サクラダツープラトン

リタ

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2 陰陽師と刑事

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 結局説明はそこまでで、山城は刑事部長室を追い出された。もちろんクラウドと一緒にだ。
 行けと指示されたのは捜査資料室だ。仕方がないから向かうしかない。

「で、インヨウシって何なんだよ。占い師じゃねぇのか」
「律令制度の官職です」
「はぁ?」
「ジョークだったんですが。難しすぎました?」
 廊下を歩きながら、クラウドが笑った。丁度すれ違った警察官が見惚れて立ち止まった。

 山城はクラウドを睨み上げた。
 オンミョージくらい知っている。マンガや映画に出てくる、日本の魔法使いみたいなものだ。

「ふざけんなよ。しょっ引くぞ」
「どこにですか? ここ、警察ですよ」
 山城はフンと鼻息を噴いた。

「昨日、あなたが符を割ったせいで、術が台無しになりました。あれにはそこそこ大きな力を込めていましたから、反動があなたの星脈を壊してしまった」
 クラウドが少しだけ、改まった声で言った。
「持って生まれた運が壊れたんです。何か心当たりはありませんか?」

「やっぱりお前が何かやったんじゃねぇか!」
「壊したのはあなた自身です」
「センスゼロだな。ちっとも面白くねぇぞ」
「面白い話じゃありませんからね」
 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
 スカしたというにも限界のあるムカつく態度だ。

 だが、確かに、運が壊れたというのには心当たりが無くもない。

 今朝に限って目が覚めず、挙げ句目覚まし時計が壊れていて、新しいスマートフォンを便器に落とした。自分の番でコンビニレジが壊れ、トラックに牽かれそうになり、異動辞令だ。

 突然、不運と不幸が連続して襲いかかってきている。

「一体、何がどうなってやがる」
 口の中で呻いたところで、資料室に辿り着いた。

 捜査資料室というのはその名の通り、資料を保管するための倉庫室だ。捜査資料は膨大で、データ化が進んだとはいえ、紙のファイルは減る気配もない。

 捜査一課の刑事である山城に縁が無い部屋でもないが、ほとんど入ったこともなかった。
 事件は毎日起きるし、過去のことをほじくり返すような暇はない。

 ドアを開けると、埃っぽい部屋だった。書架がいくつも並んでいて、手前にデスクが三つ、置いてある。一応、コの字型に並べてあるから、デスク島を作ったつもりなのだろう。

「山城警部補? それに角鹿さんかな?」
 窓を背にした上席に座っていた白髪交じりの男が顔を上げた。スーツだから刑事職、年齢は山城よりずっと上だ。制服を着ていてくれたら階級も一目でわかるが、とりあえずこの部屋の責任者とみていいだろうと思った。

「あ、はい」
「僕は国枝といいます。ここは警視庁刑事部捜査一課特命捜査対策室。略して特命捜査第8係。担当するのは未解決事件、いわゆる迷宮事件です」
 国枝の言葉は刑事部長室で聞かされたのとほぼ同じだ。ということは、これが新しい上司ということである。
 よく見れば、入り口に近い方のデスクの上に載っている段ボール箱からは、山城の私物が覗いていた。

「山城君。君、今日からうちの子だよ。よろしくね」
「う、うちの子……」
「刑事部長の肝いりで特別編成された極秘部署だって。テレビドラマみたいでしょ。一見すると資料整理班、その実態は迷宮入り事件専門の捜査部門! ってやつ。……現実にやっちゃうところがすごいよね、権力」
「え、あ、はあ……」
 国枝はひとりで楽しそうに笑って、山城の目の前に立った。

「山城君、テレビ好き?」
「は? まあ、普通ですかね」
「三井君は大好きなんだよね。特に刑事ドラマとノンフィクション風の特番」
 さも困ったと言わんばかりに肩を竦める。山城はぽかんとして、国枝の視線を返した。

「CIAの超能力捜査官とか、FBIの霊能力者とか。見たことあるでしょ。遺体が埋まってる場所を透視したりするアレ」
「あ? ああ、ああー……あ! まさか、それで陰陽師? 日本版だから?」
「大正解。さすがは現場叩き上げだ」
 パチパチパチと気の抜けた拍手をされても、褒められた気がするはずもない。

「……マジか」
 山城はがっくり項垂れた。
「まあとにかくそういう訳で、運転手は君で車掌が僕。角鹿さんは特別顧問ということになりました」
 脱力した山城は置いてけぼりに、国枝がクラウドに向き直った。
「どうぞよろしくお願いします」

「陰陽道は占いでも超能力でも霊能力でもありませんが、私にできることなら全力を尽くします」
「善良なる市民のご協力、感謝します」
 クラウドの殊勝な物言いに、正しい挙手礼で国枝が応じる。まるで茶番だが、現実なのだ。

 現実なのだ。

「……マジか」
 山城の魂の嘆きは軽く無視された。
 昼にもなっていない時間だったが、正直、いますぐに帰りたかった。もうくたくただ。

 三つしかないデスクのひとつ、山城の目の前にはイケメンが腰を下ろした。陰陽師・角鹿クラウドだと。ふざけた話だ。

「じゃあ、早速。お二人にはこの件をお願いしましょうか」
 6係から持ち込まれていた私物段ボール箱を新しいデスクに片付け終わったところで、国枝が言った。
 年季の入った分厚いリングファイルを取り出して、角鹿に手渡す。

 は?

