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幕間の番外:巴と信仁の後日談の後日談02

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「婆ちゃん!」
 ともえが、即座に抗議の声をあげる。
「だって。口で言ったって聞かないわよ?この子達」
 手で巴の抗議を制し、末席の方を見ながらまどかが言う。
「でも……」
「大丈夫、よね?信仁君?」
「無茶振りにもほどがありますけど。けどま、やらないと納得してもらえないでしょうし」
「信仁!」
「とはいえ、素手の殴り合いとかそういうのは勘弁でお願いします。逆立ちしても勝ち目がないんで」
 この人、言い出したら絶対に聞かない。既に円の性格を見切ってしまった信仁は、腹を据え、あぐらをかいた膝に手を置き、末席の男衆にそう語りかける。
 途端に、宴席の雰囲気が変わる。若い衆は勿論、年かさの者ですら、これから荒事が起こるであろう事に気付き、期待に心躍らせはじめたのが、一般人である信仁にすら手に取るようにわかる。
――駄目だこの人達。みんな普通に戦闘バカだ。早く何とかしないと……――
 信仁は、街で暮らす巴とその妹達がいかに社会適合しているか、この時、悟った。

「……場所と時間を決めさせて下さい」
 一つ深呼吸してから、信仁は切り出す。
「今すぐ始めるんじゃないって事か?」
 若い衆の代表格らしい男が聞き返す。なんだ?とか怖じ気づいたのか?とか聞こえる気もするが、信仁は無視する。
「夜更けですし、酒も入ってるし。負けたの酒のせいにしてもらいたくないですから」
「信仁ちょっと!」
 若い衆の雰囲気が瞬時に悪くなったのを感じた巴が、信仁を諫めに入る。妹達も、流石に今の一言はまずいと感じたらしく、眉根を曇らせている。
 だが、信仁はその巴を軽く手で制し、言葉を続けた。
「それと、俺は銃を使わせてもらいます。それくらいハンデないと、あなた方相手にいくら何でも」
「銃、だと?」
 聞いて、流石に若い衆もざわつく。が、
「その程度、半端な銃でどうにかなるあなた方ではないし、そもそも俺みたいなのが撃つ弾なんぞ、当たってたまるか、そうでしょう?」
 あっ、巴は気付いた。信仁は、相手をハメに入った、と。宴席で乱闘は流石に御法度、それを利用して、こいつ、舌先三寸で上手い事相手を転がして有利な状況を作ろうとしている。でも、何をどうやって?
「一対一で、明日の朝八時開始。ここ来る時に見たんすけど、火の見櫓ありましたよね、あの下に代表の人、来て下さい。俺も用意しておきます。どっちかが参ったと言うか、あるいは里長さとおささんが勝負あったと認めるか、そのどっちかで決まり。この条件でどうでしょう?」
 里の真ん中辺、季節の祭りなどをする事もある見晴らしの良い広場に火の見櫓があったのを、ベンツの助手席から信仁は目ざとく見ていたらしい。
「お、おう」
 男どもは、曖昧に頷く。信仁が提示した条件の意味がもう一つ飲み込めないらしい。これのどこに、自分たちが人間ごときに負ける要素があるんだ?
「では里長さん、ジャッジはお願いします。それと、殺し合いじゃない、って事で良いんですよね?」
「……勿論だ」
 体よく、なし崩しに重責を負わされた里長が、重々しく頷く。
「じゃあ、その条件で。ごちそうさまでした」
 信仁は、挨拶して席を立つ。用意しなけりゃならない事が山ほどありますんで、そう付け足して。
 巴と、心配げな妹達も席を立つ。円は、何事か腹に一物ありそうな眼差しでそれを見送る。
 巴が後ろ手に閉めたふすまの向こうで、若い衆を諫め、円に詫びる村長の声が聞こえた。

