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第二章 騎士となるために
基礎魔道
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一八は基礎魔道の授業に来ていた。しかも一人きりだ。かといって、一時限目で体力を使い果たした彼であるからこの授業は素直に有り難いと思う。二限目も剣術を選んだ面々が気の毒だと感じるほどに。
本当に誰もいない。小さめの教室ではあったけれど、最前列に一八が座っている他には一人もいなかった。やはり基礎とつく授業を受ける候補生は少ない模様だ。
しばらくすると教官がやって来た。直ぐさま立ち上がり敬礼。点呼を取る必要もないのだが、決まりであるし一八は声を上げる。
「奥田一八候補生であります!」
軍隊式の挨拶は慣れたものだ。中学高校と過ごした柔術部での経験とあまり差は感じない。
「ああ結構。今年は受講生がいたので驚いているよ」
現れたのは女性教官であった。彼女は菜畑《なばた》教官といい他に応用魔道という授業を兼務している。聞けば彼女は魔道科の責任教官らしい。
「人気ないっすね?」
「人気ない言うな。基礎の重要さを皆が分かっていないだけだ。応用や実践とつけばこぞって履修するというのにな……」
確かにその通りである。現実に応用魔道の授業には大勢の候補生たちが受講予定となっていた。基礎など学ぶ必要がないと考える生徒が大半のよう。
「まあしかし、私は一人であっても授業を行う。授業自体をキャンセルしてしまう教官も中にはいるのだがな」
受講生が一人ではどうしても効率が悪い。受講する者が少ない場合は代替授業に移動させられる場合もあった。
「それで奥田、君はどうして基礎魔道を受講した? 見ての通り誰も興味を持っていないのだぞ? 君は既に名が売れているし、剣術だけを受講したとして恐らく卒業できるはず」
菜畑が聞く。オークエンペラーと一騎打ちをした話は既に全員が知っていることだ。マスコミが興味を示す一八が無闇矢鱈と落第するはずもないのだと。
その問いに小さく一八は頷いた。受講したのには、ちゃんとした理由がある。幼い頃から決めていることが受講に関連していた。
「俺は最強を目指したい。だから魔道をちゃんと学ぼうと思った。浅村ヒカリを投げ飛ばすには腕っ節だけじゃ駄目なんです」
意外な話だったのか、菜畑はほうと感心したような声を上げる。見た感じは完全な脳筋でしかない一八から、よもやそんな言葉を聞くとは思わなかったらしい。
「浅村大尉を投げ飛ばしたいか。それは実に良い目標だな。彼女は高校時代に剣術部と柔術部を掛け持ちしていた猛者。いずれも無敗なのだから優秀という以外に言葉がないな」
「マジっすか!?」
それは初めて聞く話であった。柔術の扱いは剣術に比べて低い。よって世に知られている浅村ヒカリは無敗の剣士であったというだけである。
「マジもマジだよ。あのような才能は二度と現れないだろう。基礎ステータスが秀でているだけでなく、徹底した努力を重ねる根性まで備わっている。名声に奢ることなく地道な成長を続けていく。あんな真似は誰にでもできることじゃない」
どうやら菜畑は浅村ヒカリをよく知っているようだ。彼女は浅村ヒカリが配備されるよりも前から教官であったらしい。
「応用魔道で浅村ヒカリに教鞭を執っていたんすか?」
「いやいや、浅村ヒカリは徹底しているんだぞ? 彼女も基礎魔道を受講していたんだ……」
正直に驚いていた。一八は何度も投げ飛ばされたあの日を思い出している。殆ど魔力を感じなかったというのに、一八はいとも容易く投げられてしまったのだ。
「基礎魔道って何ができるんすか?」
問わずにいられない。もしかするととんでもない授業なのではないかと思う。基礎というだけで習わずにいたのなら損をするものではないかと。
「基礎魔道では何もできんよ。何しろ魔力の使い方や放出量について学ぶだけだからな」
期待した一八だが、返答は至ってシンプル。やはりその名の通り基礎は基礎であったらしい。
「しかし、基礎を疎かにした者が応用をこなせるはずがないのだ」
続けられた菜畑の話には含みがある。この基礎魔道という授業の有用性について彼女は語り始める。
「だからこそ私は一人でも受講者がいれば授業をキャンセルしない。基礎は全てに通じている。基礎という地盤があってこそ応用が生かせるというもの。二段飛ばしで習得できるほど魔道は甘くない。能力を最大限に引き出すには基礎を固めなければならん」
