25 / 84
進化を見せる旦那様
しおりを挟む
「まぁ、旦那様。お仕事は終えられたのですか?」
妻へと歩み寄ったレオンは、さっとオリヴィアの手を取って握り締めると、オリヴィアからまた華咲く笑顔が零れ、つられてレオンも微笑みを返した。
外で直接陽光を浴びた瞳は、水草を底にたっぷりと蓄えた泉のように淡く繊細に煌めき、レオンは庭へと迎えに出て良かったと心から想うのである。
手を繋ぎ微笑み合う二人の姿は、どう見ても初々しい夫婦のそれだった。
侍女長はしかし、新婚夫妻の仲の良さを微笑ましく見守っていられる気分ではない。
まさかどこかに潜伏して一部始終見ていたのではあるまいか、と疑いを持って当主を念入りに観察していた。
予測通りだとしたら、後が大変だからだ。
一方庭師の男も、もうオリヴィアの笑顔に魅了されて呆けるようなことはしていない。
こちらは先に見てしまった恐ろしい顔が忘れられないでいる。
そんな周囲の気など知らず、レオンは緩み切った顔でオリヴィアに返答するのだった。
「あぁ、ひと段落着いたところでな。どうせ休憩するなら、愛する妻と過ごしたいと思い迎えに来たのだ」
オリヴィアはくすっと笑うと、「きっと嬉しいと思います」と見当違いな言葉を返す。
もう一押しだと、傍から侍女長に目で合図を送られるまでもなく、レオンはさらに言葉を足した。
「庭を見ていたのだな?気に入る花はあったか?」
「そうですね……すべてのお花が素敵だと思いました。庭師の皆様は本当に素晴らしいお仕事をされているのですね」
私とは違って、と妻が言い出すことを予感したレオンは、間を空けずに言葉を掛ける。
「そうだな。確かにどの花も綺麗で、どれかひとつと選べとなれば、しばし悩んでしまいそうだ。だが俺は、花とオリヴィアについて問われたら、即座に返答出来るぞ。どの花よりもオリヴィアが美しいことならば、いつでも知っているからな」
「まぁ」
「だから今は花よりもオリヴィアを愛でたいと想っている。されどオリヴィアがまだ花を愛でたいと言うならば、それもいい。共に花を愛でるとしよう。俺はその花を愛でるオリヴィアを愛でさせていただくがな」
聞いただろうか。
この歯の浮く……ではなく、レオンからすらすらと紡がれる愛の言葉を。
少々方向性が怪しく感じられなくもないが、レオンは自分で宣言したように甘い言葉を吐き散らす夫に変わっていた。
この変化のために、読んだこともない恋愛小説を周囲から薦められるままに繰り返し熟読したくらいだ。
それでもまだ、ほんのりと耳を赤らめているからには、レオンとしてはかなりの努力をしているに違いない。
問題は受け手となるオリヴィアにあった。
オリヴィアもまた、レオンの努力そのものについては、正しく受け取っていたのだが……。
「また素敵なお言葉を使われるようになりましたね。旦那様が日々素晴らしく変わられますと、私なんかがそれをお聞きしていることが余計に申し訳なくなりまして、どのようにお詫びしたら良いものかと……」
何故まだこうなる?
訴えるようにしてレオンは今日も傍に控える侍女長へと視線を投げたが、侍女長は色々な意味を込めて目を伏せて返すのだった。
また今日もレオンは妻に惨敗である。
去るタイミングを逃しその場で佇んでいた庭師は、先の恐れをすっかり忘れ、なんだか可哀想なものを見る目で主人を見ていた。
妻にこれだけ愛を伝えても、そのままに受け止めて貰えない人間がいるなんて……と知れば、それは不憫に想うだろう。
このようにして、オリヴィアに心酔する使用人が増える一方、レオンに同情的となる使用人たちもまた、確実に公爵家において増えていた。
彼らは自ずと一致団結し、夫妻の安寧を支えようと働き始める。
だが、肝心のオリヴィアが変わらなければ。
レオンだけでなく、誰もがオリヴィアに残る大きな問題を解決しようと必死に働きかけているのだが。
オリヴィアはどうしてか、一向に変わる気配を見せてはくれなかった。
妻へと歩み寄ったレオンは、さっとオリヴィアの手を取って握り締めると、オリヴィアからまた華咲く笑顔が零れ、つられてレオンも微笑みを返した。
外で直接陽光を浴びた瞳は、水草を底にたっぷりと蓄えた泉のように淡く繊細に煌めき、レオンは庭へと迎えに出て良かったと心から想うのである。
手を繋ぎ微笑み合う二人の姿は、どう見ても初々しい夫婦のそれだった。
侍女長はしかし、新婚夫妻の仲の良さを微笑ましく見守っていられる気分ではない。
まさかどこかに潜伏して一部始終見ていたのではあるまいか、と疑いを持って当主を念入りに観察していた。
予測通りだとしたら、後が大変だからだ。
一方庭師の男も、もうオリヴィアの笑顔に魅了されて呆けるようなことはしていない。
こちらは先に見てしまった恐ろしい顔が忘れられないでいる。
そんな周囲の気など知らず、レオンは緩み切った顔でオリヴィアに返答するのだった。
「あぁ、ひと段落着いたところでな。どうせ休憩するなら、愛する妻と過ごしたいと思い迎えに来たのだ」
オリヴィアはくすっと笑うと、「きっと嬉しいと思います」と見当違いな言葉を返す。
もう一押しだと、傍から侍女長に目で合図を送られるまでもなく、レオンはさらに言葉を足した。
「庭を見ていたのだな?気に入る花はあったか?」
「そうですね……すべてのお花が素敵だと思いました。庭師の皆様は本当に素晴らしいお仕事をされているのですね」
私とは違って、と妻が言い出すことを予感したレオンは、間を空けずに言葉を掛ける。
