オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我

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第二章 騎士となるために

鷹山伸吾

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 玲奈と伸吾は担当エリアの西端まで来ていた。隣の区画では魔道科が広域実習中らしい。よって魔法の発動アラートを気にしつつ、二人は探索する必要があった。

「マップで確認する限り、近くに魔道科はいないね。とりあえずは安心だよ。魔道ガトリング砲を誤射されたら堪らないからね。一瞬にして蜂の巣だよ……」
 伸吾が冗談交じりに言った。魔道科は主に詠唱文が刻まれた魔道デバイスにて戦う。魔力に応じて武器が決められており、特に魔力が長けたものはガトリング砲と呼ばれる連射式の銃砲まで扱えた。

「ガトリング砲だと!? 私は是非とも見てみたいぞ! 高校にはなかったからな!」
「変なものに食い付くんだね? そういえば岸野さんは魔道科に通っていたのだっけ」
 伸吾は玲奈のこともよく調べているらしい。魔物の知識だけでなく武器や仲間のことまで知り尽くしているようだ。

「変なものと言うな! こう見えて私はセラガトの大ファンでな! モモコが放つ火属性ガトリングがもの凄く好きなんだ!」
 熱く語る玲奈。セラガトとは彼女のお気に入りアニメに他ならない。主人公が持つガトリング砲の豪快な射撃が快感となっているようだ。

「セラガト? 何だいそれは?」
「おおう! 伸吾にも分からないことがあったのだな? 良いだろう。私が今度コンプリートディスクセットを貸してやる。夏には第二期の放送もあるし丁度良い!」
 話の内容からアニメであることを伸吾は推し量っている。流石に苦笑いだ。クールな印象であったけれど、割と幼い面も玲奈にはあるのだと分かった。

「それはまたの機会に。確か魔道科のAクラスはガトリング砲を持ち出しているはずだよ。今年は二人も扱えるようだからね。練習がてらに撃ち放っていると思う」
 そういえば魔物の遠吠えかと考えていた音はガトリング砲なのかもしれない。山間部に響く低音は魔道科による砲撃なのだろう。

「それは恐らく恵美里だ。武門七条家の名に恥じない魔力を持っているからな。あと可能性があるとすれば舞子じゃないかと思う。彼女の家系は政治や魔道に精通しているのだ。勉強はそれほどでもないが、魔道の腕前はかなりいい」
「なるほどね。確かにカラスマ女子学園は魔道の名門だし、そこから入学した二人がトップを争ってもおかしくない。でもガトリング砲が撃ちたいのなら君も魔道科に入ったら良かったんじゃないの?」
 ここで疑問が返されている。同じカラスマ女子学園出身の玲奈なら魔道科でも合格できたのではないかと。

「いや私は基本的に剣士だ。魔道は剣術の補助に使う。前線にいる騎士は魔道の心得を持つべきだ」
「やはり君は高い志を持っているね? 僕もそう思うよ。魔力があるだけでなく魔道をも使いこなせたなら、任務完遂の可能性が高まる。かといって現状の魔道科は道具に頼り切りだけど……」

 魔道科は全員が武器デバイスを携帯していた。魔力量から算出された中から、適切な魔道具を自分で選ぶようになっている。杖を持ち詠唱するのは高校までであり、騎士学校ではより実戦的な装備が与えられた。

「ところで伸吾よ、貴様はどこの高校を卒業した?」
 ふと玲奈が聞く。正直に伸吾については何も分からない。今のところ魔物に対して落ち着いているし、狙いも的確である。これほどの腕前であるというのに、これまで鷹山伸吾という剣士の名は一度として聞いたことがない。

 伸吾は少しばかり返答に躊躇っている様子。けれど、少しの沈黙があったあと彼は口を開いている。

「僕は中卒だよ――――」
 考えもしない返答であった。玲奈は言葉を失っている。軽はずみな質問であったことを今更ながらに痛感していた。

「すまん……。色々と事情があるとは知らずに……」
「問題ないよ。僕は爺ちゃんに養ってもらってたんだけど、受験前に爺ちゃんが体調を悪くしてね。高校には進学できなかった……」
 またもはぐらかすのかと思いきや、伸吾は自身の生い立ちを語り始める。両親ではなく祖父に育てられたという話を。

「まあそれで仕方なく一般兵になった。給料は安かったけど、中学に通いながらでも雇ってもらえたからね」
 聞けば中学を卒業するよりも前から兵団にいたという。一般兵の給与は非常に安かったけれど、中学に通いながら雇ってもらえるのは一般兵しかなかったらしい。

