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第二章 騎士となるために
怪鳥
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莉子は必死になって状況を整理している。爺ちゃんとは祖父のこと。それ以外の情報は何も含まれていなかったのだが……。
「おお、そういうお前は一八じゃないか!」
呆然とする莉子。一八の言葉と老人の話は繋がっていたけれど、どうにも混乱してしまう。何がどうあってミノウ山地という僻地で祖父と孫が再会するのかと。
「ちょい、カズやん君!?」
「あ、ああ……」
今もまだ動揺しているような一八には困惑するしかない。どうやら彼もまた祖父が山奥にいる理由を分かっていないようなのだ。
「一八、まあ入れ! 久しぶりだな!」
空気を読むことなく老人が扉を大きく開く。更には手招きをして二人を迎え入れていた。
中は何もない。丸太を切っただけの椅子と壁に取り付けた机のような板があるだけだ。ベッドすらないこの小屋は生活感を少しも覚えなかった。
「カズやん君、説明して! 何がどうなってんのよ?」
今は任務中であり、一八の祖父に会いに来たわけではない。よって莉子は詳細の説明を求めた。
「すまん。この人は俺の爺ちゃんで奥田七二っていうんだ。五年前に家を出て行ったんだ……」
「五年も行方不明だったの!? もしかして家族関係が問題だったのかな?」
どうにも信じられない。二人は別に険悪そうでもないし、もしもその話が事実だとすればお爺さんは息子夫婦に追い出されたとか思えなかった。
「ああいや、そういうわけじゃない。爺ちゃんは自ら出ていったんだ……」
莉子は察している。祖父が家を出て行く理由。息子の嫁が醸し出す嫌悪感を察したのだろうと。
しかし、次の瞬間、莉子は再び呆けることになった。あり得ない一八の話を聞くことによって。
「仙人になりたいと――――」
しばらくは固まって言葉がでなかった。なぜなら、そのような途方もない馬鹿が存在するとは思えなかったからだ。
「じょ、冗談だよね……?」
莉子の確認に一八は首を振る。常々、玲奈から馬鹿呼ばわりされていた莉子だが、本当の馬鹿がここにいるのだと確信した。
「嬢ちゃん、儂は七二仙人じゃ。全ての煩悩を断ち、俗世とはもう縁を切った。まあしかし、可愛い孫は別じゃ。歓迎するぞい」
七二はカッカと笑って木を削ったようなコップに水を入れてくれる。一瞬躊躇した莉子であったが、大きな声を出したこともあってそれを飲み干してしまう。
「爺ちゃん、まさかずっとミノウ山地にいたのか? ここって魔物だらけだろ?」
「心配無用じゃ! 魔物なんぞ全て投げ飛ばしておるからの。今ではこの小屋に近付く魔物などいない。儂を強者と認めたのじゃろう」
とんでもないお爺さんだと莉子は思った。見たところ武器すらない。鵜呑みにしたのであれば、彼は身体一つで魔物と戦っていたことになる。
「マジかよ。相変わらずぶっ飛んでんな……」
「ぶっ飛びすぎだし! そんなことあり得るの!?」
莉子は困惑するばかりだ。如何に強者であろうとも素手で魔物と戦うだなんて無謀すぎる。怪我をしたとして、このような山中では誰も助けてくれないのだ。
「爺ちゃんは無敵の柔術家だったからな……」
「無敵にもほどがあるっしょ!?」
「まあ嬢ちゃん、儂はこの通り元気なんじゃ。それくらいにしてくれい。それよりも一八、お前まさか騎士学校に入学したのか?」
戸惑う莉子を放置して七二が問う。守護兵団騎士候補生といえば彼にも分かったらしい。
「そうなんだよ。俺は人族のために戦うことにした。今は剣術を覚えて戦っている」
「なるほどの。一八には天賦の才があったし、合格しても不思議ではないな。奥田家の呪縛から逃れられたのなら良かったじゃないか……」
呪縛とは間違いなくアレのことだろうと一八は思う。けれど、莉子もいる手前、明言は避けたいところだ。
「クソ馬鹿の呪縛から……」
「明言すんじゃねぇよ!」
本当に恥ずかしい。馬鹿の家系だと言われてきたけれど、今やそれは先祖代々勉強してこなかったせいだと分かる。
「ところで、一八たちは山を登るつもりか? 山頂には厄介なやつが棲みついておるぞ?」
ここで一八たちは有力な情報を得る。ミノウ山地に住む七二の話であれば、それは真実に違いない。
「爺ちゃんでも厄介なのか?」
「そうなんじゃ。手も足もでん。だから儂は放置することにしたんじゃ……」
老いたとしても、三六ですら敵わぬ七二。その彼が手も足もでない魔物など天災級レベルだと容易に推し量ることができた。
「一体どんな魔物がいるのですか?」
莉子が問いを返す。正直に戦闘に飢えていた莉子であるけれど、強敵過ぎる魔物はその限りではないのだと。
「山頂に棲みついたのはハーピーじゃ……」
