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第2章 14歳:嫉妬

第45話 「下ろして、エリアス」

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「下ろして、エリアス」

 お父様が大変な時だというのに、私はなぜかエリアスに横抱きにされたまま、屋敷の中を移動していた。
 勿論、エリアスとの関係は秘密にしているため、周りが奇異の目で見ているのは仕方がない。
 だから余計、恥ずかしいんだけど……。

「ダメだ。俺から離れるなって約束したばかりだろう」
「それとこれとは関係ないと思う……」

 顔を両手で覆ってアピールしても、降ろしてはくれなかった。
 すると、誰かが呼んだのか、知らせたのか分からないが、前方からポールがやってきた。オールバックにしていた髪を乱すほどの勢いで。

「エリアス、何をしている。お嬢様を今すぐ下ろしなさい」
「それはできません。今からお嬢様を、馬車までお連れしますので」
「何、馬車に! まさか領地へ行くつもりか。お嬢様、昨日も言った通り、危険ですのでおめください」
「いいえ。私の意思は昨日と変わらないわ。お父様の安否を確かめに行かないと。それが娘である私の役目。そうでしょう、ポール」

 一端いっぱしなことを言ってみたが、エリアスに横抱きにされているため、さまになっていないように感じる。
 空気を読んで、ここは下ろしてくれるべきじゃないの、エリアス!

「でしたら私も執事として、お嬢様を止めなければなりません」
「どうして? 私の身にも、何かが起こる確信でもあるというの?」

 エリアスから詳細は聞いていないが『ポールに気をつけること』そう言っていたのには、何か意味があるはず。念のため鎌をかけてみた。

「確かに、まるでお嬢様も、旦那様と同じように襲われることが、分かっているかのように聞こえますね」
「それにね、ポール。首都と領地の間の治安が悪いのは、我がカルヴェ伯爵家の管理不足と見なされるわ。領民からの信頼も失い兼ねないと思うの。だからお父様のことも含めて、行くべきじゃないかしら」

 私の言葉にエリアスが加勢してくれたけど、別に攻撃する意思はない。
 お父様の安否を確かめるために崩さなければならない壁があるなら、正論をもって立ち向かえばいいだけのこと。
 そうすれば、ポールだろうが誰だろうが、反対する者はいないだろう。

 伊達だてに中身まで子供じゃないってところを、たまには見せないとね。

「お、お嬢様がそこまで考えておられるのなら、このポールが止めるのは筋違い。どうぞ、お通りください」
「エリアス。急ぎましょう」

 体を引いて、道を開けてくれたポールの横を、エリアスは急ぎ足で通り過ぎる。
 廊下を抜けて、エントランスを出ると、ニナが扉の前で待っていた。
 エリアスに横抱きにされている私を見て、一瞬だけ驚いた顔をしたものの、メイドらしく何もなかったかのように扉を開ける。

 うん。今は急いでいるからいいんだけど。無言も辛いわ、ニナ。

 私はそのまま、扉の先に見える馬車に乗り込んだ。そう、エリアスに横抱きにされたまま。
 いくらなんでも、乗せ辛いだろうと思って下ろしてくれるのを期待したんだけど、ダメだった。

 カルヴェ伯爵家には、私専用の馬車があり、お父様が使う馬車よりも一回り小さい。だから、入口も狭いはずなんだけど……。

「ありがとう」

 頑張ってくれたエリアスに「下ろしてくれれば良かったのに」と声をかけるのは忍びなくて選んだんだけど、これも違うような気がする。
 でもまぁ、馬車の中はちゃんと椅子に座らせてくれたから、良かったわ。ここでもエリアスの膝の上だったら……。あぁぁぁ、考えたくもない。

 ふうっと息を吐くエリアスに、私は気になっていたことを尋ねた。

「ポールへの対応は、あれで良かった?」

 そう、ポールのことだ。

「十分。マリアンヌがぎょやすいわけじゃないって分からせただけでも大きいから」
「どういうこと? まさか、今回のことやお父様のことに関係しているとか、言わないわよね」

 だって、ポールは乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』の重要人物じゃないもの。ただの執事でしょう。
 役に立たない叔父様に代わって、邸宅の管理から領地経営までやっていたんだから。
 無能なあるじに苦労する使用人。それがポールの立ち位置だった。

「関係していると言ったら、ショック?」
「うーん。どうかな。あまり接点はなかったから。でも、そうなるとお父様はショックだろうな」
「大丈夫。旦那様はもうご存知だ。だからこそ、マリアンヌを邸宅の外に出す必要があったんだ。次にポールが何をするか分からないから」

 それはつまり、どういうこと? お父様はもう……。

「ポールがオレリアと、いやアドリアンと繋がっていたことが分かってから、改めてマリアンヌの誘拐騒動の犯人を調べたんだ。そしたら、マリアンヌを襲った男たちを雇った人物と、人相が合致した」
「えっと、男たちと叔父様の間に誰かがいるって聞いたけど、それがポールだったってこと?」
「人相が一致しただけで、まだ確信はないけど、俺をマリアンヌから離したり、リュカをこっそり邸宅に残したり。そんな根回しをしたんだ。十中八九、当たりだよ。毒も、ポールが用意したのかもしれない」
「でも、なんで? ポールがそれをするメリットが分からないわ」

 カルヴェ伯爵家がなくなって困るのは、使用人たちだ。突然なくなれば、次の勤め先への推薦状も貰えず、探すのに苦労することになるだろう。
 使用人は基本、推薦状がなければ雇ってもらえないのだ。

「旦那様なら分かるかもしれない」
「えっ」
「ポールがアドリアンに利用されているのか、または利用しているのか、を」
「待って、エリアス。それはつまり、お父様は無事ってことなの?」

 エリアスの言葉に迷いは見えなかった。逆に確信しているように感じる。

「ごめん。本当は真っ先に教えたかったんだけど、邸宅内は誰がポールの味方か分からなかったから、迂闊に言えなかったんだ。マリアンヌも演技ができるか分からなかったし」

 あぁ。私は両手で口を覆い、目を閉じた。エリアスに肩を掴まれ、引き寄せられた時には、目から涙が零れ落ちた。

「旦那様は無事だよ。怪我もなく、元気でいらっしゃる」
「良かった。良かった……」

 さらに抱き寄せるエリアスの腕に身を任せ、私はせきを切ったように泣いた。
 昨夜の不安。今朝の衝撃。皆に止められて焦った心が、一気に無くなったからだろうか。止められなかった。
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