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4 空っぽの星脈
しおりを挟む「占い盤で表現するのは星脈です。壊れる直前、盤面は殺人事件の被害者の生年で、事件当日の卦が立てられていました」
語りながら、クラウドは自分の席に座り直した。
山城は睨みつけたままだ。国枝は相変わらずの野次馬姿勢で突っ立っている。成り行きを面白がっているのは間違いない。
「あなたが見た『夢』は『その日の被害者の姿』ではないかと思います」
「そんなことできないっつったのはお前だろうが」
「普通はできません。でも、あなたは星脈を失ってるんです。空っぽの星脈が占盤のものを読み込んで、見せた。そう考えることはできます」
「あ? あー……?」
山城清澄は現実主義者で、現物主義者だ。実際にあるものが好きだから、なんとかペイより現金が好きだし、二次元の恋人より生身がいい。いや、そうじゃなかった。
とにかく、雲をつかまされるような話は苦手だし、嫌いだ。占いも呪いもそういう範疇に入る。
山城は咳払いした。
「もうちょっと詳しく説明しろ」
「元々はコーヒーの入っていた缶でも、中身を捨てたら他の飲み物を入れることができる」
「あ、なるほど。最初からそう言えよ。小難しい言い方すんな」
「……配慮が足りませんでしたね」
クラウドが苦笑いして、すぐに表情を引き締めた。キリッとした顔をするとさらにイケメン度が増す。
「つまり、あの『夢』は被害者の……」
あの日、日野結夢は殺された。いや、半分は自殺だ。小さい女の子が自分で死ぬことを選ぶなんて考えたくもないが、『ママのところへ行く』と言っていた。
父親が言い聞かせたことを、信じ込んでいたのだろう。
山城は放置してあったファイルを掴んで開いた。被害者家族のページはすぐに見つかった。
日野健二、事件当時31歳。クリーニング店経営。妻はその四年前に死去。通り魔殺人事件に巻き込まれたのだ。そっちの事件はさっさと解決している。現場は八幡山児童公園だった。
すべてがパッチリと嵌った。
山城はファイルを国枝に押し付けた。
「ちょっと出てきます」
「角鹿さんも一緒に出かけてね、山城君」
「はぁ?」
なんでもないような言いっぷりに腹を立て、山城はクラウドを見た。クラウドは肩をすくめ、立ち上がった。
ついて来るつもりだ。
「待ってくださいよ、係長! こんなド素人の部外者連れて被害者ん家なんて行けるわけないでしょうが!」
「角鹿さんは部外者じゃありませんよ。はい、いってらっしゃい~。吉報を待ってるね~」
国枝が調子良くひらひらと手を振った。
山城は覆面パトカーのハンドルを握りしめた。助手席のスカしたイケメンはまっすぐ前を向いている。
長年、殺人事件を追ってきた刑事として、迷宮入り事件が解決できたら喜ばしいと思う。だが、占いに頼るというのはどうなのだ。夢に見たからなんて、犯罪捜査として成り立っていない。
だが、手がかりではあるのだ。
あの夢が本当のことだったとしたら、無視できない。周辺から突っついて、真実が出て来ることだってある。
邪魔なのは部外者だ。
百歩譲って占いまでは許してやれても、捜査に着いてこられてはたまったものではない。
「……てめぇ」
「角鹿です」
「どんなコネがあるんだよ。どうやってつけ込んだ」
顔を見ずに話すには、車の中は最適だ。他人に話を聞かれる心配もない。
「守秘義務です。言えません」
「はっ! 笑わせやがる!」
山城が吐き捨てたが、クラウドは反論もしなかった。
その後は無言のまま、被害者宅に到着した。
被害者・日野結夢の自宅は住宅街にあって、クリーニング店を営んでいる。店主は父親だ。
店のすぐ側にあったコインパーキングに覆面パトカーを入れ、山城はクラウドとともに店の戸を開けた。
多少の変化はあるが、夢で見た通りの店だった。店頭から入ったから、カウンターの奥は見えないが、ガラス戸があって事務用の小部屋があり、その先が自宅部分だ。
