上 下
73 / 116
第3章 16歳:出生

第73話 「どうしてそこまで平民を嫌うの?」

しおりを挟む
 
 私はお父様の背中を見ながら、ポールの言葉を待った。

 四年前のお母様の死。
 私の誘拐騒動が起きた後、お父様は叔父様が犯人だと話してくれた。でも、叔父様の背後にはポールがいた。
 そのことから、お父様とエリアスはお母様毒殺の犯人をポールだと断定したのだ。けれど、それはあくまで推測に過ぎない。

 エリアスが伯爵邸にやってくることになった、私の誘拐騒動の件も、またそうだった。
 犯人は叔父様だと思われていたけど、仲介人がいることを二年前にお父様から聞いた。

『エリアスはね、孤児院の子供たちに協力を求めて、その仲介人を探してくれたんだよ』

 この時にはもう、ポールに目星を付けていたんだと思う。

「……違うと否定しても、信じてもらえないのでしょうね」
「裏は取れているからな」
「ならば、なぜ捕まえないのですか?」

 その理由を知っているのか、ポールの表情は変わらない。

「待っていたからだ。お前が私を殺そうと企むのを」
「何を仰るのかと思えば、殺害を企むとは。犯人はエリアスです。すでに治安隊が来て調べました」
「そう、調べてもらったんだよ。厨房から来る私の食事もね。ダイニングで食事をするわけではなかったから、簡単に証拠が取れた」

 ただポールを油断させるために、計画が遂行しているように、伏せていたわけじゃなかった。
 証拠を集めるためでもあったんだ。でも、本当に食事の中に毒が入っていたなんて!

 思わず口に手を当てると、エリアスが傍にやって来た。

「厨房から来た食事に入っていた毒と、ポールが提出した毒が一致したんだ」
「提出って、まさか昨日エリアスの部屋から見つけたっていう毒のこと?」
「あぁ。正確にはポールの所持品だけどな。俺を犯人に仕立てるために、わざわざ治安隊に差し出してくれたんだ。お陰で証拠が取れたんですよね、旦那様」

 エリアスは私の肩に手を置いて、お父様に言う。さきほどのエリアスと同じで、お父様の表情も不満げだった。

「しかしそれだけで、私が犯人だというのは、弱くありませんか?」
「普通はな。だが、お前はこれを何処で入手した? 冒険者ギルドだろう。確か、病気を持っている家畜に使うとか言って依頼したそうじゃないか。すぐに殺処分すると、私たちがショックを受けるから、と記録に残っていたぞ」
「はい。その通りです。実際に使いましたので、他の使用人たちに確認を取ってもらえますか?」
「すでに取っている。が、これはカモフラージュか、もしくは予行練習だったのだろう。本当に使えるかどうかの」

 転生前の世界でも、人を殺害する前に、動物を殺害するケースがある。まさか初期段階があったなんて!

「お前は度々、その毒を購入しているな。解毒剤と一緒に入手しているから、怪しまれないとでも思ったのか? それとも名義がアドリアンだったからか」

 そうか。だからお父様は始め、叔父様が犯人だと思ったんだ。

「だが、取引はすべてお前がやっていた。この屋敷でイレーヌの食事に毒を盛ることも、お前にしかできない。まさかここにきて、アドリアンの指示だった、などと戯言は言うまい」
「ですが、実際アドリアン様は奥様を妬ましく思われていました。奥様がいなければ、旦那様に領地へ追いやられることはなかった、と」
「そうだな。恨みを買うようなことをしていた自覚はある。でも証拠が犯人はお前だと言っているんだぞ。冒険者ギルドで購入した毒と、私の食事に盛られていた毒が一致したからな」
「……そこまで調べられたのは、エリアスがいたからですか?」

 そう、エリアスのお陰だった。
 乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』では、まんまとお父様は、叔父様の、いやポールの手にかかって命を落とした。が、今はこうして、やり込めている。
 私がお父様を助けてほしくて、教会で出会った。そのエリアスがいたから、ゲームでは暴けなかった真犯人に辿り着けたのだ。

