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夢のような1月1日(3)

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 三間坂の軽快なジョークを皮切りに、美雲はワンピースタイプのドレスを次々と試着させられた。
 ドレスとヒールが決まると、今度はヘアアレンジと化粧に移り、終わった頃には何故かヘトヘトになっていた。
 この着飾られる際の疲労感は、成人式以来だ。
 女性たちは満足げに帰っていき、三間坂だけが部屋に残った。

「元がよろしいので、一層美しく感じられますね」
「あ、ありがとうございます」

 気の利いた謙遜を述べたかったが、疲れたせいでお礼を言うので精一杯だった。

「それであの……なんで、この格好に?」
「この後、ホテル内のレストランでディナーの予定となっております。もちろん坊ちゃんも一緒です」
「えっ!」

 この姿を織也に見られるのかと思うと、ものすごく恥ずかしい。家で一緒に過ごしていたときは、スッピンだった。むしろ、スッピンが当たり前になってしまった今、着飾った姿を見られるのはとてつもなく気恥ずかしい。
 美雲は、うぁ~と情けないうめき声を上げた。

 三間坂に促されホテル内のレストランに向かった。
 個室に通され、ソワソワとした心持ちでテーブルにつく。

 ライトアップされた庭を窓から眺めていると、スタッフの案内する声が聞こえてきた。
 ドキリとして出入り口の方を見ると、スーツに身を包んだ織也が現れた。

「ごめん、待たせ--」
「えぇと……えへへ、どうでしょうか」

 立ち上がって、着飾った姿を見せてみる。
 織也は美雲の顔を見つめ、ふいっと逸らした。

「その気の抜けた笑い方がなかったら、百点満点だった」
「笑う前は百点満点だったわけですね」
「見たときはな。ほんの一瞬、百点満点だった」

 王子様みたいな格好をしているのに、全然スマートじゃない。
 織也らしいと言えば織也らしい。

「なに笑ってんだよ。いいから早く座って」

 織也は迷わず美雲のそばに来ると、椅子を引いた。
 美雲が腰を下げるのに合わせて椅子を押し、座らせたところで、美雲の耳に唇を寄せた。

「似合ってる」

 短い言葉に込められた、優しくて妖艶な響き。
 美雲はドキドキに耐えきれず、下唇を甘く噛んで俯いた。



 お正月限定のコース料理が運ばれてきて、美雲と織也はスパークリングワインを片手に食事を楽しんだ。
 デザートと食後のコーヒーを飲みながら、まったりとした時間を過ごす。

「今日、本当に悪かった。俺のわがままで、あんな目に遭わせて」
「本当に気にしなくて良いんですよ。私はむしろ、織也さんの方が心配です。立ち入って良い話ではないことは重々承知していますが、その、ご両親と距離があったように感じたので……。今日のことで、ご家族とギクシャクするんじゃないかって。それが心配です」

 織也はコーヒーを一口飲んで、目を伏せた。

「嫌いなわけじゃないんだ。けど、好きにもなれない」
「…………。分かります、その気持ち」

 この返し方が正解かは分からない。
 ただ、正直な気持ちだった。
 それ以外に伝えるべき言葉が見つからず黙ってしまう美雲に、織也は「そっか」と呟いた。
 
「やっぱり、分かるんだ。帰省のことで電話をかけてたとき、なんとなく察した。電話が終わった後、元気なかったし、ちょっとイラついてた感じがした」
「その節は、みっともないところをお見せしました」
「そんなのお互い様だよ」

 二人はふっと弱々しく笑った。それは、同情と自嘲が混ざった笑みだった。

 数ある悩みのうちの一つに過ぎないけれど、美雲も織也も同じ悩みを持っていた。
 歳を重ねれば重なるほどに、親の立場が理解できる。だからこそ、この悩みは厄介なのだ。
 その厄介さや、事の複雑さを互いに察していたから、深いところまでは探らないし、話さなかった。
 知ってもらえている、分かってもらえているという事実だけでいい。
 たったこれだけのことで、心が軽くなるのだから。

