上 下
71 / 116
第3章 16歳:出生

第71話 「それは私も予想したわ」

しおりを挟む
 
 ポールが元貴族!?

「それじゃ、私とお父様を始末して、伯爵家を乗っ取るつもりだったの? 自分の家を復興させたいとか」
「マリアンヌ、それは違う。ポールはカルヴェ伯爵家を、没落させたいわけじゃないって言っただろう」

 アッと私は我に返った。

「そうね。ごめんなさい。失念していたわ」
「いや、いいんだ。それに混乱するのも分かるから」
「……エリアスもそうだったの?」
「俺というより旦那様が、な。奥様と出会う前から、ポールは伯爵家にいたという話だから余計に」

 お祖父様が連れて来ても不思議ではない年齢。それを考えれば、無理もない話だった。
 もしかしたら、リュカとマリアンヌのような、幼なじみだったのかもしれない。私じゃない、本物のマリアンヌと。

「ポールが没落を企んでいないと思ったのは、お父様?」
「あぁ、先に気づいたのは。俺は旦那様の代わりに執務をしていて分かったんだ。意外にもポールは、伯爵家を大事に思っている」
「……私が外に出るのを引き止めたのも、そのせい?」
「旦那様が伏せているからな。余計、出したくなかったんだろう、マリアンヌを」

 どういう意味? と私が首を傾けるとエリアスは険しい表情をした。

「これはあまり言いたくないんだが、秘密にしないって約束したから」
「うん。大丈夫だから言って」

 さすがに数分で破られるのは困ってしまう。
 エリアスはそんな私を見て、ため息を吐いた。

「ポールは多分、カルヴェ伯爵家から平民の血を排除したいんだと思う。だから奥様に毒を盛って、マリアンヌも排除しようとした。その後、旦那様に同じ貴族の女性との再婚を薦めるために」
「……再婚、するかしら。お父様は……」
「しないだろうな。そうポールも思ったのか、今度は旦那様を狙ったんだ。思い通りにならないのなら、まだマリアンヌの方が扱い易いと思ったんだろう。俺を旦那様殺害の犯人に仕立てて排除した後……マリアンヌに貴族の男との結婚を強要しようと、企んでいたらしい」

 私の肩を掴む手に力が入る。そっと手を重ねて、エリアスに身を委ねた。

「それは私も予想したわ。だからすぐに、エリアスが犯人じゃないって思ったの」
「マリアンヌ……っ!」

 急に触れていた体が離れたと思ったら、今度は両肩を掴まれた。向き合う形になったエリアスの顔は真剣だった。

「仮に没落したって、マリアンヌを路頭に迷わせることは絶対にしないけど、他の男に渡したくない。だから!」

 エリアスの顔が近づいてくる。

 えっ、ちょっと! と思っても肩をがっしり掴まれて避けられない。

「エリアス!」
「ってぇ!」

 絶妙なタイミングで、後ろからケヴィンがエリアスの頭を叩くのが見えた。
 すぐさまエリアスは後ろを振り向く。顔を見なくても分かる。何をするんだ、と睨んでいるに違いない。

「お前は俺に感謝した方がいいぞ」
「は? 文句はあるが、感謝なんてするか!」
「それは周りを見てから言え」
「周り?」

 エリアスの言葉に同調した私は、ケヴィンの顔を見た。頷くケヴィンに、エリアスは私の背後に顔を向けた途端、青くなった。

「エリアス?」

 どうしたの? と肩を掴んでいた手が離れたのを見計らって、私は後ろを振り向いた。

「ニナ?」
「お嬢様。もし何か困ったことがありましたら、すぐに言ってください。対処させていただきますから」
「……え、あっ、うん。その時はよろしくね?」
「はい。お嬢様の気持ちに見合った働きをしてみせますわ」

 ニコリと微笑むニナに、私はさらに困惑した。だから視線をキトリーさんへと移す。

「そうだね。その時は今日みたいに、ここに来たっていいよ。ちゃんとシメてあげるからね」
「……は、はい?」

 もう誰とは聞かない。
 私はゆっくりと顔を右から左へと移動させた。視線の先には、何か言いたそうな顔をしているエリアスが目に入る。
 その姿に私は、口元を抑えて笑った。

