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Ⅱ‐70 再びエルフの里へ

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■森の国 西へ向かう街道

 神の庭から戻ってきたママさん達を乗せて、俺達は一旦セントレアに戻り、王国会議の日程を確認してから、エルフの里へと向かった。王国会議は9日後にセントレアの大教会で行われるという。出席者は各国の王、そして俺だ。セントレアに戻る道中で助手席に座ったママさんに、神殿から先で起こった話を聞くと、ハンスの腕は神の庭にある泉が元通りにしてくれたということだった。まさに神の恩恵・・・なのか?それに、ママさんもハンスも泉に入って体の奥から新しい力がみなぎっていると言う。

「その力は具体的には何の力なのですか?」
「おそらく、魔法の力でしょう。違う種類の魔法も使えると思います」
「さらに魔法力がアップしたんですか!? それに、違う種類って?」

 ―現状でもママさんの魔法力は凄まじいと思うのだが、それがパワーアップ!?

「今まで使えなかった転移の魔法ができるかもしれませんね」
「転移魔法か・・・、でも聖教石のある場所が必要なんですよね」
「そうです、光の聖教石が必要なのです。先の勇者は自分で石を作っていたということですが・・・! そうです、あなたに読んでもらえばよかったのですね!」
「読むって、何を読むんですか?」
「勇者の記録です、私の祖先が書き残したものがありますが、それはこのドリーミアの言葉では無いので、誰にも読むことが出来なかったのです。ああ・・・、何故今まで気が付かなかったのでしょうか!おそらく、そこには聖教石のある場所と加工の方法が記されているはずです」

 先の勇者の言葉はおそらく日本語だ、南の迷宮に残されたメッセージから考えて間違いないだろう。南の迷宮・・・、そう言えばあそこには石もいくつか埋まっていたが・・・。その記録を読めば、いろんなことが分かるかもしれない。

「その記録はどこにあるんですか?」
「始まりの町スタートスがあった場所に隠してあります」
「で、スタートスはどこに?」
「火の国です。ムーアから馬車で1日ほど西へ行ったところです」
「じゃあ、王国会議が終わったら行ってみますか?」
「ええ、それでも良いのですが、エルフの里で試したいことがあります」
「試したいこと?それは・・・」
「それは、着いてからのお楽しみですね」

 ママさんはあどけない笑みを浮かべて俺を見つめた。目が合ってドキッとして、慌てて前方へ目線を戻した。ママさんは泉から戻ってさらに若返ったようだ。サリナの母親だから若くても30歳以上のはずだが、見た感じはもっと若く見える。それに、悪いがサリナよりも俺好みの切れ長の綺麗な目をしている。

 王国会議は9日後だったので、あと8日でセントレアに戻っておきたい。エルフの里に二日ほどいてもスタートスを経由してからセントレアに戻ることもできそうだが、ギリギリのスケジュールは慎重派の俺としては避けておきたかった。

 日が暮れた地点で野営して翌日の10時過ぎにエルフの里のある森に到着した。バギーは収納して残りの距離は歩きで進むことにする。今回はエルやアナも含めて全員で来たから大人数だ。最近は無口になりつつあるリカルドも黙ってついて来ている。全員にほとんど空に近いリュックに寝袋を入れて背負ってもらった。大きな家の無いエルフの里では空いた場所にテントを張って寝泊まりするつもりだ。なんでもストレージから取り出せるが、カモフラージュとして、“何かを持ってきたふり”だけしておきたかったのだ。

 あと1kmほどでミーシャが先に一人で里に向かった。「ここから北西に向かえば着く」、その言葉を残して、軽やかに森を駆けて行った方角へゆっくりと歩いていくと、里の小屋が見えてきた。だが、何か様子が変だった。

 ―何だろう・・・、この前と何が違う?

 前回来たときは里に入る前から俺が来ると聞いて、里の人間が大勢集まってきていた。興味深そうに俺を囲んでくるぐらいだったが・・・。里に入って違和感の原因がなんとなくわかった。外に出ている人間が誰もいないのだ。だから、話し声も聞こえないし・・・。

「おい! 大変だ!」

 俺達が来た方向とは逆からミーシャが大声をあげて走ってきた。いつも冷静なミーシャが珍しく取り乱している。

「どうした? 何があったんだ?」
「いない! 誰もいないのだ!」
「居ないって、里のみんなが居ないってことか?」
「そうだ、長老の家にも、近くの家にも、私の家にも行ってきたが、誰もいない。声を上げても誰も返事をしないのだ!」
「確かに、この里には人のいる気配がしないな」

 ミーシャの言葉を聞いてショーイも同意している。居ない、それも全員・・・って何処に行った?

