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一人満足する旦那様
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何故だろうか。
妻と重ねた日々を回想しているうちに、妻の優しさや気配りの素晴らしさ、はてはその美しさについて、それも見目だけでなく心まで美しいのだと、レオンが熱く語り始めたのは。
男ははじめこそ、迷惑そうに顔を歪めていたものだが。
今では優雅に菓子を食べては紅茶を味わい、窓の外などを見やったりして、レオンの話を聞いていない。
それでも機を窺ってはいたのだろう。
レオンが言葉を止めて息を吸ったタイミングで、男は急に神妙な顔を作りうんうんと頷いた。
それも口には菓子を沢山詰め込んだままに。
突然の男の反応には、レオンからほっと息が吐かれる。
「今度こそ分かってくれたか」
「あぁ、分かったさ。分かったとも。君がいかに不憫な男かという点は、もう嫌というほどによく分かったよ。これ以上は話さなくていい」
また不機嫌に眉を寄せて、レオンはむすりと腕を組んだ。
何のために長く話してやったと思って……
そこではたとレオンは自分で気付く。
そもそも何のためだったか。
妻への愛をこの男に語る必要などどこにあったか。
自問自答しているのに、レオンは今、満足感でいっぱいだった。
知らず妻への溢れんばかりの愛を誰かに聞いて欲しいと思ってきたのだろう。
それを最も受け止めて欲しい妻がそうしてくれないのだから。
目のまえの男がそれを受け止めたかどうかは別にして、レオンは一通り語れたことでそれなりに満たされていた。
まだまだ妻への想いのほんの一欠けらほどを語ったに過ぎないが、それでもなかなかの満足感がある。
しかし男が口内に残る菓子を紅茶で流し込んだあとに、また菓子に手を伸ばしたことには不満を覚えたようで。
「……お前に相談しようと思う俺が愚かだったな。そもそも遊び慣れている奴などに聞く話ではなかった。あぁ、すまない。俺としたことが。互いの時間を無駄にするようなことをしてしまったな。ただでさえ、誰かのせいで予定が狂い、時間がないというのに」
嫌味たっぷりにレオンが言ったのに、男はここで機嫌を直し、再び軽快な声を上げて笑い出した。
男たちの気分は反比例するようで、ますますレオンの機嫌は急降下する。
「僕を呼びつけておいて、酷いことは言いっこなしだよ」
「わざわざ来てくれたことには感謝するが、呼びつけた覚えはないぞ」
「僕と君との仲ではないか。今後のお付き合いの濃密さを考えても、これくらいはお安い御用だ」
「いや、だから呼んではいないが──」
「ねぇ、それより。奥さんに挨拶をしておきたいのだけれど」
レオンは急に形相を変えて、男を非難するように言う。
「駄目だ。妻は療養中なんだ。控えてくれ」
男は肩を竦め、それはとても残念だと強調したが、レオンは男の欲求を認めない。
「どの程度か見ておきたかったけどねぇ」
男が諦めたと分かり安堵したレオンは、今度は腰に手を添え、何故か偉そうに語り始めた。
「それなら残念だったな。もう大分回復したから、かつての面影はないぞ」
「回復したなら、会えるではないか」
「それとこれとは別だ。元よりお前に会わせる気が俺にない」
男の正しき指摘にもレオンが怯むことなくまた偉そうに返せば。
今度の男は手の掛かる子どもを見守る親のような慈悲深い笑みを見せるのだった。
「まったくもう。前々から言ってあげていたではないか。婚約者に会っておけってさ。結婚する前によく話しておいた方がいいとも言ってきだろう?それを君ときたら、言い訳するばかりで逃げ続けて。今回の件は、君にも大きな責任があると思うよ」
「くっ……もっとだ。もっと言ってくれ!」
項垂れたレオンが、膝に両の手を乗せ拳を握り締めてこう言うと。
厳しいことを言いながらも男の顔に変わらず浮かんでいた微笑みが、塵も残さず消えていた。
