愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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悪夢

子守唄

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ロメリアが項垂れていると……。

「……ロメリアちゃん。入ってもいいかしら」

扉の向こうから聞こえてきた問いかけに、ロメリアは「……どうぞ」と小さく答えた。

「ごめんなさいね。泣き声が聞こえてきたものだから」

扉を開けて入ってきたのは、母だった。
僅かな月明かりに照らされたその美貌が明らかな心労を抱えているところを見てとって、どうしようもない不甲斐なさがロメリアの身体にのしかかる。

「……ごめんなさい、お母様」
「あなたが悪いことなんて何もないわ。だからどうかそんな風に謝らないで頂戴」

優しく頭を撫でられて、余計に悲しくなった。
こんなにもあたたかく優しい母を苦しめているのだと思うとやりきれなかった。

全部打ち明けてしまいたい。例え、本当に頭が可笑しくなったのだと思われても、それでもいいから、自分が抱える孤独を共有して欲しい。

そんな思いが母に撫でられるたびに、父に優しい言葉をもらうたびに大きくなっていく。

だけど。

いつもいつも、言葉が喉元を通過する前に飲み込んでしまう。

冷静になってしまうのだ。

そんな馬鹿なことがあるわけない、と。

この世界は、前世で読んだ物語の世界で、しかも自分は悪役にも満たない役割を与えられた悪役令嬢なのだ、なんて……。

そんなこと、誰が信じるというのか。
きっと誰も信じやしない。

大切にしてくれる両親はきっと理解を示そうとはしてくれるだろうけれど。

頭が可笑しくなってしまった可能性が、彼らの頭に何度もよぎり、今以上に心配をかけてしまうことは目に見えている。

だから、言えない。
どうしても、言えなかった。

「……怖い夢を見たの。恐ろしい夢を」
「そうだったの」
「……うん」

本当はそれだけではないけれど。真っ赤な嘘というわけでもない。

「……眠るのが怖いから、今日は一緒に寝て頂戴」

甘えるように言うと、少し調子を取り戻した風な愛娘に嬉しくなったのか「もちろん、いいわ。……怖い夢を見ないように、お母様が久しぶりに子守唄でも歌っちゃおうかしら」と明るく言って抱きしめてくる。

「嫌よ、お母様のお歌はあまり上手じゃないもの」

苦笑を零しながら言うと、母は「まあ、ひどいわ」と眉を吊り上げながら、寝台に横になる。
細く長い指先が、すでに艶を失ってしまったロメリアの髪を梳いていく。愛おしむような、憐れむようなその仕草に、胸が苦しくなった。

「……やっぱり、歌って頂戴。お母様」

強請ると母は「いいわよ。私の下手な歌を聞いていたら可笑しくて、悪夢もどこかへ行ってしまうわね」と笑う。

しかし残念ながら。

母の歌を聞いても……悪夢はしつこくロメリアの心を毎夜、侵食していった。
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