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第1章 12歳:出会い

第10話 「外出をしたいんだけど」

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 えっ、約束の物って、マリーゴールドの押し花で作った栞のこと?

 私は脳内に選択肢を発生させた。ここは乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の世界だけど、選択肢が出ないのだから、勝手に私が作ったとしても、誰も文句は言わない、と思う。

 1.素直に渡す。
 2.渡さない。
 3.とぼける。

 渡さない、だと嘘をつくことになるから、ここは惚ける、にしよう。

「……まだ、できていないの。だから――……」
「なら、あそこにあるのは?」
「あそこ?」

 エリアスが指を指す方に視線を向ける。そこは、さっきまで私が座っていた場所だった。その前には机がある。栞が置きっぱなしになっている机が。

「あ、あれは」
「俺と旦那様以外にもいるの?」
「……いない、けど」

 あれを渡すのは、ちょっと……。

 私が渋っていると、エリアスが立ち上がり、机の方へ歩き出してしまう。慌てて追いかけるが、エリアスが本気を出せば間に合わないのは目に見えていた。

「じゃ、これは? 俺のじゃないの?」

 栞を取られたばかりか、手の届かないように高くあげられてしまった。エリアスの瞳と同じ緑色のリボンが付けられた栞を。

「あげようと思ったんだけど、見ての通り、良い出来栄できばえじゃないでしょう」

 久しぶりに作ったからか、それとも子供と大人の違いなのか、上手く出来なかった。転生前は二十代半ばだったから。それでもお父様は、子供らしい出来栄えだと喜んでもらえると思ったのだ。

 けれどエリアスには、前世の時に作った物に近い物を渡したかった。

「比較する物がないから、良いのか悪いのか。俺には分からないよ」
「色が少しだけ退色しているでしょう。本当なら、元の色と同じなの。それに形だって、ちょっとゆがんで見えるから」
「言われないと分からないよ。俺には十分に見える、としか」

 それはエリアスが素人だから、とは言えなかった。

「ありがとう。でも、優秀なエリアスには、こんな出来の悪い栞を使ってほしくなかったの。持っていてほしくない、というか」

 使用人たちから、エリアスの評判を聞く度に、私は栞を捨てようか悩んでいた。けれど、結局は捨てられなかった。

 孤児院に咲いていたマリーゴールドはもう、これしかなかったから。

「気持ちは嬉しいけど。俺にも決定権がほしいな」
「でも……」
「俺は、これが欲しい。前にも言っただろう。『マリアンヌがくれる物なら、なんだって』って」

 私はもう、頷く以外の選択肢はなかった。


 ***


 その日から、エリアスは私の従者となったが、主人はまでも、お父様である。だから、私の意見よりも、お父様の方を優先されてしまう。

「外出をしたいんだけど」

 従者付きになった数日後。毎朝、ニナに聞いては断られていた言葉を、思い切ってエリアスにも投げかけてみた。

「旦那様がまだ許可しないから、無理だと思う」
「他に方法はないの?」
「……庭へ散策しに行く、とかは?」
「昨日も行ったわ」
  
 あまり我儘を言うお嬢様には見られたくはなかったが、我慢できずに聞き分けがないことを言った。

 もう、かれこれ一カ月半だ。屋敷の中も、十分探索してしまった。それに、外出したいのには、別の理由がある。それを差し引いても、分かってもらえないなんて。

 ニナと違い、攻略対象者故の、何か裏技みたいなのを期待していたが、どうやらそれもないようだった。

 そもそも、外出を強く希望するのは、エリアスのためだった。彼が侯爵になる道を、私はまだ諦めていない。

 仮に叔父様の件が無事に解決し、お父様が生きる道に進んだとしても、それは私の都合でしかないからだ。そう、私の都合で変えてしまった、エリアスの未来。

 すべてを終えた後、私はそれを返してあげたかった。エリアスならきっと、叔父様の件で味方になってくれると思うから、余計に。

「お父様が許可してくれないのは、叔父様が原因なんでしょう」
「あぁ。この間のマリアンヌの件もそうだけど、……奥様の件も調べ直して、アドリアン様を追求できる物を探していらっしゃるんだ」

 私の件がなくても、叔父様が伯爵家を狙っていることを、お父様は知っていたと思う。それでも、結局は殺されてしまう。おそらく叔父様の手で。

「どうして、エリアスがそこまで知っているの?」

 ふと、疑問が湧いた。入って一カ月半ばかりの使用人に、そこまで話すだろうか。それとも、屋敷内では噂になっているの? もしかして、私だけ知らなかったとか?

「それは、俺がマリアンヌの従者だからだよ。アドリアン様がマリアンヌを狙っていることは、この間で判明したから、そういう情報は、知っておいた方が良いって言われたんだ」

 なるほど。それならどうして。

「私には教えてくれなかったの?」

 私の方が当事者なのに。

「お父様に口止めされていたのなら、しょうがないけど」
「違う。旦那様はマリアンヌに話していいと仰ったんだ。ただ、どう切り出していいか分からなくて」

 多分、エリアスは嘘をついている。本当に伝えたいことがあるなら、栞の時のように、強引に持ち出してくるからだ。おそらく、お父様からの情報は、エリアスの判断に任されているのかもしれない。

 まぁ、それほど信用されているのが分かっただけでも良かった。『アルメリアに囲まれて』でエリアスは、お父様の死の真相を暴いてくれるのだから、きっと大きな助けになると思う。

 だったら尚更、私はエリアスに恩返しをしなければ。そして、返せるものと言えば、侯爵への道しかない。いくら、従者や護衛といった肩書があっても、エリアスは平民のままだから。
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