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Ⅱ-98 迷子探し3

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■炎の国 王都ムーア

 結局のところ、文書を配布する3日目が終わっても20か所が残った。俺とママさんは一旦王都に戻って、明日1日で残りを配布することにした。車を使うとはいえ、3日で100か所は多すぎたと言うことだ。配布先で大きなトラブルは無かったが、苦情はそれなりに聞いた。大きめの町では獣人を奴隷として活用しているのが普通なので、奴隷制の廃止は影響が大きいようだった。賃金を払えば良いだけのはずなのだが、彼らも奴隷を“購入”しているから、すでにコストがかかっているとも言える。しかし、その購入資金は奴隷商に支払われたもので、獣人に対して支払われた賃金では無いのだ。

 しつこく食い下がる町長には、ママさんが王命不服従の脅しをちらつかせながら説得したので最終的にはあきらめたのだが、そういう奴がいると滞在時間が伸びてしまい、1日で30か所周るのは難しかった。残りの2チームは50か所だったので、ひょっとすると先に戻ってきているかと思ったが、まだ倉庫には誰も戻っていなかった。

「まだ、戻ってきていないですね」
「そうですねぇ、期限は“今日中に配布”ですからね。早ければ今日戻っていてもおかしくは無いですけどね。ひょっとすると、どこかの町長が文句を言っているのかもしれませんね」
「ええ、確かに。移動時間は予定通りでしたけど、訪問先は思ったより時間がかかりました」
「まあ、明日までゆっくり待ちましょう。先にビールでも飲んでいれば、ショーイ達が戻ってくるかもしれませんね」

 俺は少し心配していたが、マリアンヌさんは気に掛ける様子もなく、俺に笑顔でビールを要求した。

 ―ビールと帰還にどんな関係があるんだ? 少し遅いぐらいで心配するのは俺が過保護なのか?

■炎の国 スローンの町

 サリナ達は3日目時点で配布をほぼ終えていたが、行方不明になったと言う子供達を探してボルケーノ火山の方角へすっかり暗くなってしまった森を進んだ。森の外ではライトが無くても、隣を歩くリンネの顔も見分けがついたが、中に入ってしまうとライト無しではおぼろげな輪郭しか見えなくなってしまう。サトルのベストとヘルメットにつけたライトのおかげで、ところどころにある木の根につまずくことも無く前方にある赤い山頂方向へ確実に進むことが出来た。

「本当にみんなが来るのを待たなくて良かったのかい?」
「うん・・・、だって、こんなくらい森の中で子供が居たら可哀そうだもん」
「そりゃあ、そうだけど。あたし達はこの森は初めてだしねぇ」
「大丈夫! 魔獣が出ても私がやっつけるから!」
「確かにあんたの魔法は凄いけどさ。相手が速い獣だったらどうするんだい?」
「速い? ・・・、それよりも早く魔法を撃つ!」

 サリナは炎のロッドを右手に握りしめて、いつでも魔法を撃てる体勢をとっている。やる気満々ってところだが、リンネは心配していた。

「どうして、そんなにやる気になってるんだい?」
「どうしてって・・・、だって大人だったら子供を助けるでしょ?」

 ―なるほど、これも大人になるためにって事か・・・。

 リンネはボートの上でこのが言っていたことを思い出して、顔がほころんだ。

「そういう事なのかい。わかったよ。だけど、油断するんじゃないよ。魔獣以外にも敵がいるかもしれないからね」
「魔獣以外に? それはどういうことかな?」

 サリナは小首をかしげて、不思議そうにリンネを見上げた。

「ああ、まだ判らないんだけどね。あの町長は何か企んでいるかもしれないと思ったのさ」
「企む? って何を? 子供が居なくなったって言うのは嘘なのかな?」
「いや、それは本当だと思うよ。集まっている大人たちは真剣だったからね」
「だったら・・・、リンネ! あそこが洞窟?」

 話しながら歩いているうちに、前方にはちょっと小高い丘のような場所があり、ライトの光が届かない暗い入り口が開いている。

「そうだね、洞窟に着いちまったみたいだね。だけど、子供達はいないねぇ。 『おーい!、誰かいるかい? いるなら返事をしておくれ!』・・・返事が無いねぇ。このあたりを少し周ってみようか」

 二人は一緒に洞窟の入り口から北方向へ次に南方向へと声を掛けながら探したが、子供達からの返事は無かった。

「ひょっとして、洞窟に入ったのかな?」
「かもね、町の人間が来たら洞窟の事を聞いて・・・あれは!」

 ―ウォーン! ウォーン! ウォーン!

