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Ⅱ‐74 転移魔法

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■エルフの里

「じゃあ、さっそく試してみましょう。サトルさん、あなたは私のそばに来てください」
「そばに? 何をするんですか?」

 俺はにっこり笑うママさんに恐る恐る近づいた。どうも、笑顔の裏には何かががありそうな気がした。

「さっそく転移魔法を使ってみます。サリナ達はこの空き地から出ていなさい」
「えっ!?えっ!? 俺たち二人だけってことですか? それに、マリアンヌさんは転移魔法を使うのが初めてですよね」
「ええ、初めてです。だからあなたと一緒に行くのですよ。勇者の恩恵があれば、どこかに行って戻って来られなくなることも・・・、多分ないですからね」
「多分?多分って言いました!? いやー、マリアンヌさんの事は信用していますけど、ぶっつけ本番って言うのはなぁ・・・、それにどこに行くんですか? 俺にはこの後は王国会議もあるし・・・」
「まあ、勇者のくせにグズグズと言って・・・、そんなことではミーシャに嫌われますよ」
「えっ!? それは何? どうしてミーシャが・・・」

 ママさんの言いつけで既に空き地の外に出ていたミーシャは不思議そうな顔で、サリナは少し寂しそうな顔でサトルを見ている。俺は気まずくなってノルドを見たが、興味なさそうにサリナの横で俺を見ていた。

「じゃあ、サリナ、ミーシャ、この里の事は頼みます。テントとか夕食の用意なんかをしておいてくださいね。上手くいけばすぐに戻って来られると思いますけど。あら? あなたも一緒に行くのですか?」

 里に戻ってから俺のそばから離れなかったシルバーは空き地でも俺に体をこすりつけてしっぽを振っている。ママさんに声を掛けられて、お座りをして正面からママさんを見つめた。目線の高さはシルバーのほうが少し高いかもしれない。

「良いでしょう。あなたが居てくれればさらに安心です」
「ちょ、ちょっと・・・。それで、何処に?」

 俺の心の準備が整わない間にママさんは胸にぶら下げている聖教石を握って祈りを唱えたように見えた。

『アシーネ様、私を最初の町スタートスへお導きください』

「ウワっ! ここは・・・、本当に転移した・・・んですか?」

 ママさんの祈りの声は聞こえなかったが、一瞬で周りの景色が変わっていた。俺の目の前には林が広がり、振り返ると廃墟となっている大きな建物が二つ見えた。建物は燃やされたのだろう、黒いすすだらけの木材が周りに崩れ落ちていた。俺の横にはちゃんとシルバーもいて、何事もなかったようにしっぽを振っている。

「ああ、上手くいきましたね。やはり、あの泉で私の魔法力が引き上げられたのでしょう。それと、エルフの里にある光の聖教石には強い祈りが込められていましたからね。良かったです。失敗するとどうなるかわからない魔法ですからね」

 ママさんは事後報告で恐ろしいことをさらりと言った。

「どうなるかわからないって・・・。それで、ここはどこなんですか?」
「ここは、始まりの町スタートスです」
「スタートス?」

 §

「消えた! 本当にどこかに行っちゃった!? ミーシャ、お母さんとサトルは大丈夫かな・・・」
「上手くいったのだろう。お前の母親が一緒なのだから大丈夫だ。シルバーも一緒だしな。だが、何故私たちを一緒に連れて行かなかったのだろうな?」
「そう! おかしいよね? なんでお母さんとサトルは二人で・・・、何か隠し事かなぁ?」
「どうなのだろう・・・、何か理由があるが、私たちには言いたくないのだろうな。まあ、私たちは言われたとおりに、いろいろと準備を始めておこう。あの虎たちの処分もあるしな」
「うん・・・」

 サリナは心配を抱えたまま集会所のある里の広場に戻った。ハンスとショーイはリンネに言われた通り、二人がかりで黒虎を一体ずつ里の外に持ち出していたが、かなりの重量で苦労しているようだ。

「ったく、なんでこんな面倒くせえことしなきゃ・・・。サトルがパパっとやりゃあ良いじゃねえか」
「ショーイ、サトル殿はそのお力をあまり広めたくないのだ。文句を言わずに手と足を動かせ」
「そうだよ、男だろ。文句を言うんじゃないよ。あら、あんたたちだけで戻ってきたのかい?どうしたんだい?二人とも何だか元気がないみたいじゃないか・・・」

 リンネは戻ってきたサリナとミーシャを見て不思議そうな顔をして尋ねた。

「うん、お母さんがサトルを連れてどこかへ行っちゃったの」
「どこかってどこなんだい?」
「教えてくれなかったの。私たちはここでテントとかの用意をしておけって・・・」
「へーえ、そうかい。置いてけぼりにされたからへそを曲げてるんだね。まあ、あんたの母さんがそうしたのには必ず理由があるんだよ。すぐに戻ってくるだろうから、言われた通りに準備をしておいた方がいいよ。あんたが任されたんだろ?」
「任された・・・、うん!わかった。ミーシャ、どこにテントを作るか教えて?」
「ああ、そうだな。もう少し東側に平らな場所があるからな。そこへ行こう」

 サリナは完全に納得していたわけではないが、自分のできることをやることで気を紛らわせて母親とサトルが帰ってくるのを待つことにした。ミーシャも同じようにサトルのことが気になっていたが、それよりもエルフ全員を取り込もうとした闇の術がまだ気がかりだった。

