サクラダツープラトン

リタ

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5 シャンパンサワー

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 所轄署に連絡すると、すぐに担当捜査員が飛んできた。猪飼という警部補で、山城より十年は年次が上に見えた。

「本当にあんたなのか! なんで今頃自供すんだよ!」

 そう怒鳴りつけた猪飼警部補は、無言で俯いたままの日野を連行していった。

 正直、猪飼の気持ちはよく解る。
 占いや、他所から首を突っ込んできたヤツに現場をかき回されるのはまったくもって面白くない。

 所轄署のパトカーを見送り、山城はため息を吐いた。斜めに見上げたクリーニング店は、たしかに女の子の目で見たものと同じだ。

 不本意だが、『夢』は正しかった。
 認めたくない。怪しい占い師に礼も言いたくない。
 山城は奥歯を食いしばった。
 
 と。

「じゃあ、私はここで。今日はもうやることもないでしょうし」
 クラウドが言って、軽く肩を竦めた。

「勝手にしろ」
 鼻を鳴らしてあかんべえしてやると、クラウドが「あ」と小さな声を出した。

「なんだよ」
「言い忘れるところでした。三百万円です」
「あ?」

「三百万円あれば、あなたを助けることができます」
「……は?」
「壊れたあなたの星脈を再び結ぶ術に必要な金額です」
「てめぇ、気味悪いことを言って現役刑事を恐喝する気か。いい度胸じゃねぇか」
「何かあったら連絡を」
 言いたいことだけ言い残し、クラウドはさっさと立ち去った。

「誰が連絡なんかするか! 二度とツラ見せんなっ!」
 山城が力一杯、罵倒文句を背中に投げた。




 山城が帰着すると、終業定時間近の庁舎内は騒ぎになっていた。
 長い間未解決だった未成年者殺人事件の犯人が逮捕されたのだ。マスコミだって注目する。

 刑事部長による記者会見が開かれることになったようで、刑事部全体がどことなく浮ついていた。

 山城は、もちろん、記者会見には関わりがない。
 大体、警視庁詰めの記者を集めた会見の内容など、聞かなくても解る。「詳細は調査中です」「今後もいわゆる迷宮入り事件撲滅を目指して参ります」程度のものだ。くそがつくほど面白くない。

「くそったれ!」

 山城はブツブツ悪態をまき散らしながらエレベーターのボタンを押した。とりあえず、国枝係長に報告だ。クラウドが勝手に帰ったことも付け加えてやる。ついでに、二度とあいつを呼ぶなとも進言しよう。

 そう決めたところで、エレベーターが到着してドアが開いた。

「いたいた、シロさん!」
 降りてきたカゴにのっていたのは、平野だった。脳天気な顔をして、山城を探していたようだった。

「シロさんとこのマンションの大家さんから電話があったんすよ。なんか大変なことになってるっぽいっすよ」

 何で職場に連絡が、と思ったが、山城個人のスマホは水没故障したのだったと思い出した。とにかく、店子に電話するほどの酷い状況というと、何だ。
 火事か、泥棒か?
 山城は大慌てで自宅に戻った。





「403号室の田中さんとこが水漏れで。洗濯機の配水管がもうアレだったんだって。それでそこから、こうね、こう、ピラミッド型っていうの? そーいうカンジで水がだだだだだーって。アレみたいよね、ほら、テレビで見たことあるヤツ、シャンパンサワーっていうんだよね、アレ」

 開けっぱなしの玄関で待ち構えていた大家が言った。自称六十代前半、実際は七十代後半と思われる大家は、老婦人というよりは圧倒的に婆さんという単語のほうが似合うタイプだ。

「……それを言うならシャンパンタワー。で、これ、どうすりゃいいんすか」
 自宅の天井から雨が降っていた。シャンパンタワーなんてかわいらしいものではなく、土砂降りだった。

 広めのキッチンとベッドルームオンリーのいわゆるワンルームタイプの部屋である。物が少ない山城の部屋だが、基本的な家電品やベッド、着替えや本はあった。ぱっと見た感じ、壁もカーテンもびしょ濡れで、床には水が二センチくらい貯まっている。
 軽く全滅だ。