「ちょっと! 捜査資料を部外者に見せていいんですか、係長! こんなうさんくさいヤツ!」
 山城は慌てて、クラウドからファイルを取り返した。

「俺達警察官には守秘義務ってのがあるでしょうが!」
「角鹿さんは8係の顧問です。部外者じゃありませんよ、山城君」
 国枝が呆れるが、これは山城の意地でもある。ファイルを確保し、断固として拒否した。

「じゃあ、必要なところだけ読み上げてください。それなら問題ないでしょう」
 クラウドがしたり顔で、上着のポケットから積み木と鏡を取り出した。

「何だよ、そのオモチャは」
「卦を立てる道具です」
 クラウドが言った。

 そもそもケが何なのか、山城は知らない。立てたからどうなるのかも見当がつかない。噛みついてやろうかと思ったら、国枝が咳払いをひとつした。
 さっさと進めろということらしい。

 ファイルにプリントされている『世田谷区八幡山小二女児殺害事件』については山城にも覚えがあった。丁度、警察官を目指すと決めた頃の事件だった。

 被害者は日野結夢、事件当時八歳。
 早朝の児童公園で遺体が発見された。死因は窒息死だったが、扼痕どころか乱暴された形跡さえなかった。遺体からは除草剤が検出されたものの、致死量ではなかった。

 当初、ワイドショーや週刊誌が身内の犯行と決めつけた記事を取り上げていたのも覚えがあった。

「事件発生日時と場所を」
 クラウドに促されて、山城はファイルを開いた。
「20XX年8月17日午前六時二分世田谷区八幡山4丁目の児童公園で遺体発見」
「亡くなった方の生年月日と性別」
 クラウドが続けるから仕方が無い。山城はページをめくった。

 クラウドは積み木を並べて、鏡の向きをずらすように動かした。いや、鏡というよりは方位磁石に似ているかもしれない。真ん中に小さい星型の鏡があって、いかにも占いの小道具っぽい。

 山城は鼻を鳴らして、それでも答えてやった。
「えーっと、20XX年4月4日生まれ、女の子だ」
「卦は風火家人ふうかかじん
「……どういう意味だよ。説明しろ」
「一般的には家庭円満を示す卦です」
「なんだそりゃ。事件に関係ねぇこと言うな」

 クラウドは山城の言葉を気にした様子もなく、関係ないかどうかはわかりませんよ、と、意味深に言って、
「亡くなった方にご家族は?」
と、質問を続けた。

 国枝は山城の反対側から、興味津々と言わんばかりの様子でクラウドの手元を覗き込んでいる。時々顎を撫でる仕草も含めて、縁日の夜店を冷やかしているヒヤカシ客みたいな動きだ。

 山城は国枝を横目に睨んだが、いい笑顔を返されただけだった。

 このおっさん、絶対に面白がってやがる

 自分が嫌々やっていることを面白がられるのは不愉快だ。
 山城は鼻頭に皺を寄せ、クラウドの占い盤に身を乗り出した。国枝の視線を遮るためだ。クラウドが顔を顰めたが、無視だ。

 ただファイルを斜めに持ち上げただけだ。取り落とすほど重いものでもないし、山城は非力ではない。
 普通なら、どうということもないだろう。

 そう、普通なら。

「あ……地震?」
 建物がぐらっと揺れ、国枝がつぶやいた。
 地震大国である我が国では震度3くらいの揺れなら日常茶飯事だ。驚きはないが、あれ? っと思うことはある。

 その、『あれ?』がいけなかったのか。
 山城の手が緩み、ファイルが落ちた。その先にはクラウドのデスクがある。落ちてもいいが、中身が見えてしまう。それはいけない。
 部外者に捜査資料を見せるわけにはいかないのだ。

 慌ててファイルを掴んだ山城はバランスを崩した。いくら気に入らないといっても体当たりをするのはダメだ。相手はギリギリ、善良な一般市民なのだ。

 そこまで考えたわけではない。が、咄嗟に判断したのは間違いない。
 山城は体を傾かせてクラウドを避け、自分からデスクの上に乗り上げた。バランスをとろうとして、デスクに手を突いたのは偶然だ。

「……っいてぇ!」

 そう叫んだところで、山城の目の前が真っ暗になった。

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