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Ⅱ-30 野戦 2

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■森の国 西の砦 近郊の森

 森の国の砦を守っていた守備隊長は北の方角に全軍をいったん退かせて陣を構えていた。斥候の情報では火の国の本隊は10㎞以上南で野営しているので、日の出とともに北進してくると予想していた。

 だが、日が昇ると敵が陣を敷いて居るはず場所から聞いたことの無いほどの大きな音が何度も聞えてきた。守備隊長は状況を把握するために斥候をもう一度放ったが、同時に北東の方向へ陣を動かすことにした。エルフの戦士が居るはずの場所からは更に遠ざかることになるのだが本能が告げていた。

 -できるだけ、遠くに行った方が良い。

 §

 火の国の将軍バーラントは動ける兵を取りまとめて、轟音が聞えた北の方角では無く謎の魔法士達が居るはずの西の方向へと進んだ。10分ほど進むと、先に西へ向かった副官の別動隊と合流することになった。副官の部隊は多くの兵が傷つき、肩から大量の血を流している。

「どうした? 謎の魔法士達とは戦うなと言ったであろうが!?」
「はい・・・、近寄ったつもりは無いのです。ですが、相手は遥か彼方から攻撃できる魔法のようです。おそらく500メートル以上向こうの丘の上から攻撃されたのだと思います。100名近い兵が肩を砕かれたので、やむなく撤退いたしました」
「5、500メートル!?」
「はい、それと将軍達への攻撃も恐らく同じ場所からではないかと。東の空へ飛んで行く何かを見たものがおります」
「ば、バカなことを! お前が言う場所からならわが陣地までは1000、いや2000メートルは離れていたはずだ」
「はい、ですが・・・」

 バーラントは副官を攻めても仕方がないことに思い至った。相手がどんな手法を使っているか判らない以上、ありえないことも事実として受け入れなければならなかった。

 -もはや打つ手がない・・・、恥を忍んで撤退するしかない。

「わかった。全軍撤退だ。お前は殿を務めろ。ひたすら南の街道を目指すのだ、良いな!」
「かしこまりました!」

 副官はまだ怪我をしていない自部隊の兵の元へ戻って。撤退戦の準備を始めた。おそらく生きて帰れないと覚悟を決めている。バーラントはその背中を見ながら、周りの兵に大声で叫んだ。

「みなの者! 一時撤退する! 南の街道へ向かってひたすら走れ! 私について来るのだ!」

 バーラントは側近が用意した馬にまたがって、南の方向へ全力で走り始めた。

 -全く歯が立たなかった・・・、われらは一体何と戦っていたのだ・・・

 §

 ゲルドは自分の体が垂直に持ち上がって行くのを全身の感覚で捉えて、土人形の胸の中心に顔が出るようにと祈った。イメージ通りにゆっくりと土の中で体が動いて、しばらくすると顔に風が当たるのが感じられた。続いて手も動かすことが出来るようになったので、顔に付いた泥を拭って、外の状態がようやく見えるようになった。

 -なるほど、土では無く沼の中だったのか・・・

 ゲルドが作った巨大な土人形は足元付近が泥の状態になっている。魔力を注ぎ続けて、何とか人形の体を維持しているが、土の性質を変えなければ魔力が漏れ続けることになってしまう。土魔法は土の硬さや水の混じり方を操ることのできる魔法だったから、すぐに泥人形の水分を減らして、本来の固い岩でできた土人形に作り替えた。

 -時間はかかったが、これは思わぬ収穫だ。土人形の中に入れるとは・・・

 今までの土人形は外から魔力で人形を操っていたから、どうしても細かい動きや素早い動きをすることが出来なかったが、土人形の中に入ることで材質や動きを体から直接伝えることが出来るのがわかった。ゲルドは土人形に入ったまま沼地から出ると今までのぎこちない動きの人形では無く、人間のように関節を持った土人形に作り替えて、手の指も作って物を掴めるようにした。

 ゲルドが立ち上げた土人形は高さが30メートルぐらいになっていて、辺りの木々は膝ぐらいの高さしかない。近くにある木を手でつかんで地面から引き上げると、地面の土と一緒に引き抜くことが出来た。

 -これは凄いぞ! これなら、あの強烈な魔法力にでも勝てるだろう。

 ゲルドは土人形を回転させて敵のいる方角を探った。

 -東だな。 煙が立ち上っている・・・、火事? いや、火は無いようだ・・・。まあ良い。

 ゲルドは引き抜いた木を土人形に持たせたまま、煙が立ち上っている方向に土人形を向かわせた。まるで、人が走るように手を振りながら、前傾姿勢で巨大な土人形が東の方角に木をなぎ倒しながら走り始めた。

