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16.元家族の皆さま、ご機嫌よう! ローレンス編
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侯爵令嬢としてキーラが自ら話を聞いて、自らで対処した。
しかもキーラは『ごきげんよう』と言ったから──。
あの日はキーラが眠ってから、私は両親と長く話し合った。
今後の対応の相談と……。
これまでの情報の隠蔽について詳しく聞かねばならなかったからね。
夜が更けようと、夜が明けようと、納得出来るまで問い詰めさせて貰った。
◇◆◇
キーラは冗談のようにしか人を怒らない。
それも私に対してくらいのもので、キーラが本気で怒った顔を私たちは見たことがなかった。
『もう、おにいさまったら』
それは何度も聞いてきた言葉。
拗ねたように口を尖らせ、そう言うキーラは可愛くて大好きだけれど。
ずっと心配でもあったのだ。
キーラは明確な悪意に晒されたときでさえ、相手を怒らなかった。
キーラが我が家の養女であることは周知の事実であったし、エンデベルク子爵家の件もあっては、どんなに私たちが人選していても、大事なキーラに口さがない者たちが近付くことはある。
特に幼さを残す成人前の令嬢たちは、キーラが正統な侯爵令嬢ではないとして悪意をぶつけてくることがあった。
彼女たちの言い分は一貫していた。
元は問題のある子爵家の出自のくせに。
貴族らしく直接的な言葉を使わずに、遠回しに嫌味を伝えられたときは一度や二度ではなかったけれど。
キーラはすべてに笑って対処した。
怒らないのかと聞いた私にも笑って言ったね。
『本当のことですもの』
本物の侯爵令嬢ではないという意識。
私たちがいくら我が家の人間だと言い聞かせていても、キーラの中からそれは消えたことがなかった。
もちろんキーラはそんなことを口にはしないよ。
私たちにはお見通しだっただけ。
けれどキーラはそれで悩んで泣くようなこともない。
私たちにはもっと甘えて欲しかったし、時には泣き叫ぶことがあっても良かったのに。
成長過程でも結局そんな日は来なかった。
幼少期に泣くな、話すなと、抑制されたせいで、キーラの中で感情が欠如したままになってはいないか。
あるいは無意識のうちに感情を抑圧し無かったことにしているのではないか。
このまま大人になって、あとから大きな問題に発展しないか。
それは私たちがずっと憂いてきたことだった。
この私でも、幼い頃には子どもらしい理由で泣いたり、怒ったり、暴れたり、していたそうだからな。
キーラも三歳までは子どもらしくあったと言われていたが、本当にそうだったのかと私はずっと怪しく思ってきた。
そしてそれは先日、伏せられた情報を開示されたことで、疑いではなかったことが判明している。
当時すべて王家任せかと思いきや、うちでもエンデベルク子爵家の使用人たちの聴取を行っていた。
処罰前の限られた時間ではあったけれど、重要な事実が明らかとなっていて、両親はその報告書を私に隠した。
これに関しては当時の私が子ども扱いされたことは納得しよう。
しかし伏せていた期間はあまりに長く、それは納得出来ない。
両親曰く、何故私も聴取に参加させなかったのかと怒ると思ったこと、加えて私が、王家がエンデベルク子爵家に与えた猶予期間を無視しかねないということで、知らせないことにしたとのこと。
複雑な想いになったね。
幼い私は確かに両親の懸念したよう振る舞っていただろうからな。
我が家での聴取結果はこうだ。
はじめからエンデベルク子爵家の者たちは、女に生まれたキーラを疎ましく思っていた。
四人目こそ男児を──と一家全員で願っていたからだ。
だから弟が誕生する前から、キーラは大切に扱われていなかった。
夫人は乳母に『この子は育たなくてもあなたを責めないわ』と言ったそうだ。
それはつまり『無事に育てるな』という命令だった。
それから乳母は『まだ生きているの?』『大きくなる前がいいわよ』と幾度となく夫人に声を掛けられていたという。
追い込まれた乳母が濡れた布を用意して、口と鼻を覆って終わらせようと試みたことが二度あったそうだけれど。
どうしても無理だったと彼女は言った。
やがて弟を妊娠した夫人はキーラへの興味を失って、何も言うことはなくなったようだが。
この乳母はキーラの育児放棄には関与していなかったので、この事実を知らない王家からは何の処分もなく、弟の世話係としての役目を終えたのち、彼女は自らの意思でエンデベルク子爵家を去っている。
その後は両親の導きで、ウェーバー侯爵領に家族と共に身を寄せているとのこと。
手を掛けようとしたとはいえ、キーラの命の恩人と言えなくはないからね。
彼女の対応に関しては、私も納得済みだ。
問題はそれからだ。
関係した使用人らの処分も済んで、王家にがっつり監視されるようになったエンデベルク子爵家に対し、我が家でも監視は継続された。
そう、それは知っているのだよ。
その報告を私は受けてきたはずだからね。
しかしそれが一部抜き取られた情報だったとは。
私も未熟ということだろう。
私にだけ隠されていた情報は、彼らの思想に関することだった。
すべてはキーラが悪い。
自分たちはキーラのせいで苦労している。
だからこの問題はキーラが解消すべし。
まさに先日彼らがキーラに恥ずかしげもなく語ったあの主張を、彼らが常々屋敷で繰り返してきたという事実を、私だけが隠されていたというわけである。
確かに隠されていなければ、私はエンデベルク子爵家に乗り込み、彼らはもう存在していなかっただろう。
それでもまだ私は納得が出来なかった。
すべて知っている両親が、キーラと彼らを会わせたことだ。
どうやら両親は、今回の対面が、キーラが感情を取り戻すきっかけになるのではないかと目論んだらしい。
納得出来るわけがないよね。
もうさっさと隠居していただくか?
