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第4章 17歳:婚約

第100話 「一曲、お相手願えませんか?」

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 一カ月後、私は十七歳の誕生日を迎えた。
 この世界に来て、五年目の夏。

 カラッと晴れた空の下。庭園で、質素に誕生日パーティーが開かれた。

 招待客のいない、簡素なパーティー。なんて侘しいものだろうと思うかもしれない。しかし内情は、使用人たちを交えた賑やかなものだった。

 ポールの一件で、皆に気苦労を与えてしまったこともあり、せめてこれくらいは、と思ってお父様に進言したのだ。
 加えて来年は、誕生日の他に成人式と結婚式を控えている。その三カ月前には婚約式だ。

 これからのことも考えると、使用人への負担は計り知れない。そう思うと余計に彼らをねぎらいたかったのだ。

 というのは建前で。

「お待たせ、マリアンヌ」

 デザートを取ってきてくれたエリアスが、私にお皿を渡してくれた。

 そう、エリアスが堂々と参加できるために、このようなパーティーにしたのだ。

 養子の発表なら、身内だけでいい。
 特に邸宅の使用人に対しては、重要な事柄だった。

 親戚はというと、すでに叔父様は出席できる立場ではなく、祖父母もまた同じ。
 何せ未だに、顔を合わせていないのだから。

 ユーグには一応、招待状を送ったんだけど。『婚約式と結婚式に出席するよ』とやる気のない手紙が返ってきた。
 必要以上の接触は、叔父様に変な希望を与えてしまうから、なんだそうだ。

 相変わらず、ユーグも大変なんだな、と思った。

「なんだか、お父様が挨拶をする前に、お開きになりそうな勢いね」

 無礼講というのもあって、あちらこちらですでに出来上がっている人たちの姿が見えた。

 形としては立食パーティーだが、雰囲気は前世で言うところの、ホームパーティーに近い。

「大丈夫。皆、今日の主旨を知っているから」
「ならいいんだけど」
「心配か?」
「当たり前でしょう。今日の主役はエリアスなんだから」

 まぁ、私の誕生日パーティーではあるけれど。

 文句を言いながら、私はお皿の上にある、チョコレートケーキに向かって、フォークを突き刺した。そのまま口の中に入れる。

 う~ん。甘くて美味しい!

 次はチーズケーキ。イチゴのムースケーキもいいな。どれも一口サイズだから、目移りしちゃう。
 味から盛り付けまで、私の好みなんだもの。

「もう一回、取ってくる」

 すぐに空になったお皿を見て、エリアスは立ち上がった。私からお皿を回収することも忘れずに。

「いいよ。いくら小さくても、たくさん食べたら後が怖いから」
「それなら、体を動かしに行こう」
「え?」

 驚く私に、エリアスは何の躊躇もなく手を差し出した。
 周りには軽快な音楽が流れている。

「一曲、お相手願えませんか?」
「ふふふっ。舞踏会じゃないのよ」
「なら、俺たちも踊りにいかないか?」

 うん。そっちの方がしっくりくるかな。

 私はエリアスの手を取って立ち上がった。

 向こうではすでに、音楽に合わせて何組かが踊っている。それぞれ好きなように、思いのまま。
 その流れるような動きに合わせて、私たちも輪の中へと入っていった。


 ***


 結局、お父様が挨拶をした後、パーティーはお開きとなった。
 エリアスの養子の件は、すでに邸宅内に広まっていたらしく、大きな騒動は起きなかった。

 胸を撫で下ろしつつ、ふと思ってしまう。エリアスが外堀を埋めていたんじゃないかって。

「……マリアンヌ?」

 声をかけられてハッとした。そうだ。今は、半年以上先に控えている婚約式に向けて、ダンスの練習をしている最中だった。
 相手は勿論……。

「ごめんなさい、エリアス。ちょっとボーっとしてしまって」
「大丈夫。俺がフォローするから。それとも疲れた? 休もうか?」

 エリアスは相変わらず、スマートに気遣ってくれる。それが嬉しいような情けないような、微妙な気持ちにさせられた。

 だって、その役目は私の方でしょう。
 エリアスは他に、仕事を幾つか掛け持ちしているんだから。

 なのに私は、未だにフォローされる立場。
 これはもう、ヒロイン補正なのか、私自身が元々とろいのか分からない。

 そんな情けない気持ちのまま、私はエリアスに手を引かれて、長椅子に腰を下ろした。ダンスの先生も、表情を和らげている。

「婚約式まで期間はありますから、焦らずにやりましょう」
「はい。ありがとうございます」

 そう、婚約式にデビュタント。覚えなければならないダンスはたくさんあった。

 さらに半年以上も先、ということもあって、先生の言う通り、焦る必要はなかった。だけど、落ち着かない。

 多分、ダンスだけだったら、ここまで深刻に捉えなかったと思う。

 社交界デビューする、ということは、様々な貴族と交流することを意味する。今まで引きこもっていた私にできるのだろうか。という不安と共に、重大な案件が、もう一つ待ち受けていた。

 それは各家門の名前と爵位、歴史を頭に叩き込むこと。顔写真付きでもない貴族名鑑をひたすら覚える日々は、苦痛でしかなかった。

 そもそも前世が日本人の私に、横文字を覚えろというのが無理なのだ。
 公爵、侯爵、伯爵までならいい。子爵、男爵までいくと、数が多くて分からない。

 なのに、エリアスはもう完璧に覚えているというのだ。深刻なのを通り越して、挫折しそうだった。

 ハイスペック過ぎるよ、エリアス! おのれ、攻略対象者め!

「ゆっくりしていいよ、マリアンヌ。一時間、休憩にしてもらうことにしたから」

 先生が部屋の外に出ると、エリアスが水の入ったコップを持って来てくれた。

「でも……練習しなければ覚えられないわ」
「ダメだ。集中力が切れるくらいなんだから、無理しない方がいい」

 ううっ。ごめんなさい。ただの被害妄想です。ただ言ってみたかっただけなんです!
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