 ―術士は倒したが、魔石はこの里の周りに残っている? だとすると・・・

 §

 俺はママさんに連れられて林の向こうに見えている丘の方向へと歩き出した。だが、途中にある泉が見えてきたところで、その横に見たことのある建物を見つけて不安になった。

「あれは!?」
「勇者の神殿ですね」
「同じ物がここにもあると言うことですか?」
「いえ、以前来た時にはありませんでしたから、獣人の村にあったものが、ここに移動してきたのかもしれません。でも、行ってみないと分かりませんね」

 泉の手前にあったのは、獣人の里にあったものと全く同じに見える神殿だった。近づいて見ると、柱や扉の形も全く同じだった。

「やっぱり、移動してきたんですかね」
「そうかもしれませんね、中に入ってみましょう」
「入る? そうですか・・・、マリアンヌさんは水の精霊とは会いましたか?」
「会う? 声は聞こえましたが、姿は見ていないですね」
「そうですか・・・」

 俺はまたあの赤毛の精霊が素っ裸で俺に抱きついてくるんじゃないかと気になっていた。別に俺が望んでいるわけではないのだから、やましいことは一切無いがママさんに見られると恥ずかしい気がする。

 俺が扉を開けると神殿の中は予想通り同じ作りだった。中に造作は何もなく、正面に赤い玉座があり、左右の壁沿いに水路にはきれいな水が流れている。玉座の上に人はいないが、油断はできない・・・。

「おーい、水の精霊! いるのか?」

 俺は扉を開けた状態で大きな声で呼びかけながら四方を見渡した。

「あら?あなたはずいぶんと精霊と親しいようですね?」
「し、親しい!? い、いえ、そんなことないですよ! 向こうが馴れ馴れしいだけで・・・」

 ―俺のファーストキスの相手とも言えないしな・・・。

 俺は扉を閉めて何度も呼んだが、今日は水の精霊が出てこなかった。

「誰も出てこないですね」
「そうですね、じゃあ、当初の目的地に行きましょう」

 神殿から出ると、ついて来ていたはずのシルバーはいなくなっていた。いつも、突然現れてはいつの間にかいなくなっている。今日は助けてくれたお礼にドッグフードと肉を腹いっぱい食わせてやるつもりだったが、夕飯までに戻ってくるつもりなのだろうか。

 神殿の横にある泉は浅いようだが、中央付近から水が沸き上がっていて、底の砂が揺れているのが見えるぐらいの透明度だ。泉を通り過ぎて、ママさんは俺を小高い草原の丘へと誘った。丘の上には心地よい風が吹き抜けていて、何本かの立木が立っている。ママさんは一番小さい木の根元にある大きな石の前で立ち止まった。石は1m四方ぐらいあるが、地面に埋まっている部分もあるならもっと大きいのだろう。

「ちょっと、下がっていてくださいね」

 ―ブォォン!

 ママさんは俺を下がらせると右手を石に向けて風の魔法を叩きつけた。石の下の土がめくれ上がり、土と一緒に大きな石は5メートルほど向こうまで転がった。ママさんは石があった場所の手前からもう一度風魔法を放って、新しくできた穴の底にある土を少しずつ飛ばし始めた。

 やはり、サリナとは魔法のコントロール力が全然違う。必要な強さの風を自在に操っているのだろう。どんどん土が飛んでいき、やがて何か木の板のようなものが見えてきた。

「サトルさん、あの木箱を取り出して欲しいのです」
「判りました」

 俺はストレージから小さめのシャベルを取り出して穴の中に降りた。穴の深さは俺の肩ぐらいまであるから、かなり深い場所に埋めていたことになる。シャベルで周りの土を削っていくと、表面が油か何かで加工された木箱の全体が見えてきた。大きさは縦横50㎝ぐらいで、深さは30㎝ぐらいだった。持った感触は意外と重かったが、何とか引っ張り上げて地面の上に置いてから俺も這い上がった。

「ありがとうございます。この中には勇者が残したものが入っています。私も小さいときに父親に一度見せてもらっただけで、中をじっくりと見たことはありません。父が言うには、勇者の言葉で書いてあるから、私たちには読めないと言う事でした」
「それで俺なら読めるはずだと?」
「ええ、読めるのでしょ?」
「どうでしょうか・・・、開けてみてもいいのですか?」
「もちろん。ですが、ここは風が強いので教会跡に戻りましょう」
「教会跡? たどり着いた廃墟は教会の跡だったのですか?」

 俺は木箱をストレージに収納して、ママさんと並んで草原の丘をゆっくりと降り始めた。

「そうです、先の勇者が自らを鍛錬し他の仲間を導いたスタートスの教会と町があったのです」
「勇者が鍛錬した・・・そんな大事な場所なのに、どうして焼けてしまったのでしょう?」
「それは・・・、私の父は詳しくは話しませんでしたが、教会の衰退と関係があるようです。教会が分裂した状況でこの町を残しておくことに火の国の当時の王が反対したということのようです」
「勇者の存在をうとましく思ったのですかね?」
「そうかもしれません、魔竜がいなくなれば勇者は必要ない。そういう風に考えたとしても不思議ではないでしょうね」

 ―魔竜を倒せば勇者は用済みですか・・・。
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