「そうだな。確かにどの花も綺麗で、どれかひとつと選べとなれば、しばし悩んでしまいそうだ。だが俺は、花とオリヴィアについて問われたら、即座に返答出来るぞ。どの花よりもオリヴィアが美しいことならば、いつでも知っているからな」
「まぁ」
「だから今は花よりもオリヴィアを愛でたいと想っている。されどオリヴィアがまだ花を愛でたいと言うならば、それもいい。共に花を愛でるとしよう。俺はその花を愛でるオリヴィアを愛でさせていただくがな」
聞いただろうか。
この歯の浮く……ではなく、レオンからすらすらと紡がれる愛の言葉を。
少々方向性が怪しく感じられなくもないが、レオンは自分で宣言したように甘い言葉を吐き散らす夫に変わっていた。
この変化のために、読んだこともない恋愛小説を周囲から薦められるままに繰り返し熟読したくらいだ。
それでもまだ、ほんのりと耳を赤らめているからには、レオンとしてはかなりの努力をしているに違いない。
問題は受け手となるオリヴィアにあった。
オリヴィアもまた、レオンの努力そのものについては、正しく受け取っていたのだが……。
「また素敵なお言葉を使われるようになりましたね。旦那様が日々素晴らしく変わられますと、私なんかがそれをお聞きしていることが余計に申し訳なくなりまして、どのようにお詫びしたら良いものかと……」
何故まだこうなる?
訴えるようにしてレオンは今日も傍に控える侍女長へと視線を投げたが、侍女長は色々な意味を込めて目を伏せて返すのだった。
また今日もレオンは妻に惨敗である。
去るタイミングを逃しその場で佇んでいた庭師は、先の恐れをすっかり忘れ、なんだか可哀想なものを見る目で主人を見ていた。
妻にこれだけ愛を伝えても、そのままに受け止めて貰えない人間がいるなんて……と知れば、それは不憫に想うだろう。
このようにして、オリヴィアに心酔する使用人が増える一方、レオンに同情的となる使用人たちもまた、確実に公爵家において増えていた。
彼らは自ずと一致団結し、夫妻の安寧を支えようと働き始める。
だが、肝心のオリヴィアが変わらなければ。
レオンだけでなく、誰もがオリヴィアに残る大きな問題を解決しようと必死に働きかけているのだが。
オリヴィアはどうしてか、一向に変わる気配を見せてはくれなかった。
133
あなたにおすすめの小説
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。
そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、
死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。
「でも、子供たちの心だけは、
必ず取り戻す」
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。
それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。
これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……
くわっと
恋愛
21.05.23完結
ーー
「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」
差し伸べられた手をするりとかわす。
これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。
決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。
彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。
だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。
地位も名誉も権力も。
武力も知力も財力も。
全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。
月並みに好きな自分が、ただただみっともない。
けれど、それでも。
一緒にいられるならば。
婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。
それだけで良かった。
少なくとも、その時は。
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
白のグリモワールの後継者~婚約者と親友が恋仲になりましたので身を引きます。今さら復縁を望まれても困ります!
ユウ
恋愛
辺境地に住まう伯爵令嬢のメアリ。
婚約者は幼馴染で聖騎士、親友は魔術師で優れた能力を持つていた。
対するメアリは魔力が低く治癒師だったが二人が大好きだったが、戦場から帰還したある日婚約者に別れを告げられる。
相手は幼少期から慕っていた親友だった。
彼は優しくて誠実な人で親友も優しく思いやりのある人。
だから婚約解消を受け入れようと思ったが、学園内では愛する二人を苦しめる悪女のように噂を流され別れた後も悪役令嬢としての噂を流されてしまう
学園にも居場所がなくなった後、悲しみに暮れる中。
一人の少年に手を差し伸べられる。
その人物は光の魔力を持つ剣帝だった。
一方、学園で真実の愛を貫き何もかも捨てた二人だったが、綻びが生じ始める。
聖騎士のスキルを失う元婚約者と、魔力が渇望し始めた親友が窮地にたたされるのだが…
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる