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女神の祝福

必然

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セレーネとエルゲンは、シンと静まり返った礼拝堂の椅子に腰掛け、手を繋ぎながら礼拝堂正面に佇む女神像を見上げていた。慈愛の笑みを浮かべた白いその像は、いつも穏やかな微笑みを浮かべるエルゲンを彷彿とさせるのに、冷然とした厳かさもあってか、どうにも緊張してしまう。

「……ねぇ、エルゲン」

小さく、震えるような声音でセレーネは呼びかける。エルゲンは握っていた手を一層強く握りなおして「どうしましたか」と静かに答えた。

「私、あなたと結婚することが出来て……よかったわ」
「……私もあなたと結婚することが出来て良かったと心底思っておりますよ。幼い頃、あなたに救われて、恋い焦がれて……こうして手を繋いでいられる。これ以上に幸福なことはありません」
「……うん」

セレーネが頷く様子を見つめて、エルゲンは「急にどうしてそのようなことを?」と問いかける。

「あなたが横にいてくれなかったらって……想像すると怖くなったのよ」

自分は祖父に可愛がられ、甘やかされて育ったから。そして自分もそれに甘んじてしまったから。

エルゲンと出会っていなかったらきっと、もっと独りよがりな人間になっていたかも知れない。自分の美しさに執着するような頑な人間になり果てるだけだったかもしれない。

あるいは、エルゲンともっと別の出会い方をしていたら……レーヌのように振る舞ったかもしれない。

想像したって仕方のないこと。だけど、ほんの少し過去がずれていたら?

今の未来はなかった。

考えても仕方のない「事実」

けれど、牢に入り涙を流すレーヌに、セレーネどうしても「別の未来の自分」を重ねて見てしまう。

「セレーネ」

穏やかなのに、どこか芯のある声音で呼ばれる。そのたびにセレーネは、人生という道を歩く時、隣で歩いてくれるのはエルゲンなのだと実感して安堵する。

「……そもそも、あなたがあの雪の日に、私を見つけなければ、きっと私はここにはいません。元々私には、あなたに恋い焦がれて生きる道か、あの雪の道で死ぬか……私の人生の分かれ道はそれのみだったのです」
「……」

いつもの数倍強い口調で断言したエルゲンはもう1つのほうのセレーネの手を取り、その華奢な身体を引き寄せる。

「愛しています、セレーネ。あなたが横にいない未来など私に訪れることはなかった」

切なく甘い響きを伴う声音によって紡ぎ出された言葉に、セレーネは嗚咽を漏らす。

注がれる温かな愛情がどうしょうもなく愛しくて、何か返したくて。でも、今は抱き寄せてくれるその身体を抱きしめ返すしか出来なくて。

2人は、女神像に見守られながら、しばらくの間抱き合っていた。
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