「夜勤専門か……。さぞ苦労したのだな?」
「そうでもないよ。中学を卒業するまでは一年くらいだったからね。卒業してからは普通に昼勤と夜勤が交互にあっただけ。僕が働いたおかげで爺ちゃんは良い病院に入れたし、今は元気にしているよ」
 悲しい結末ではなかったのが救いだった。祖父が元気であるからこそ語られた内容に違いない。

「兵団で腕を磨き受験したのか? しかし、騎士学校は高校を卒業しなければ受験資格すらなかったのではないか?」
「まあそれなんだけど、一応は通信教育を受けて高校卒相当の資格を取ったよ。あと僕には理解者がいたから……」
 一般兵として四年も配備されていたこと。やはり伸吾は並の剣士ではないと思う。玲奈は彼の言動が全て経験から導かれたものであると分かった。

「階級はどうだったんだ? 四年もいたのだから少しくらいは上がっただろう?」
「伍長だったね。騎士学校に合格してから退役ということになってる」
「ほう、立派なものじゃないか? そこまで昇進できたのなら、騎士学校を受験せずとも十分な暮らしができただろう?」
 玲奈は問いを重ねている。二等兵や一等兵でないのであれば、十分な暮らしが保証されたはずだと。

「本心を言うと受験したいとは思わなかった。現状には満足していたからね。ある人の勧めで受験は準備していたんだけど、僕はそこまで乗り気じゃなかった……」
「ならどうして受験した? その方に恩義でもあったというのか?」
 会話中に現れる魔物は言葉を交わさずとも適切な対処ができていた。そのことからも伸吾が経験豊富な剣士であることが分かる。

「恩義もあったけれど、最後は僕自身が受験したくなった。なぜなら僕は見てしまったから……」
 具体的な内容はなく、少しも理解できない話だが、恐らく伸吾は目撃した何かに看過されたのだろう。

「あれは本当に凄まじい剣だった。僕は間近にそれを見たんだ……」
 伸吾が語っていく。記憶に焼き付く太刀筋。人生を一変させてしまうほどの衝撃について。

「奥田一八と岸野玲奈を――――」
 不意に現れた名に玲奈は驚いている。伸吾とは騎士学校で始めて会った。間近で見るような機会はなかったはずだ。

「ひょっとして……?」
 疑問は玲奈の中で既に解答へと行き着いていた。思わず口を衝いたのは驚きのあまりである。
「その通りだよ。僕はスタンピードの中にいたんだ……」
 スタンピードと聞いただけで何であるのか理解できた。玲奈が剣を振るう機会。一般兵が間近に見る機会はあの場面しかない。オークの大軍が南下し、大量の魔物が逃げ惑ったとき。義勇兵として参加したあの戦闘しか考えられなかった。

「実は君たち二人の直ぐ近くにいた。本当に驚いたよ。制服を着た男女が突然現れたかと思えば、魔物をなぎ倒しているんだもの。あのとき僕は美しい太刀筋を見たよ。ああいや、見せつけられていたんだ。魔物の対処が第一であったというのに、あろうことか僕は目を奪われていた……」
 玲奈は息を呑んだ。まさかあの時、伸吾が側にいたなんてと。まるで予想しない出会いがあっただなんて。

「だから僕は騎士学校を受験した。君たちと同期になりたかったから……」
 伸吾の背中を押したのは玲奈たちであったらしい。意図せず一人の剣士を導いていたようだ。
「君たちは直ぐに飛び去っていってしまったけどね? 追いかけて名前を聞きたかったけど、流石に任務は放棄できなかった。まあでも、翌日には君たち二人が何者であったのかを知れたよ……」
 伸吾は笑っている。次の日には疑問を解消するどころか私生活まで明らかになったのだ。同い年であることが分かったし、二人が騎士学校を目指していることまで知れた。

「今は騎士学校に入って良かったとおも……」

【ピリピリピリピリ……】

 伸吾が話を続けたところで、二人のハンディデバイスが音を立てた。定時連絡は行ったばかり。何の用事だと小首を傾げるも、ハンディデバイスは応答に出るよりも早く西大寺の声を流す。

『緊急通信、全候補生に。強大な魔物が接近している。任務は中止だ。速やかに撤退すること――――』

 伝えられる内容には言葉がなかった。強大な魔物が何であるのか不明であるけれど、死体の処理まで依頼するということは一定の予測が成り立つ。

「伸吾、恐らく飛竜だ。陸上の魔物であれば、撤退を促すだけだろう」
「だね……。開けた場所以外は放置しても構わないはず」
 二人は直ぐさま撤収を開始する。狼狽えることなく西大寺教官の通達通りにスムーズな行動を始めた。

 少しばかり嫌な予感がしていたけれど、今は急がねばならない。
 たった二人で飛竜の相手などできないのだから……。
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