「いらっしゃいませ」
クリーニング済みのビニール袋を被った衣類を掻き分けて、店奥から男が出てきた。日野健二、被害者の父親である。
山城は捜査一課を示すバッジと警察手帳を日野に見せた。日野は息をのみ、顔を強ばらせた。
「ちょっと聞きたいことがありましてね」
「いつもの刑事さんじゃないんですか」
「いやいや、ちょっと部署が違うんですよ」
山城は曖昧に笑ってやった。
事件からしばらくの間、色々と騒がれていた日野だが、娘を殺したという証拠は挙がっていない。現在も所轄所で継続捜査の扱いになっているから、担当刑事もいるはずだ。
所轄署の担当者に連絡するのを忘れていたぜと思ったが、到着しているのだからもう遅い。
山城は手帳を取り出し、いつもの捜査ポーズになった。
「日野さん、あの日のことをもう一度、教えていただけませんか」
「もう、あの話は……」
「奥さんとお嬢さんを本当に大切に思っていらしたんですね。とても平和で、円満な家庭だった」
口渋る日野に、クラウドが割り込んだ。
「そ……そうです。妻が、いなくなるまでは、本当に……」
最初は驚き、だんだん悲しそうに日野が答えた。
最愛の妻を事件で失い、一人娘まで殺されてしまった男の悲哀がどれほどのものか。
だが、あの夢が本当なのだとしたら……?
山城は少し考え、クラウドを片手で制した。
捜査なのだ。聴取は刑事が行わねばならない。
「日野さん。あなたはお嬢さんを愛してた。可愛いと思っていた。大切にしてた。……間違いないですね?」
「はい」
「ならどうして、あの子が除草剤入りのジュースを飲むのを止めなかった? あんたは迷ってたはずだ」
『夢』で見た、あの公園でのやりとり。
薬の入ったジュースを、苦いといいながら女の子は飲んだ。父親、つまり日野健二は、それをただ不安そうに見ていただけだ。
「除草剤を飲んだだけなら、救急に駆け込んだらなんとかなった。なのに、あんたは苦しがる娘の首に手を」
「な、何を根拠にそんな! 俺が結夢を殺したっていうんですかっ! ちがう! そんなことしてない!」
日野は叫び、山城を睨みつけた。
「帰れっ! 帰ってくれっ!」
「図星なんだろ?」
山城も怯まない。令状はないが、このくらいならまだ事情聴取だ。
そこに、また、クラウドが割り込んできた。
「あなたは家族三人で仲良く暮らしたかった。それがお嬢さんの望みでもあった。おふたりとも、亡くなった奥様に会いたかったんですね」
占い師のオーラというのか。クラウドに逆らいにくい、威圧を感じた。
日野が黙り、山城は息を飲んだ。
「望みは叶わなかった。彼岸と此岸、二人と一人に別たれてしまった。あなたは後悔している。あなただけ、置いていかれてしまった。……そういう卦が出ています」
続いたクラウドの言葉に、日野がいよいよ真っ青になった。
釣り上げられた魚のように口をパクパクとさせ、目が潤んでいく。
あからさまに顔から血の気が失せていく有様を、山城はよく知っている。
罪を曝け出そうとする者の姿だ。
もうひと圧し。
「マスコットはどうした。ネコちゃんのやつだ」
「……え?」
「あの子が、結夢ちゃんが作ったヤツだよ。捨てたのか?」
「な……なんで、知って……? 刑事さんが知ってる、はずは……」
呆然として、日野が膝から崩れた。
山城はカウンターを乗り越え、日野を助け起こした。
「結夢を、あの子を、一人で逝かせてしまって、追い切れなくて、ずっとずっと、謝りたくて……っ!」
「認めるんだな? あんたが娘を殺した」
殺人、いや、自殺幇助か。
山城が見た『夢』では、女の子は抵抗どころか自分から毒を飲んだ。
ただ、最後の最期、あの子は父親に助けを求めていた。声にはならなかったが、山城は知っている。
「同行してもらえますね?」
山城の問いに、日野は力無く頷いた。
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