サクラダツープラトン

リタ

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8 不本意コンビ

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 事情聴取に付き合った後で本庁に戻り、報告書を書いたら一日が終わった。
 水没した自宅のアレコレとか、今晩の寝床とか、面倒事がたくさん残っているのに、ぐずぐずしている意味はない。山城はさっさと帰ることにした。

 が、空気を読まない者がいた。

「山城君! 待って!」
 資料室を出ようとした山城の肩を、国枝係長がぽんと叩いた。

「何すか、一体」
 嫌だというのを隠さずに返すと、国枝がにっこりと笑顔になった。
「飲みに行くよ。親睦会だよ」

 警察組織はピラミッド型。
 上席の者には逆らえないのが常。 


 上機嫌な国枝に連れていかれたのは居酒屋だった。簡単に間仕切りしてある四人用のボックス席には、一応、『ご予約』という札がついていた。

「何でこうなるんだ……?」
 運ばれてきた生ビール中ジョッキを呆然とみて、山城は思わず呟いた。

「言ったでしょう。親睦会だよ。事件解決だし。我が8係としては上々の滑り出しだよ」
「百歩譲ってそういうことにしましょう。けど、なんでこいつまでいるんですか」

 ボックス席に詰め込まれたのは三人、山城と国枝、それに店の真ん前で合流したクラウドだ。
 クラウドは国枝と並んで、山城の真正面の席に収まっている。

「言ったでしょう。運転手が君で車掌が僕で」
「私は特別顧問、ですね」
「そう!」
 楽しそうに乾杯する国枝とクラウドに、山城は軽くない頭痛を感じた。

「冗談じゃねーっての」

 だが、事件は解決した。裏付け捜査はこれからだが、日野は完落ちしている。証拠も出て来るだろう。

 あの妙な体験を否定しにくくなってしまった。

 山城は腹立ち紛れにジョッキを煽った時、食器がまとめて割れる音がホール内に響いた。ガラガラガシャンどころではない、騒音だ。

 悲鳴があがり、店員の声が続く。
「やめてください、お客さんっ!」

 山城はジョッキを放り出し、騒ぎに突っ込んだ。
 揉めていたのはちょうど対角あたりにあったテーブル席の客だった。

「くそ、この浮気男!」
「浮気なんかしてねぇってのっ!」

 明らかに酔っ払っている女が連れの男につかみかかって暴れていた。女は手にはステーキナイフを持っていて、テーブル上に載っていたらしい皿やグラスがあたりにぶちまけられている。

 男の方も相当酔っている様子で、女を殴り返した形跡があった。
「よせよせ、それ以上やったら通報案件だぞ」
 揉めている男女の間に割って入り、山城は凶器を持っている女の方を向いた0。

「引っ込んでろ、ジジイ!」
 女が叫ぶ。
 と、背後に庇った男の方が動いた。足下に転がっていたステーキナイフを掴んだのだ。

「どいつも、こいつも俺をバカにしやがってぇっ!」
 男が山城を突き飛ばした。女に襲いかかるつもりだ。
 咄嗟に、山城は男を押し留めた。
 放せ、やめろ、落ち着けと怒鳴りあって揉み合っているうちに、鈍痛が山城の胸に走った。

「ぐあ……っ!」

 ステーキナイフもナイフではある。思い切り突き出されたら、結構な威力だ。

「ツいてねーわ……」
 右胸にステーキナイフを突き立てられた山城は仰向けにひっくり返った。

 傷害事件発生だなぁと思ったところで、

「暴れるな、警察です! 21時12分、現行犯逮捕!」
と、国枝が声を響かせた。

 どっちかって言うと、そっちの役がやりたかった。
 山城はそこで目を閉じた。






 宵の口とはいえ、夜の病院には独特の雰囲気がある。

 処置室から出ると、ひっそりと静まりかえった廊下にクラウドがいた。くたびれきった待合イスに座っていてもイケメンは絵になる。

 何となく、気まずい気持ちを抱えつつ、山城はクラウドに近づいた。ぼんやりしていたのか、クラウドは山城が目の前に立ってようやく、顔を上げた。  

「……正直、ビビった」
 言って、山城はクラウドにお守り袋を見せた。
 上着のポケットに入れっぱなしだった袋は中に入っていた人型の木切れ諸共、真っ二つに裂けている。

「これがなかったらエグいことになってただろうってよ。マンガかよ」
「人形が役に立って良かったですよ」
 クラウドが立ち上がって、大きく息を吐いた。

 占い師だ。こういう荒事に遭遇することは滅多にないだろう。怖がらせたかと思うと、申し訳ない気もしてきた。
 腹がたつイケメンだが、犯罪者ではない。むしろ捜査協力してくれようという、善意の市民だ。

「……あーもう! 風呂入ってゆっくり寝てぇ!」
 茶化し半分で自分の頭をかきむしると、クラウドが少しだけ笑んだ。

「ご自宅、水浸しなのでは?」
「そうだった!」

 そうだった。そうだった……。

 自分の言葉に自分で落ち込みかけたところで、山城の中で悪魔が目覚めた。 

 目の前には角鹿クラウド。今後もしばらく不本意ながら一緒に仕事をすることになる相手だ。住まいは高級住宅で、一人暮らしっぽかった。女の気配も特になかったし、部屋は間違いなく余っている。布団はふかふかの高級羽毛。