 洞窟の前で話をしている二人の耳に狼の遠吠えが重なり合って聞こえた。近くでは無いが、二人が歩いてきた町の方角からだった。

「マズいねぇ・・・」
「どうして? まだ近くじゃないよね?」
「後から来る町の奴らが囲まれてるんじゃないかい?」
「そっか! じゃあ、助けに行こう!」
「ああ、そうだけど。・・・あんた、町の人に当てずに狼だけを倒すことが出来るのかい?」
「狼だけ・・・、当てずに・・・」

 サリナは町の人を囲んでいる狼を想像して、その狼に向かって自分の魔法を頭の中で放った。

「あーっ! 大変だ! 町の人が遠くに飛んで行く!」
「そうだろ、あんたの魔法はチョットだけって言うのが出来ないからねぇ。この森ごと狼を吹き飛ばすことは出来てもね」
「どうしよ!」
「まあ、そっちはあたしの方で何とかするよ」
「そっか! リンネの黒虎が何とかしてくれるね!」

 サトルはサリナの車に小さめの黒虎を1匹積み込んでいた。夜に番犬として車のそばを見張らせるためだと言っていたが、この森に入るときにリンネは車を見張るように頼んでおいた。その黒虎を狼退治に向かうように頭の中で指示する。離れていても、自分の死人しびとならぬ死獣しじゅうは自在に操ることが出来るリンネは黒虎が狼の声がした方へ走り出したことを認識した。

「だけど、10匹の狼だったら時間がかかるだろうね。あいつらは知恵があるからね、真正面から勝負を挑んでくることは無いよ」

 狼は群れで狩りをする動物だから、強い獣に襲われても距離を置いて簡単には囲みを解かないだろう。足の速い黒虎でも10匹を駆逐するには時間がかかるはずだった。

「そっか・・・、じゃあ、どうしようかな・・・」

 サリナは自分が思った以上に役に立たないことに気が付いて、悲しい気持ちになってきた。魔法の力が強くなって何でもできるような気になっていたが、たった10匹の狼でも人間に当てずに使う自信が無かった。

「そうだねぇ、狼を追い払うのを手伝いに行くかい? 少し離れたところに狼がいれば、あんたの魔法も役に立つんじゃないかい? そうじゃなきゃ・・・」
「そうじゃなきゃ?」
「いや、やめた方が良いね」
「・・・、洞窟に入るのかな? 子供を探しに?」
「ああ、そう思ったけど、あんたは狭いところや暗いところが嫌いだったね」
「うん・・・、そう」

 サリナは子供のころに暗闇の部屋に閉じ込められたことがトラウマになっていて、いまだに閉ざされた空間、特に暗い場所が嫌いだった。

「やっぱり、町の人が居る狼の方へ行こう。怪我してる人が居るかもしれないしね」
「・・・うん。でも・・・、子供達も暗いところに居るのかもしれないよね・・・」

 自分が怖いのは子供のころの経験だ。もし、子供達が同じ思いをしているなら・・・。

「やっぱり、洞窟に行ってみる!」
「いいのかい? そもそも、中にいるかどうかも分からないんだよ?」
「うん! それでも行きたい!」

「そうかい。あんたがそうしたいなら、一緒について行くけど。あたしはあんまり役に立たないんだよ。本当に大丈夫かい?」
「うん! 任せて!」

 サリナはロッドを握りしめてリンネを下から見返した。リンネはその目にしっかりした覚悟があるのが分かり、優しい笑みを向けて小さく頷いた。

「じゃあ、行ってみようかね」

二人はライトの光を頼りに真っ暗だった洞窟の入り口から中へ足を踏み入れた。
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