菜畑が口にすることは武士が語っていたことと同じだった。徹底した素振りを強要されたのは伸びしろを増やすため。いきなり応用をしたとして補完にしかならないのだと。
「学びたい者が一人でもいるのなら私は導くだけ。魔道の極みへとな。究極の魔道剣士や魔道士は必ず基礎を理解している。だが、習得した気になっている者が大多数だ。才能を生かし切れていない。だから奥田一八、貴様を歓迎しよう。魔道の真髄となる基礎を叩き込んでやる」
どうやら一八は当たりを引いたようだ。身体を休める以外にもメリットが多いように思う。元より基礎すら学んだことのない一八である。菜畑が話すように真髄を学ぼうと決意を新たにできていた。
そんな折、急に教室の扉が開かれている。
「遅れました! 浅村アカリ候補生です!」
唐突に現れたのは浅村アカリであった。彼女は履修科目に選択していなかったはずが、どうしてか基礎魔道の教室に現れている。
「んん? 履修変更でもしたのか? 私は今年度の履修生が一人だと聞いているが?」
「先ほど訂正申請いたしました! どうも私は魔力値に恵まれないようで、基礎から見直したく考えております!」
アカリが答えている。彼女は裏にある天恵技訓練を履修していたのだが、思うところあって基礎魔道という学科に変更申請したらしい。
「浅村というと大尉の妹か?」
菜畑が質問を返している。彼女も大尉の妹が入学したことを知っている感じだ。
「はい、私は浅村ヒカリ大尉の妹で浅村アカリです。ステータス計測で潜在魔力量に伸びしろがないとの結果が出ました。ですので基礎を磨くことで私は前線で戦えるようになりたいのです」
狼狽えることなくアカリは答えた。自身は守護兵団最強と言われる浅村ヒカリの妹であると。加えて臆することなく魔力量の問題まで口にしている。
「そうか。なら着席しろ。とても良い判断をしたな。何しろ二人しかいないのだ。徹底的に基礎を学ばせてやる」
初回と言うこともあり別に菜畑はとやかく言わなかった。訂正申請さえしておるのであれば問題はないらしい。
「おう、よろしくな?」
隣に着席したアカリに一八が話しかける。彼女と会うのは三度目だ。初めて会った体育祭だけでなく、彼女とはウメダ駅への道中も偶然に一緒であった。
「奥田君がここにいるのは意外だわ。貴方はお姉ちゃんも評価していたし……」
アカリが小さな声で返している。自信満々な彼女はもうどこにもいない感じだ。
「俺はド素人だぞ? 別に基礎魔道を受講していても不思議ではないはずだ。それに俺が履修していたからキャンセルにならなかった。感謝して欲しいね」
「確かに貴方が受講してくれたおかげで、私は実技から解放された。やはり感謝すべきなのでしょうね……」
一八がいなければアカリは当初の予定通り天恵技訓練を受けていただろう。変更する科目が他になかったのだから。
「お前たち雑談はそのくらいにしろ。授業を始めるぞ」
挨拶くらいは大目に見た菜畑であるが、それ以上は許してくれない。彼女は早速と授業を始めるという。
「魔道とは体内に宿る魔力を活性化し、力へと変換することである」
語られたのは基礎と銘打ったまま。誰もが知る内容から授業が始まっていた。
「内包する魔力は人により様々だ。奥田のように他人が羨む容量を持っている場合もあれば、浅村のように思わず目を逸らしたくなる容量もある。容量は先天的なものである場合が多く、十八歳を越えてからはほぼ伸びないことが判明している」
基礎と言うに恥じない授業が始まっていた。中学生でも習うこと。魔力の最大値に関する話である。
「だが、悲観してはいけない。たとえ潜在魔力量に伸びしろがなくとも運用さえしっかりと考えたのなら、私は十分に活躍できると考えている」
ここでアカリの表情が一変する。頭を垂れるようにして聞いていた彼女だが、真っ直ぐに菜畑の目線を捕らえていた。
「教官、それは魔力量が規定値以下であっても戦えるということでしょうか?」
思わず質問してしまう。まだ質疑応答の場面ではなかったというのに。
「無論だ。常に魔力を放出するなど無駄でしかない。基礎魔道とは魔道の根幹である。現在において魔法術式はこれ以上ないほど簡略化されて魔道具に記されている。残す課題は魔力消費。効率よく運用できてこそ魔道具が生きてくる。必要以上に垂れ流すなんて美しくないだろう?」
基礎魔道とは基本的な魔法の運用を学ぶ場である。それはつまり効率化を図ることでもあった。無駄な魔力消費を減らし、少しでも戦局を有利に運べるようにとの理念が含まれている。
「剣術科しか受講しなかったのなら、一年に亘り剣術科に特化した授業を行う。貴様らが魔道士の何たるかを学んだとして意味はないからな」
