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あの日を回想する旦那様

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「あはは。決死の覚悟で愛を伝えたら、気を遣うなと一蹴されるなんて」

 場所は公爵家の応接室。
 ここで勝手にくつろいで長くときを過ごしてきた男は、レオンから話を聞くや、腹を抱えて笑い出した。
 レオンは眉間に皺をたっぷり寄せて、男を睨み付けている。

 というのもこの男、まだ早い時間に突然公爵家に現れては、レオンに仕事の区切りがつくまでは勝手に過ごすから放っておいてくれと伝え、それからは応接室のソファーに深く腰掛け、出された菓子を次から次へと口に入れては紅茶を味わい、また菓子を食べてはどこからか持ってきた本を読み始め……と、自室にあるように寛いで過ごしていたのだ。

 その目に余る態度もさることながら、この男によって大きく予定を狂わされたレオンは、この部屋に入る前からとてつもなく不機嫌だった。

 それでもいい機会だと軽く相談してみれば、この通り。
 少しは期待していた助言どころか、馬鹿にしたような大笑いだけが返ってきては、それはレオンもますますと不機嫌になろう。

 しかも男はあろうことか、レオンがしてやったを聞き間違えたのだ。


「お前は何を聞いていたのだ!妻は気を遣うなと言ったのではないし、一蹴もされていない。俺に気遣われて有難いと言ってくれたのだ」

 テーブルを挟んで向かいのソファーに座り憤るレオンを、男は一瞬間抜けな顔で見た後に問い掛けた。

「……同じ意味では?」

「違う!お前の言い方では、俺が妻に拒絶されたようではないか!」

「……拒絶されたという話だったよね?」

「それも違う。だから人の話はよく聞けといつも…………」

 レオンがくどくどと説教を始めると、男はもう聞きたくないと、レオンがこの部屋に現れてからまた新たに運び込まれた菓子に手を付けていく。

 しかしながら、レオンの言葉も止まらない。
 最近はよく話すようになったせいか……まぁ、よく回る舌である。


 語りながらレオンはもう一度、回想に耽った。



 あの日───

 オリヴィアは突然立ち上がると、いつまでも肝心の言葉が出せず挙動不審なレオンに近付きこう言った。

「具合が悪いのではありませんか?お熱は……なさそうですが、すぐに誰か──」

 感動を覚える間もなく額から離れていく手を掴まえたレオンは、ここでゆらりと立ち上がった。
 言葉は何一つ出せないくせに、行動の素早さは見事な男である。

「旦那様?」

 人を呼ぼうと部屋を出て行こうとしたオリヴィアは立ち止まってレオンを見上げ、その顔に怯えの色が何ひとつ感じられず、安堵したレオンはあることを自覚した。

 ──オリヴィアの手は、俺に力を与えてくれる!

 それは当然、勝手にレオンが感じただけの力だが。
 このときのレオンにとっては、いや、このときからのレオンにとって、オリヴィアの手は彼の大きな心の支えとなり、確かにレオンに力を与え続けている。

 特にこの日、この瞬間に、オリヴィアの手がレオンに与えた力は偉大だった。

「俺はオリヴィアが好きだ。ずっと以前から好きだった。子どもの頃にはよく逢って話していただろう?その当時にオリヴィアに恋をして、以来ずっとオリヴィアが好きだったんだ。だから俺は、オリヴィアを妻にする日を楽しみに想えば、公爵となってからのどんなに忙しい日々だって乗り越えられたし、今はオリヴィアが妻となってくれたことを本当に嬉しく想い、だからこそ、今回の大雨の問題だって、早々に片付けてしまえばオリヴィアと気兼ねなく長く共に過ごせるのだと、強い信念を持って寝ずにも働くことも出来ていた。俺は決して、オリヴィアを避けていたわけではないし、むしろ俺はずっと……本当にずっとオリヴィアが好きだったのだ」

 言えた。
 言えたぞ。
 ついに言った。
 言い切った。

 レオンの心中は歓喜で溢れていたし、とてつもない自信がレオンの内に漲っていた。


 ……のだが、やはりそれは束の間のことで。

「私なんかを気遣っていただき有難く思いますが……私などにそのようなことをなさらなくても大丈夫ですよ?」

 なんだと?
 レオンは耳を疑い、目を見開いては妻を凝視して。

 そこからは…………レオンにまた違う戦いが始まり、そして今に至る。




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