上 下
67 / 73
女神の祝福

処分

しおりを挟む

「さあ、屋敷へ戻りましょうか」

ひとしきりセレーネが涙を流し終えると、エルゲンは穏やかな声でそう告げた。

「ぐすり」とまだ鼻を鳴らしながら、セレーネは「うん」と小さく頷く。

「あ、ねえ、待って。この人はどうするの?」

セレーネが指差したのは、もちろんロイ皇子だった。別に彼に同情しているわけではない。ただ、今後彼がどうなるのか。エルゲンなら分かるのではないかと思ったために、セレーネは問いかけたのである。

案の定エルゲンはにっこりと笑いながら淡々と教えてくれた。

「おそらく皇族の地位を剥奪され、教会に預けられることになるでしょう」
「教会に?」
「ええ。本来貴族子女の誘拐は重罪です。一生を牢獄で終えることになるのが通例ですが……皇族でなくなるとはいえ、一時期は皇位継承権を保持していた皇子が、大罪をおかして牢獄に入れられている。なんて外聞が悪すぎる上に外交上の印象も悪く、不利なことが起こりうるので、妥協案としてそのようになるでしょう」
「……そう」
「安心してくださいセレーネ。彼を預ける教会は私が決めますから。王都よりもっとも離れた教会へ送るつもりです。穏やかな気候の比較的過ごしやすい土地柄ですが、その教会に長年務める神官は、とても厳しい人です。きっと彼の性根を叩き直してくれるでしょう」

エルゲンが一瞥する。同じように一瞥すると、ロイは未だにヘロヘロとして床に伸びていた。本当に性根を叩き直せるのだろうか。

「あ、そういえば」
「どうかしましたか?」
「あのね。私を攫うように命じたのは確かにこの人だけど、実はミリーナが」
「ああ……分かっていますよ。セレーネ」
「え?」
「あなたの妹君であるミリーナ嬢もこの件に一枚噛んでいるのでしょう?」
「え、ええ……そうだけど。よく分かったわね」

と、関心しそうになったが、そういえばエルゲンは女神の力を借りると言っていた。

「女神様が教えてくれたのね?」

自信満々に問いかけるセレーネに、エルゲンはふと表情を曇らせて「いいえ」と答えた。彼は少し汚れた神官服の裾を払い、セレーネの瞳を覗くように見つめる。

「……あなたを攫った犯人が分かったのは女神の力ではありません。女神がお教えくださったのはあなたの居場所のみですよ。邪な感情に支配された者の心を浄化する力─……聖なる力を借りてはいますが、それ以上のことは何も」
「え……じゃあ、どうして」


エルゲンの表情は哀しみに包まれていた。遠くを見るような目で、何かを考えている。

「……少し、時間をください」

セレーネはなんと答えたら良いのか分からなかったが「どうして?」と再び問う気にもなれなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あと百年は君と生きたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1

クリトリスがカーストな学園もの

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:34

拝啓、愛しい『悪女』のお姉様へ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:23

やらかし婚約者様の引き取り先

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,123pt お気に入り:14

あなたならどう生きますか?両想いを確認した直後の「余命半年」宣告

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:37

もしもゲーム通りになってたら?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:11

処理中です...