 あのお守りがどういうものかはともかく、少なくとも山城を守ってくれたのは間違いない。

 このツキに見放された状態もこの男といれば何とかなるのではないだろうかと思えた。

 これは、あれだ。渡りに船である。
 ただし、船を引き留めて、乗り込むのは自分の力だ。

「なぁ、モノは相談ってヤツなんだけど」
「何ですか?」
「下宿させてくんねぇ? 家が見つかるまでの間でいいからさ」
「はぁ?」

 クラウドの反応は予想通りだった。逆の立場なら、山城だって驚くし、拒否する。何が悲しくて、男を転がり込ませなくてはいけないのだ。

 だが、背に腹は代えられないという日本語もある。
 山城は慈悲の心を捨てた。

「……お前んち、隣、レストランだよな。旨い?」
「イタリアンです。結構いいですよ」
 そうだろうとも。見るからに高級店だった。お値段もいいカンジに違いない。

 山城は口元に笑みを浮かべた。
「残飯出るところ……黒い影あり」
 クラウドが息を飲んだ。

「だが、高級レストランは清潔。ヤツらは逃げ出す。どこへ行く? 隣近所の無防備な家だな」
「で、でも」
 怯んだクラウドが、よろめいて待合イスに座り込んだ。苦手なものを想像させて悪いが、山城は非情だ。

「今年の夏は暑くなるってよ。ツヤツヤとした元気なジュゲムがいっぱい育つんだろうなぁー」

 朗らかに嘯いてやると、クラウドががっくりと項垂れた。場所が場所だけに、怪我人みたいな有様だ。
 ちょっとかわいそうではある。

「……わかりました」
 微かな声だが、山城は聞き逃さない。

「っしゃ! よろしく頼むわ大家さん! 家賃も払うし、ジュゲム退治は俺に任せろ!」
 山城はクラウドの手を掴んで引っ張り、がっちりきっちり握手してやった。




 希望通り、風呂に入ってゆっくり寝て、朝が来たらすっかり元気だ。山城は携帯電話のアラームが鳴るより早く目を開けた。

 当面の住まいになった六畳間はキッチンと同じ2階にある。床の間と押し入れもあるし、窓は障子張りで高級感があって良い部屋だ。
 山城はさっさと布団を片付けて、廊下に出た。

 洗面所で顔を洗っていると、ベーコンの焼ける良い匂いが漂ってくるのに気がついた。

「ベーコンエッグと……コーヒーか。俺のぶんはー?」
 声を掛けながらキッチンを覗いたが、そこにクラウドの姿はなかった。リビングのソファにもいない。

 ただ、コーヒーメーカーが動き、コンロには小さなフライパンが掛かっていて、匂いの元であるベーコンが卵といい具合になっている。

「……あれ?」
「おはようございます」

 背後からクラウドの声がして、山城は勢いよく振り返った。Tシャツとコットンパンツという、ラフな格好をしたクラウドが立っていた。

「お前、火を使ってんのにどこ行ってんだよ! あぶねーだろうが!」
 山城は慌ててコンロの前に立った。
 改めて見てもフライパンの中身は焦げていないし、火も出ていない。良かったと胸を撫で下ろした。

「目に見えぬものの、戸を押し開けて、御後ろをや見参らせけん」
 クラウドがいつもの流れる調子で言った。

「朝っぱらから呪文かよ」
「『大鏡』の一節、花山帝の出家のところです。有名ですよ。知りませんか?」
「バカにすんな。こちとら公務員試験通ってんだぞ、大今水増ダイコンミズマシカガミくらいジョーシキだっての! ……で、どーいう意味だよ」

 東京で警察官になるのはそこそこの競争を勝ち抜かないといけないのだ。山城も、それなりの学力はある、と思う。
 ただし、大学卒業以来、一般教養的なモノには触れる機会は滅多にないから忘れていることが多いだけだ。

「目には見えない何かが、術者の命令に従って動いている様子を描いているところです。この術者は安倍晴明、平安朝の陰陽師です」
 アベノセイメイなら、テレビでやっていた映画を見たことがあった。歌舞伎役者だかが演じていた烏帽子を被った男だ。

 クラウド自身、陰陽師とは律令制度の役人だと言っていた。つまり、陰陽師というのは平安時代からいる占い師ということかと納得した。

「目には見えない何かって、だから何なんだよ」
「式、あるいは式神ともいいます。単純に、鬼とも」
「鬼って、マメぶつけるヤツか?」
「違います」

 トースターがパンの焼き上がりのチャイムを鳴らしたのを合図にしたのか、クラウドがコーヒーサーバーを取った。カップ二つに注ぎ分けて、ひとつを山城に寄越した。

 朝食はちゃんと二人分ある。
 それに気がついて、妙に心が浮ついた。
 だが。

「鬼が作ったもん、飲み食いして、平気なのか?」
「気になるのはそこなんですか?」
 あはは、と、クラウドが声を立てて笑った。


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