二人の受講生はいずれも剣術科である。であれば魔道士の根幹にかかわる話は無用。剣士が戦う上で重要な話だけをすると菜畑は語っていた。
これから始まる授業は二人が剣士であり続ける限りに必要不可欠な内容となるだろう。何事においても基礎という地盤が必要であるのだから……。
本当に誰もいない。小さめの教室ではあったけれど、最前列に一八が座っている他には一人もいなかった。やはり基礎とつく授業を受ける候補生は少ない模様だ。
しばらくすると教官がやって来た。直ぐさま立ち上がり敬礼。点呼を取る必要もないのだが、決まりであるし一八は声を上げる。
「奥田一八候補生であります!」
軍隊式の挨拶は慣れたものだ。中学高校と過ごした柔術部での経験とあまり差は感じない。
「ああ結構。今年は受講生がいたので驚いているよ」
現れたのは女性教官であった。彼女は菜畑《なばた》教官といい他に応用魔道という授業を兼務している。聞けば彼女は魔道科の責任教官らしい。
「人気ないっすね?」
「人気ない言うな。基礎の重要さを皆が分かっていないだけだ。応用や実践とつけばこぞって履修するというのにな……」
確かにその通りである。現実に応用魔道の授業には大勢の候補生たちが受講予定となっていた。基礎など学ぶ必要がないと考える生徒が大半のよう。
「まあしかし、私は一人であっても授業を行う。授業自体をキャンセルしてしまう教官も中にはいるのだがな」
受講生が一人ではどうしても効率が悪い。受講する者が少ない場合は代替授業に移動させられる場合もあった。
「それで奥田、君はどうして基礎魔道を受講した? 見ての通り誰も興味を持っていないのだぞ? 君は既に名が売れているし、剣術だけを受講したとして恐らく卒業できるはず」
菜畑が聞く。オークエンペラーと一騎打ちをした話は既に全員が知っていることだ。マスコミが興味を示す一八が無闇矢鱈と落第するはずもないのだと。
その問いに小さく一八は頷いた。受講したのには、ちゃんとした理由がある。幼い頃から決めていることが受講に関連していた。
「俺は最強を目指したい。だから魔道をちゃんと学ぼうと思った。浅村ヒカリを投げ飛ばすには腕っ節だけじゃ駄目なんです」
意外な話だったのか、菜畑はほうと感心したような声を上げる。見た感じは完全な脳筋でしかない一八から、よもやそんな言葉を聞くとは思わなかったらしい。
「浅村大尉を投げ飛ばしたいか。それは実に良い目標だな。彼女は高校時代に剣術部と柔術部を掛け持ちしていた猛者。いずれも無敗なのだから優秀という以外に言葉がないな」
「マジっすか!?」
それは初めて聞く話であった。柔術の扱いは剣術に比べて低い。よって世に知られている浅村ヒカリは無敗の剣士であったというだけである。
「マジもマジだよ。あのような才能は二度と現れないだろう。基礎ステータスが秀でているだけでなく、徹底した努力を重ねる根性まで備わっている。名声に奢ることなく地道な成長を続けていく。あんな真似は誰にでもできることじゃない」
どうやら菜畑は浅村ヒカリをよく知っているようだ。彼女は浅村ヒカリが配備されるよりも前から教官であったらしい。
「応用魔道で浅村ヒカリに教鞭を執っていたんすか?」
「いやいや、浅村ヒカリは徹底しているんだぞ? 彼女も基礎魔道を受講していたんだ……」
正直に驚いていた。一八は何度も投げ飛ばされたあの日を思い出している。殆ど魔力を感じなかったというのに、一八はいとも容易く投げられてしまったのだ。
「基礎魔道って何ができるんすか?」
問わずにいられない。もしかするととんでもない授業なのではないかと思う。基礎というだけで習わずにいたのなら損をするものではないかと。
「基礎魔道では何もできんよ。何しろ魔力の使い方や放出量について学ぶだけだからな」
期待した一八だが、返答は至ってシンプル。やはりその名の通り基礎は基礎であったらしい。
「しかし、基礎を疎かにした者が応用をこなせるはずがないのだ」
続けられた菜畑の話には含みがある。この基礎魔道という授業の有用性について彼女は語り始める。
「だからこそ私は一人でも受講者がいれば授業をキャンセルしない。基礎は全てに通じている。基礎という地盤があってこそ応用が生かせるというもの。二段飛ばしで習得できるほど魔道は甘くない。能力を最大限に引き出すには基礎を固めなければならん」
菜畑が口にすることは武士が語っていたことと同じだった。徹底した素振りを強要されたのは伸びしろを増やすため。いきなり応用をしたとして補完にしかならないのだと。