「こーなる事わかってて持って来させたんだよな、間違いなく」
 ぶつくさ言いながら、信仁は円のベンツ190E2.3-16のトランクからガンケースその他を下ろす。大小ガンケースとその他装備のダッフルバッグは、寮を出発する以前、巴が来る前に、円に言われて一揃い積んでおいたものだ。
「なんか、すみません……」
 かおるが、しおらしく詫びる。
「うん。ごめんなさい。ホントはばーちゃんが一言言えば収まるはずなのに」
 かじかも、その横で頭を下げる。
「や、ま、成り行きですから」
 二人を気に病ませたくない信仁は、努めて軽く答える
「……ホントに大丈夫なの?あんな大見得切って……」
 巴は、その信仁に、腕組みして眉根を寄せて尋ねる。咄嗟の判断力と射撃能力については、今までの二年間と、何よりあの時・・・の出来事で巴は信仁に絶大の信頼を置いてはいる。それに、さっきの物言いから、何某なにがしかの策は思いついているらしいが……
「さあてなあ。地の利はこっちにはないし。キツイってのは間違いねぇな」
「だったら……」
「ねえ、聞いて良いですか?」
 抗議しようとした巴を遮って、その二人の会話の様子を見ていた鰍が口を挟む。何か、強い思いに突き動かされて。
「怖く、ないんですか?」
 開いたトランクの、ほのかなラゲッジルームランプの明かりに浮かぶ鰍の顔は、真剣だ。
「だって。信仁さん、普通の人なのに。「奴」の相手して、ばーちゃんとやり合って。普通に考えたら勝てるわけないし、逃げたって全然問題無いのに。今だって。普通断るでしょ?……あたし達が、怖くないんですか?」
 性格的に祖母に一番似ていて、姉妹の仲で一番斜に構えて皮肉屋である鰍が、一気にまくしたてた。その珍しい真剣さに、姉二人は少し驚いて鰍を見る。
「怖いっすよ?怖くないわけないじゃないですか。さっきだって、怖ぁいお兄さん方に睨まれて、俺、キンタマ縮み上がっちまいましたよ」
 トランクを閉め、両手と背中にいっぱいの荷物を持った信仁が、軽く言う。
「俺、ケンカ弱いし、痛いの大っ嫌いだし。ホントそういうの苦手なんですよ。白状すると、キャッチボールだって飛んでくる球怖いんすから。でも、怖いけど、これ、逃げ道ないじゃないすか。だったら、腹据えてやるしかないでしょ?……開けてくれます?」
 里長さとおさ宅の玄関を馨に開けてもらいつつ、信仁は言葉を続ける。
「殴られりゃ痛いけど、痛いのやだけど、逃げたって絶対いつか殴られるわけだし、逃げれば逃げるだけどんどん怖くなるってのがわかってるんで。だったら、怖くなる前に殴られちまえ、運が良けりゃ避けられる、来るのわかってりゃ痛くても耐えられる、まあ、そんな感じですよ」
 ライフルケースとダッフルバッグを玄関の端に置いた信仁は、バッグの中からマグライトとヘッドライトを引きずり出す。
「さてと。少し散歩してきます。少しでも地形を頭に入れておきたいんで」
「……つきあうわ。あたしだって、ちょっとは里の中のこと覚えてるもの」
 ヘッドライトを着け、マグライトを逆手に持って右肩に担いだ信仁の左腕に、巴が腕を絡めた。
「おう。恩に着ますぜ、あねさん」
「……ちょ、待って」
「アタシも行く!」
 歩き出した二人を見て、一瞬顔を見合わせた馨と鰍は、小走りにその後を追いかけた。

 散歩という口実の地形の偵察から里長さとおさの邸宅に戻った四人は、恐縮している里長の妻に迎えられ、寝室及び風呂に案内された。
 里長が気を使ったのか、それとも姉妹同様に里に住居を持たない円が里に滞在する時は必ずここを使うためか、一同は離れの客間に案内された。離れと言っても下手な一戸建てより大きい平屋であり、風呂トイレも母屋とは別に用意されている。
 一応は気を使って――その実、自分たちの後に男子が風呂に入るのをなんとなく避けたい乙女心もあって――先に風呂を使うことを勧められた信仁だが、「もうちょっと、やる事があるんで」と言って断り、母屋の方に戻って行ってしまった。その様子から後を追うのを躊躇ためらった姉妹は、歳の順に末妹から先に風呂をいただく事にする。そこに妹達の、タイミングが合えば、あわよくば姉の入浴中に信仁をけしかてみようという暗黙の了解による企みがあった事は、長姉は気付いていなかったが、それはまた別のお話である。
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