しかしキーラのことを考えれば、二人には末永く、当主夫妻であり続けて貰いたいところ。
ならば馬車馬のように頑張っていただくとしよう。
孫が出来てもこれで引退出来るなどとは思わないで欲しい。
厳しい?
これでもおかげでいいこともあったから、キーラと二人で長く領地に籠る計画はやめにしたところなのだよ?
◇◆◇
キーラはあの面会から変わった。
それは両親の思ったようにではなかったけれど。
『いつまでも守られているばかりは嫌よ』
『いずれは侯爵夫人になるのだもの。私もお母さまのように素敵な淑女になって、夫を支える妻になりたいわ』
まだ少しは見られていた結婚への不安や迷いが、面会後のキーラから完全に消えていた。
さらに自分だけがウェーバー侯爵家の異物として、いつまでもどこかに引け目を感じているようだった部分も消えて。
これからのウェーバー侯爵家を私たちで担うのだという意識が芽生えたように感じられる。
これは私だけの僥倖。
『どこか遠くで、ご機嫌よくお過ごしくださいませ』
キーラが願ったように、私も彼らに願おうではないか。
生かすなと泣いても、生かし続けてあげよう。
思う存分、生きて後悔するといい。
ご機嫌よう、エンデベルク子爵家の者たち──。
しかもキーラは『ごきげんよう』と言ったから──。
あの日はキーラが眠ってから、私は両親と長く話し合った。
今後の対応の相談と……。
これまでの情報の隠蔽について詳しく聞かねばならなかったからね。
夜が更けようと、夜が明けようと、納得出来るまで問い詰めさせて貰った。
◇◆◇
キーラは冗談のようにしか人を怒らない。
それも私に対してくらいのもので、キーラが本気で怒った顔を私たちは見たことがなかった。
『もう、おにいさまったら』
それは何度も聞いてきた言葉。
拗ねたように口を尖らせ、そう言うキーラは可愛くて大好きだけれど。
ずっと心配でもあったのだ。
キーラは明確な悪意に晒されたときでさえ、相手を怒らなかった。
キーラが我が家の養女であることは周知の事実であったし、エンデベルク子爵家の件もあっては、どんなに私たちが人選していても、大事なキーラに口さがない者たちが近付くことはある。
特に幼さを残す成人前の令嬢たちは、キーラが正統な侯爵令嬢ではないとして悪意をぶつけてくることがあった。
彼女たちの言い分は一貫していた。
元は問題のある子爵家の出自のくせに。
貴族らしく直接的な言葉を使わずに、遠回しに嫌味を伝えられたときは一度や二度ではなかったけれど。
キーラはすべてに笑って対処した。
怒らないのかと聞いた私にも笑って言ったね。
『本当のことですもの』
本物の侯爵令嬢ではないという意識。
私たちがいくら我が家の人間だと言い聞かせていても、キーラの中からそれは消えたことがなかった。
もちろんキーラはそんなことを口にはしないよ。
私たちにはお見通しだっただけ。
けれどキーラはそれで悩んで泣くようなこともない。
私たちにはもっと甘えて欲しかったし、時には泣き叫ぶことがあっても良かったのに。
成長過程でも結局そんな日は来なかった。
幼少期に泣くな、話すなと、抑制されたせいで、キーラの中で感情が欠如したままになってはいないか。
あるいは無意識のうちに感情を抑圧し無かったことにしているのではないか。
このまま大人になって、あとから大きな問題に発展しないか。
それは私たちがずっと憂いてきたことだった。
この私でも、幼い頃には子どもらしい理由で泣いたり、怒ったり、暴れたり、していたそうだからな。
キーラも三歳までは子どもらしくあったと言われていたが、本当にそうだったのかと私はずっと怪しく思ってきた。
そしてそれは先日、伏せられた情報を開示されたことで、疑いではなかったことが判明している。
当時すべて王家任せかと思いきや、うちでもエンデベルク子爵家の使用人たちの聴取を行っていた。
処罰前の限られた時間ではあったけれど、重要な事実が明らかとなっていて、両親はその報告書を私に隠した。
これに関しては当時の私が子ども扱いされたことは納得しよう。
しかし伏せていた期間はあまりに長く、それは納得出来ない。