「学びたい者が一人でもいるのなら私は導くだけ。魔道の極みへとな。究極の魔道剣士や魔道士は必ず基礎を理解している。だが、習得した気になっている者が大多数だ。才能を生かし切れていない。だから奥田一八、貴様を歓迎しよう。魔道の真髄となる基礎を叩き込んでやる」
どうやら一八は当たりを引いたようだ。身体を休める以外にもメリットが多いように思う。元より基礎すら学んだことのない一八である。菜畑が話すように真髄を学ぼうと決意を新たにできていた。
そんな折、急に教室の扉が開かれている。
「遅れました! 浅村アカリ候補生です!」
唐突に現れたのは浅村アカリであった。彼女は履修科目に選択していなかったはずが、どうしてか基礎魔道の教室に現れている。
「んん? 履修変更でもしたのか? 私は今年度の履修生が一人だと聞いているが?」
「先ほど訂正申請いたしました! どうも私は魔力値に恵まれないようで、基礎から見直したく考えております!」
アカリが答えている。彼女は裏にある天恵技訓練を履修していたのだが、思うところあって基礎魔道という学科に変更申請したらしい。
「浅村というと大尉の妹か?」
菜畑が質問を返している。彼女も大尉の妹が入学したことを知っている感じだ。
「はい、私は浅村ヒカリ大尉の妹で浅村アカリです。ステータス計測で潜在魔力量に伸びしろがないとの結果が出ました。ですので基礎を磨くことで私は前線で戦えるようになりたいのです」
狼狽えることなくアカリは答えた。自身は守護兵団最強と言われる浅村ヒカリの妹であると。加えて臆することなく魔力量の問題まで口にしている。
「そうか。なら着席しろ。とても良い判断をしたな。何しろ二人しかいないのだ。徹底的に基礎を学ばせてやる」
初回と言うこともあり別に菜畑はとやかく言わなかった。訂正申請さえしておるのであれば問題はないらしい。
「おう、よろしくな?」
隣に着席したアカリに一八が話しかける。彼女と会うのは三度目だ。初めて会った体育祭だけでなく、彼女とはウメダ駅への道中も偶然に一緒であった。
「奥田君がここにいるのは意外だわ。貴方はお姉ちゃんも評価していたし……」
アカリが小さな声で返している。自信満々な彼女はもうどこにもいない感じだ。
「俺はド素人だぞ? 別に基礎魔道を受講していても不思議ではないはずだ。それに俺が履修していたからキャンセルにならなかった。感謝して欲しいね」
「確かに貴方が受講してくれたおかげで、私は実技から解放された。やはり感謝すべきなのでしょうね……」
一八がいなければアカリは当初の予定通り天恵技訓練を受けていただろう。変更する科目が他になかったのだから。
「お前たち雑談はそのくらいにしろ。授業を始めるぞ」
挨拶くらいは大目に見た菜畑であるが、それ以上は許してくれない。彼女は早速と授業を始めるという。
「魔道とは体内に宿る魔力を活性化し、力へと変換することである」
語られたのは基礎と銘打ったまま。誰もが知る内容から授業が始まっていた。
「内包する魔力は人により様々だ。奥田のように他人が羨む容量を持っている場合もあれば、浅村のように思わず目を逸らしたくなる容量もある。容量は先天的なものである場合が多く、十八歳を越えてからはほぼ伸びないことが判明している」
基礎と言うに恥じない授業が始まっていた。中学生でも習うこと。魔力の最大値に関する話である。
「だが、悲観してはいけない。たとえ潜在魔力量に伸びしろがなくとも運用さえしっかりと考えたのなら、私は十分に活躍できると考えている」
ここでアカリの表情が一変する。頭を垂れるようにして聞いていた彼女だが、真っ直ぐに菜畑の目線を捕らえていた。
「教官、それは魔力量が規定値以下であっても戦えるということでしょうか?」
思わず質問してしまう。まだ質疑応答の場面ではなかったというのに。
「無論だ。常に魔力を放出するなど無駄でしかない。基礎魔道とは魔道の根幹である。現在において魔法術式はこれ以上ないほど簡略化されて魔道具に記されている。残す課題は魔力消費。効率よく運用できてこそ魔道具が生きてくる。必要以上に垂れ流すなんて美しくないだろう?」
基礎魔道とは基本的な魔法の運用を学ぶ場である。それはつまり効率化を図ることでもあった。無駄な魔力消費を減らし、少しでも戦局を有利に運べるようにとの理念が含まれている。
「剣術科しか受講しなかったのなら、一年に亘り剣術科に特化した授業を行う。貴様らが魔道士の何たるかを学んだとして意味はないからな」
二人の受講生はいずれも剣術科である。であれば魔道士の根幹にかかわる話は無用。剣士が戦う上で重要な話だけをすると菜畑は語っていた。
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