ところが、返答には疑問しか思い浮かばなかった。ハーピーは群れこそ作るけれど、危険度はDランク。一八ですら強者だという七二が手こずるはずもなかった。
「お爺さん、そのハーピーはユニーク個体ですか?」
続けられた質問に七二は首を振った。これには益々分からなくなる。変異種ではないのであれば、危険度はしれているはずなのだ。
「山頂でハーピーを見た儂は本当に驚いた。思わず後ずさりしてしまうほどに。儂自身ハーピーを初めて見たんじゃが、何とハーピーはな……」
ハーピーは怪鳥であるが、上半身だけは女性の姿をしている。だが、決して凶悪な見た目ではないし、七二が驚いた理由を莉子は察知できない。
「おっぱい丸出しなんじゃ!!」
「ただのエロジジイじゃん!?」
どこが仙人なのよと莉子。これには嘆息せずにはいられなかった。手も足もでないというのは敵わなかったという意味ではない。上半身が裸であるハーピーと戦うのに理性が持ちそうになかっただけのよう。
「頻繁に見に行ってしまうんじゃよ! 儂はもうミノウ山地を離れられんようになった! おっぱいの呪いにかかったらしいんじゃ!」
「煩悩まみれだし!!」
全ての煩悩を断ったと聞いたばかりだ。仙人への道のりが険しいことを莉子は知らされていた。
「それでお前たち、本当にハーピーを討伐するのか? 十匹はおるぞ?」
「当たりめぇだろう? 数が多かろうが戦うしかねぇんだ。俺たちはこれでも候補生なんだぜ? オオサカ市の周辺にある魔物被害を食い止めなきゃいけねぇ」
七二の問いに一八が答える。どれほど劣勢にあろうとも逃げ出すなんてできないのだと。騎士としての自覚は恐怖など拭い去っていた。
「そうか。ならば一つだけ言っておこう……」
どうやらアドバイスがある感じだ。仙人になると山ごもりをした七二には必勝法ともいえる戦法があるのかもしれない。
「一匹だけでも残してくれい!」
「どんだけだよ!?」
頼むと縋る七二に一八は首を振った。街まで飛来する恐れのある魔物を放置するわけにはならない。街を守るためには殲滅しなければならなかった。
「何ということじゃあ……。これから先、儂は何を楽しみに生きたら良いというつもりだ?」
「爺ちゃん、仙人は諦めて家に帰れ。ハーピーは何があろうと全て叩き斬るからな」
言って一八はじゃあなと小屋を出て行く。今は任務中なのだ。このような場所で時間を潰している場合ではない。
バタンと扉を閉めて、一八と莉子は頷き合う。とんでもなく浪費した時間を取り戻さねばならないのだと。
歩き出す二人の耳に七二の絶叫が届く。しかしながら、聞こえないフリをして山頂を目指した。
「儂のおっぱいぃぃぃ!!――――」
「おお、そういうお前は一八じゃないか!」
呆然とする莉子。一八の言葉と老人の話は繋がっていたけれど、どうにも混乱してしまう。何がどうあってミノウ山地という僻地で祖父と孫が再会するのかと。
「ちょい、カズやん君!?」
「あ、ああ……」
今もまだ動揺しているような一八には困惑するしかない。どうやら彼もまた祖父が山奥にいる理由を分かっていないようなのだ。
「一八、まあ入れ! 久しぶりだな!」
空気を読むことなく老人が扉を大きく開く。更には手招きをして二人を迎え入れていた。
中は何もない。丸太を切っただけの椅子と壁に取り付けた机のような板があるだけだ。ベッドすらないこの小屋は生活感を少しも覚えなかった。
「カズやん君、説明して! 何がどうなってんのよ?」
今は任務中であり、一八の祖父に会いに来たわけではない。よって莉子は詳細の説明を求めた。
「すまん。この人は俺の爺ちゃんで奥田七二っていうんだ。五年前に家を出て行ったんだ……」
「五年も行方不明だったの!? もしかして家族関係が問題だったのかな?」
どうにも信じられない。二人は別に険悪そうでもないし、もしもその話が事実だとすればお爺さんは息子夫婦に追い出されたとか思えなかった。
「ああいや、そういうわけじゃない。爺ちゃんは自ら出ていったんだ……」
莉子は察している。祖父が家を出て行く理由。息子の嫁が醸し出す嫌悪感を察したのだろうと。
しかし、次の瞬間、莉子は再び呆けることになった。あり得ない一八の話を聞くことによって。
「仙人になりたいと――――」
しばらくは固まって言葉がでなかった。なぜなら、そのような途方もない馬鹿が存在するとは思えなかったからだ。
「じょ、冗談だよね……?」
莉子の確認に一八は首を振る。常々、玲奈から馬鹿呼ばわりされていた莉子だが、本当の馬鹿がここにいるのだと確信した。
「嬢ちゃん、儂は七二仙人じゃ。全ての煩悩を断ち、俗世とはもう縁を切った。まあしかし、可愛い孫は別じゃ。歓迎するぞい」
七二はカッカと笑って木を削ったようなコップに水を入れてくれる。一瞬躊躇した莉子であったが、大きな声を出したこともあってそれを飲み干してしまう。
