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第4章 17歳:婚約

第101話 「ちょっとエリアスに嫉妬していたの」

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 心の中で謝ったものの、劣等感は拭い去れなかった。

「俺はダンスよりも、マリアンヌの体調の方が心配なんだ。ニナさんから、あまり眠れていないって聞くし」
「それは……」

 勉強していないと不安だから、とは言えなかった。多分、私の気持ちなんて分からないと思うから。

 たとえ言ったとしても、エリアスはバカにしないと思う。私に甘いことは知っているから。お父様と同じで、融通が効かないところも。

「マリアンヌが倒れそうになっても、支えられる自信はある。けど、そんな姿は見たくないんだ」
「エリアス……」
「本当は言ってくれるまで待つつもりでいたんだけど。そもそも俺は堪え性がないから……」

 そうだね。エリアスは何でもできるし、切り替えも早い。
 一見長所に見えるけど、結果が早く出なければ、すぐに諦めて次へいくところは、短所でもあった。

「ふふふっ」

 そう思った途端、少しだけ自分の考えが馬鹿馬鹿しくなった。

「ごめんなさい。ちょっとエリアスに嫉妬していたの」
「嫉妬って、何に?」

 不安気な顔から血の気が引くように、青くなるエリアス。
 さらに目を泳がせて、自分が何をしたのか考えているようだった。

「眠れなくなるほど不安なことでもした?」

 私の手を取って、真剣な眼差しで問う。

「俺と、けっ……じゃなくて、婚約に不満があるとか。……まさか、レリアにあることないこと吹き込まれたんじゃ――……」
「手紙のやり取りはしているけど、エリアスが心配するほどの内容じゃないわ」
「じゃ、何に嫉妬して不安なんだ?」

 エリアスの必死さを見ていると、ますます私の悩みなんてちっぽけなものだと思った。

 私はエリアスの行動に。
 エリアスは私の感情に。

 不安(と嫉妬)を感じている。
 両者の間にあるベクトルが見えると、今度はその大きさが違うことに気がついた。いや、気づかされたのだ。

 だから言おう。言わなければ通じないし、解消もされないから。

「エリアスの器用なところ。私、とろいから、ダンスもまた完璧に覚えられないし、貴族名鑑だって全然。レッスンがある度に、その差を見せつけられているみたいで嫌だったの」

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!

 決心して言ったのに、羞恥心でここから消えたくなった。今すぐ、部屋から出ていきたい! ドアに向かって走りたいよ。

 でも、エリアスに手を掴まれていてできなかった。代わりに俯いて、目をつむる。

「それは、つまり、嫌いになったということか」
「え!? 何で? 違うわよ!」

 思わず顔を上げると、雨に打たれた子犬のような表情をしたエリアスが目に入った。
 子犬というほど小さくはないけれど、今はそういう議論をしている場合じゃない。

 何でそうなったかだ。

「でも、嫌だって」

 うん。言ったね。『いや』って。だけど『きら』いとは言っていないよ。
 もう一度言うから、勝手に脳内変換しないでね、エリアス。

「その対象は私であって、エリアスではないの」
「嘘だ。孤児院で同じことを言ってきた奴は、その後『だからお前は嫌なんだ』って捨て台詞を吐いたんだ。マリアンヌだって、そう思ったんだろう」
「思わないよ。その子はエリアスに敵わないから悔しくて、責任転嫁しただけ。私はそもそも、同じ盤上に立っているとは思っていないから、そんな筋違いはしないわ」

 何か今、情けないことを言った気がするけど、無視することにした。

「責任転嫁?」
「妬みを憎悪に変える方が楽だからね」
「マリアンヌは違うのか?」
「だって、ヒロインと攻略対象者が同じスペックなわけがないもの。比べる方がおかしいんだよ。うん。おかしいんだけど、ねぇ~。ははははは」

 私は笑って誤魔化した。
 でも、あえて言いたい。エリアスにそう言った子とは違う、と。

 けして、自分のことを棚に上げたわけじゃない。話している内に気がついたのだ。乙女ゲームがそういうものだってことを。

 攻略対象者はヒロインを守り。ヒロインは攻略対象者を支える。そういう構造であることを。

 だから、私がエリアスに敵う要素は、元々なかったのだ。

 すると今度はエリアスが笑い出した。

「同じ盤上に立っていないっていうのは、そういうことか」
「うん。だから私は、エリアスの何倍も努力する必要があるの」

 エリアスの横に立っても、恥ずかしくないようにしたいから。

 まぁその間の弱音や文句は、目を瞑ってほしい。

「これで分かってくれた? 私がエリアスを嫌うことなんて絶対にない」
「絶対に?」
「あり得ないわ!」

 自信たっぷりに言ったのにも関わらず、エリアスは顔をしかめたままだった。

「なら、俺からもいいか」
「えぇ、いいわよ」
「覚えられないのは、やり方に問題があるんだ。それを教えるから、夜更かしはするな」
「え?」
「ダンスはともかく、貴族名鑑の方はちょっと裏技があるんだ」
「ん?」

 ナニヲイッテイルノ?

「そもそもあれは、家門と名前を覚えたって、本人かどうかは分からないだろう。絵や写真がないんだから」
「だってそこまで載せたら、今の数倍、分厚い本になってしまうわ。作る方も大変でしょう」
「そう。だからケヴィンに頼んで、重要な人物の絵姿を用意してもらったんだ」

 何ですと!?

「これがあれば覚え易いだろう」
「……確かに、裏技だね」

 攻略対象者ハイスペック攻略対象者ハイスペックが手を組むと、チートみたいなことが起こるんだなぁ、と呆然を通り越して感心したのは、言うまでもない。
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