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第1章 一緒に潜入調査をするんですか?
第27話 潜入開始
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夕暮れに染まるノハンダ伯爵邸。羽振りは良いが、成金ではない証拠、とばかりに屋敷は重厚感があり、趣深かった。
このような建物なら、王族を招くのに相応しい舞踏会が開かれてもおかしくはない。けれど、残念なことに、今宵は仮面舞踏会。
同じ王族を招くとはいえ、相応しいとは言い難かった。
宝の持ち腐れ。いや、その宝を最大限に活かしているのかもしれなかった。
「ルフィナ嬢……」
馬車からヨロヨロと出てくるカーティス様。少しだけ罪悪感を抱いたが、浮かれている方が悪いのだ。
私は心を鬼にして声をかけた。
「少しは頭が冷えましたか?」
「強烈な冷水を、顔面にかけられた気分だ」
「……自業自得だという自覚はありまして?」
「あぁ。ルフィナ嬢の信頼を失わないように努力しよう」
いや、ここは近衛騎士団長として、ではないの?
本当に反省しているのかしら。もしかして、私が怒った理由を理解できていない?
「カーティス様。今夜はとても長い夜になると思います。今から気を引き締めていると疲れてしまいますが、緊張感だけは持っていてくださいね」
「……それは俺が言いたかったんだがな」
「でしたら、このような姿ではなく、格好いい姿を見せてください。迎えに来てくれた時の佇まいは、とても素敵でしたのに」
思わずカーティス様の襟に手を伸ばした。別に縒れているわけではなかったが、襟や上着を整える。
年上だけど、何だか世話のやける旦……いや、手のかかる兄みたい。クラリッサにも、幼い頃はこうして世話を焼いていたっけ……。
「ルフィナ嬢……」
物思いに耽っていると、頭上から悲痛な声が聞こえてきた。顔を上げた瞬間、私はようやく、自分のしでかしたことに気がづいた。
口元を抑えるカーティス様。よく見ると耳が真っ赤だった。
「っ!」
自分に好意を寄せている相手にこんなことをするなんて、説得力に欠けるどころか、何てはしたないことを!
ごく自然に見えるように、私はカーティス様の上着を軽く叩いてから、距離を取った。
「すみません。その、少し気になったものですから」
「いや、それ自体は構わない。相手も油断するだろうから」
確かに。見る人によっては仮面をしていても、相手が誰なのか分かってしまう。だからそれを逆手に取る、というわけだ。
数日前の外出で、カーティス様との関係が、どれほど周知されているのかは分からない。けれど私たちは遊びに来た、と相手に思わせる必要があった。
コホン、と一つ咳払いをすると、カーティス様は腕を差し出した。どうやら先ほど私が言ったことを、守ってくれたらしい。
「そうですね。私も肝に銘じておきます」
服の上からでも分かる、逞しい腕に触れながら私は微笑んだ。さらにカーティス様に寄り添い、恋人を演じる。
周りにそう、認識させるために……。
***
事前に用意していた黒い仮面を付けて、私とカーティス様は会場に入る。本来は馬車の中で着用するべきものだ。けれど、この仮面舞踏会は普通の娯楽とは違う。
ノハンダ伯爵邸で開催されることから分かるように、資金集めが目的だった。そのため、来場客は一定の金額を支払わなければならない。
さらにその金額を上乗せしたことにより、待遇が分かれる。オークションへの参加、VIPルームへの立ち入り。
もっと上乗せをすれば、シュッセル公爵へ取り次いでもらえるかもしれない。そんな噂もあるらしい。そのため、主催者側は相手が誰だか把握していなければならないのだ。
けれどノハンダ伯爵の思惑など私たちには関係ない。あくまで目的はドリス王女殿下だ。
彼女がどれだけ支払っていようがいまいと、立ち塞ぐ者などいないのは分かっている。その隣にシュッセル公子がいる限りは。
「情報不足が否めなかったとはいえ、参加人数くらいは把握すればよかったですね」
会場に入った途端、流れてくる音楽。ホールで踊る人の流れ。それを壁際で眺める人や、長椅子に座って談笑している人もいる。
給仕をする人も合わせたら、どれだけの人数がこの会場にいるのだろう。
「大丈夫だ。先に会場入りしていた者たちがいる。代わる代わる来場してきた者たちをチェックしていれば、自ずと分かるだろう」
カーティス様の言う通り、会場に入ってしばらくすると、私たちに近づいて来る者がいた。
私は思わず、体を強張らせる。
「安心してくれ。ルフィナ嬢も知っている者だ」
耳元で囁かれながら、腕を掴んでいる手にそっと触れる。
周りにいる人の数が多いから、それが一番いい方法なのは分かっているけど……。それに知っている者って、もしかして……。
「こんばんは。素敵な夜ですね」
目の前の女性は、スカートの裾を軽く持ち上げて挨拶をした。金髪の奥にある黒い仮面。さらに奥にある赤い瞳を見て、私はアッと息を呑んだ。
そうだ。なぜ彼女のことを忘れていたのだろう。あの日、仮面舞踏会の護衛をすると言っていたのに。カーティス様に変更しないでほしいと、頼み込んだのは、他ならない私自身。
ジルケ・ブルメスター卿。
心の中で、私は彼女の名前を呼んだ。
このような建物なら、王族を招くのに相応しい舞踏会が開かれてもおかしくはない。けれど、残念なことに、今宵は仮面舞踏会。
同じ王族を招くとはいえ、相応しいとは言い難かった。
宝の持ち腐れ。いや、その宝を最大限に活かしているのかもしれなかった。
「ルフィナ嬢……」
馬車からヨロヨロと出てくるカーティス様。少しだけ罪悪感を抱いたが、浮かれている方が悪いのだ。
私は心を鬼にして声をかけた。
「少しは頭が冷えましたか?」
「強烈な冷水を、顔面にかけられた気分だ」
「……自業自得だという自覚はありまして?」
「あぁ。ルフィナ嬢の信頼を失わないように努力しよう」
いや、ここは近衛騎士団長として、ではないの?