 美雲は、気持ちを切り替えるように居住まいを正した。

「先ほどは、庇ってくれてありがとうございます。人間に襲われて、人間に対して嫌な気持ちを持って当然なのに、私のことを信じてくれて嬉しかったです」
「俺を襲ったのも、助けてくれたのも人間で、正直人間のことがよく分からなくなってる。だけど、アンタのことは信じてる」

 織也の目は真剣そのものだった。

「俺、おぼろげだけど覚えてるよ。美雲が、夜中に何度も起きて俺のこと心配してくれてたこと。ありがとな」
「ん、元気になって良かったです」

 言って、美雲は気になっていたことを尋ねた。

「警察とのお話は全て済んだんですか?」
「うん。九九雅家に残してきた荷物は、おそらく処分されているだろうし、物的証拠がまだ無いからどこまで警察が動いてくれるかは分からない。けど、まぁ。本家が黙ってないから、裏で社会的制裁は加えられるだろうな」
「本家って? 裏って?」

 不穏なものを感じてしまう。
 息を呑んで織也の言葉を待った。

「仙河家には本家と分家があって、俺は本家筋の人間なんだ。そして、本家の当主は俺の祖父。孫に手を出されて黙ってる方じゃないから、法的に罰が下されなかった場合は、分家の力も借りて全力で叩き潰しに行くと思う」
「あの……かなり物騒なお話なんですが、裏世界の人じゃないですよね?」
「あぁ、ヤクザじゃないよ。ただの資産家」
「ただの……?」

 美雲はまじまじと織也を見た。
 実家だと言った豪邸や、着ているスーツの質の良さや、御曹司という身分が頭によぎって消えていく。
 生きる世界が違いすぎる。
 認識した途端、ちょっとだけ頭がクラクラした。
 
「せっかくだから、さ。記念撮影しよう」
「えっ」

 唐突な提案に美雲はキョトンとした。
 織也に手を引かれて絵画の前に並んで立つ。
 織也は見るからに新品のスマホを掲げ、さりげなく美雲の肩を抱き寄せた。

「どっち見てんの。見るのはレンズの方」
「は、はい」
「もうちょっと寄って」
「こ、こうですか」

 頬と頬が触れ合いそうなほどに、顔を寄せ合っている。
 こんなの普通の距離感じゃない。
 なのに、嫌じゃない。ドキドキしてる。
 
「撮るよ」

 声の近さに驚いて肩がピクリと反応した。
 何枚か撮影をし、二人でスマホを覗き込む。

「悪くないんじゃない?」
「それなら良かったです。織也さん、自撮りするんですね。さすが若者」

 照れ隠しでそう言うと、織也は鼻で笑って否定した。

「自撮りなんて、今が初めてだよ」
「へ?」
「写真のデータ送りたいから、連絡先教えて。今すぐに。ほら、はやく」
「は、はい」

 美雲は慌ててスマホを出し、織也と連絡先を交換して写真のデータを受け取った。
 写真のなかの二人はぎこちない作り笑顔をして、だけど、楽しそうだった。

「明日、十時に部屋まで迎えに行くから」
「なにかあるんですか?」
「ドライブしよう。ここには車で来たんだ。やることもないし、暇潰しに付き合って」

 特別断る理由もない。
 美雲が頷くのを見ると、織也は口元を綻ばせた。
 部屋まで送り届けてもらい、借りたドレスやアクセサリーを全て外してベッドに飛び込んだ。

(まだドキドキしてる……)

 似合ってると言われたことも、記念撮影のときの近さも、身体に余韻として残っている。
 明日も一緒に過ごせると分かって、浮かれている。
 年下の、それも生きている世界が違う男性に、恋をしてしまった。
 美雲はツーショットの写真を眺めた。
 織也の将来や彼の父親のことを考えれば、諦めた方が良いことは分かっている。

(でも、今日と明日だけは、恋に落ちても良いですか……?)

 写真のなかの織也にそっと問いかけ、美雲は重くため息をついたのだった。
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