 ねぇ、マリアンヌ。
 貴女はこんなにも愛されていたんだよ。乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』が開始される二年前から。ううん、四年前だって。
 だからこれは私と代わらなくても、きっと享受きょうじゅできたもの。貴女の恩恵を私は貰っているに過ぎないんだから。

 ひときしり笑った後、私はある疑問を投げかけた。

「さっきの話だけど、あくまでそれはお父様とエリアスの予想でしょう。確証はあるの?」
「……なかったら、ここまでしていない。ポールは協力者を得ようと、言い触らしていたんだ」
「い、意外と抜けているのね」
「結局、あいつも貴族のボンボンだからな」

 そう言った後、エリアスはハッとなって気まずそうに私の顔を見た。

 これは私も一応、貴族だから? そんなの気にしないのに。
 それともさっきのことに懲りたのかな。見えないけど、ニナとキトリーさんの顔が怖い……とか?

「まぁつまり、賛同者から協力者に仕立てようとしていたってことだ」
「確か、協力者がいなかったって言っていたわよね」

 私は顔を上げてケヴィンを見た。

「はい。多分、部外者にかき回されるのを嫌がったんじゃないですか? 新たに奥様を迎えるにしろ、将来の旦那様を迎えるにしろ、仕える立場の人間だって大変ですから」
「そうね。ということは、皆、エリアスを認めてくれているって思ってもいいのかしら」

 いくらお父様の公認を得ているからといっても、使用人同士、どう思っているのかは分からなかった。
 ポールのように、面白く思っていない者だっているはずだ。リュカがそうであったように。

「伯爵邸に来てからの四年間。エリアスは頑張っていましたからね。実は応援してくれる者の方が、今では多いんですよ、お嬢様」
「ニナもそう思ってくれている一人?」
「私はお嬢様の味方です。お嬢様が望むのなら、私はその通りに致します」

 つまり、認める必要はない、と言いたいのね。

「じゃ、意外とポールの味方は少ない、と思っていいのかしら」
「あぁ。だから、騙せているんだ。執事であるポールを」

 本来、邸宅内、全使用人を把握する立場であるポールを欺く。その最大の理由がまさか、そんな理由だったとは思わなかった。

「同じ使用人でも、元貴族だからか、高圧的な態度をとってくるから人望はあまりない」
「旦那様のことを秘密にしていたのも、皆、命令というより、お嬢様を守りたかったからなんです。二年前の真相を知っていますから」

 エリアスとニナの言葉を聞いた後にテス卿を見ると、そうだと言わんばかりに頷いてくれた。

「ありがとう。そしたらエリアスの冤罪えんざいも、意外と簡単に晴らせるかしら」
「どうかな。それは明日次第、としか言いようがない」
「明日?」
「そうだ。今夜はここで作戦会議をしてから、明朝、仕掛ける。俺が邸宅にいないことを知られる前に、玄関から堂々と現れるんだ」
「不意をつくってことね」

 ポールにはやられっぱなしだったから、今度はこちらから仕掛ける番。水面下ではなく、表面上。表立って戦うのだ。

「だから、今夜はここに泊まるんだよ、マリアンヌ。伯爵様からの手紙にも、そう書いてあったからね」
「えっ、でもそんな準備は……」
「問題はありません、お嬢様」

 キトリーさんの言葉に戸惑っていると、いつの間にかニナが大きな荷物を持っていた。

「すでに準備をしてきましたから」

 邸宅を出る時、時間がかかった理由が何となく分かったような気がした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者は私を溺愛してくれていたのに、妹に奪われた。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,410pt お気に入り:17

精霊に愛された少女の妹は叶わないからこそ平凡を願う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:894pt お気に入り:3,863

〖完結〗もう私に関わらないでください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,975

『私に嫌われて見せてよ』~もしかして私、悪役令嬢?! ~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:46

『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:461pt お気に入り:3,546

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71,682pt お気に入り:3,490

転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,178pt お気に入り:6,298

処理中です...