、ラーナと顔を見合わせる。

嫌な予感が胸にせり上がっていた。

薄暗い地下道に僅かに響く靴音。ヘレンはまだ足音の主と出会えていないのか?

そんな疑問が頭に浮かんだ途端、けたたましい金属音と共に、誰のものとも知れないうめき声が響き、聞こえてきた。同時にとてつもなく早く大きな足音がこちらへ近づいてくることも、伺い知れる。

「……走れますか。お嬢様」
「え?」

ラーナは真剣な面持ちで、セレーネの返事を聞かずにその手を引いて走り出した。

(……何が起こっているの?)

混乱する気持ちで、今にも「なんで?」と大声で誰かに叫んでやりたい気持ちになりながら、セレーネは一生分の体力を使い切るような心持ちで走る。

あなたにおすすめの小説

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。 この度改編した(ストーリーは変わらず)をなろうさんに投稿しました。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。 髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。 いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。 『私はただの身代わりだったのね…』 彼は変わらない。 いつも優しい言葉を紡いでくれる。 でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。