「あぁ、そうだな。その点に関してはエリアスに感謝している。私の手の届かないところまで頑張ってくれたからな」
「なるほど。私が先に始末しなければならなかったのは、お嬢様でも旦那様でもなく、エリアスだったようですね」

 途端、背筋がゾッとなった。
 口ではエリアスの名を出していたが、視線は私を向いていたからだ。多分、私がエリアスを邸宅に連れてきたのが理由だろう。

 エリアスが少しだけ私の体を引き寄せた。

「ようやく認める気になったか。イレーヌの毒殺にマリアンヌの誘拐。さらに毒殺未遂の幇助ほうじょ。私に関しても未遂だが、これも罪になるのは分かるな」

 罪状を告げるお父様。すべてを合わせると、計四件だ。

「えぇ。認めましょう。ですが、お忘れですか? 大旦那様との約束を」
「生涯、面倒を見よう、だったか」
「はい。だから私はこの屋敷にやってきたんです。平民になりさがっても、生活水準が維持できるのならば構わないと思いまして」

 そうでなければ、平民になどなりたくはなかった。そんなポールの心の声が聞こえたような気がした。
 だから、思わず私はポールに尋ねた。

「どうしてそこまで平民を嫌うの?」

 話に割り込むつもりはなかったんだけど、知る必要があった。

 お母様を殺した理由と私を狙った理由。誘導したとはいえ、エリアスを犯人に仕立てた理由。
 共通点は平民だ。

 貴族が平民に成り下がるのは、とても不名誉なことで、我慢できないことなのだろう。しかし、それはポールの事情だ。殺人を犯していい通りはなかった。

「そうですね。お嬢様は知らないのでお教えしましょう。私がこの屋敷に来る前の話を」

 ポールはそう前置きをして話し始めた。自分が元貴族であったこと。祖父様に連れてこられたことなど、エリアスから聞いた内容と差異はなかった。
 話はさらに核心へと迫っていく。

「お嬢様はどうして、と仰るのも無理はないかと思います。貴族というのは、慈善活動、事業を求められる立場です。現に、このカルヴェ伯爵家もエリアスがいた孤児院に寄付をしています」

 穏やかに話しているものの、どこか棘があった。

「我が家は寄付ではなく、運営をしておりました。といっても、実際にやっているのは院長。この男が本当に孤児のことを思いやる人間ならば、父も騙されることはなかったでしょう」
「よくある話だ。寄付金を着服して私腹を肥やす者がいるのは」
「そうなのです。けれど、父はあまり人を疑うということを知らない人物でした」

 あぁ、と私は察した。転生前の世界でも取り上げられている事件だった。
 知らない相手を言葉巧みに騙すのではなく、親しい相手の懐に入って騙す。質の悪い詐欺である。

「院長という男は建物の修繕費の要求を皮切りに、子供たちの食費や面倒を見る職員の人件費。加えて、子供たちの将来を考えて教育費が欲しいと言ってきたのです。最後はネタがないのか、寄付金が足りないため、父からも出してもらえないか、とまで言ってきました」
「……まさかその要求を全部?」
「えぇ。支払っていましたよ。我が家が傾いても、お構いなしに」

 こ、これは無心してきた叔父様よりも酷い。
 誰がって? 院長? それともポールの父親?
 勿論、両方よ。

「マリアンヌ。非難したい気持ちは分かるが、我がカルヴェ伯爵家は、その誠実な心に助けられたんだよ」

 お父様の『誠実』という言葉に、ポールがフッと呆れた態度を示したのが見えた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者は私を溺愛してくれていたのに、妹に奪われた。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,410pt お気に入り:17

精霊に愛された少女の妹は叶わないからこそ平凡を願う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:894pt お気に入り:3,863

〖完結〗もう私に関わらないでください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:2,975

『私に嫌われて見せてよ』~もしかして私、悪役令嬢?! ~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:46

『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:461pt お気に入り:3,546

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71,817pt お気に入り:3,489

転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,150pt お気に入り:6,298

処理中です...