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夢のような1月1日(2)

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 立ち昇る白い湯気、滾滾こんこんと流れる温泉水の音。
 美雲は冬の冷たい空気を頬に感じながら、露天風呂に浸かっていた。
 四角く切り取られた夕空を見上げ、漂う雲を目で追う。

(それにしても、すごかったな。織也さん、大丈夫かな)

 約五時間前。仙河家で、警察から織也を保護した当時のことを聞かれて、ありのままを話した。
 美雲が話せることを全て伝えた後、織也の父に別室へと呼ばれた。

「謝礼をお支払いしたい。百万でどうでしょう」

 いきなりそう切り出され、美雲は呆気にとられた。
 これが金持ちの思考なのかと驚き尽くす。

「い、いえ、結構です……」
「では、二百万でどうですか」
「本当に結構です、どうかお気になさらず」
「そうはいきません。受け取って頂かないと困るのはこちらなんです。希望の金額があれば、出来るだけお応えします」

 さすがは親子と言うべきか。父親も借りを返さないと気が済まない性格のようだ。
 どう断っても、なかなか引き下がってもらえない。

「どうぞ、希望額を仰ってください。織也の身に起きたことを全て忘れてくれるなら、それくらい安いものですから」
「え……?」
「織也は長男です。仙河家の跡取り息子だと言えば、伝わりますか」

 美雲はなにも答えられなかった。
 やはり理解できない。
 跡取り息子を助けてくれたから、そのお礼にどうしても金銭で応えたい、ということなのか。
 それにしては、冷たさしか感じられないやり取りなのだが。
 織也の父はため息混じりに、やれやれと頭を横に振った。

「今回の事件は、今後の織也の人生にとって汚点でしかない。いや、仙河グループの名に影を落とす出来事だ。今回のことが、いかに当家に悪影響を及ぼすか、あなたには理解できないでしょう。今回の件で金を揺すられ続けるのもごめんだが、妙な噂話をされるのも困るんだ。だから、あなたが納得する額を渡すから、織也に関わった一切のことを忘れてほしい」

「織也さんが元気に過ごしてくれるだけで、私は充分です」

「初めはみんなそう言うんです。だが、時間が経つとあのとき貰えるものは貰っておけば良かったと後悔し、金をたかりにくる。人とはそういう生き物だ。特に、あなたがた人間は獣人に対して容赦がない」

 美雲は、呆れ返ったように「はっ」と笑った。
 あまりにも乱暴で失礼な物言いに我慢の限界を迎えた。
 息子を助けた恩人に対して、真心込めてお礼を伝えるどころか、金で解決して無かったことにしようとしている。
 美雲のことを卑しい人間だと決めつけて、話を全く聞こうとしない。
 その態度が実に気に入らなかった。

「もう一度はっきり申し上げますが、お金は結構です」
「では、なにが欲しいんですか。土地ですか?」
「ですからっ」
「美雲はそんな人じゃありません」

 織也の声だった。
 美雲が振り返ると、織也は怒気をはらんだ目で父親を見た。
 警察と話しをしていたのではなかったのか。
 織也は美雲のそばまで来ると、父親から美雲を庇うように背に隠した。

「父さんが経営者として、仙河家の者としてなにを気にされているのかは理解できます。今回のことで、本家にどう思われるのか気にされていることも。だけど、それと美雲は関係ないはずです。美雲のことをよく知らないで、好き勝手に邪推するのは、彼女に対してあまりにも失礼です」
「後々、面倒な事が起きてからでは遅いんだ」
「彼女はそんな人間ではありません。僕たちと違う、綺麗な心を持った人だ。これ以上、美雲を侮辱するなら僕はあなたを許さない」

 織也の父は黙り込んだ。
 美雲は昨日交わした織也との会話を思い出す。
 警察に連絡するしないの話をしていたとき、

「こんな気持ちのまま、の感情とか反応とか、受け止めきれない」

 と言っていた。
 織也も家族のことで悩みを抱えているのだろうと、なんとなく察してはいたが、そう言うことかと納得した。
 
「お話中、失礼致します」

 三間坂が入ってきて、織也の父になにかを告げた。

「妹が?」
「はい、応接間でお待ちいただいております」
「分かった。後のことはあなたに任せる。彼女に何か希望があれば出来るだけ叶えるように」
「承知致しました」

 失礼する、と織也の父が出て行き、美雲と織也は同時にほっと息をついた。
 お互いに顔を見合わせて苦笑した。

「親父が失礼なこと言ってごめん。びっくりしただろ」
「すみません。答えは、イエスです」
「だよな。本当にごめん。嫌な気持ちにさせて」
「織也さんが謝ることじゃありません」
「美雲を連れてきたのは俺だから」
「大丈夫ですよ」

 織也の疲れ切った様子に、美雲はつい彼の頭を撫でてしまった。
 怒るかと思ったが、織也はされるがままだった。
 二人の姿に三間坂が微笑ましいとばかりに、笑い声をもらした。

「ずいぶん仲がよろしいことで」
「ニヤニヤするのやめて。それで? 三間坂も親父みたいに金で解決すんの?」

 三間坂は頭を振って否定した。

「神山様」
「は、はい」
「温泉はお好きですか?」
「え? まぁ、はい。好きです」
「ご案内したいホテルがあるんです。天然温泉がある、素敵なホテルがございましてね」
「もしかして、あそこに連れてくの?」
「ええ」

 なんのことだか、さっぱり分からない美雲は首を傾げるばかりだった。
 まさか、仙河家が所有する高級ホテルに泊まることになるとは思わなかった。
 しかも、このホテルにはペットホテルが併設されており、のっさんを連れてくることもできた。

 織也はというと、まだやる事があるからと仙河家に残った。
 さよならの挨拶をしようと思ったが、夜に会いに行くと言われた。

(夜に会いに行く、か。なんか……自惚れちゃいそう……)

 美雲は鼓動の高鳴りに、目をギュッと瞑った。
 頬が熱いのは、身体が温まったせいなのか、それとも織也を思い出したせいなのか。
 気がつくと織也のことばかり考えてしまう。
 半ばのぼせながら部屋に戻り、ゆっくりとくつろいでいた。
 広すぎて落ち着かない部屋のなか、ソファに体育座りしていたときのことだった。
 スマホに着信が入る。見知らぬ番号だったが、織也かもしれないと思って電話に出た。

「はい?」
『神山様ですか? 三間坂でございます』
「あ、昼間はどうもお世話になりました」
『いえいえ。実はもう一つプレゼントがございまして。十八時頃、お部屋にうかがってよろしいでしょうか?』

 約束の時刻になり、呼び鈴が鳴って部屋の扉を開けると。

「失礼致します」
「えっ、えぇっ?!」

 スーツに身を包んだ三人の女性が、ドレスの掛かったハンガーラックを押して入ってきた。
 次々と運び込まれるハンガーラックと箱の数々。
 三間坂がひょっこり現れて、美雲に微笑んだ。

「このじぃ、魔法は使えませんが、あなたをシンデレラに変えて差し上げましょう」
「シン、デレラ???」
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