「全員でどこかに行くとしたら? どこか行くところある?」
「全員で・・・、いや、そんな話は聞いたことが無いな」
「そうか・・・、なにか手掛かりがないか、手分けして探してみよう。サリナとリンネはエルとアナ、リカルドと一緒にここで待っててくれ。ショーイはママさんとハンスと一緒に南側を、俺はミーシャと一緒に北側を見て回る。念のために無線をつけておこう」

 準備を整えて俺達はエルフの里で手掛かりを探し始めた。ミーシャに続いて家の中を見ていくがどの家も無人だ。エルフの家は全部が狭い小屋のような家なので、隠れる場所などはどこにもない。調理をするための共同の竈を調べたミーシャによると、3日ほどは使っていないだろうということだった。無線でハンスに状況を確認したが、同じように誰も発見できていなかった。

 結局2時間ほどかけて調べたが、誰一人見つけることが出来なかった。おそらく3~4日前に全員いなくなったのだろう。みんなで移動した足跡も無いとミーシャが言うので、まさに忽然と全員消えてしまった・・・、ということになる。ミーシャは沈鬱な表情で考え込んでいるが、手掛かりが何もないために具体的にどこを探せば良いのかが俺にも全くわからなかった。

 ―本当にみんないなくなってしまった・・・。

■ボルケーノ火山 洞窟

 暗い洞窟の中では、一組の男女が巨大な水晶石を置いた円卓で隣り合って座っていた。

「火の国は予定通りに行っているようだね」

 まだ幼さが残る少女のような顔立ちの女は、見た目に似合わない言葉遣いで隣の男を見つめた。

「ああ、予定通りだ。あいつが王宮を操っているが当分は大きな動きは起こさずに相手の様子を伺いながら、組織を立て直す必要がある」

 答えた男もまだ少年の面立ちだが、吐かれる言葉は少年のそれでは無かった。

「そうだね。何百年とかけて作ってきた組織がこうも簡単にボロボロになるとはね。支部の頭が全員連れ去られた上に、使徒も一人倒され、さらに司祭のゲルドも行方不明だって? それに、風の国のギルドはあたしたちに懸賞金をかけているって言うじゃないか」
「ふむ、懸賞金などは別にどうと言うことは無いだろう。真剣にわれらを狙ってくるものがいるとは思えん。居たら居たで丁度良い見せしめになるだろう。最近は力を見せる機会が減っていたからな」
「確かに、もう少し怯えさせる必要があるね。それで生贄の準備は整ったのかい?」
「いや、まだだ。奴らの中にも強い力を持った者がいる。その者が結界を張っているのだろう。まだ、完全には取り込めていない・・・だが」
「時が解決するということだね」
「うむ、例の奴らも同じだ。慌てる必要はない、われらには無限の時があるのだ」
「確かにそうだった。だけど、今ではそうとは言えなくなったんじゃないかい?」
「例の武器だな。うむ、だからこそ備えは常に必要だ」

 見た目だけが若い二人の首領は水晶玉に写されたエルフの里の様子をもう一度見ることにした。二人は不死の死人だったから永遠の命がある・・・そのはずだった。だが、先日は5人いる使徒のひとり“影使い”が倒された。5人の使徒も全員死人だが、その死人を葬ることが出来る武器があるということがはっきりした。首領たちは自らを守る備えを用意する必要性に駆られていた。

「われらの傷を癒すためにはネフロス神へ生贄が必要だ。それも多くの生命力を持った生贄がな」
「だけど、あいつらがエルフの里に行ったのは偶然なのだろうか?」
「わからんが、今のところは放っておいても大丈夫だろう。何ができる訳でもないからな」
「・・・」

 男の首領は自信があるようだったが、女のほうは判断がつきかねていた。あの新しい勇者達の力が分かっている訳ではないのだ。だが、様子を見るという男の意見に異論は無かった。いずれにせよ、もう少し見極めてから行動する方が良いのは間違いなかった。
 
 ―もし、偶然でないとしたら、どうやって我らの動きを・・・。

女の首領は内部の情報漏れを考えてみたが、この件を知っている人間は首領と派遣したか闇使いの4人しかいないことを思い出して、その可能性を自ら排除した。やはり、単なる偶然なのだろうと納得して、闇使いの送る情報を待つことにした。
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