「爺ちゃん、まさかずっとミノウ山地にいたのか? ここって魔物だらけだろ?」
「心配無用じゃ! 魔物なんぞ全て投げ飛ばしておるからの。今ではこの小屋に近付く魔物などいない。儂を強者と認めたのじゃろう」
とんでもないお爺さんだと莉子は思った。見たところ武器すらない。鵜呑みにしたのであれば、彼は身体一つで魔物と戦っていたことになる。
「マジかよ。相変わらずぶっ飛んでんな……」
「ぶっ飛びすぎだし! そんなことあり得るの!?」
莉子は困惑するばかりだ。如何に強者であろうとも素手で魔物と戦うだなんて無謀すぎる。怪我をしたとして、このような山中では誰も助けてくれないのだ。
「爺ちゃんは無敵の柔術家だったからな……」
「無敵にもほどがあるっしょ!?」
「まあ嬢ちゃん、儂はこの通り元気なんじゃ。それくらいにしてくれい。それよりも一八、お前まさか騎士学校に入学したのか?」
戸惑う莉子を放置して七二が問う。守護兵団騎士候補生といえば彼にも分かったらしい。
「そうなんだよ。俺は人族のために戦うことにした。今は剣術を覚えて戦っている」
「なるほどの。一八には天賦の才があったし、合格しても不思議ではないな。奥田家の呪縛から逃れられたのなら良かったじゃないか……」
呪縛とは間違いなくアレのことだろうと一八は思う。けれど、莉子もいる手前、明言は避けたいところだ。
「クソ馬鹿の呪縛から……」
「明言すんじゃねぇよ!」
本当に恥ずかしい。馬鹿の家系だと言われてきたけれど、今やそれは先祖代々勉強してこなかったせいだと分かる。
「ところで、一八たちは山を登るつもりか? 山頂には厄介なやつが棲みついておるぞ?」
ここで一八たちは有力な情報を得る。ミノウ山地に住む七二の話であれば、それは真実に違いない。
「爺ちゃんでも厄介なのか?」
「そうなんじゃ。手も足もでん。だから儂は放置することにしたんじゃ……」
老いたとしても、三六ですら敵わぬ七二。その彼が手も足もでない魔物など天災級レベルだと容易に推し量ることができた。
「一体どんな魔物がいるのですか?」
莉子が問いを返す。正直に戦闘に飢えていた莉子であるけれど、強敵過ぎる魔物はその限りではないのだと。
「山頂に棲みついたのはハーピーじゃ……」
ところが、返答には疑問しか思い浮かばなかった。ハーピーは群れこそ作るけれど、危険度はDランク。一八ですら強者だという七二が手こずるはずもなかった。
「お爺さん、そのハーピーはユニーク個体ですか?」
続けられた質問に七二は首を振った。これには益々分からなくなる。変異種ではないのであれば、危険度はしれているはずなのだ。
「山頂でハーピーを見た儂は本当に驚いた。思わず後ずさりしてしまうほどに。儂自身ハーピーを初めて見たんじゃが、何とハーピーはな……」
ハーピーは怪鳥であるが、上半身だけは女性の姿をしている。だが、決して凶悪な見た目ではないし、七二が驚いた理由を莉子は察知できない。
「おっぱい丸出しなんじゃ!!」
「ただのエロジジイじゃん!?」
どこが仙人なのよと莉子。これには嘆息せずにはいられなかった。手も足もでないというのは敵わなかったという意味ではない。上半身が裸であるハーピーと戦うのに理性が持ちそうになかっただけのよう。
「頻繁に見に行ってしまうんじゃよ! 儂はもうミノウ山地を離れられんようになった! おっぱいの呪いにかかったらしいんじゃ!」
「煩悩まみれだし!!」
全ての煩悩を断ったと聞いたばかりだ。仙人への道のりが険しいことを莉子は知らされていた。
「それでお前たち、本当にハーピーを討伐するのか? 十匹はおるぞ?」
「当たりめぇだろう? 数が多かろうが戦うしかねぇんだ。俺たちはこれでも候補生なんだぜ? オオサカ市の周辺にある魔物被害を食い止めなきゃいけねぇ」
七二の問いに一八が答える。どれほど劣勢にあろうとも逃げ出すなんてできないのだと。騎士としての自覚は恐怖など拭い去っていた。
「そうか。ならば一つだけ言っておこう……」
どうやらアドバイスがある感じだ。仙人になると山ごもりをした七二には必勝法ともいえる戦法があるのかもしれない。
「一匹だけでも残してくれい!」
「どんだけだよ!?」
頼むと縋る七二に一八は首を振った。街まで飛来する恐れのある魔物を放置するわけにはならない。街を守るためには殲滅しなければならなかった。
「何ということじゃあ……。これから先、儂は何を楽しみに生きたら良いというつもりだ?」
「爺ちゃん、仙人は諦めて家に帰れ。ハーピーは何があろうと全て叩き斬るからな」
言って一八はじゃあなと小屋を出て行く。今は任務中なのだ。このような場所で時間を潰している場合ではない。
バタンと扉を閉めて、一八と莉子は頷き合う。とんでもなく浪費した時間を取り戻さねばならないのだと。
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