「うち、建物が古くてね、アレなんだって。だからひび割れとかがあってね、もうあっちこっちから水がびゃーって。きっちり全部、修理しないと無理じゃないかなって前から言われてたのよねぇ」
「前?」
「そう。だから思い切って手を入れようって、翔ちゃんとも相談して決めたのよ」
「翔ちゃんって誰」
「孫よ。すごく頼りになるんだから。それでね、山城さんには悪いけど、部屋もこんなだし、来月で契約切れだし、お引っ越しして貰っていいわよね」
「はぁ? え? はあ?」
「損害保険は出ると思うの。敷金は全額お返しするし。お部屋、早く探してね。それじゃあね」

 部屋の中のどしゃぶり雨より勢いよく捲し立て続けた大家は、少女みたいに可愛らしく手を振って逃げていった。

「は……え、えええ?」

 朝、起きたら目覚まし時計が死んでいた。
 トイレに行ったらスマホを水没させ、コンビニではレジが壊れ、トラックに牽かれそうになって水浸しになった。
 知らないうちに新設のよくわからない係に異動になった挙げ句、詐欺師みたいな占い師と組まされる羽目になって、マンションが水漏れ、家財道具一式水没。
 住むところも着替えもない。←イマココ だ。

「なんでこんな、急に……ツいてないんだ」

 ぷかぷかと浮いた革靴の靴底を眺めながら呻いた山城の脳裏に角鹿クラウドの姿が蘇った。

『運の尽きというやつです』

 あの白い札。
 あれを砕いてしまったからなのか。
 呪われてしまって、こんな酷い目にあっているのか。

 山城はポケットに入れっぱなしだった貸与品の携帯電話を握りしめ、手帳からぶよぶよの名刺を取り出した。

 番号を入れる指先が冷たく、かんじかんでいるように感じた。
 耳の奥でコールが鳴る。
 我に返って、携帯を切った。


 おれは
 いま
 なにをした


「弱気になってんじゃねーぞ、俺っ! あいつはペテン師! 詐欺師! 占いなんか気の迷いだってぇの!」
 勢いで浮いていた革靴を蹴っ飛ばすと、握りしめていた携帯電話が鳴った。

 画面にはつい今し方、山城自身がプッシュした番号が表示されていた。

「ぐあぁっ!」
 吠えて、切る。
 切ったが、また鳴る。また切る。
 三度繰り返して、業を煮やした。

「さっきのは間違い電話だ、勘違いすんなよ、くそったれ野郎! イケメンだと思ってスカしやがって!」
 受話と同時に大声で喚いてやった。

 が。

『……山城さん?』
 蚊の鳴くような、か細い声がした。

「……おい?」
 声は確かに角鹿クラウドのものだ。しかし、調子が違う。弱々しいを通り越して、消えそうだ。
 現場叩き上げの刑事の勘が、異常事態だと告げてくる。

 どんなに気に入らない野郎でも善良な一市民だ。

「どうした」
 山城はそう尋ねてやった。

『助けてください……』
 クラウドの言葉は震えていた。

「お前、今どこだ。どうした。何があった」
「自宅です。ヤツが……寿限無がいて、それで、バスルームに、隠れて」
 戸板に水そのままに、つるつるしゃべっていた男の言が不明瞭かつ意味不明だ。動揺、いや、怯えている。

「ジュゲム? 誰だ、そりゃあ」
「もうだめです、お願い、助けて」

 ぐぐっと大きく震えた声はべそをかきはじめたからか。人間、パニックになると汗も涙も勝手に出てくるものなのだ。

「わかったから落ち着け。お前んちどこだ? 名刺の住所でいいのか? あ?」
 だったら港区だ。近いとは言いにくいが、遠くもない。タクシーを使えばすぐだ。

「じっとしてろよ、すぐに行く」
 山城は通話を切って水浸しの自宅を後にした。

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