【完結】子爵家の四女として生まれたキーラ。元家族はとんでもない人たちでした。

春風由実

文字の大きさ
15 / 17

15.元家族の皆さま、ご機嫌よう! キーラ編

しおりを挟む
「帰ってきなさい。そして家のため、私が決めた相手と結婚すること。それが長年家族を苦しめてきたお前の罪滅ぼしになる」


 エンデベルク子爵家当主と思われる男のそれは、あまりにも堂々たる声だった。

 キーラの今の家族、ウェーバー侯爵家の者たちの視線が、表情が、男には伝わらないのだろうか。


 唯一キーラだけが、変わらない澄ました笑みを見せていた。


「ふふ。おかしなことを仰いますのね。本日は皆さまにお会い出来て、とてもよろしかったですわ。揃ってのご足労感謝いたしますわね」


 キーラの脳裏に掠めるおかしな手紙。

 キーラが最初に見た手紙に書かれていた内容は、信じられないものだった。
 嫁ぎ先を決めた。迎えに行くから帰り支度をしておくように──だ。

 これに義父が、エンデベルク子爵に娘の結婚を決める権利などないし、キーラはうちの子だという内容で返信すれば。
 とにかく一度会いたいのだと書かれた二通目の手紙が届けられた。


 実父はこのおかしな手紙の内容を取り消すこともせず、この場でさらに口に出来る人だった。
 これを知れたこと、それは計り知れない満足感と安心感をキーラに与えた。


「おかしなことだと?」


 エンデベルク子爵家当主と思われる男が苛立つ声を上げても。


「お父さまになんて口の利き方をするのかしら?家に戻ったらまずお勉強をさせなければならないようね」


 エンデベルク子爵家当主夫人と思われる女が呆れた声を出しても。


「随分と侯爵家で甘やかされてきたのね」

「本当にいいご身分ですこと」

「一人だけ狡いわ。許せない」


 エンデベルク子爵家の令嬢と思われる娘たちが口々に言っても。


「これだけ言っても反省も出来ないなんてね。弟として恥ずかしいや」


 エンデベルク子爵家嫡男と思われる少年が口を尖らせながら伝えても。


 キーラの心は満ち足りていて、とても静かに凪いでいた。

 キーラは最初の挨拶をしたときと同じ場所で、同じように義兄ローレンスに片手を取られながら、エンデベルク子爵家の者たちに向き合って立つ。


「ご挨拶いただけませんでしたが、お二人がそうだとお見受けします。エンデベルク子爵。そして夫人。私をこの世に生んでくださったこと。そして五歳まで生かしてくださったこと。これには心よりの感謝を申し上げますわ」


 キーラは次の言葉まで少しの間を空けたが、頭は下げなかった。

 少年を間に置いた夫妻の顔を見て、キーラは淑女らしい微笑みを深める。


「そして私を育児放棄してくださったこと。これにも心よりの感謝をお伝えいたしますわね」


 エンデベルク子爵家の者たちが分かりやすく驚きを示したが、キーラの微笑に変化は見られない。


「皆さまの仰る通り、私はこのウェーバー侯爵家に引き取られてから今まで、とても幸せに暮らしてきましたから。そしておかげさまで、これからもウェーバー侯爵家で過ごすことが出来まして、未来も幸せに生きられますわ。その幸せも、こちらにいる義両親と義兄、そして我が家を支える皆さまのおかげではありますけれど。育児放棄をしてくださった皆さまのおかげも、少しはありましたわね?ですからお礼の言葉をもって、これを最後といたします。皆さまと私がもう会うことはございませんでしょう。どうぞ、皆さまご機嫌よう」


 面白いくらいに、エンデベルク子爵家六名の顔が同じように赤く染まったが。

 キーラはそこから始まる罵倒の声を聞かず、さっさとローレンスの手を引くようにして部屋を出た。


 廊下に出ても、騒がしい声が聴こえてきたが、それもすぐに聴こえなくなった。


「すっきり出来たみたいだね?」


「えぇ。知って良かったと思うわ。我がままを聞いてくださってありがとう。ローレンスお義兄さま」


 行きと同じように手を繋いで、行きとはまた違う自然なゆったりとした歩調で廊下を戻りながら、二人は語る。


「おにいさまがなければもっと良かったね」


「ふふ。少しずつですわ。お義兄さま」


「戻ってしまった。残念。でもね、キーラ。私は一貫して面会には反対してきたから。そのお礼は両親だけでいい」


「分かっているわ。それでもお義兄さまも、色々と考えてくださったでしょう?私のために、いつもありがとう、ローレンスお義兄さま」


 ローレンスが晴れやかに笑う。
 キーラはこの笑顔が好ましいと心から感じていた。


「ねぇ、ローレンスお義兄さま。聞いていいかしら?」


「聞かなくてもその答えをキーラは知っているね?」


「お義兄さまの言葉で聞きたいのよ。あんな人たちと血の繋がりのある私でいいかしら?」


「関係ない。私が妻に望む人は、何があってもキーラだけだよ」


「子どもがあの人たちに似てしまっても後悔しないと言える?」


「私たちの子だ。まず心配はないだろう。それでも似ているところが出たら、困らないように育てたらいい。キーラは我が家での子育てが心配かい?」


 キーラは首を振った。
 その揺れで完全に憂いも晴れていた。


「素晴らしい人たちと、素晴らしい環境が揃っているもの。それに素敵なお義父さまと、お義母さまもいて。お義兄までいるわ。悪い子になりようがないわね」


「その言い方では、私は両親のついでみたいだね?」


「ふふ。冗談よ。あなたが一番大切だわ、ローレンス」


「廊下で言うなんて……部屋では覚悟して?」


 くすくすと笑うキーラの手を引いて、ローレンスは少しだけ歩みを早めた。
 やがて二人の姿は廊下から見えなくなる。

 誰もいなくなった廊下には、傾きはじめた陽が大きな窓からさんさんと降り注いでいた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。 所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが── ある雨の晩に、それが一変する。 ※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。 ※他サイト様にも載せています。

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス
恋愛
 結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。  また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。  大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。  かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ帝国へ向かう決意をする。  国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。  スペイラ帝国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。  ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。  後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。  翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。  価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ帝国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。

処理中です...