両親曰く、何故私も聴取に参加させなかったのかと怒ると思ったこと、加えて私が、王家がエンデベルク子爵家に与えた猶予期間を無視しかねないということで、知らせないことにしたとのこと。
複雑な想いになったね。
幼い私は確かに両親の懸念したよう振る舞っていただろうからな。
我が家での聴取結果はこうだ。
はじめからエンデベルク子爵家の者たちは、女に生まれたキーラを疎ましく思っていた。
四人目こそ男児を──と一家全員で願っていたからだ。
だから弟が誕生する前から、キーラは大切に扱われていなかった。
夫人は乳母に『この子は育たなくてもあなたを責めないわ』と言ったそうだ。
それはつまり『無事に育てるな』という命令だった。
それから乳母は『まだ生きているの?』『大きくなる前がいいわよ』と幾度となく夫人に声を掛けられていたという。
追い込まれた乳母が濡れた布を用意して、口と鼻を覆って終わらせようと試みたことが二度あったそうだけれど。
どうしても無理だったと彼女は言った。
やがて弟を妊娠した夫人はキーラへの興味を失って、何も言うことはなくなったようだが。
この乳母はキーラの育児放棄には関与していなかったので、この事実を知らない王家からは何の処分もなく、弟の世話係としての役目を終えたのち、彼女は自らの意思でエンデベルク子爵家を去っている。
その後は両親の導きで、ウェーバー侯爵領に家族と共に身を寄せているとのこと。
手を掛けようとしたとはいえ、キーラの命の恩人と言えなくはないからね。
彼女の対応に関しては、私も納得済みだ。
問題はそれからだ。
関係した使用人らの処分も済んで、王家にがっつり監視されるようになったエンデベルク子爵家に対し、我が家でも監視は継続された。
そう、それは知っているのだよ。
その報告を私は受けてきたはずだからね。
しかしそれが一部抜き取られた情報だったとは。
私も未熟ということだろう。
私にだけ隠されていた情報は、彼らの思想に関することだった。
すべてはキーラが悪い。
自分たちはキーラのせいで苦労している。
だからこの問題はキーラが解消すべし。
まさに先日彼らがキーラに恥ずかしげもなく語ったあの主張を、彼らが常々屋敷で繰り返してきたという事実を、私だけが隠されていたというわけである。
確かに隠されていなければ、私はエンデベルク子爵家に乗り込み、彼らはもう存在していなかっただろう。
それでもまだ私は納得が出来なかった。
すべて知っている両親が、キーラと彼らを会わせたことだ。
どうやら両親は、今回の対面が、キーラが感情を取り戻すきっかけになるのではないかと目論んだらしい。
納得出来るわけがないよね。
もうさっさと隠居していただくか?
しかしキーラのことを考えれば、二人には末永く、当主夫妻であり続けて貰いたいところ。
ならば馬車馬のように頑張っていただくとしよう。
孫が出来てもこれで引退出来るなどとは思わないで欲しい。
厳しい?
これでもおかげでいいこともあったから、キーラと二人で長く領地に籠る計画はやめにしたところなのだよ?
◇◆◇
キーラはあの面会から変わった。
それは両親の思ったようにではなかったけれど。
『いつまでも守られているばかりは嫌よ』
『いずれは侯爵夫人になるのだもの。私もお母さまのように素敵な淑女になって、夫を支える妻になりたいわ』
まだ少しは見られていた結婚への不安や迷いが、面会後のキーラから完全に消えていた。
さらに自分だけがウェーバー侯爵家の異物として、いつまでもどこかに引け目を感じているようだった部分も消えて。
これからのウェーバー侯爵家を私たちで担うのだという意識が芽生えたように感じられる。
これは私だけの僥倖。
『どこか遠くで、ご機嫌よくお過ごしくださいませ』
キーラが願ったように、私も彼らに願おうではないか。
生かすなと泣いても、生かし続けてあげよう。
思う存分、生きて後悔するといい。
ご機嫌よう、エンデベルク子爵家の者たち──。
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