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第3章 16歳:出生

第72話 「私がお父様を!?」

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 翌朝、カルヴェ伯爵邸に帰ると、昨日エリアスたちから聞いた内容が、けして誇張こちょうではなかったことが分かった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 出迎えてくれた門番は、エリアスではなく、私の姿に驚いていたからだ。

 どうやらキトリーさんのところに泊まるのは、決定事項だったらしい。私が邸宅を出てから。いや、お父様の手紙を受け取った時にはもう。

 だけど、エリアスの時ほどお父様を怒れない私がいる。
 う~ん。なぜだろう。

 隣を歩くエリアスをチラッと見る。

「心配しなくても大丈夫。マリアンヌに手出しはさせないから」
「う、うん。ありがとう」

 そういう意味で見たわけじゃないんだけど、エリアスの言葉は心強かった。
 やっぱり不安に思っていたのかな、心が軽くなるのを感じた。

「お嬢様!」

 そんな気持ちで玄関を潜った途端、ポールの声がエントランスに響き渡った。声音から表情に至るまで、驚いているのが分かる。
 たったそれだけで私は、ポールがどのような立ち位置にいるのかが理解できた。

 ここに来るまで遭遇した使用人たちは、門番と同じで、エリアスよりも私に驚いていた。けれど、その中に不安や困惑した色が滲み出ていて、逆に私の方が戸惑ってしまうほどだった。

 まるで、帰って来ちゃいけないような、そんな目で見るんだもの。私は自分の家に帰ってきただけなのに。

 しかしポールは違った。

「外泊するなど、このポールは聞いておりません!」

 うん、私も知らなかったよ。外泊するなんて。

 内心毒づきながら、ポールの反応を窺った。

 そもそも外泊はお父様の指示だ。けれど、誰もその事実をポールに知らせていなかったらしい。
 本当によく思われていないことを悟った。

 そんな私の態度が気に食わなかったのだろう。驚きを怒りへ変化させたポールは、エリアスに視線を向けた。

「エリアスもなぜここにいる! もしやお嬢様と……何と、はしたない。成人前だというのに、ご自分の立場を理解しているのですか?」

 それをポールが言うの? と思っていると、エリアスが私を隠すように前に出た。

「ポール、いくら執事でも、口が過ぎるぞ。マリアンヌに向かって」
「口が過ぎる? ならば、そのまま返してやろう。犯罪者が堂々と入ってくるばかりか、私に向かって何様のつもりだ」

 立場的にはそうなんだろうけど。ポールの裏事情を知った後だと、この言い方は見過ごせなかった。

「外泊はお父様が配慮してくださったことよ。遅くなるから、相手方に手紙でお願いしてくれたの。それを無粋な推測で、私たちばかりかお父様たちまで侮辱するなんて。それこそ何様よ。失礼にも程があるわ!」

 エリアスは私に前に出るなって言ったけど、我慢できなかった。
 しかし、ポールは平然とした態度を崩さない。

「そうでしたか。旦那様の指示ならば仕方がありません。けれど、それはエリアスと一緒にお戻りになられた理由とは違います。それに相手方といっても、貴族ではない平民。伯爵令嬢ならば、そのような場所を勧められても断るべきです」
「っ! どうして行き先を知っているの? 言わずに出たはずなのに」
「お忘れですか? 私はこの家の執事です。お嬢様の行動を把握するのは当然のこと」

 ぐっ。確かにそうだけど。あくまでそれは、普通の執事の話だ。悪意に満ちた執事と同じ扱いをしないでほしい。

「……そう。でも、平民の家だから何だって言うの。まるで私がエリアスと合流するために外出をして、さらに後ろめたいことのために外泊をしたとでも言いたいのかしら」
「違うのですか?」
「お父様が伏せているのに、私がそんなことをするとでも?」
「犯人であるエリアスを庇い立てするのですから、お嬢様もまた同罪です」

 何という屁理屈!

「エリアス同様、お嬢様もまた、旦那様を疎ましく思っているのではないですか?」
「私がお父様を!? そんなわけがないでしょう!」
「どこをどう見たら、マリアンヌが私を疎ましく思っているなどと戯れ言を言えるんだ、ポール」

 この邸宅でここまで言える人物はただ一人。いや、発言の内容だけなら、私の隣にいるエリアスも含めて二人かな。
 でも、今のエリアスは私と同じで、頭に血が上って、こんなに穏やかな声は出せない。

「お父様……!」

 階段から降りてくるお父様を見て、私は駆け寄った。
 ダウンを羽織りながらゆっくりと降りる。その姿が痛々しくて、具合が悪くないのを知っていても、胸が締め付けられる思いだった。

「旦那様。このような場所にいらしても大丈夫なのですか?」
「あぁ。どこも悪くないのでね」
「お父様?」

 いいんですか? もうネタばらしをして、と顔を向けると、お父様はいつものように微笑んでみせた。

「全く、あのままキトリーのところにいてほしかったんだがな」
「……そこでお父様とエリアスが、何をしようとしていたのか聞いたのに、まだ私を除け者にするんですか?」

 お父様に抱きつき、ポールには聞こえないように文句を言った。

「そうか。マリアンヌは私が心配で戻ってきてくれたんだな。ポール。これを見ても、同じことが言えるか?」

 これ見よがしに、私を抱き上げるお父様。
 健康であることをアピールする狙いなんだろうけど、見せつける相手を間違えていませんか?

 明らかに視線はポールではなく、エリアスに向いていますよね。エリアスはエリアスで、不満そうな顔をしないで!

「……いいえ。大変、失礼を致しました」
「分かってくれたのならいい」
「しかし、旦那様。エリアスの件は片付いておりません。邸宅を抜け出したばかりか、お嬢様と一緒でした。このことから、手引きをしたのはお嬢様だと私は思うのですが、如何ですか?」

 まだ言うの!

 お父様の顔も冷たく、ポールを見据える。

「勝手に抜け出し、マリアンヌを追いかけたエリアスの方に非があるだろう。マリアンヌはただ、私の頼みを聞いただけだ。そうだろう、エリアス」
「はい。すべて俺一人でやったことです。この件にマリアンヌは関わっていません。よってこれは、ポールの思い込みです」
「そんなわけがない。あれだけ厳重にしたというのに」
「っ!」

 自然とお父様の肩に置いた手に力が入る。

「甘いな。この屋敷をすべて把握していると思うのは傲慢じゃないのか。抜け道なんていくらでもある。ただお前が知らないだけだ」
「小賢しい。だから平民は嫌なのだ」
「ポール!」

 私が叫ぶと、お父様は静止するように、ゆっくり下ろしてくれた。

「そんな理由でイレーヌを殺したのか、お前は」

 ポールの言葉に怒りを感じていたのは私だけじゃなかった。静かに言いながらポールに近づくお父様の顔は、きっと怒りに満ちていたことだろう。
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