酷く冷えた視線が、レオンを打ち抜く。
妻と重ねた日々を回想しているうちに、妻の優しさや気配りの素晴らしさ、はてはその美しさについて、それも見目だけでなく心まで美しいのだと、レオンが熱く語り始めたのは。
男ははじめこそ、迷惑そうに顔を歪めていたものだが。
今では優雅に菓子を食べては紅茶を味わい、窓の外などを見やったりして、レオンの話を聞いていない。
それでも機を窺ってはいたのだろう。
レオンが言葉を止めて息を吸ったタイミングで、男は急に神妙な顔を作りうんうんと頷いた。
それも口には菓子を沢山詰め込んだままに。
突然の男の反応には、レオンからほっと息が吐かれる。
「今度こそ分かってくれたか」
「あぁ、分かったさ。分かったとも。君がいかに不憫な男かという点は、もう嫌というほどによく分かったよ。これ以上は話さなくていい」
また不機嫌に眉を寄せて、レオンはむすりと腕を組んだ。
何のために長く話してやったと思って……
そこではたとレオンは自分で気付く。
そもそも何のためだったか。
妻への愛をこの男に語る必要などどこにあったか。
自問自答しているのに、レオンは今、満足感でいっぱいだった。
知らず妻への溢れんばかりの愛を誰かに聞いて欲しいと思ってきたのだろう。
それを最も受け止めて欲しい妻がそうしてくれないのだから。
目のまえの男がそれを受け止めたかどうかは別にして、レオンは一通り語れたことでそれなりに満たされていた。
まだまだ妻への想いのほんの一欠けらほどを語ったに過ぎないが、それでもなかなかの満足感がある。
しかし男が口内に残る菓子を紅茶で流し込んだあとに、また菓子に手を伸ばしたことには不満を覚えたようで。
「……お前に相談しようと思う俺が愚かだったな。そもそも遊び慣れている奴などに聞く話ではなかった。あぁ、すまない。俺としたことが。互いの時間を無駄にするようなことをしてしまったな。ただでさえ、誰かのせいで予定が狂い、時間がないというのに」
嫌味たっぷりにレオンが言ったのに、男はここで機嫌を直し、再び軽快な声を上げて笑い出した。
男たちの気分は反比例するようで、ますますレオンの機嫌は急降下する。
「僕を呼びつけておいて、酷いことは言いっこなしだよ」
「わざわざ来てくれたことには感謝するが、呼びつけた覚えはないぞ」
「僕と君との仲ではないか。今後のお付き合いの濃密さを考えても、これくらいはお安い御用だ」
「いや、だから呼んではいないが──」
「ねぇ、それより。奥さんに挨拶をしておきたいのだけれど」
レオンは急に形相を変えて、男を非難するように言う。
「駄目だ。妻は療養中なんだ。控えてくれ」
男は肩を竦め、それはとても残念だと強調したが、レオンは男の欲求を認めない。
「どの程度か見ておきたかったけどねぇ」
男が諦めたと分かり安堵したレオンは、今度は腰に手を添え、何故か偉そうに語り始めた。
「それなら残念だったな。もう大分回復したから、かつての面影はないぞ」
「回復したなら、会えるではないか」
「それとこれとは別だ。元よりお前に会わせる気が俺にない」
男の正しき指摘にもレオンが怯むことなくまた偉そうに返せば。
今度の男は手の掛かる子どもを見守る親のような慈悲深い笑みを見せるのだった。
「まったくもう。前々から言ってあげていたではないか。婚約者に会っておけってさ。結婚する前によく話しておいた方がいいとも言ってきだろう?それを君ときたら、言い訳するばかりで逃げ続けて。今回の件は、君にも大きな責任があると思うよ」
「くっ……もっとだ。もっと言ってくれ!」
項垂れたレオンが、膝に両の手を乗せ拳を握り締めてこう言うと。
厳しいことを言いながらも男の顔に変わらず浮かんでいた微笑みが、塵も残さず消えていた。
酷く冷えた視線が、レオンを打ち抜く。
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