本当に反省しているのかしら。もしかして、私が怒った理由を理解できていない?
「カーティス様。今夜はとても長い夜になると思います。今から気を引き締めていると疲れてしまいますが、緊張感だけは持っていてくださいね」
「……それは俺が言いたかったんだがな」
「でしたら、このような姿ではなく、格好いい姿を見せてください。迎えに来てくれた時の佇まいは、とても素敵でしたのに」
思わずカーティス様の襟に手を伸ばした。別に縒れているわけではなかったが、襟や上着を整える。
年上だけど、何だか世話のやける旦……いや、手のかかる兄みたい。クラリッサにも、幼い頃はこうして世話を焼いていたっけ……。
「ルフィナ嬢……」
物思いに耽っていると、頭上から悲痛な声が聞こえてきた。顔を上げた瞬間、私はようやく、自分のしでかしたことに気がづいた。
口元を抑えるカーティス様。よく見ると耳が真っ赤だった。
「っ!」
自分に好意を寄せている相手にこんなことをするなんて、説得力に欠けるどころか、何てはしたないことを!
ごく自然に見えるように、私はカーティス様の上着を軽く叩いてから、距離を取った。
「すみません。その、少し気になったものですから」
「いや、それ自体は構わない。相手も油断するだろうから」
確かに。見る人によっては仮面をしていても、相手が誰なのか分かってしまう。だからそれを逆手に取る、というわけだ。
数日前の外出で、カーティス様との関係が、どれほど周知されているのかは分からない。けれど私たちは遊びに来た、と相手に思わせる必要があった。
コホン、と一つ咳払いをすると、カーティス様は腕を差し出した。どうやら先ほど私が言ったことを、守ってくれたらしい。
「そうですね。私も肝に銘じておきます」
服の上からでも分かる、逞しい腕に触れながら私は微笑んだ。さらにカーティス様に寄り添い、恋人を演じる。
周りにそう、認識させるために……。
***
事前に用意していた黒い仮面を付けて、私とカーティス様は会場に入る。本来は馬車の中で着用するべきものだ。けれど、この仮面舞踏会は普通の娯楽とは違う。
ノハンダ伯爵邸で開催されることから分かるように、資金集めが目的だった。そのため、来場客は一定の金額を支払わなければならない。
さらにその金額を上乗せしたことにより、待遇が分かれる。オークションへの参加、VIPルームへの立ち入り。
もっと上乗せをすれば、シュッセル公爵へ取り次いでもらえるかもしれない。そんな噂もあるらしい。そのため、主催者側は相手が誰だか把握していなければならないのだ。
けれどノハンダ伯爵の思惑など私たちには関係ない。あくまで目的はドリス王女殿下だ。
彼女がどれだけ支払っていようがいまいと、立ち塞ぐ者などいないのは分かっている。その隣にシュッセル公子がいる限りは。
「情報不足が否めなかったとはいえ、参加人数くらいは把握すればよかったですね」
会場に入った途端、流れてくる音楽。ホールで踊る人の流れ。それを壁際で眺める人や、長椅子に座って談笑している人もいる。
給仕をする人も合わせたら、どれだけの人数がこの会場にいるのだろう。
「大丈夫だ。先に会場入りしていた者たちがいる。代わる代わる来場してきた者たちをチェックしていれば、自ずと分かるだろう」
カーティス様の言う通り、会場に入ってしばらくすると、私たちに近づいて来る者がいた。
私は思わず、体を強張らせる。
「安心してくれ。ルフィナ嬢も知っている者だ」
耳元で囁かれながら、腕を掴んでいる手にそっと触れる。
周りにいる人の数が多いから、それが一番いい方法なのは分かっているけど……。それに知っている者って、もしかして……。
「こんばんは。素敵な夜ですね」
目の前の女性は、スカートの裾を軽く持ち上げて挨拶をした。金髪の奥にある黒い仮面。さらに奥にある赤い瞳を見て、私はアッと息を呑んだ。
そうだ。なぜ彼女のことを忘れていたのだろう。あの日、仮面舞踏会の護衛をすると言っていたのに。カーティス様に変更しないでほしいと、頼み込んだのは、他ならない私自身。
ジルケ・ブルメスター卿。
心の中で、私は彼女の名前を呼んだ。
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