 §

 そいつが来るのに気が付いたのはいつものようにミーシャだった。

「サトル、右の方から何か大きなものが走って来るぞ!」

 無線の声で俺が右方向を見た時には、まだ何も見えなかった。車を止めて言われた方角を見ると、姿は見えないが地面を震わすほどの音が近づいて来るのがわかった。

「何が来るんだ? ミーシャは見えるのか?」

 ミーシャとサリナも既にバギーを降りて右方向-西の方角を見ている。

「うん・・・、なんだ? あれは? 土人形だが・・・、今までの物とは大きさが全然違う!? それに、早いぞ! 人のように走れるようだ!」

 土人形については、ミーシャ達から砦での動きを聞いていた。硬い体だが、動きは鈍い。身長は5メートル程度のはずだったが・・・、見えてきたのはそれよりもはるかに大きかった。森の木を突き抜けた大きさで木をなぎ倒しながら走って来るのが俺にも見えた。

「サリナ! 近づいて来たら、お前の風魔法の全力でぶちかませ!」
「うん、わかった!」

 サリナはすぐに腰のポーチからロッドを取り出して、巨大な土人形の方に向けた。土人形は滑らかに走って来て、あっという間に30メートル程の距離になった。

「じぇーーーっと!」

 サリナの声が森に響くと圧縮された空気が一気にロッドの先から解き放たれて、辺りの木々をなぎ倒しながら、巨大な土人形へ突風となって襲い掛かった。土人形はのけ反るように後ろ向きに吹き飛んで、森の木を次々と引き倒しながら転がって行った。

「おお!サリナ良くやったな!」
「ちゃんと出来たよね!?」

 サリナは嬉しそうにその場でピョンピョン飛びはねている。だが、横に居るミーシャは吹き飛んで行った土人形を見て美しい顔を曇らせた。

「いや、まだ起き上がって来るぞ」

 サリナの風で森が開墾された荒れ地の向こうを見ると、土人形は手と膝をついて起き上がろうとしている。建物と違って地面に固定されていないから、風だと吹き飛ぶだけで破壊することが出来なかったようだ。

「私が大きい方の銃で撃ってみるか?」
「そうだな、ミーシャは対戦車ライフルであいつの足が砕けないかやってみてくれ。だが、あの大きさなら難しいかもな・・・、サリナ、今度来たらさっきの半分ぐらいの風で相手を止めるぐらいにしてくれ」
「半分? 半分かぁ・・・、頑張る!」

 サリナは相変わらず手加減をするのが不得意のようで自信が無いようだ。

 巨大な土人形はもう一度こちらに向かって走ってこようとしている。今度はさっきよりも姿勢を低くして走ってきているように見えた。

 -本当に人間と同じように動けるのか!?

 ミーシャはバギーから50口径の対戦車ライフルを持ち出して、二脚をピックアップトラックの上に置いて構えるとすぐにレバーを引いて初弾をチャンバーに送り込んだ。そのまますぐに、引き金を引き始めて、発射音と連動して薬きょうが飛んで行く。その向こうでは確実に土人形の足を12.7㎜弾が削って行ったが、弾が当たった場所はすぐに土で塞がれていくようだ。

「ミーシャ、どこかに操っている魔法士が居るはずだ。そっちを探してくれ!」
「承知した」

 ミーシャは大きなライフルを持ったまま、走って来る土人形の左側に向かって走って行った。おそらく土人形の向こう側にいるはずの魔法士を見つけるつもりだ。

 俺の横でサリナがぶつぶつと神への祈りを捧げているのを見ながら、ストレージから対戦車ロケット砲-AT4を二本取り出して、安全装置を解除した。1本でも破壊できると思ったが、念のために一本を地面に置いてもう一本を肩に担いだ。

「サリナ、俺が合図したら、風を半分な!」
「う、うん、半分ね! 任せて!」

 土人形はラグビーでタックルをするかのように低い姿勢でこちらに向かって突き進んでくる。俺は距離が100メートルを切ったところサリナに合図した。

「サリナ、今だ!」
「じぇっと!」

 先ほどと同じ圧縮された空気がロッドから迸って土人形に襲い掛かった。半分かどうかは判らなかったが、先ほどよりも弱い風は俺のイメージ通りに相手の突進を止める程度の力だった。

 サリナの風で土人形の上半身が起き上がった胸へ照準を合わせて、AT4の発射ボタンを押した。爆音とともに放たれた榴弾は一直線に土人形の胸へと伸びて行き、上半身を木っ端みじんに破壊した。やはり、2発目は不要だったようだ。だが、土人形は使っている魔法士を倒さない限り再生するはずだ。破壊して動きを止めても安心はできない。

「半分だったかなぁ?」

 サリナは心配そうに俺の様子をうかがっている。

「ああ、バッチリだ。丁度良かったぞ」
「そうでしょ! サリナはやればできる子だもんね♪ お母さん! 凄いでしょ?」
「ああ、本当にすごい魔法士になったのですね・・・」

 サリナはピョンピョン飛びはね、それを見るサリナママは頬を涙で濡らしている。10年後に再開して、この破壊力を見れば・・・、感動するのか?俺なら怖いと思うが・・・。

 それよりも倒した土人形は砕かれた状態で再生する気配が全然なかった。

 -もうあきらめたのだろうか?

 俺はもう一つのAT4を持って、破壊した土人形の方にゆっくりと歩いて行った。
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